第4話 望まれない再会
やっとの思いでたどり着くとそこにいたのは修道服を着た年配の女性だった。
遠くの方ではまだ絶え間なく爆発音が鳴り響いているがこの女性の優しい顔立ちが安心感を与えてくれる。
「よくここまで逃げてこられました。神のお導きですね。私はここの教会の管理者のマザー・メーガンです。」
そう言ってメーガンさんは笑顔を見せるが父の担いでいるおじいちゃんを見て眉間に少し皺を寄せる。
「その方はどうしたのですか?」
「ああ、すまない。ここで長話はしたくなかったんだが…」
父は空を見上げる。そこそこ距離はありそうだが戦闘機が通過して行くのが見え不安を煽る。
「そうですね。簡潔で構いません。私も避難して来た人を守る義務がありますので…」
「わかった。私はトミー。そして妻のレニーで息子のウィリアム、あと娘のアナソフィア。2人は双子だ。で、担いでいるのはご近所さんのお父さんで痴呆症でな、避難中に一人で徘徊してるのを見つけてほっとけなくて連れてきた。実際痴呆症がどの程度進行してるのか分からないから少し介護で迷惑をかけるかもしれない。」
「…そうですか。事情はなんとなく分かりました。こちらもできる範囲で手伝いましょう。ささっ!では続きは中で。」
そう言って僕らを教会の中に急かした。
「小さな教会ですがここは数百年前の戦争の時に掘られた広い防空壕が地下にあります。もう安全ですよ。あちらの階段から下へ行ってください。後の話は地下で!
階段を下り切ると鉄製の扉があるのでそちらに。
私はまだ逃げ場を探してる人がいないかここで見張りますので。」
教会の中ほどまで来たところでメーガンさんは柩を返し外へ戻っていく。
言われた通り進むと木製の祭壇が薙ぎ倒されていて地下へと続く階段があった。
それにしてもずっと静かにしてるな。父に担がれているおじいちゃんの顔を覗くと暴れ疲れてしまったのか眠ってしまったみたいだ。
よくこんな状況で寝れるもんだ。
ランタンで照らされた階段を下って行くと両開きの鉄の扉とその脇に木製のドアがあった。
言われた通り鉄の扉をノックをすると扉は開けられ中年の神父さんに中に招き入れられた。
上で見た教会の数倍はあるであろう空間がそこにはあり逃げてきた人がざっと50人程地べたに座り込んでいる。
「疲れただろう。あっちに毛布や食料があるからまずはそこで今日の分をもらいに行くといい。」
神父さんはそう言って隅の方を指差す。
指された方向見ると毛布や缶詰、ペットボトルに入れられた水が沢山積まれていた。
結構な量がある。こんな時のために備蓄を続けていたんだろう。これなら数日はここにいられそうだ。
「あとケガはしてないかい?神父になる前は看護師をしてたんだ。といってもここには医療物資はほとんどないし、引退して随分と時間が経ってるからできることに限度があるがな。なにかあったらすぐ呼んでくれ。」
「ありがとう。少し落ち着いたら頼むよ。森の斜面を下るときに少し切ってたみたいだ。」
お父さんの足を見ると少し血が滲んでいた。
「ああ、分かった。まぁその程度なら消毒してガーゼで抑えておけば大丈夫だろう。先に寝床を確保して水を一杯飲んだら来るといい。」
「ありがとう。神父さん。」
神父さんは笑顔で応える。
「ウィル、すまないがアナと一緒に毛布と水をもらってきてくれるか?あと縄か何か縛れるものがあれば頼む。とりあえずお爺さんを床に寝かして私たちも少し休憩しよう。」
入口で別れ、父はおじいちゃんを担ぎながら中央へ向かう。母もそれについて行った。
僕らが食糧の積まれた場所へ向かいだすと父と母の元へ数人が集まってきていた。
「そ、外の様子はどうだった?」
「先程から地響きが続いてるがバレンチア側の反撃ももう始まってるんだろうか?」
「妻とはぐれてしまったんだが黒いショートカットで背の高い女性は見かけなかったか?赤い服を着ていたのだが…」
次々に質問攻めに合っているが父が全て対応しているようだ。
僕達より少し前に避難してきた人たちだろう。ここからでは外の状況なんて地響きくらいしか分からない。こんな薄暗い閉鎖された空間にいればみんな不安になる。
目的の場所に着くと50代くらいの女性が水の積まれた棚でタブレットと睨めっこしている。
きっと在庫の管理とかそういったものだろう。
「あの…5人分の毛布と食べるものなどもらいに来たんですが。」
アナがそう声をかけるとこちらを振り向き笑顔を見せる。
「2人とも偉いわね。ここまで来るの大変だったでしょ。今準備するから待っててね。
ここにいるのは今来たあなたたちを入れて61人よ。いつかこんな日が来ると備蓄は続けてたけどこの人数だと節約して20日が限度ってところかしら。
少しひもじい思いをさせるかもだけど一緒に頑張りましょう!
