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永遠の命で世界を救えたら。  作者: 渡利慶次
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第43話 最低な

 どのくらいこうしていたのだろう。長くそして短いような時が流れ、まるで手に触れた雪が溶けるかのようにスーッと温もりが離れ消えて行く。

僕は涙を拭い両頬を軽く叩いて気持ちを切り替えた。もうあまり時間がない。


「ありがとう2人とも。あまり時間がないんだ…最後にお父さんの顔を見て行きたいんだけどできるかな?」


「………ええ。平気よ。」

 母さんは少し微笑み父の眠っているのであろうカプセルの横に立つ。一瞬真正面から見た母の目は少し腫れていて充血していた。

昨日からずっと泣いていたのだろう。そして僕たちに弱いところを見せまいとしている。

きっと今も無理をして微笑んだ。同じ状況なら僕にはできなかった。

母はなんて強いのだろう。

時間がないことに触れなかったのもきっと…

なんて僕は親不孝なんだろう。


 母さんがカプセルの横にあるタッチパネルを操作するとスモークがかかっているガラスの上半身部分だけが透明に変わり、父の姿が露わになる。


 眠っているようにしか見えなかった。とても安らかな表情で…まるで時が止まっているようだった。

だが口を覆う人工呼吸器や心拍数や脈拍を計測する機械、腕に刺さった点滴、それにもう僕では到底分からないような線やらチューブが至る所に取り付けられている。

どれだけ知識がなくてもこれが生きているのではなく生かされているのだと分かるほどに。


「お父さん…。」

 覚悟はしていた。していたはずだ。なのになんで……。

「…ごめん2人とも。少しお父さんと2人きりにしてくれるかな?外にミラー長官が来てるんだ。色々と事情が変わって僕は軍の管理下に置かれることになったんだけど…きっとミラー長官が説明してくれるから。」


「…少し話は聞いてるの。ウィル。あなたの口から聞くまで待ってたけど…本当に大丈夫なのね?」


「うん。僕は大丈夫。それより…」


「体調のことだけじゃないのよ。心の話よ。お母さん頭が良くないから詳しくは分からないけど、この国のため。人類のために戦わないといけなくなった。って事でいいのよね?…そしてそれはあなた以外にできないことだと………。」


「…うん。」


「なぜあなたなの?私は、私はもう大切な人が傷つくのを見たくない。あなたはまだ17歳なのよ?私たちの国は軍事国家なのよね?そんな子供に頼らないといけないほど切羽詰まってるの?」


「そうだよお兄ちゃん!私も納得いかない!何が起きてるの?個人でどうこうできる話じゃないよ…別に悪く言うつもりはないけどお兄ちゃんは特段強いわけでも頭が良い訳でもないじゃない。…なんでなの?お兄ちゃんは良い人だから何か騙されたり利用されてるだけじゃないの?」


 そうだ。アナの言う通りだ。僕は特別だったことなんてない。至って普通だ。

僕ですらまだ頭が追いついていないし半信半疑のままなのに納得してくれる訳がないんだ。

それにアナと母さんの言ってる事は至極真っ当だ。これは戦争だ。戦争で個人が戦局を変えることなんてほぼない。数は暴力。今までずっとそうだった。それが今全て変わろうとしている。

