第47話 ゴミ山の女王
ミルズに護衛を任せ瞳を閉じる。
この男は信用できる。繋がっているとは言え全てが分かる訳ではない。
だが内に秘めた罪悪感、親心、そして私に抱く希望を感じる。
実際にこうしてわざわざ私の元まで来て報告しているのもそうだ。
私のことを気にかけてくれてる証拠だ。
身体の操作までできるなら信用も何もないと思うかもしれないが、あくまで支配できるのは精神を集中させても7割が良いところだ。
そのうちほぼ全てを身体を操作することに注いでいる。
ではその残りの3割は何なのかと言うと答えは『分からない』が正しいのだろう。
フードの男に命を救われ、この力を授かった時に色々と説明は受けたがまだ10代半ばの私には半分以上理解できなかった。
ただ、恐らく予想の範囲だがこの【3割】があの男の言っていた【魂】と言うものなのだろう。
たしかあの男は「正確な数字は分からないけど内訳で言うと2割が運命で残りの1割が心だね。」などと言っていた。
馬鹿馬鹿しい。
私は運命も神も信じていない。
父と母、そしてこの私もこうなることが運命だったなんてあまりに悍ましい。
そんな神などいらない。
だがぼんやりでも良いから答えがあればいいのだが他には見当もつかない為『分からない』と言うことで納得させている。
ただ無視できない程にその3割というものは恐ろしく、脳に直接神経を繋いでいると言うのに行動理念や思想、感情を完全には支配させてくれない。
できるのは皆に向かって幸福感や高揚感。悲しみ、絶望、喜びや達成感。そう言ったものを流し込む程度だ。
それである程度は管理できるがこの国の支配層にいた連中なんかはその程度では何も変わらなかった。
そのため元支配層の約3000人は常に身体の支配を奪っている。
なかなかに神経をすり減らすため、できればもうこれ以上増やしたくはない。
だからこそ支配できない残りの3割の部分はとても重要なのだ。
勿論裏切ろうとその人物が思えば伝わってくるし、すぐに対処もできる。それに攻撃されたからと言って私を殺せる人物などこの国にはいない。
だが刺されれば痛みは感じるし、精神的にもすり減るのだ。
ミルズは私がこんな化け物になる前、小さい頃からよく面倒を見てくれた所謂近所のおじさんだ。
母が死に、父が家を出で行った時も色々と支援してくれた。
今の私があるのも彼のおかげと言っても過言ではない。
[南東C地区のA〜G班。復興作業は一時中断です。B班カルメンの視界に敵の飛空艇を確認しました。戦闘に入ります。全員こちらで操作しますので身体を委ねて下さい。]
私は管理し易い様に南東C地区と呼称を変えた自分の故郷の隣町、過去ヘンブルグと呼ばれた町の住人たちの脳内へと呼びかける。
[やめてくだされ嬢ちゃん。そんなよそよそしい。他のもん達は知らなんがワシらは自ら望んでこの身を委ねたんだ。]
[そうよ?私たちはみーんなあの頃に戻りたいの。だけどみんな諦めてた。それをあなたが希望を与えてくれた。]
[うんうん。お姉ちゃんはドン!と構えて僕らに命令してくれればいいんだよ!]
どんどん住人たちの声が頭に入ってくる。
そうだそうだと囃し立てる者、感謝を告げる者、色んな声が聞こえてくるが一つも否定する様な言葉はない。
[ありがとうみんな。ただ、申し訳ないんだけど今回の戦闘は恐らくいつもとは違くなる。この戦争始まって以来、最大の被害になると思う。何人か、それとも全員かは分からないけど身体を失うことになると思う…。いつも通り脳細胞は必ずコト切れる前に回収するから。だから……ごめんね。あなた達の意思や心は私の中で生き続けるから…]
私は歯を強く噛み締める。私はまた嘘をついた。どれだけ脳細胞を体内に取り込もうが死んだ人間は死んでいるのだ。意思や思い出が私に蓄積されるのは確かだが、それはもう更新されない過去のデータに過ぎない。
[分かってるよ。大丈夫。私たちは駒だ。この国を救う為なら死ぬ覚悟だってある。]
[ああ!]
[任せろ!]
[後は頼んだぞ!]
[す、少し怖い…。]
[大丈夫だよヘンリー。女王様が全てうまくやってくれる!]
次々と上がる声の一つを私は見逃さなかった。
【怖い】そうだ。それが普通の感情だ。慕ってくれ、私を疑いもしない。そんなのはまやかしだ。
あの声には聞き覚えがあった。たしか小さい頃に隣町の叔母さんの家に遊びに行った時によく遊んだ年下の女の子だ。
懐かしい。よく森の中でおママごとなんかしたっけ…。
私は間違っていると知りながらも南東C地区の住人達に高揚感を流し込む。
間違っている。こんなことは。だが感情と言うものは伝染する。
仕方がない。そう自分に言い聞かせる。
もう引き返せないのだ。
だがこれでは…。
あまりの皮肉さに笑いが込み上げてくる。
これでは元の独裁国家より酷いじゃないか。
人の感情をも押し殺し…。
[よし。じゃあみんな行こうか。必ず私たちの国を守り切ろう!]
