第7話 家族
「バリー君。少しいいかな。」
そう言って神父さんは私に手招きする。それに従い両開きの鉄の扉を開き階段を少し登ると神父さんは階段に腰掛けた。
「すまないね。」
「いえいえ、神父さんには助けられてばかりで…」
神父さんは罰の悪そうな顔をして髪を掻く。
「違う。それはいいんだ。そうじゃない…あの時、額の傷を治療した時に言った事は殆ど嘘なんだ。」
私はなんとなくは察していた。これ以上悪い方向に行かないように。いや、励ますつもりで言ってくれたことくらいわかっていた。
「…嘘と言うのは…。」
「50年前の戦争の時に野戦病院で働いていたと言ったね?私は確かに看護師をしていた。だがすぐ辞めてしまったんだ。
私も若い頃は救える命があるなら救いたいと医療の道を選んだ。だがいかんせん理想に頭が追いつかなくてね。
医者にはなれなかったが看護師でもできることがあると努力していたんだ。
だが27歳になる頃に戦争が始まり野戦病院勤務になると僅か3年でその夢も忘れて私は逃げ出したんだ。」
神父さんは一呼吸おいて続けた。
「何故だと思う?怪我ならいい、病気でも。彼らを治療して多少なり元気になった姿を見れれば私はいくらでも頑張れた。
だが精神や脳をやられた人々は誰一人として戻ってはこない。みんな悪化する一方なんだ。
私は見ていられなかった。誰一人救えないんだ。
地獄だった。いくら献身的に接してもどれだけ勉強しても何も変わらない。だから私は逃げたんだ。
…だがせめて、せめて心の支えになれればと神の道へと進んだがそんな事……ただの怠慢だ。」
「怠慢だなんて!神父さんはよくやってる。人を救おうと必死にこうやって悩んでるじゃないですか!
それだけでとても素晴らしいことですよ。」
「違うんだ。環境汚染がここまで酷くなり、世界は滅亡の道を辿っていると言うのに何の奇跡も何の祝福も起きない。
…私はとっくに神の存在に疑問を抱いてしまっているんだ。神父なんてやってるがそれすら真っ当できない。私は何者にもなれない紛い物だ。
私は逃げて、逃げて、逃げ続けている。」
神父さんはとても悲しい顔をしていた。きっと看護師を辞めてからずっと1人葛藤して来たのだろう。
「すまないな。年寄りの愚痴になってしまった。
話を戻そう。」
そう言って神父さんは膝に手を置き立ち上がる。
「だからな、バリー君。君の母親も…そうだな…
まともに会話ができるのも長くて一年と言ったところか。一度はじまったら止める方法はない。…覚悟はしていてくれ。」
私は神父さんを励ます言葉を探すがそれ以上に目を逸らしていた現実に打ちひしがれ、ただ一言「分かりました。」と言うのが精一杯だった。
これは家族の問題だ。しかしオブライエン家族には話ておくべきだろう。
最初に衝突こそあったが今ではウィルくんもアナちゃんも私に懐いているように感じる。
2人は双子で共に17歳だと言う。
流石にここまで大きくはないが結婚して子供を授かっていればこんな感じだったのかと考えてしまう自分がいる。
婚約者もいたが父が痴呆症になったことで私から破談にした。今の現状を鑑みればきっとこれが正しかったと思う。だが…
いや、これ以上はやめておこう。
もう過ぎたことだ。
広間に戻るとオブライエン家族と父と母が談笑している。
と言っても父は上の空で母は話に入れないのか微笑んでいるだけだが。だがこれでいい。
せめてこんな時間が1秒でも長く続けばとそう願った。
避難してから何日経ったのだろう。ここはずっと薄暗いからもう分からない。この家族は……
そうそう。オブライエン家族だ。
急に話を振られるが頭に入ってこない。私は誤魔化して微笑むことしかできない。
神父さんはああ言ってくれたけど、きっと私を励ますための嘘だ。あの人が痴呆症になってから本は読み漁った。そのくらいは知っている。
それに自分のことは自分が一番分かるものだ。
だんだん曖昧なことが増えてきている。
あの人もこんな気持ちだったんだろうか。
どうしたものか…
私は気づいたら俯いていた。
お父さんのことがあってあの子には色々なことを諦めさせてしまった。それに加えて私まで。
このままだとあの子の人生は滅茶苦茶になってしまう。
「母さん大丈夫かい?」
知らぬ間に息子が戻ってきてたみたいだ。慌てて顔を上げて微笑む。
「ああ、大丈夫だよバリー。少し疲れただけ。ありがとう。」
「そうか、お父さんは僕とオブライエンさんたちで見るから少し横になってたらどうだい?頭の怪我もあるから安静にしててくれ。」
「ええ、そうさせてもらうわ。ありがとう。」
私は横になり目を瞑る。だが眠気なんてやってこない。
この子はいつも優しい。だけどこの優しさが今では気がかりだ。この子はもう二度と家族を手放したりはしないだろう。そしてそのまま一緒に潰れてしまう。もうあまり時間がない。
あの子のため。あの子の将来のため。
まだ意識がハッキリしてる間にできることをしなければ。