2.
「何処に連行していくつもりだ」
「何処が良い?」
オレは魔女に言葉をぶつける。魔女はただ笑って返すだけだった。
味方をしろ、と言っていたな。オレが何故『災厄の魔女』の味方をしなければならない。こいつの味方をしたがる奴など、いないと言っても過言ではないレベルの話だろう。
……好いた。たしか、こいつはそんなことを言っていたか。あの短時間で何処にオレのことを好く要素がある。オレと魔女は初対面のはずだ。
となれば、あの僅か一時間ばかりの間でオレは魔女に好かれたということになる。
思い出せ。まずこいつと遭遇したとき。オレ以外の他に三十人ほどの剣士がいた。オレはそいつらと行動し、魔女討伐、というよりかはパトロールといった方がよろしいか。街の平和を守るためにオレたちは巡回をしていた。
そこを魔女が襲い掛かってくる。
剣士たちはこいつを倒すために皆一斉に剣をこいつに向けて立ち向かった。対してオレはへっぴり腰になって眺めていただけのような気がする。
ここまでだけを切り取ってみると、オレを好く要素など皆無のように思える。
だが、好いた、というのは嘘ではなさそうなことがわかっている。剣士が皆ばたりばたりと倒れてあとはオレだけという状態になるとさすがのオレも意を決し、こいつの命を狙っていた。こいつもオレの命を狙っていた。そして、何故かオレが優勢な立場を取っていた。
……それがまずあり得ない。
で、こいつはオレに味方しろだの好いただのともに生きてくれだのよくわからないことを言いやがる。オレは馬鹿馬鹿しくなってしまって命を狙うことをやめた。それで、こいつは強引にオレのことを連れ去った。オレのことだけを連れ去った。
……それもあり得ない。
以上のことから考えるに、この魔女は相対する途中でオレの命を狙う理由がなくなったことを悟る。その後、なんらかの理由ができてオレのことを拉致した。
こいつ曰く、オレのことを好いた、ためにオレを拉致したわけだ。
これが現時点での情報だ。要するに、オレは今最も魔女に近い人間であるというのに、最も安全な状態を何故か手に入れてしまったということである。
「あり得ねぇ……」
言葉を漏らす。魔女とのやり取りや出会うまでをすべて思い返してみたものの、魔女がオレのことを好く要素がわからなかった。オレは何処を好かれた。どの部分を好かれた。
オレの身体に何か秘密があるとか、オレに何か途轍もないオーラを感じたから、とかか?
……オレは否定しよう。オレにそんなものはない。オレは凡百といる人たちの中でも何も才がない、誰かを魅了するものを持ち得ていない人間である。有象無象。その中の一人がオレだ。
普通であれば、たった一時間ほどの時間で何十人といた中、オレだけを特別待遇するほどの何かをオレが秘めているとは考えることはないであろう。だか、この魔女はオレに特別な何かを見出だし、オレを好いた。というわけだ。
あり得ん。あり得ん。あり得ん。あり得ん。あり得ん。
オレが頭の中でいろいろと考えていたら、いつの間にか街を抜け森に入っていた。
「おい、魔女。お前はいったい何処に向かっている」
「そうだなぁ……」
ぼんやりと言うだけで、まともな返答はこない。チッ。イカれてやがるのは当たり前か。こいつは噂の『災厄の魔女』なのだから。
オレも黙って魔女に担がれながら、鬱蒼とした森を見ていた。
ここは、街の近くにある森か。近くにはあるが、街の者はこの森に入ることはない。この森は不気味なオーラを放っている。それだけでなく、獣が出てくるだのこの森で殺されてしまった者たちの亡霊が出てくるだの、いろいろと噂があったからなぁ。だから、立ち入る者なんかまずいなかった。
そろそろ、夕暮れ時だ。日が暮れてくる。昼でも不気味な森だと思えるだろうに、日がなくなってしまえばより不気味に感じてしまうだろう。
ぐるるるるるるるるるるっ。あおーんっ。獣の鳴き声がした。腹を空かせて獲物を探し求めているような声。一般人ではこんな森、入ったとてすぐに逃げ出してしまうだろう。
しかし、魔女はちがうようだ。鳴き声も気にせず、ずけずけと奥の方に歩み進んでいく。ちっとも怖くないと思っているように。
「怖く、ねぇのか?」
「……ん? ああ。……ぷっ」
「何故、笑う」
「……いや、そんなことを聞く者はお前しかいないからな」
まるで、オレのことを知っているかのように話しやがる。一方的に知られていた可能性は……ないだろう。オレはお役人でも国に重要視されている人物でも国から危険視されている人物でもない。そこらにいる、雇われの剣士だ。剣士になることを志願し……というか志願しないと殺すと方々に脅されてなくなく志願し、訓練を受け審査を通り剣士であるという称号を手にしただけ。
要するにオレという人物は、一般人に剣を持たせてちょっと鍛えさせただけの存在であるということだ。武術の才があったわけでもない。剣術の才があったわけでもない。ただ周囲の人間になれと脅されて渋々と剣士という称号を取っただけなのだ。剣士になる審査もそこまで厳しいものではないし、剣士というものはべつに選ばれたエリートというわけでもない。エリートはその中でもほんの一握りの存在。それはどんなものにだって同様のことが言える。
