第6話 母として
「オブライエンさん。少し父を頼みます。母と父の分の食糧を貰ってきますので。」
「ああ、分かった。ゆっくりでいい。君も少し休んできなさい。」
「すみません。ありがとうございます。でもすぐ戻ります。迷惑おかけしますので。」
バリーさんは立ち上がり部屋の隅にある食糧庫へ向かって行った。
「ねぇねぇ、そこの僕?」
おばあちゃんが僕の肩を叩く。なんだ?なんだかよそよそしい。
「はい、なんでしょう?」
「ここにはいつまでいないといけないのかしら?
そろそろお家に帰りたいのだけど…ここは薄暗いし、じめじめしてて嫌だわ。」
おばあちゃんの様子がおかしい、いや、そんな…
「…いつまでと言われも…」
僕は状況を理解できず皆を見渡す。父も母もアナも顔を見合わせて困惑している。やはりそうだ…
「お待たせしました。」
バリーさんのその声に振り向くと食事と水をお盆に乗せて戻ってきていた。
「ん?何かあったのか?」
空気の異様さに気づいてそう問いかけるバリーさんに返事をする人は誰もいない。
「ちょうどいいところに来たわ!バリー。早くお父さんも連れてお家に帰りましょ!
ここはご飯も美味しくないし暗くてジメジメしてて薄気味悪いわ。そうだ!早く帰って今日の夕飯を作らなきゃ!今日はあなたの好きなシチューにしましょ!」
みんなバリーさんを見ることができなかった。皿の割れる音が響き僕の前にコップがゆっくりと転がってくる。
僕はそのまま顔を上げる事ができなかった。
見られるわけがない。
「か、母さん。何を言ってるんだ…僕らはここに避難してきたんじゃないか!帰る家なんて…もう…」
おばあちゃんは困惑の表情をみせたがやがて自分の異常が分かったのか目を大きく開き頭をかきむしった。
「私今変なこと言ってたわよね?あれ、おかしい。記憶が…戦争が始まって、避難してきた?のよね?え、なんで。うそよ。嫌よ。いや、なんで?お父さんみたいになりたくない、お父さんみたいにはなりたくない!」
おばあちゃんは地面に頭を叩きつけた。額からは血が滲んでいく。
「うそよ!いやだいやだいやだ!」
再び叩きつけようとしたとき父が咄嗟に止めに入る。
「みんな!早くおばあさんを!」
父のその声に我に帰った僕らはおばあちゃんを取り押さえた。
「ウィル!ロープを!!アナは神父さんを呼んで来てくれ!」
「分かった!」
僕とアナは駆け出した。最悪だ、おばあちゃんまで…
「とりあえずこれで一旦処置は終わりだ。」
そう言うと神父さんはおばあちゃんの肩を軽く叩いた。おばあちゃんの頭には包帯が巻かれている。
「包帯とガーゼは沢山あるから気にせずちゃんと毎日変えること!こんな場所だからちゃんと清潔に保ってくれ。」
「はい…ありがとうございます。」
おばあちゃんは礼儀正しく頭を下げる。おばあちゃんは自分の現状が、そして周りの目が怖くて仕方ないのだろう。なかなか顔を上げずそのまま俯いている。
神父さんは優しくおばあちゃんの肩に手を置く。
「顔を上げなさい、ミセス・プルマン」
おばあちゃんは俯いたまま首を振る。
「顔を上げなさい!」
大きな声におばあちゃんは少し驚いたのか、少し肩が跳ねたあとゆっくり顔を上げた。
「さぁ私の顔をちゃんと見てくれ。」
おばあちゃんは素直に従う。神父さんはおばあちゃんの目を開きライトを当て何かを調べている。
「うん!大丈夫だ!意識もはっきりしてるし反応もしっかりできてる。」
神父さんは微笑みながらとても明るい口調で続けた。
「私は50年前の戦争の時、野戦病院で働いていてね。よくPTSDや他の精神疾患の患者も見ていたんだ。流石に専門分野ではないが多少は分かる。彼らとは違う目をしてる。あなたは大丈夫だ!
こんな薄暗い場所で地響きに怯える生活が続けば誰でも変な発言の一つや二つはするものさ。」
おばあちゃんの頬には涙が伝っている。そうだ、こんな場所に引きこもっていれば…誰だって…。
「だから気を確かに持ちなさい。落ち込んでても仕方ないさ!明るく行こう!きっとそろそろ地響きも止んで外に出れる日も近い!外に出て伸び伸び運動でもすればすぐいつも通りさ。」
「ありがとうございます。」
バリーさんとおばあちゃんは2人して頭を下げた。
しばらくして落ち着きを取り戻したおばあちゃんはいつも通りのおばあちゃんだった。
しかしそこからの3日間は心なしか言葉数が減り、僕らのことをぼんやりと眺めている時間が増えたような気がする。本当に大丈夫なのだろうか。
おばあちゃんも心配だがバリーさんの方が心配だ。
避難所には助けてくれる人が沢山いるけど外に出ればみんなバラバラになってしまう。
その時二人の面倒を見れるのだろうか。
17歳の僕に思いつくことなんてたかが知れてるかもしれない。でも…でもきっとあるはずなんだ。
みんなが幸せになれる正しい道が。