ここにいても外に出ても大変だけどここにいられる間にしっかり体を休めておいてね。
あ、そうそうトイレは外に出た木製のドアを開けたところにあるから。使いたい時は神父さんに声をかけてね。」
まだこの教会に来て10分くらいだがここの人たちは出会う人、出会う人、皆が明るく優しい。
行き当たりばったりで急に始まろうとしているここでの避難生活だったが少しだけ希望が見えた気がする。
用意してもらった人数分の毛布と今日の分の食糧と水を台車に乗せ、父と母のいる中央へ向かう。
ロープは見つけ次第持ってきてくれるそうだ。
「アナ、大丈夫か?」
「うん。ちょっとバタバタしすぎて疲れちゃったみたい。」
父と母の方へ視線を向けると何やら揉めているみたいだ。怒鳴り声が聞こえる。あれは…おじいちゃんの家族だ。良かった!ここに避難してたんだ!
「お兄さんとおばあちゃんもここに居たみたいだ!これで一安心だね!」
アナも少しホッとしたのか顔が少し明るくなった気がする。それにしてもなんで揉めてるんだろう。
僕達は足早に近づいて行く。
「なんで、なんで連れて来たんだ!オブライエンさん!分かるだろ!?こんな状況になったんだ!
自分達の事で精一杯なのに面倒を見れるはずがない!!」
「バリー辞めなさい。」
「父はもう死んだんだ!それは父の見た目をした…」
「バリー!!」
おばあちゃんがお兄さんの頬を平手打ちする。
「やめなさいバリー。やめて。」
「やっとの思いで道に捨てて来たのに…なんで…」
「すみませんオブライエンさん。息子には言って聞かせますので。」
「いや、私は…」
僕には理解できなかった。なんで家族を捨てるのだろう。僕の助けたいと思ったことは間違ったことだったのだろうか。
父は後ろを振り向くと僕らが近くに来ているのに気付いてお兄さんの肩に手を置いた。
「すまない。察してはいたんだ……息子たちが見ている。隅の方で話し合おう。」
お兄さんと目が合い経緯を察したのか下を向き、黙って父について行く。更にその後ろを母がついて行った。
あの時父が悩んでいたのはこのためだったのか。
なんで言ってくれなかったのか。僕は今の今まで良いことをしたとずっと思ってたのに。全部余計なお世話だったのか?
僕は前を向くことができなかった。悔しくて涙が止まらない。1番上に乗った毛布を涙が濡らしていく。台車に掛けたままの僕の手にアナの小さな手が重ねられそのまま優しく僕の手を握った。
「お兄ちゃん。私は間違ったことをしたと思ってないよ…ここからが問題なんだから!一緒に手伝えばいいだけだよ!うん!お兄ちゃんは間違ってない!」
アナは不器用だな。アナも辛いだろうに。僕はただ一言返事をするのが精一杯だった。それを見たアナは目を赤くしながら少し微笑み、より一層強く手を握ってくれた。
眠っているおじいちゃんのそばで僕とアナが座って待っていると先に母が戻って来た。
「ウィル、アナ、大丈夫よ。プルマンさんも急にこんな状況になって気が動転してただけだから。
それにいずれプルマンさんのしたことを理解できる時が来てしまっても今のあなた達のままでいて欲しいの。だからウィル、アナ。あなた達は間違ってないわ。そう、きっと。」
母は口調こそ優しいが顔は少し暗い。僕達だってもう微妙な顔色も分かる歳だ。だけどそれに対してどうこう言うつもりはなかった。
「ありがとうお母さん。でも後でお兄さんに謝りに行ってくるよ…」
母は優しく微笑んでいた。
それからしばらくして父も戻ってきた。待っている時に届けてもらったロープを父に渡すとおじいちゃんの手足をロープで縛った。
「よし。これで一旦大丈夫だろう。ここも頑丈そうだし真上に落ちない限りは安心だ!私とお母さんで交代で見張るからお前達はもう寝なさい。」
先ほどから定期的に鳴り響く地響きに不安を抱きながら僕は目を閉じる。アナは怯えているのか僕に体を寄せてうずくまっている。このままアナが寝たら僕も寝るとしよう。
「おやすみ。お父さんお母さん。」
「ああ、おやすみ。ウィル。アナ。」