……思っていて、悲しくなってきてしまった。オレはエリートではない、ということをまさか魔女に担がれながら噛み締めることになるなんてな。いったい、オレは前世でどんな悪徳を積んだらこうなることなのやら。
というか、魔女に担がれている今の状態が情けない。こんな場面誰かに見つかったらオレは間違いなく剣士の称号を取り上げられてしまうだろう。それだけならまだ良い。挙げ句の果てには、勘違いによりオレも国から危険な人物だとして付け狙われる可能性がある。
魔女に殺されず、担がれている、という事実は誰かに見つかってしまえば払拭できない。見る者の視点によるが、今この状況を見られたら間違いなくオレは魔女の味方であると判断されてしまうだろう。
なんてことだ。嗚呼、なんてことだ。最悪だ。最悪だ。素直にこいつを斬り殺してしまうべきだっただろうか。
だが、今はこいつを殺すことなんてできない。軽傷くらいなら負わせられるかもしれないが、オレの命はお陀仏となるだろう。担がれている状態だから剣を取りにくいし、振りにくくもある。この体勢では斬りかかることが難しい。
「私のことを斬り殺そうと、考えてはいないか?」
「は?」
しまった。読まれてしまっている。今は何故か助かっているが、こいつの機嫌を何らかの拍子で損ねてしまったら、オレの命はない。
今オレがすることは、こいつのご機嫌をうかがいながら無事に帰還すること。それは頭の片隅にでも置いておかなくてはならない。
まずは殺されないように、上手い応対をするのだ。無事に帰れたら、オレは剣士なんてものをやめて、のんびり田舎で一人、過ごすことにしよう。オレは血を見るのが苦手なのだ。非常に。当然、血を流すことも苦手。
要は剣士とかいうクソッタレな仕事、向いていないのだ。
今日の朝、魔女と遭遇することを予感して離職願を出しておけば良かった。なんとなくぼんやりと、今日は何か起きそうな気がする、と思っていたような気がするし。
あのときのオレの馬鹿。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。バーカ。
チクショウ……あのときのなんとなくを信用しなかったせいでオレは死と隣り合わせの道を歩いてしまっているわけなのである。人生というものは、実に曖昧でテキトーなものだ。
「そう悲観的になるな」
お前のせいだ。お前の。あと、オレの心を読むな。馬鹿にしやがって。
オレのプライドはズタズタにされてしまうし、どのみち魔女と国との二者にご機嫌を取らなければならないという山あり谷ありの道に進んでしまっているし、今日は最悪な日だ。
最悪、という言葉で表現し切れないくらいに最悪だ。
くそっ。過去に戻させてくれ。過去のオレをぶん殴ってでもこっちの道に進むことを拒否させる。
オレは自然と獣のように唸り声を上げていた。
「しっ。あまり騒ぐな。獣に見つかってしまうぞ。見つかってしまったら、処理が面倒だ」
魔女に手で口を押さえつけられる。……こいつ、魔女のクセに良いにおいがしやがる。花のにおいだ。微かに花のにおいがする。はっ。こじゃれた真似を。
……女、なんだな。
オレは何故か意識してしまっていた。何故だろうか。
こいつが『災厄の魔女』でなければ、「あなたのことが好きです」などと言われて靡かない男はいないと思う。容姿はまぁ……悪くはない。むしろ、良い方のように思える。
そうか。それで、意識してしまっているのか。こいつがクソッタレだと知らなければ、オレは逃げようとも考えなかっただろう。
しかし、悲しいかな。こいつはクソッタレであった。
くそっ。今すぐその魔女の格好をやめて、世界の平和を脅かすのもやめて、普通の女の子になってしまえ。……なられても、元々魔女だった奴とはオレはごめんだがね。ゾッとしてしまって、もう拒否反応を起こしてしまっているのだ。勘弁してくれ。オレを好くのもオレを殺すのもやめてくれ。
「だ、大丈夫か……?」
オレの様子がおかしかったらしい。魔女に心配された。声に……出ていないよな? 聞かれていないよな?
オレは自分に問う。聞かれていたらなんだか恥ずかしいような気がしたから、オレは自分に聞いてみたのだろう。答えなど返ってこないのに。
オレは……取り乱している。はっきりとわかる。冷静にならなければいけない。しっかりと判断して魔女と応対しなければ、生存確率が低くなる。生きなければ。生きて、帰らなければ。オレは自分に喝を入れた。
「見えてきたぞ」
「何がだ」
言われて、オレは正面を見る。そこには小屋のようなものがあった。ログハウスに近い、だろうか。そんな見た目をした建物がある。
「詳しくはあの中で話そうか。いっぱい話そう。話せるだけ話そう。うん。そうしよう」
五月蝿い奴だな。勝手にしてくれ。と、思っていたらいきなり魔女が担ぐのをやめ、丁寧にオレを地面に下ろす。
「さぁ、入ろうか」
促されて、オレはその小屋の中に入っていた。