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5.

「では、味方探しの旅に出ようか」


「ああ……」




 夜が明け朝となり、オレたちは小屋を出た。

 朝になったというのに、日があまり差さない。薄暗い。本当に不気味な森だ。




「気をつけろ。森は獣がうようよと潜んでいるからな」




 気をつけろ、と言われても、どう気をつけたら良い。獣と対峙したことなんて、オレは一回っきりしか経験したことがない。たった一回だ。しかも、そのときは瀕死みたいなものだった。

 オレは剣の鞘に触れながら森を出るために進んでいく。オレだって一応剣士。訓練は受けてきたんだ。魔女から平和を守るため、という名目で剣士として働いてきた。実戦をしたのはこの魔女がはじめてだが。

 余計なことは考えるな。危険な獣がいるとは言っても、遭遇しなければ平気さ。それに、魔女はオレに好意を持っている。最悪、この魔女が獣を消し炭にしてくれるだろう。と、考えれば怖くはない。全然怖くはない。へっちゃらだ。へっちゃらだと思いたい。




「魔女。それで、今は何処に向かっているんだ?」


「ベルベートの住み処だよ。存外近い。街の方面とは反対方向から森を出て砂漠を進む。すると、しばらくしたら不自然な建物が見えてくるから」


「はぁ、そうか」




 オレは何をしているのだろう。剣士をやめて田舎でスローライフを送っていくはずだったのに、魔女に好かれ魔女の願いを叶えるために新たな魔女に会いに行くなんて。オレの未来予想図とちがうな。おかしい。何処から道が逸れてしまったのだろう。

 胸か。このけしからん丸い二つの膨らみがいけなかったのか。オレはこの誘惑に負けてしまったからなのか。


 それとも――あのとき、魔女が嬉しそうにしてくれている顔を見たから……か。


 ……待て待て。いやいやいやいや。人殺しに情なんか抱いてしまって良いものなのだろうか。それは倫理的にアウトな気がする。オレは人としての道理を踏み外してしまったような感覚に陥ってしまっている。

 たしかに、先に仕掛けてしまったのはこちらだ。ああ、その言い分はわかるさ。

 だが、何も殺すことはないだろう。

 ……でも、あの場で殺めてしまっていなければ、再び遭遇したとき、また同じように斬りかかっていたであろう。相手の事情も聞かずして。

 それは国から授かった使命である。『災厄の魔女』から国を守れということと、『災厄の魔女』を見つけ次第殺せ、ということ。課せられた使命は、オレたち剣士が絶対に破ってはいけないことだった。

 この魔女は『災厄の魔女』ではないけれども、知らぬオレたちは魔女であれば誰だって『災厄の魔女』だと思い斬り殺しにいく。誰であろうとだ。




「どうした? やはり、まだ悩んでいるか……?」


「いや、まぁ、うん。オレの今の心内は複雑なんだ。気にしないでくれ」




 だけど、お前は気にしろ。特にその格好。露出が少し多いのではないか。全身黒っぽい衣服に纏ってはいるが、む、胸とか若干見えているのだが。

 お前が叡知なお姉さんだということはわかった。ああ、わかったさ。

 しかし、叡知でもありながらえっ……ごほんごほん。乱れてしまうのは良くない。本人は自覚がないのだろうから正真正銘の恥女ではないのだろうけども、恥女と言われてもオレは納得してしまう。あくまで、オレの主観だがな。




「本当に、複雑そうだな?」




 上目遣いで見られた。オレの欲はこの魔女にバレていなさそうだが、あまり変なことは考えてはいけない。気持ちが表に出ないようにしないと。出てしまったらどんな反応が返ってくるかわからん。その場で串刺しにされたり焼き殺されたり水責めにされたりするかもしれない。

 オレは知っている。叡知なお姉さんほど裏の顔が怖いということを。情報源は友人の話だ。友人が言うのだからおそらく間違いない……とは言えないな。うん。オレはべつにあいつのことそんなに信用してないし。嘘つかれたことも普通にあるし。




「……獣臭がするな」


「近くにいるのか?」




 オレが問うと、魔女は黙って頷いた。声を発することなくオレに伝えるということは、相当近い距離にいるため音を立てないようにしろ、という合図なのだろう。慎重に進む必要がある。


 くほっ、ぐほっ、がほっ、うるぐるるるるる。


 いる。すぐそこに、いる。獰猛な輩が。

 心を落ち着かせろ。耳を研ぎ澄ませ。万が一のことに備えて、用意しろ。オレは弱いのだから、この魔女以上に警戒しなければいけない。

 魔女単体であればどうにかなるであろう。しかし、オレは足手まとい。

 油断はするな。魔女に襲われなくなったからと言って、何もオレが不死身になったというわけではない。魔女に殺されなくとも、他の力により死ぬ可能性はある。人間というものは、それくらい脆い生き物なのだから。




「避けるのは無理そうだな。居場所がバレたようだ」




 魔女はそう言って、獣の声がする方を指差す。そちらを見ると、獣が一匹二匹三匹……たくさんいた。両手だけでは数え切れないほどに、だ。

 猪より少し大きいくらいの獣たちはオレたちのことを見て美味そうに舌舐りをしていやがる。オレたちを捕食したいらしい。獣なのだから、当然話し合いはできないであろう。

 となれば、襲ってきたらこいつらの命を刈ってやるしかない。

 これは仕方のないことだ。気を負うな。オレたちに敵意を向けて殺しにかかってきたのが悪い。戦いとは即ちそういうこと。命を取るか、命を取られるか。二者択一のものなのだから。