おお!と言う皆の掛け声と共に総勢617人の身体の操作に入る。
みんなごめん。ごめんなさい。
自分がやっておいて一体どの口が言うのか。
みんなの言葉一つ一つが嘘に聞こえてしまう。
いや、違う。きっと今の彼らにとっては本心なのだろう。
ここまで来るのに随分と喜怒哀楽を流し、彼らの心を抑え込んで来てしまった。
もう本来の彼らの事は分からない。
歪めすぎてしまった。
私はみんなの心を踏み躙っている。
これはもう私のエゴなんじゃないか。
私は神経を研ぎ澄ましみんなの身体を操作する。まずA〜C班はそのまま復興作業をしている民間人のフリをする。
相手がどう言った出方をするか確かめる為だ。
構わず撃ってくるようならそれでも構わない、
声をかけてくる様ならうまく誘導して情報を引き出し、相手に合わせた地形で戦うべきだろう。
例えこちらがホームだとしても相手を侮っては行けない。
少なくとも敵は情報を集め、こちらに勝てると踏んでいるから来ているのだ。
逆に急に来られたこちらには敵の情報はないに等しい。あるのは【恐らくバレンチア帝国だろう】くらいのものだ。
理想論であって、無理な時は無理だとは理解している。それに私はこんな身体だ。傍から見れば国民を非人道的に扱う化物だ。だが、できれば争いたくない。私はあくまでこの国を元の姿に戻したいだけだ。
戦場になれば少なからず大地に影響を及ぼすし復興も遅れる。
それにそもそもこの世界大戦に興味はない。
参戦を表明するまでにあのバカ王子を潰せていれば…。
とんだ爆弾を置いていったものだ。
元々我が国は鎖国していたのだ。巻き込まないでほしい。
でもそれを訴えた所で聞き入れては貰えないだろう。
[飛空艇がどうやら着陸態勢に入った模様です。B地区の3番に降ります。]
[了解。]
戦争が始まってから私たちはこの地形わをうまく活用して敵を殲滅して来た。
まさかこの溢れんばかりのゴミが敵から守ってくれるとは皮肉なものだ。
最初は疑問に思った。何故か敵は皆、陸から攻めてくる。偶然かと思ったが最近になって分かった。このゴミのせいでまともに着陸できる場所がないのだ。
それに今現在解体している都心のビル群以外の建物はほとんどが平家でゴミに埋もれてしまっているのが殆どだ。上空からでは何処を狙えばいいか分からないのだろう。だからなのか空爆も今のところ行われていない。
その事を踏まえて色々と試行錯誤した結果、最も効率が良く被害が少ないのがこの方法だ。敢えてこちらの有利になるような場所だけゴミを片付けてやるとまんまとそこに着陸する。勿論わざとらしくない程度にだ。
[よし。3番ならフォーメーションCだね。みんな頑張ろう。]
私の声に返事はなかった。もう身体の支配が完了したようだ。みんなはもう操作を緩めるか私が自作自演しない限り声すら出せない。
「みんながひとつになれば。…か。」
私は力を授かった時の事を思い出していた。
あの声の主が本当に神で、この世に神が存在するのならあまりに酷い話だ。
確かにあの時私は願った。願ったさ。だがこれがその結果か?
私の言い回しが悪かったのか?
力を授かった時に聞こえた声。一言一句覚えている。
『神に近づかんとする者よ、お前は何を求める。 さぁ見せてみろ。お前をお前たらしめる心の奥底ににある感情を、願いを、そして魂を。』
私は半信半疑だったが、どうせならと心の奥底にある感情全てをぶつけた。
神を気取る声の主にこの世の理不尽を不平不満をぶち撒けた。
そして最後にこう願った。
「諦めてしまってる人が大半だけど…私は信じてる。国民が同じ方向を向き、みんなが一つになればこの国をやり直せるんだって。またあの自然豊かで平穏だった日々を取り戻せるはずなんだ!」と。
反吐が出る。
何処までも伸びる神経細胞を無理やり人と繋げることによってその人間を支配する力。
どんなに学のない人間であっても『みんなが一つになれば』と言うのがこんな物理的な事ではないくらい分かるはずだ。
あまりに歪んでいる。狂っている。そんな神をどう信じろと言うのか。
この飛空艇に乗っている人物がフードの男の言っていた者なら恐らく自分と同じ様な能力者だろう。
たしかフードの男は私たちの事を『原作者』と呼んでいたか。いや、『原罪者』だったか?まぁ呼称なんてなんでもいい。
しかし、同じ神が能力を授けたのなら、同じように狂った力なのだろうか。
予定通りB地区3番に降り立った飛空艇のハッチが開く。
深呼吸をし全神経を研ぎ澄ます。
さぁ始めよう。この国の誰もが望んでいない戦いを。




