4.
オレは頭を悩ませていた。さて。どうしたものか。
オレはチラリと魔女の方を見る。決して、たわわに実ったアレを見ているわけではない。健全な青少年であるので、オレはアレを見たい気持ちを抑えつつ、きちんと魔女の顔を見ている。
「…………? そうまじまじと見られると、恥ずかしいのだが……」
魔女は顔を赤面させて、オレから顔を逸らした。そんな反応をされると、こちらも意識してしまうではないか。
だけれども、待ってほしい。ああ、待つのだ。オレよ。この魔女は『災厄の魔女』ほど危険な奴ではないとわかってはいるけれども、一応自己防衛と称して三十人ばかりの人間を殺している奴なのだ。そんな奴にときめいてしまってはいけない。興奮してはいけない。可愛いとか、美人だとか、そういった感想は絶対に思ってしまってはいけない。この魔女は要注意危険人物であることにはかわりない。ハニートラップに引っ掛かるな、オレ。惑わされるな。しっかり意識を保て。冷静に。冷静に。
オレは自分に言い聞かせる。何度も何度も。
「……わかった。協力しようじゃないか」
「本当か!? 本当なのか!? 嬉しい……」
抱きつかれる。胸に顔をうずめられる。ヤバい。これは完全にハニートラップだ。ダ、ダメだ。意識が遠退いていきそうだ。しっかりしないと。
ええと……あと疑問なのだが、何故この魔女はここまで喜んでいるのか。えらく気に入られてしまったみたいだが、オレはオレ自身のことを価値のある人間だとは思っていない。無価値な人間だと思っていた。
だから……ここまで喜んでくれることが、ちょっぴり嬉しいだなんて、オレも思ってしまう。これは、気の迷いだ。すぐに捨て去ろう。
「で、これからどうするよ?」
「え?」
「どう『災厄の魔女』を殺す? 作戦考えなきゃいけないだろ?」
「そ、そうだよね……うん……」
まさか、何も考えていなかった……?
おいおい、待ってくれよ。なんか、頭が痛くなってきた。誰か、薬持ってきてくれないか。……って、ここにはオレとこの魔女しかいないんだったな。
てか、この魔女、今さら思ったことなのだが……実はポンコツなのではなかろうか。オレはポンコツだからポンコツの波動というものを感じることができるのだが、なんだかオレと似たような波動をこの魔女から感じるぞ。
オレはジローッと魔女のことを見た。
「まずは味方集めをすることから始めよう」
「まあ、そりゃあ尤もな話だな。現状、オレとお前の二人だけでは殺すことは愚か、傷を負わせることすら厳しいんじゃないか? オレなんて、戦力としてはないに等しいくらいだからな。むしろ、足手まといになってしまうかもしれない」
オレは肩を竦めて自分を嘲笑する。この卑屈さ。この卑屈さがオレって感じだ。嗚呼、悲しきかな。悲しきかな。まったく。嫌になってしまうよ。自分に。
「で、誰をどうやって味方につける?」
「そうだなぁ……友好的な魔女を味方につけようか。アイツならたぶん話しただけで協力してくれるだろう」
「アイツ?」
誰のことだろうか。まあ、魔女のことなんてオレは『災厄の魔女』くらいしか知らなかったから、そちらの分野についてはこの魔女さんに任せておくことにしよう。
「ベルベート・リルヴェル」
「……いや、名前だけ言われても、誰だかさっぱりわからん」
「それもそうか」
魔女はからりと笑ってみせた。やたらと感情が豊かな奴だ。さっきからコロコロと表情を変えていやがる。魔女というものは、皆が皆『災厄の魔女』のように極悪非道な奴ではないのかもしれない。
そう思いはしたのだが、オレはブンブンと首を振り心の中でそれを否定する。あー……あくまで『災厄の魔女』と比較したら極悪非道ではないってだけで、こいつも何も思うことなく簡単に人を殺してしまうような魔女であるのだから、皆が恐怖するような奴ではあるのだ。偶々、オレのことをこいつが好いてくれているからオレは生きているわけだけれど、好いてもらっていなかったのであれば、オレはあの場で普通に殺されていた。
……オレは、実に運の良い人間だと言える。偶々魔女に一目惚れされなければ、オレはあの屍たちといっしょに冷たい地面の感触を味わっていたのであろうから。
オレは、たぶん怖い顔をしていた。
「よし、決まったな」
「ああ……」
「じゃあ、ライト」
「なんだよ」
「今日から二人暮らしだな!」
そう言って、魔女はまたしてもオレの方に胸を押しつけてくる。……なんだ? 嫌がらせか? 嫌がらせなのか? この魔女、いくらなんでも押しつけすぎなのではなかろうか。しかも、これ、無意識でやっているくさい。
恥じらい……は、あるようだが、こういうことには無頓着なのだろうか。少しばかり指摘してやった方が良いだろうか。オレはさっきからこいつの胸ばかりを意識してしまっているような気がする。別段、すっげぇデカい! ってほどでもないと思うのに。まあ、気持ち大きいくらいかな? みたいな。
……ちょっと待てよ。何故、胸の大きさ談義になってしまっている。オレは意識し過ぎなのではないだろうか。
もしかして、オレって性の大魔人か何かなのか?
