第37話 ベンジャミン・ヒル
「少しどいてくれるかな。えーっと、ああ、そうそう。ヒル君。」
何だこいつは。何故俺の名前を。レイモンの仲間なのか?それにしてはこの男を見るレイモン表情には憎悪が…
いや、今はそんなことはどうでもいい。それよりこの男はウィルをどうするつもりだ。
両腕を大きく広げウィルを庇う。
この行動に意味がない事くらい分かっている。
それほどまでに目の前の2人は自分より遥かに強く圧倒的な差がある。
俺が何故まだ生きているのかが不思議なくらいだ。
俺なんか殺そうと思えば3秒とかからず終わるのに。
今すぐ逃げ出したい。だが逃げても死ぬのが分かっている。きっと逃げても数十秒命が伸びるだけだろう。
ならせめて友人を庇って死にたい。
その友人が例え死にかけだったとしても。
だがそれは俺がいい人間だからじゃない。
ただ頭に天国や地獄の事がチラついただけだ。
「…別に正義の味方を名乗るつもりはないけどさぁ。そんな警戒しなくても大丈夫だって。ウィル君を助けたいだけだから。」
そう言って男は右手をかざすと一気に手が伸びる。
反応する暇もなく俺の右脇をすり抜けウィルへと伸びた銀色の軟体はウィルの千切れた右腕の断面を覆い隠し塞いでいた。
「これでとりあえず出血は抑えられるだろう。傷口から侵入してすでに心臓も掌握している。少なくとも10分は延命できるよ。」
助けて…くれるのか?なにが目的だ?だが10分延命できたとして病院に搬送しなければ…。
男は背後を振り返りレイモンを見る。
「なんでそんなに睨んでるのさ?復讐は果たせたし満足したろ?」
「お前俺を利用しただろ?バーナードが言ってた先生ってのはお前か?俺に用済みを処分させたろ!」
「ああ、バレちゃったか。ははは。」
「バレちゃったかだと!!ふざけるな!俺の息子が死んだのは元を辿ればお前のせいじゃないか!」
「ははは!そうなるね!でも君は言ってたじゃないか第二の人生を始めるって。と、まぁいい。話をしてもきっと無意味だ。じゃあここで訣別だね。まさか今ここでやり合うつもりはないんだろ?」
なんだ?なんの話をしている?仲間割れか?この男の背中からはとてつもない殺気を感じる。
「ああ、馬鹿な俺でも今の自分じゃお前には勝てないことくらい分かっている。」
「ははは。理解があって助かるよ。僕も今忙しくてね。これからどうするんだい?」
「お前に言う義理はない。」
「そうか。でもまぁこの戦争には関わってくれるんだろ?君がこの戦争を掻き乱してくれれば僕はそれで十分だ。」
「否応なしに巻き込む気満々の癖に白々しい。」
「ははは!よく分かってるじゃないか!じゃあまず行くのは科学技術国家ビケイノックかな?」
レイモンは無言のまま俺の方を見る。
……何故俺の方を?……おい…まさか。待て。
お前らが勝手に俺の目の前で話を始めたんだろ!聞かれたくないことを堂々と目の前で話しておいて聞かれたから口封じだとでも?ふざけるな。クソッ
死にたくない。まだ死にたくない。
どうすれば…。
震えている両手をゆっくり頭へと持っていく。俺は一体どうしちまったんだ。醜い。あまりに醜い。
両手はゆっくりと耳を塞ぐ。
そうだ俺は聞いてない。聞いてないんだ。
だから…。
「大丈夫。ベンジャミン・ヒルは何かを成し遂げられる人物ではないから。」
「それはどう言う意味だ。」
「見れば分かるだろ?可哀想に…こんなに怯えてしまって。」
俺が何も成し遂げられない?
