第3話 開戦
準備の終わった僕らは玄関を出て車庫へと向かう。
父は古い物好きでこの車も家族の反対を押し切って買ったものだ。フロントガラスに地図は映らないし窓はいちいちボタンを押さないといけないし自動運転機能もない。特に母さんとアナからは絶不評だ。
「準備はいいな?今なら車である程度のところまでは行けるはずだ。だがあと1時間もすれば状況を理解した国民が一斉に動き出し、きっとどこかで動けなくなる。そこからは車を捨てて行く。」
僕とアナは後部座席に乗り込みシートベルトをしながら返事をする。
「何もなければ徒歩も含めて2時間くらいで着く予定だがここからは何があってもおかしくない。
何かに巻き込まれてはぐれたりするかもしれないから住所を教えておく。
もしはぐれたり私たちに何かあればここへ向かいなさい。トミー・オブライエンの親族と言えば通してくれるはずだ。」
そう言って父は住所の書かれた紙を僕に手渡した。
車に乗って走り出してからというものアナの落ち着きがない。周りを伺いながらソワソワしてる。
「どうしたんだアナ?怖いのは分かるが今のうちに休んでおけ。」
アナは寂しそうな顔で首を振る。
「違うの。デイブはこの事を知ってるのかな?連絡を取ろうとしたんだけどこんな状況だからか繋がらなくて…。」
「大丈夫だ、デイブの両親は私より役職が上の軍関係者だ。とっくに軍の施設に移動してる。目指してる場所は同じだ。きっとあっちで会えるさ。」
そう言って父は笑ってみせた。なるべく明るく振る舞おうとしているのが分かる。父は本当に嘘をつけないタイプの人だ。
「そっか…ならいいんだけど。」
そう言ってアナは納得したようだが辺りを見渡すのはやめない。僕たち3人は生まれた時から一緒だった。こんな急にお別れなんて想像もできない。だからきっと大丈夫。
そこから国道を30分ほど走ると父の予想より早く渋滞が始まった。
「くそっ、思ったより早いな。」
「お父さん。あまり汚い言葉は。」
「ああ、すまん。つい。」
父も少し焦り始めたのか苛立ちが見え始める。
家を出てからずっと僕はリビングでの父との会話を思い出しながら理解がまだ及んでいない頭でこれからのことを考えていた。これからどうなるんだろう。戦争か…段々と見当もつかない事を考えるのに疲れてしまいなんとなく外を眺めた。
しばらくぼーっと窓の外を眺めていると見慣れた後ろ姿があった。あれ、おかしい。なんでこんなところで…
「…あれって。あそこにいるのっていつものおじいちゃんじゃ…。」
「え??なんでこんなところに?」
アナが窓から身を乗り出し確認する。
「本当だ!そうだよ!いつものおじいちゃんだ!」
「どうしようお父さん!こんな時に徘徊なんて…。
戦争のことわかってるのかな?ほっといたらきっと巻き込まれて死んじゃうよ!お兄さんたちもきっと今頃必死に探してるんじゃ…。」
そう言って見たバックミラー越しに写る父の顔はなぜだか少し悲しそうだった。
「どうしたの?早く助けないと!」
どうするべきか悩んでいるのか先ほどより苛立ちが見える。父は何も答えずスピードも緩めない。
沈黙を断ち切ったのは母だった。
「あなた。あなたの考えていることは分かります。でもこれを見て見ぬふりをすればきっといつか父親として後悔することになると私は…」
そう言い切る前に父は急停止し路肩に車を停める。
「私1人で行く。アナと母さんは少し待っててくれ!ウィル!トランクを開けといてくれ!」
そう言うと父は走り出した。
歩道へのフェンスを軽く乗り越え一直線に進む。
あっという間におじいちゃんの背後につき抱き抱える。
やはり軍人だ。身体の作りが違う。
向きを変え一人で担ぎあげるとすぐにこちらに向かって走り出した。
おじいちゃんは暴れているが父はびくともしない。
車まで後数メートルといったところで上空に戦闘機が通過し進行方向の後ろの方で凄まじい爆発音と共に車体が揺れるほどの衝撃波が襲う。
「クソッ時間切れだ!みんな車を降りてこっちに来い!」
僕らは車のドアを閉めることもせずがむしゃらに走り出す。やばい。あんなのがここに降ってきたらひとたまりもない。
「ウィル!お前が家族みんなのフォローをしろ!もしはぐれたら、分かってるな!」
「うん!」
「よし!とりあえず国道から逸れて森に入る!その方があれが降ってくる確率は低い!」
そう言って歩道からさらに林になっている斜面へと降りる。
「みんな!滑るから気をつけろよ!」
なんとか斜面を降り、森に入る。かつては生い茂っていたであろうここも半分以上が枯れ果てている。
先ほどまで騒いでいたおじいちゃんも爆発を見てなのか今は大人しく担がれていた。
斜面を降り切ると父は立ち止まって辺りを見回す。
「さぁここからどうしたものか。」
遠くからは爆発音が絶え間なく響いている。本当にもう戦争が始まったのか。こんなに早く…宣戦布告のニュースからまだ1時間も経ってないのに。
「とりあえず管理されていたであろう道を進む。
何年も前から放置されてるだろうから気をつけろよ。」
みんな無言で頷き父の後を追う。
しばらくすると少し開けた場所に小さな教会が見えた。
この教会の人だろうか、こちらを見つけ何かを叫びながら手を振っている。僕らは走った。
ある程度まで近づくと「早く!」だの「急げ!」と言っているのが分かった。
僕らは一層足に力を込め走った。