「燃やし尽くしてやろう」




 獣たちがこちらに飛び掛かってくるのを見て、魔女は手から炎を出す。炎の球をつくり、それを思い切り獣たち目掛けてぶん投げる。

 ゴウゴウ。そんな激しい音を立てながら獣たちに迫り、獣たちは見るも無惨に焼け焦げて炭化していく。

 強い。この魔女の強さは、やはり人間が敵うような強さではない。

 オレは剣を構えながら感じていた。この魔女の力を。




「おい、魔女。森自体を燃やすなよ。そうしてしまったら、お前の住み処がなくなってしまうぞ」


「……ん? そうだな。……やはりお前は、優しいんだな」




 急に何を言い出す。

 オレは少し照れてしまう。優しい? オレは……優しいのだろうか……? ううむ。わからん。ほいほいと魔女に絆されて魔女の味方になってしまったような奴の、何処が優しいと言うのだろう。

 優しい。優しいか。今までに言われたことがあっただろうか。言われると結構嬉しい言葉だと思うのだが、オレの頭の中には言われた記憶があまりないような気がする。

 いろいろと考えていたら、魔女の背後に残っていた獣が回り込んで襲い掛かろうとしていたのを目にした。




「……ッ!? 危ねぇ!」




 オレは咄嗟に剣を抜いて、それを振るう。間一髪セーフだったが、オレは獣の返り血を浴びてしまった。

 ああ、生き物を殺すということは、こういうことか。生命に終わりを突き刺すということは、こういうことなのか。

 オレは少し罪悪感を覚える。

 獣はたしかにオレたちの命を狙ってきた。そのためオレは剣を振るった。だけれども、この獣だって生きるためにオレたちの命を狙おうとしたのだろう。仕方がないことだ。オレも獣も仕方がないことをした。

 でも、オレはトドメをさしたという事実がどうしても心から離れてくれない。

 これだ。これなのだ。オレはこれが嫌で剣士というものをやめようとしていた。

 オレはぬるま湯に浸かっているのが大好きだ。血にまみれた光景なんて見たくない。


 ……馬鹿だなぁ、オレは。こんなものが見たくなくて魔女から逃げ出そうとしていたのに、魔女に協力して味方になってやっているなんてさ。

『災厄の魔女』を殺すというのであれば、おそらく、これから先嫌ってほど血の雨を見ることになる。オレは若干の自分の意思もあってこの道に出てしまった。

 ふざけた話だよな。血を見ることもできない人間がこんな鉄の塊を握って、魔女の味方をしているなんてさ。

 オレは気が狂ってしまっているのか。ちがいない。血を見たくもないのに、血を見る道にいる矛盾を含んだ人間なのだから。




「すまない……。助けられた」


「お前……本当に『災厄の魔女』じゃないんだな」


「え?」


「『災厄の魔女』であったら、そもそも森ごと消し飛ばしていたかもしれん。背後から襲い掛かられても、獣は消し炭に変えられたはずだ。でも、お前は今、普通に危なかった」




 普通の人間よりは強い。充分に強いと言える。

 けれども、今の様子を見て気づいてしまった。この魔女が『災厄の魔女』のイメージの強さではないことを。『災厄の魔女』からして見れば、この魔女はオレより少し強い程度にしか映らないだろう。

 この魔女は三十人がかりでは無理だったとしても、人間が討伐可能なレベルの強さだ。

 魔女は虚勢を張っていた。自分を大きく見せるために。

 あのとき、魔女は人を殺した。命を狙われたから。命を狙われたから、殺した。

 単純に始末しただけのように見えるかもしれない。だけど、オレはこの魔女に余裕がなかったからあの三十人ほどの剣士は殺されてしまったのだと思う。




「……やっぱり、優しいなぁ」


「…………? 何か、言ったか?」


「……何も」




 オレたちは周囲にいた獣たちを完全に消し飛ばしたことを確認して、また森を歩き出した。この、鬱蒼とした森を。

 やがて森を抜け、砂漠に入る。暑い。暑すぎて、茹だってしまう。

 身体の中の水分が丸々全部持っていかれているような。そういう感覚がする。

 砂埃が舞って口に砂が入りそうになるし、足が砂の地面に沈んでいってしまって進みづらいし、ここは地獄のような環境だ。

 まずいな。今、幻覚が見えた。こんな砂漠に巨大なチョコレートがぽつりとあって、存在を主張していやがる。

 ……それにしても、何故、チョコレートなのだろう。チョコレートは水分を持っていかれてしまうだろうし、水とかジュースとか茶とか幻覚を見るにしても水分を補給できそうな何かだろ。この幻覚は、間違っている。




「着いたぞ、ライト」


「は?」




 魔女は巨大チョコレートを指差しておかしなことを言う。たしか、建物が見えてくるとか言っていた気がするが……これ、建物か? どう見ても、チョコレートにしか見えないのだが。

 オレは困惑した気持ちで魔女といっしょにその巨大チョコレートの内部へと入っていた。

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