第5話 バリー・プルマン
どのくらい寝たのだろう。騒がしい声に目が覚める。目を擦りながら罵声のする方向を見ると…案の定おじいちゃんだ…。
「ロープを解け!何が目的だ!こら!解けっ!!」
父とお兄さんが取り押さえていた。
「父さん!落ち着いてくれ!外は戦争が始まってて危ないんだ。頼むから落ち着いてくれ!」
「戦争だと!?」
おじいちゃんは辺りを見回す。
「妻と息子はどこにいる?どこにやった!!」
お兄さんは下を向きひどく悲しそうな顔をしていた。
「父さん…僕と母さんはここにいるじゃないか…」
おじいちゃんは聞く耳を持たず喚き散らす。
もうお兄さんの顔も奥さんの顔も分からないのか。まさかこんなに進行してるなんて。
一通り暴れた後おじいちゃんは遠くを見つめたまま動かなくなってしまった。僕はお兄さんの顔がなかなか見れない。まだ謝れてないのに。
それから2日が経った。
僕らはあれからずっと鳴り響く地響きに怯えながらおじいちゃんの介護に追われた。お兄さんの手伝いをすることもあったが謝るタイミングをなくしていた。
きっと答えなんてないのだろう。なのに僕は自問自答を続けることを辞められなかった。
何が正解だったのか、人としてどうするべきだったのか。
あの憧れていたヒーローならこんなときどうするのか。
少し1人になりたくて僕はトイレに向かう。
「神父さん。すみません。トイレをお借りします。」
「ああ、どうぞ。」
神父さんは微笑みながら扉を開けてくれた。
今はそんな些細な優しさにすら煩わしさを感じる。
トイレに入ってしばらくするとお兄さんが入ってきた。何を話したらいいのか。嫌な静寂に居た堪れなくなり出ようとした時お兄さんに呼び止められた。
「ウィル君。ごめんな。気まずい思いをさせてしまって。」
「いえ…僕は…それよりも、本当はもっと早く謝りたかったのですがなかなか踏み出せず…」
僕の言葉に対しお兄さんは何か言おうとしたがそれを遮って僕は続けた。
「すみませんでした。何も知らないのに分かった気になって。僕のそれはただの押し付けで…偽善でした。」
お兄さんは少し驚いた顔をしたあと寂しそうな顔をした。
「違うんだウィル君。おかしかったのは私だ。私がどうかしてたんだ。家族を捨てるなんて…。
あの後、母にも君のお父さんにも諭されたよ。
僕の行動もきっと選択肢の一つではあったけどそれで幸せは絶対に手に入らなかったと。
きっと死ぬまで置き去りにしたことを後悔する人生だったと。
母は私たちの過ちを正してくれた彼らに感謝すべきだとね。
…ただ一つ聞きたい、なんで父にそこまで気を遣ってくれるんだい?」
何故と聞かれて僕は悩んだ。人を助けるのに理由が必要だなんて考えてもなかったから。
「それは…」
言葉に詰まる。こんな理由でもいいのだろうか。僕は段々分からなくなっていた。だけど無理矢理理由をつけるなら。
「僕が小さい頃からよく知ってたからです。と言っても今になって名前も知った程度ですが…。」
僕はなるべく暗くならないように努めているが上手く笑えているだろうか。
「僕と妹がよく公園で遊んでるとベンチに座ってることが多くて。それで、ハッキリとは覚えてないんですけど何かのきっかけで話す機会ができて…
よく昔の、環境汚染がここまで酷くなかった時の話をしてくれました。
僕ら兄妹はそれが楽しくて…おじいちゃんも楽しそうに話してくれて…。」
お兄さんはそれを聞くと少し微笑んだ。
「そうか、そうだったのか。父は明るい人だったがあまり自分のことを話さないタイプでね。そんな一面もあったんだな。ありがとう。ウィル君。」
お兄さんはそう言うと手を差し伸べてきた。
「すまなかったなウィル君。仲直り?とは少し違うか、でも、まぁ。これからもよろしく頼むよ。私のことは気軽にバリーと呼んでくれ。」
僕はバリーさんの手を握る。これで解決ということでいいのだろうか。僕は少しモヤモヤが残っていたがバリーさんが許してくれたんだ。自分を納得させるしかない。
一緒にトイレから出るとちょうどメーガンさんが降りてくるところだった。
「お疲れ様です。どうでしたか?外の様子は。」
「うーん。まだ終わりそうな気配はないわね。
昨日の夜いつもより大きい爆発音が聞こえたでしょ?やはり少し近くに落ちたみたいね。
爆風によるものかしら、ステンドグラスがいくらか割れていたわ。」
「そうですか…分かりました。ありがとうございます。」
それからも地響きは続いたまま3日が経過した。
相変わらず目覚めはいつもおじいちゃんの罵声だ。
「お前らいい加減にしろ!!一体いつまで拘束する気なんだ!!何が目的だ!!」
バリーさんと父さんも流石に疲れが出てきたのかため息をつき作業のように対応する。
「父さん。何度も言ってるがここには今避難しに来てるんだ。少なくとも地響きが止んで、しばらく様子を見ないと外に出られないんだよ。頼むからもうみんなを煩わさないでくれ。」
「お前らの言ってる事は意味がわからん。…頼む解放してくれ。妻と息子を探さなければ…息子はまだ8歳なんだ、きっとどこかで泣いている。頼む…」
おじいちゃんはそう言うと項垂れてしまった。全く話が通じない。記憶が昔に戻ってしまっているんだろうか。
日に日に僕は自分の甘さを思い知らされた。