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3.

「さ。どうぞ」


「お、おう。ど、どうも……」




 紅茶を出される。……毒とか入っていないだろうな? オレは注意深く出されたものを凝視していた。

 スンスン。香りは普通の茶だな。別段、気になる点はない。

 オレは少量飲み、毒はなさそうかと確認してみる。舌に痺れが来たらすぐに吐き出してしまおう。痺れが来るのであれば、当たり。この茶の中には毒が含まれている。

 疑り深く考えながら、オレは飲んでいく。舌に痺れは来ない。普通に茶を出されただけのようだ。まあ、それはそうか。好いている奴に毒を盛ることはしないだろう。今までのこいつの発言と行動から、好いている、というのは嘘ではないということがわかっているわけなのだし。オレの警戒し過ぎか?




「ま、まずかったか?」


「いや。べつにまずくはないけど。……香りが良いな」


「それは良かった」




 ここのやり取りだけ切り取ってみれば、普通の会話にしか見えないな。

 だが、忘れてはならない。今オレの目の前にいる人物は、世界中で恐れられている『災厄の魔女』だということを。

 コミュニケーション力には大して自信はないのだが、好かれてしまったというのであればやむを得まい。オレは必然的にこいつと対話をして、どうにか逃げ帰ってこなければ。

 ……さて、オレのコミュ力よ。変なことをしてくれるなよ。




「……名を名乗らないのも失礼だろう。一応、名前くらいは名乗っておく。オレはアレクサンド・バーデンライト。周囲の奴らからはライトって呼ばれてる」




 無難なことを言えただろうか。なるべくオレの素性については隠していきたいところではあるのだが、ダメそうだったら明かしていく。オレが魔女にとって危険性のない奴だと示す。んで、隙を見てここから逃げる。

 ……問題は、どうやって隙をつくるか、なのだが。話している間に考えなければならないだろう。




「早速だけど、いろいろと話してしまおうか」


「……ん、待てよ。お前は名を名乗らないのか? お前にだって名前くらい、あるのだろう?」


「それは……できない」


「え、どうして」


「な、なんでも良いだろ……」




 魔女が取り乱している。魔女がそんな姿になるのは意外だったしおかしくはあったのだが、機嫌を損ねてしまえば殺されてしまうかもしれないので、名を訊ねることはやめておこう。何か、深い事情があるのだろうから。




「それで、話、ってなんだよ」


「ああ、お前が勘違いしているみたいだからな。話しておかなければと思って」


「勘違い?」




 何を言っているのだろう、と思った。

 オレは、何を勘違いしたというのだ。何を間違えた。そもそも、オレの人生というものは最初から間違っていたような気がする。そして、こんなところにいることも間違っているのだが。

 オレは間違いを起こしすぎている。というわけで、魔女の言っていることはまったく理解できない。オレは今まで何回も勘違いを続けている。であるから、勘違いをしていることなど、今に始まった話ではないのだ。わかったらオレが勘違いしているということを勘違いしないでもらおうか。ああ、勘違いもし続ければいつか反転して勘違いではなくなるのかもしれないがな。

 オレは皮肉めいたことを思った。




「ライト。お前、私のことを『災厄の魔女』だと言っていたな」


「ん、ああ、そう言ったが。……ちがうのか?」


「そりゃ、ちがうよ。私がそうだとしたら街の奴ら全員皆殺しにしている」




 物騒なことを言い出したなと思い、オレは苦笑した。そんな言葉、二度と口にするな、と言いたい。けれど、言わない。言ったら、殺されてしまうのだろうから。




「となると、お前はそれではなくてべつの魔女か何かだと」


「ああ、そうだ」




 嘘をついているような雰囲気ではないな。こいつは本音で話している。




「まあ、でも、危険な奴にはかわりない。三十人ばかりの人間を殺してしまっている。お前はそういう魔女だ」


「あれは元はといえばそちらが勘違いしてきて私を襲ってきたのではないか。殺めてしまったのは……事実だが」




 ほう。魔女の言い分だと、襲ってきたから殺される前に殺したと。それでも物騒な奴であることは間違いないわけだが。

 兎に角、こいつは『災厄の魔女』ではないことがわかった。とすれば、話は通じるかもしれない。「オレを見逃してくれ、オレはこんな剣士なぞやめて田舎で平穏無事な生活を送るんだ」と言っても、もしかしたら頷いてオレを解放してくれるかもしれない。早く帰ろう。もうこんな経験ごめんだ。『災厄の魔女』とぶち当たってしまったときは、これよりももっと怖い経験をしてしまうということが理解できた。帰ろう。帰って、楽にのびのびと暮らそう。オレは暇が大好きな人間だ。暇だ。暇を求めよう。こんな命懸けの仕事なんか、やりたかない。オレは名をあげるために剣士になったわけではない。周囲にいた親や知人の期待を勝手に背負わされて剣士なんてものになってしまっただけだ。剣士なんてものはもっと腕が立って勇敢な奴がなるべきなんだ。オレみたいな臆病者がなるべき職ではない。ああ、そうさ。そうだとも。ガッハッハッ。