それほどまでに人類を超越した力を持つと言う事は責任が大きい。例えそれが戦わないと決めたにせよだ。


 僕は無言で後ろを振り向き扉へと向かう。これから僕が行おうとしている事を考えると母とアナの目は見れなかった。


「ちょっと!ウィル!まだ何も話してないじゃない!どこへ行くの?」


「すぐ戻るよ。」


 きっとこの説明の方法が1番早く理解してもらうことができる。でも1番残酷で1番最低だ。

それでもこれを選んだのは説明が面倒だとか難しいからではない。

僕は望まない事をする。父の、母の、そして僕自身の。

親不孝者だ。だからこれは一種の自己防衛のようなものかも知れない。早めに切り離したいのだ。もう理想論を語る子供のままではいられない。…僕を諦めて欲しい。


 僕は扉を開け外へ出る。母さんが後ろで何か言っているが僕は黙ったまま扉を閉めた。


「なんだ?まだ時間には早いがもう良いのか?」


「いえ、そうじゃないんですが…。」


「ん?じゃあなんだ?」


「すみませんがナイフを貸して頂けませんか?」


「…お前は自分で何を言ってるか分かってるのか?お前は保護対象だが同時に変な行動をとれば射殺していいとの命令も受けている。そんな奴に武器を渡す訳が…」


「いや、いい。渡してやれ。」


 ソファーに腰掛けていたミラー長官が立ち上がり僕へと歩を進める。


「君がしようとしていることが分かった。だが良いのか?ワシはそのやり方は勧めないぞ。」


「いいんです。これは家族の問題ですから。」


「そうか。しかしこれだけは言っておくぞ。人は愚かだ。そして残酷だ。家族であっても所詮は他人。人は自分と違うものを恐れる。その目に焼き付いた恐怖は消えない。父や母が無償の愛でずっと見守ってくれると思ってるならそれは勘違いだ。そんなものは一つの歪みですれ違い、そして離れ、やがて憎むようにすらなる。無償の愛だと感じているのは自身が健康でお互いを尊重でき、大きなデメリットがないからに過ぎない。」