「ああ、そうだな。昔の俺みたいだ。見てるとイライラしてくるよ。」
「まぁいいじゃないかほっとけば。こう言う人間は遠からず死ぬ運命だし。」
「ふん。まぁいい。じゃあ俺はもう行く。次会うときはお前を殺す時だ。」
「ああ、それで構わないよ!じゃあまたねバーンズ君。」
バーンズと一瞬目が合う。早く、早く行ってくれ。俺はもう…。
望み通りバーンズ・レイモンはその場から北方向へと消えていった。
「よし。じゃあウィル君の問題を解決しないとね…。」
男は左手を体内に突き刺す。な、何をしているんだ。
体内から引き摺り出された左手には端末が握られていた。あれは確か数世代前の……。
「もしもし?結局どうするんだい?ウィル君死にかけだけど。これじゃあまた…」
理解が及ばずただ男を見つめていると視界の端を一筋の閃光が飛ぶ。
ドリィか!振り返るとエモーションハンブルブラックを撃ちながら駆けてくるドリィがいた。
ドリィは諦めていない。何かをしようと必死に…なのに俺は。
ドリィが放った一筋の閃光は男の顔を吹き飛ばしていた。左手には端末を持ったままだ。
やったのか?いやこんな簡単に死ぬ訳がない。みるみるうちに男の頭が再生していく。
構わずドリィは撃ち続ける。
「よくも!よくもウィルとチャドを!!!」
ドリィは一直線に男目掛けて走り続ける。ダメだ。止めなくてはこのままではドリィまで…口を、一言叫ぶだけでいいのに何故か身体は動かない。俺はなんて…なんて弱いんだ。
「うわーーーー!!!!」
あと3mといったところで男の体から手のような形をした液状金属が伸びエモーションハンブルブラックを叩き落とす。
ドリィの足が止まる。そりゃそうだ。こんな化け物を見れば誰だって…。
「まだだー!!!」
ドリィは自動小銃に持ち替え再び走り出す。しかし先程の男が伸ばした液状金属がドリィの体に巻き付き締め上げる。
「クソッ!離せ!」
ドリィは液状金属を手で叩く。無駄だ。あんなの素手でどうやって…。
「ちょっと落ち着いてくれないかな?今ウィル君を救うべきかどうかの大事な話をしてるんだ。ヒル君も言ってやってよ。もうそれしか選択肢はないって。」
「あ、ああ。ドリィ落ち着いてくれ。ウィルを助けるには話を聞くしかない。」
「あなたそれでも友達!?こんな化け物に生き死にを委ねるなんて!」
「分かってる!分かってるさ!でもこれしかもう…。」
男は気付くともうドリィに撃たれる前まで回復していた。なんて再生力だ。
「ごめんごめん。邪魔が入った。うん。え?うん。うん。ああ、なるほど。できなくはないけど…また僕は引き篭もりかい?………うん。分かった。ちゃんとその分また外で遊ばせてよ?…了解。まずは確認からだね。」
男は左手の端末を耳から離すとドリィの方を見る。また俺は無視か…。なんだよ。俺以外は何かを成せるやつだってのかよ。クソッ
「まず確認だけど君の名前はドロシー・アニー・グレンで合ってるかな?」
「グレン?私の名前はドロシー・アニー・ワグナーです。」
「ああ、了解。今回はワグナーなのね。」
今回は?どう言う意味だ?
「じゃあ最後の質問。副作用…いや例えばだけど何かに集中した後、身体に異変が起きたりしてないかな?」
ドリィはハッとした顔をした後怪訝そうな顔をして答える。
「なにか知ってるの?」
「その様子だと心当たりはあるんだね。」
「物凄く集中した後は耐えられないほどの眠気が来ることが…」
「そうかそうか。じゃあ大丈夫。計画には支障ないね。」
男は左手の端末を耳に当て再び会話を始める。
「その計画で大丈夫そうだ。じゃあデータだけ取ってウィルには注射を打つってことでいいのかな?…うん。分かった。じゃあそれで。」
会話が終わったのか男は端末を耳から離し体内に戻す。
「よし!君たちには朗報だよ!ウィル君は助かるよ!その代わりドリィ君には少しお手伝いをしてもらうけど。」
「わ、私をどうするつもり?」
「ちょっとデータが欲しいだけさ。耐えてくれれば1.2分で終わるからさ。」
ドリィを縛り上げていた液体金属の先っぽがザルの様な形に変わりドリィの頭を覆う。
「ちょっ!待って!がああああ!!!」
ドリィはあまりの痛みに身体をよじる。
「おい!本当に大丈夫なのか!!」
俺はエモーションビロウィを男に向ける。
「そんなの意味ないの分かってる癖に。そんなに自分の体裁が大事かい?守ろうとしたって言う。」
男のその言葉に引き金に指をかけるがそれ以上動かない。
違う!俺はそんなんじゃ!俺はそんな醜く…
「君にはやってもらうことがある。」
男の体内から小さな黒い箱が顔を出しそのまま目の前まで銀色の軟体に運ばれてくる。
「その中にウィル君を救う薬が入ってるからそれ打ってあげて。僕はこっちで忙しいからね。」
俺はその黒い小さな箱を受け取り蓋を開ける。
注射器が2本。中身はドス黒い液体。大丈夫なのか?こんな禍々しいもの…でも殺すつもりならそのまま放っておけばいいだけだ。
ウィルの手を取り脈を測る。そうだ。もう死にかけだ。
「何今更迷ってるのさ。本当に死んじゃうよ?」
そうだ。もうこれしか道はないんだ。
ウィルの手を再び取り注射器に圧をかける。ドリィの苦痛の叫び声だけが響く。
早く。早く終わらせよう。ウィルの腕に針を押し当て一気に刺し込み注入していく。
これで、これでいいんだ。ウィルが生きさえすれば。
ドクン。
俺は目を見開く。こんなデカい心臓の音は初めてだった。
「ゴホッ。」
ウィルが血反吐を吐き痙攣を始める。
「おい!!!本当にこれでウィルは救われるんだろうな!!」
「ああ!君の言う救いが生きることなら間違いないよ!」
男は人ではありえないほど口角を吊り上げ笑っていた。




