第46話 ノセリアス
ミルズはゴミで覆い尽くされた道を走る。
ここは他国から万年貧乏国家と呼ばれた君主制国家、ノセリアスの中央に位置する首都から少し離れたゴミ処理場だ。
分別や処理が間に合わず地面が見えないほどゴミが積まれている。
だがこれはこの場所だけの話ではない。
この国の約7割がこんな状態だ。
ノセリアスは昔、自然に囲まれた豊かな場所だった。だが今や見る影もない。
驚くかもしれないがこの国が変わり果てたのはここ8年くらいの話だ。
この国は代々王家の者が国を治める君主制を取っていた。まぁ要するに独裁国家だ。
独裁国家と聞くといいイメージを持たないかも知れないが今思うと我が国は良くやっていた。
歴代の王はこの国を、広大な自然やこの土地で生きる全ての動物を愛していた。
勿論国民もだ。そして豊かさとは何かを知っていた。
どれだけ貧乏だの未開人だのと他国に罵られようと、どれだけ今の医療技術なら救えるだの、世界にはこんな便利な物が、と言ってくる人道支援を名乗るセールスマンにも屈せず。
ありのまま、国民が自然の中で平穏に暮らすことができるようにと王はこの国を守り続けた。
だが皮肉なことに国民は誰もそのことは知らない。外の世界のことなど知らないし、考えようともしなかった。他国との付き合いは食糧の輸出や輸入くらいで厳重な情報統制が敷かれていた為だ。
今となって分かったがそれが正しかったのだ。
国王が急死しバカ王子が玉座に座った途端、この国は変わり果てた。
環境汚染により世界的に不足していた木材の輸出。
他国が出した産業廃棄物の受け入れ。
そして人件費の安さに目をつけられ、至る所に工場が乱立した。
そして何も知らなかった国民は今まで想像もしてなかった輝かしい世界に触れ、誰もが目をギラつかせ欲望に溺れていった。
それが如何に愚かで醜い光かも知らずに。
やっとの思いでたどり着いたのは朽ち果てた大きな工場跡だ、4mはあるだろう巨大な鉄製の扉は完全に開いたまま錆び付いている。
ミルズは襟を整え一歩踏み出す。
もう目的の場所は見えている。屋根は崩れ落ち、その中央には元あった天井を雄に超えて積まれたゴミの山がある。
その頂上に目的の人物がいるのだ。
「モレノ様。南東の町を巡回しているカルメンの視界に飛空艇を一機確認致しました。」
ミルズはそう言って鉄屑とタイヤが積み重なってできた山の頂上を見上げるが返事はない。
「モレノ様?」
頂上に置かれた所々革が剥がれ、中のクッションが顔を覗いた1人掛けのソファーに座る女王は片膝を立て、その上に顎を乗ながら憂鬱そうに遠くを眺めている。
戦争が始まって少ししてからこうだ。
最初はその有り余る力に対し敵が弱すぎる為、退屈しているのかと思ったがどうやらそうではない。
何かを待っているような。そんな気がした。
「ん?ああ。すまないなミルズ。少し昔を思い出していた。」
「昔…ですか。」
「ああ。…と言っても悪い時の記憶ではない。バカ王子が他国に身売りをする少し前。私が6歳くらいの記憶だな。」
「…あの頃は…良かったですね。」
私は今年で40歳になる。女王が力に目覚めて取り込まれてから約2ヶ月が過ぎようとしているが力やヤル気に満ち溢れ、疲れというものを感じなくなった。
なるべく考えないようにしているが、生物学上私が生きているのか死んでいるのかは分からない。
ただ、恐らくだが不老不死になったと言う女王が消滅でもしない限り永遠に生き永らえるのだろう。
だが私は何の不満もない。いや、私だけではない。きっと取り込まれたほぼ全ての国民がそう感じている。
あの幼い頃の記憶。貧しかったが心が豊かだったあの時代。友人と日が暮れるまで鬼ごっこや隠れんぼをしたあの森や広大な草原。
お腹が減れば両親と共に海に釣りに行き、小腹が減れば森に果物を取りに行った。日が暮れれば小さな家で蝋燭を灯し食卓を囲む。
当然私も大きくなれば家庭を持ち、その日その日を穏やかに暮らして行くものだと思っていた。
私は辺りを見回す。この変わり果てた私達の国の有様を。
見渡す限り広がるゴミの山。異臭を放ち地面すら見えないこの大地に以前の面影はない。
自らが出したゴミなら自業自得とも言えるが9割以上が他国から運ばれたものだ。
一体国民の誰がこんなことを望んだのだろう。
遠くに見える忌々しい高層ビル群を眺める。あんな物の為にどれだけの犠牲を払ったと言うのか。
大きな地響きが鳴り一棟のビルが崩れ落ちる。
今は一つとなった国民の意思で今現在あの負の遺産は解体している。あと1年もすればあそこは更地になる予定だ。
国民が一丸となってこの国の浄化に着手している。
だが、ただでさえ環境汚染の進んだこの星で元の大地に戻すのはきっと不可能なのだろう。
「それで?なんだったっか?」
「ああ、すみません。恐らく、かの帝国バレンチアの物と思われる飛空艇が領空を飛行中とのことです。今までとは違い、小振りな様ですが速度も速くステルス機能も搭載した高性能な物の様です。偵察機でしょうか?いつも通り誘い込み殲滅しますか?」
「いや。」
女王は立ち上がり南東の方向を見る。
「カルメンの目が認識したと言ったな。」
「はい。」
「ああ、見えたよ。あれか。…確定ではないが…
きっとあれだな。やっと来たか。私は約束は果たす。これで貸し借りなしだフードの男。」
約束?一体何の話だ。
女王が立ち上がる。
「御身自らお相手するのですか?」
「ああ。あれが話に聞いた奴なら私以外対処できん。」
「畏まりました。」
フードの男の話はうっすらと聞いてはいたが無駄な詮索はしないことにした。女王自ら戦うならもう終わる話だ。何も問題はない。
「これから2時間は操作に集中する。その間私は無防備になってしまうがいつも通り護衛は頼んだぞ。」
「はっ!お任せください!」
私は女王を、いや彼女、ヴァネッサ・セント・モレノの事を産まれた時から知っている。可哀想な子だった。彼女の父は最低な人間だった。…いや違うな。最低な人間に変わり果ててしまったと言った方が正しいだろう。彼は彼なりの、相応しい末路を辿った。だからこそ少しばかり同情の余地はある。
彼も被害者の1人だ。見たくもない希望を、果てなき欲望を押し付けられ変わってしまった。
みんなそうだ。その結果のこれだ。
私は女王が眺めた南東の方向を見つめる。
あそこは奇しくも私達の生まれ育った村がある方向だ。
「なんでこんな事になってしまったんでしょうね。」
男はボソリと呟き足元に転がった2mはあるH鋼を拾い上げ足元のゴミの山に突き刺す。
「私はこの国が好きだ。だからどんなに長い道のりだろうと。永遠に終わらないとしても。それでもあなたのその、みんなが本当に見たかった希望に付き合いますよ。モレノ様。」