「じ、じゃあ、オレはもう帰らせてもらうよ。あ、あばよー……」


「おいおい。待て待て。そう、急くな。な?」




 魔女にガシッと抱きつかれて止められる。……胸を当てるな。胸を。帰りづらくなってしまうだろ。

 仕方ないから話を聞いてやることにした。




「それに、平気なのか?」


「平気、って何がだよ……」


「行く当て、あるのか?」


「帰るところくらいあるだろ、べつに……。オレは孤児じゃないから親もいるし、そもそももう親元を離れて一人で暮らしてんだ」


「そうか……それは困るな」




 オレは困らないけどな。お前が困ったところでどうだっていい。オレが困らなければそれで良い。それがオレの生き方ってもんだ。お前がいくら困ろうが、オレには関係のない話だね。




「お前に帰ってもらってしまうと、困る。なぁ、いっしょに暮らさないか?」


「は?」




 魔女にうるうるした目で見つめられる。こいつ、こんな奴だったのか。思いの外フレンドリーな奴だな。人を三十人殺すところを目撃していなければ友達とやらにでもなっていたかもしれない。

 が、おあいにく様、オレは人を三十人殺してしまうような奴とは付き合う気にはなれないのでね。いっしょに暮らす? ……馬鹿言ってんじゃねえよ。殺されるかもしれない、という恐怖を味わいながらいっしょにいれるかってーんだ。オレはこいつとはいっしょにいてやらない。いてやらないし、さっさと逃げて今日起きたことはなかったことにして新しい一日を始める。

 わかったら、そんな悲しそうな目で見つめないでもらえますかね。魔女さん。




「お前……何故、オレに拘る。オレはただの人間だぞ。自分で言っていて悲しくなってしまうが、オレは凡人だ。ルックスにも自信はない」


「こんな可愛い顔してるのに、か?」


「……だから、嫌なんだよ。この口調、この性格で、この顔だぞ。合わなすぎだろ」




 自分を卑下する。卑屈な性格をしているのに、顔はこんなのだ。まだ、イケメンの方が良かった。塩顔イケメンとか、そういうやつが良かった。へっ。自分の顔を見て、ぶん殴りたくなったことが何度あったことか。脳内でなら、自分の顔をじゃがいもみたいなボコボコ加減にしてやったことは何回もある。はっきり言って、まだじゃがいもみたいな顔をしている方が似合っているだろう。




「まあ、そんなことはどうでもいいや。で、なんでお前はオレに拘る」


「一目惚れしたから……じゃダメか?」




 上目遣いで言ってくる。

 さっきからなんだこいつは。オレの魔女のイメージと全然ちがうな。こんな面白おかしい奴なのか、魔女という奴は。




「じゃあそれで良いよ。めんどくせぇ」


「そうか。……それで、どうだ?」


「どうだ、って何が?」


「いっしょにいてくれないか?」




 やめろ。乳を押しつけてくるな。それでグイグイ攻めてくるな。断りづらくなるだろうが。断りたいのに断れないというのは、地獄なんだぞ? それ、理解してやっているか?




「……あー、うん、まあ、そうね、うんうん、あー、そうね。はい」




 オレはとても曖昧に返していた。言葉を濁してその場をしのぎ、帰ろう。逃げ帰るんだ。オレの平和な生活のために。




「いっしょにいてくれるか。嬉しいよ」




 太陽のように眩しい笑顔をされてしまった。あれ。なんだか、可愛いぞ。人を三十人殺した、という事実を伏せれば、うん、何か言われても余裕で頷いてしまう。

 参ったな。厄介なことになってきたぞ。断じて、性に忠実になってしまってそんなことを思っているわけではないのだが。うん。厄介なことになってきてしまった。参った。はてさて、オレはいったいどうすれば良いのだろうか。




「ふぅ。やっと、一番話したいことが話せるよ」


「お、おう。なんかスマン……?」




 一応、詫びを入れておいてやった。




「なぁ、ライト」


「ああ……」


「私とともに――『災厄の魔女』を殺してくれ」


「…………?」




 いまいち魔女の言っていることがよく理解できなかった。

 それはなんの冗談だろう。魔女が魔女を殺す……? ということか? そういうことなのか?

 オレの頭の中は疑問符でいっぱいだった。




「魔女の間でも、あいつは凶悪な存在だからな。だから、私はあいつを打ち倒したい。どうだ、協力してくれないか?」


「何故、オレなんだ? もっと腕の立つ奴はいるだろう……。それに、本当に倒すというのであれば、オレだけじゃなく他の奴も誘えば良い」


「お前が良かった……お前だけが良かった――」




 魔女はオレの目を愛おしそうな眼差しで見つめる。オレは思わず、見つめ返してしまっていた。




「……ッ。だいたい、『災厄の魔女』を殺すというのであれば、国に任せれば良い。なんなら、国と協力すりゃ良いんじゃないか?」


「協力……できると思うか? この私を『災厄の魔女』だと勘違いしていたのだろう? それに、任せるといっても『災厄の魔女』は国には殺せないだろうと思うけどね」




 殺せない……。それは、そうだ。殺せないから、『災厄の魔女』に恐怖している世の中になってしまっているわけなのだから。




「はぁ。少し、考えさせてくれ……」




 オレは息を吐いてから言った。

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