いかんいかん。ダメダメダメダメ。落ち着け、落ち着け。気持ちを整理しようか。うんうん。それが良い。
オレは深呼吸をした。
「あー……気になることがあるんだが……」
「なんだ?」
「なんかお前……無理して話し方を変えていやしないか?」
「どうして?」
どうしてと言われても……なんか、そんな感じがする、ってだけなんだけれども。
「なんでもない」
ということにしておこう。気に障るようなことを言ってしまって、いきなりオレの全身から血飛沫がブシャシャなんてなりたくないからな。触れてほしくなさそうなところは察して触れてあげないのが良い。ま、オレにそれができるかというと微妙な話ではあるのだけれども。
「もう、すっかり夜だし、手料理を振る舞おうか?」
「ああ、是非お願いしたいね」
本当はそんなことちっとも思っていないけれど。いつ、毒を盛られてしまうか、気が気で仕方がない。
が、それは言えない。言ってしまったら最後。本当に盛られてしまうだろう。盛る予定がなかったのに、言われてイラついたから盛ってやりました、なんて最悪だ。笑えない。
「ふんふーん~」
オレがいろいろと思っていると、魔女は鼻唄をしながら料理をつくっている。上機嫌だということはわかった。機嫌は損ねていないようだ。一先ず、今は殺される心配をしなくて良いのだとホッとできる。
……あれ。
ここで、オレは気づいてしまう。今、逃げるチャンスなんじゃね? と。
魔女は料理をつくることに集中している。オレのことは見えていない。これは、大きい隙だ。逃げることができる。
オレは魔女の方をチラッと見た。
…………。
オレは逃げなかった。べつに逃げられなかったわけではないのに、逃げなかった。何故だろうか。
オレは魔女のことを見て気持ちが変わってしまったのは否定できない。
では、何故気持ちが変わってしまったのだろうか。……可哀想に思ったから? いやいや、まさかね。まさかだよ、まさか。
きっと、魔女の胸を見てしまって「もうちょっといてやっても良いかなハハハ……」とか思ってしまっただけさ。
あるいは誰かの温もりが欲しくて魔女の温もりを欲し……いや、それはないな。うん。それもないない。否定だ、否定。ないものはない。ないったらない。
オレはまた魔女の方をチラッと見る。おお……すげぇ、む……おっとっと。何処を見ているのだね、オレよ。今、胸を見ていたところだったのかね。たしかに、あれは世の男をハイテンションにさせてしまうものかもしれない。
しかーし、チッチッチッ。早いぞ、少年、オレよ。落ち着け。落ち着いていこう、ぜ? ぜっ☆
おっと、オレのお茶目な部分がばちこり出てしまった。こいつぁ、いっけねぇや! タハハハハ~。
……おええええええええええええええええええええええええええっ。
オレは思わず自分の思っていることが気持ち悪すぎて吐きそうになってしまう。ナニコレ。ナーニコレ。欲情と気持ち悪さしかないのだろうか。オレの中には。
……魔女よ。一回、オレのことを叱りつけてはくれないだろうか。ちなみにオレは今、オレ自身のことをぶん殴ってやりたいと思っている。そして、生まれてきてごめんなさいを脳内でしてしまっている。どうやら、オレは欲にまみれてしまった人間のようだ。ここまで発情しきっている十七歳が何処にいようか。……いや、十七歳の茶坊主の欲なんて、こんなものか。これくらいが普通だ。オレが(自称)普通な人間なのだから、よって、十七歳の少年はこれが普通なのだ。
オレは魔女の方からそっと目を伏せた。
「は~い、出来ました~」
「アッ、ドウモ……」
……てか、何気に今、魔女の素の話し方が出ていやしなかったか? 気のせいだろうか? たぶん、気のせいだろう。
オレは、もうこの時点で料理に毒が盛られているだろうか、とかそんなことは一切考えずに出されたハンバーグとかライスとかをただパクパクと食べているだけだった。普通に美味しかった。
「どう? お味は……?」
「めっちゃ美味しい」
「それは良かった」
ニッコリと笑っていた。なんだよ、その顔は……ズルいではないか……。
オレはただ出された料理をパクパクと美味しく食べるしかできなかった。チクショウ、チクショウ!
「…………」
やめて。無言で見つめないで。オレを見つめないで。優しくされると……すーぐ絆されちゃうから。
魔女。こいつは魔女なんだ。オレの目の前で三十人も無表情で殺していった殺戮兵器。それこそがこの魔女。それをオレはちゃんと頭の中に入れておけ。ちゃんとだ。
オレはこいつが苦手だ。とても苦手だ。だから……。
オレはまたまたチラッと魔女の顔を見てしまう。整った顔をしている。整った乳をしている。
……あっ、やべっ。間違えた。
何を間違えた!?
オレはいろいろと間違えているような気がしつつも、なんとか料理を完食した。
「ゴ、ゴチソウサマ……」
言うと、魔女は嬉しそうな顔をした。
絆されてやらないんだからねっ! ふんっ!