 ミラー長官の言葉は正しい。

【父はもう死んだんだ!それは父の見た目をした…】

 僕は何故だかバリーさんの言葉を思い出していた。今ならあの言葉の続きが分かる。

【化物】だ。

勿論あれは比喩で僕は正真正銘の化物になった訳だが。

だからこそ道端に置いてけぼりにしようとした理由も今ならわかる。

これは僕の勝手な妄想だがおじいちゃんが一瞬でも正気を取り戻していたら自ら離れていったんじゃないかと思う。

それと同じだ。大事なものほど遠くに置いておきたいのだ。自分のせいで傷つくと知っていれば尚更だ。

今後僕と近ければ近いほど母は苦しみ恐怖し自身を責めてしまうだろう。



「分かっています。でも全て覚悟の上です。」


 ミラー長官は頭を掻き溜息をつく。

「すまないな。ウィル君。子供にこんな…私が保証する。ナイフを貸してやってくれ。」


「…了解しました。ミラー長官がそう言うなら。」



 僕は警備兵の方からナイフを受け取り再び扉の前に立つ。ドアノブに手を掛けるが手が震えた。


 何をしているんだ。覚悟を決めろ。嫌われる勇気を。



 僕の気持ちとは裏腹に扉はスーッと何の抵抗もなく開く。

そして中にいる母と目が合った。


「やっと戻ってきた。さぁ説明して。」


 僕は右手に持ったナイフの刃を左手で握りしめる。皮膚が切れ、肉が裂ける。

アドレナリンのせいだろうか、不思議と痛みは感じずただただ熱さを感じた。

「ウィ、ウィルあなた何を!」


 母はただたじろぎアナはただその場に立ち尽くしている。

僕はナイフを思いっきり引き抜く。

ツッ…流石にこの痛みは精神論やアドレナリンどうこうで掻き消える痛みではない。

大量の血が僕の腕を伝って床へと落ちていく。


 母は目を開き慌てて僕は駆け寄り止血しようと腕を握る。

「何をしてるの!アナ!何か縛れるものを……」


 母が言い切る前に血は既に止まっていた。

僕は母の手を解き手の平を見せる。パックリと開いた傷がまるで生きているかのように蠢き塞がっていく。まるで何もなかったかのように。

母は何が起きたのか理解できず開いた口が塞がらずにいた。


「い、一体どう言う………。」


「見ての通りだよ。僕はもう……人じゃない。」


 母は口に手を当て目から涙を流していた。

「そんなこと、そんなことないわウィル。あなたは…」


「分かってるよ。ありがとう。」


「……お兄ちゃん、これ……。」


 縛れるものをと駆け出していたアナが戻り途中から話を聞いていたのか全てを察したアナがタオルを僕に差し出していた。


「ありがとうアナ。」

 僕はそのタオルで血を拭う。

「こんな説明の仕方になってごめん。」


「うん。…お兄ちゃんは最低だよ。」


「分かってる。」


「ちゃんと説明して。その力はどこまで再生できるの?」


「まだちゃんと試してないからわからないけど少なくとも腕が吹き飛んでも再生してたよ。」


「う、腕?」


「うん。あと説明が難しいけど感覚としては体の小さな小さな一点を除いて再生できると思う。」


「そう…なのね。だから戦場に送られると…」


「それもあるけど一番でかいのはこっちかな。」


 僕は右手に持っていたナイフを前に突き出し念を込める。みるみるうちにナイフは崩れ落ち塵となり消えた。

「敵国にも僕みたいに体を再生できる奴がいるみたいなんだ。そのせいで僕たちの国は今負け越してる。でも敵も僕と同じなら僕が敵に触ればその脅威を排除できる。僕みたいな化物さえ倒せばこの戦争はすぐ終わるんだ。それが…今1番多くの人類を救う方法だって…。」


「………それはあなたの意志でもあるのよね?」


「うん。方法は違うしきっとお父さんは反対するだろうけど僕は人を助けると約束したから。」


「…分かったわ。ならもう何も言わない。ただ約束して。無茶はしないで絶対生きて帰ってくるって。」


「うん。約束する。」


 アナは黙ったままだった。下を向き拳を強く握り締めただ立ち尽くしていた。

僕は時間を確認する。まだ3分ある。

「ごめん。もうあまり時間がないや。最後にお父さんと2人にしてくれないかな…。」


 母は黙ったまま頷きアナの手を引く。

「行きましょうアナ。」

「……うん。」

 扉が開閉され2人は扉の向こうに消えていった。

僕はその背中を強く目に焼き付ける。これが最後かもしれないと。


 僕はカプセルの横に置かれた椅子に座り両手を膝に置く。

最初見た頃から何一つ変わっていない父の顔を見て爪が食い込むほど強く手を握り締めた。これが怒りなのか悲しみなのか僕にも分からなかった。

「お父さん…。僕は…僕はこれからきっとお父さんが望まない事を沢山します。僕はとても弱い人間です。ごめんなさいお父さん。理想の息子になれなくて…。」

 

 言葉にするのはこれが精一杯だった。想いがどんどん溢れ、もう収集がつかなかった。



 静まり返った部屋にノックの音が響き扉が少し開く。

「時間だ。」


「…はい。今行きます。」


 僕は父の方を向き直す。


「きっと、きっとまた来るからね。」


口にはしたが次はいつ会えるだろう。なんとなくこれが最後なんじゃないかと言う気持ちが溢れ、僕は滲んできた涙を拭い立ち上がる。進むしかない。そうだ進むしか。


「僕が来るまで死んじゃダメだからね。」


 椅子から立ち上がり父に背を向け病室を後にする。大丈夫だ。僕は大丈夫。早く戦争を終わらせて一日でも長く父が生きられるように。




「お待たせしました。」


「大丈夫だ。じゃあ行くか。」


 僕は廊下を見渡す。

「あれ?ミラー長官と母と妹はどこに?」


「ああ、説明が長くなるから先に帰ってくれとのことだ。」


「そうですか…。」


「悪いな。これから基地の君の部屋に移送する。もう部屋の設備も整った頃だろう。詳しくは分からないが明日から実験も兼ねて君のその力の訓練が始まるらしい。今日以降いつ休めるか分からん。もう後はゆっくりと休むといい。」


「分かりました。お気遣いありがとうございます。」



 病院から出て再び車に乗り込み窓から外を眺める。

この国の人にとって僕はある意味希望だ。敵国からしたら悪魔だろうが。でもそんなのはどうでもいい。僕は僕の家族のために戦う。そう決めたんだ。



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