第34話 選択
「ははは!大丈夫かウィル!」
ベンは息を荒げ余裕のない僕の肩を小突き追い抜かしていく。今は基礎トレーニングでグラウンドを20周する今日のノルマの消化中だ。
20周と言ってもここは1周1000mもある。
ベンはなんであんなに余裕なんだ?それにアナとデイブも。
ウチの班で遅れているのは僕とドリィ、そしてチャドだ。
「ほん、と。ベンは体力馬鹿ね。」
隣を走ってるドリィは息切れ切れながら悪態をつく。
「だね。アナとデイブはなんとか食らいついてる感じだけどベンは異常だよ。」
残りあと10周。これでやっと半分か…気が滅入る。
スタート地点にある水を少し飲み再び走り出したところで地面が揺れ、けたたましい騒音が鳴り響く。
これは確か…緊急事態を知らせるサイレンだったはず。
「全員速やかに中央へ集合しろ!!」
現実世界での訓練の教官を務めるブラウン少佐が叫び、その声に皆慌ててグラウンドの真ん中に集まる。
「状況を確認する。そのまま周りを警戒しつつ待機!」
ブラウン少佐は耳に指を当て誰かと会話している。ここは帝都のど真ん中の軍事基地だ。ここでの緊急事態など本当に国の一大事なのではと皆不安な顔になる。
「皆聞け!状況が分かった!捕虜にした1人のノセリアス兵が同じ部屋の3人を殺害後、脱走したようだ。状況から考えるに男は新兵器か何かを隠し持っていた可能性が高く、訓練兵の君たちには荷が重い。この件は正規隊員のみで当たる。君たちは速やかに食堂へ避難だ。さぁ!急げ!」
僕ら訓練兵は列を作り秩序を保ちつつ駆け足で食堂へと向かった。
食堂へと避難して約30分が経過した。教官も何処かへ駆り出しており、ここには訓練兵しかいない。
時々起きる建物を揺らすほどの衝撃と音に半数近くは怯えてしまっている。
外の状況は全く分からない。ここに来る前のことがトラウマになっている人も多いのだろう。
「一つ気になったんだけど。この帝都第四支部の地下牢から脱走するなんてとんでもないことだよね?そんなこと可能なの?」
デイブは頷く。
「ああ、普通に考えてあり得ない。この施設に一体何人のバレンチア兵が居ると思う。流石に単独犯とは考えづらいから誰か裏で手引きした奴がいるかもしれないね。」
「そっか…」
どれだけ考察してみても僕たち訓練兵は蚊帳の外だ。正規隊員に任せるしかないのだろう。
「でももうほぼ一ヶ月経ったし俺らだって立派な兵士だろ?外は大変なのにここで待つしかできないなんてやってらんないぜ。」
ベンは何かできる事はないのかと模索してるのか落ち着きがない。ここまでの体力馬鹿ではないが僕の考えも同じだ。
今こうしてる間にも人が死んでるかもしれないと思うといてもたってもいられなかった。
皆口には出さないが表情が固い。きっとみんなもそうなのだろう。それから無言のまま5分ほど経過した時、勢いよく食堂の扉が開かれブラウン教官が入ってきた。
「お前ら初任務だ!これから状況を説明する!」
僕らは急いで椅子から立ち上がり教官の次の言葉を待つ。
「地下牢からバーンズ・レイモンという男が脱走した。捕虜にした時左足を負傷していたはずだが偽装だったようだ。そしてまだ存在を確認できていないが裏で手引きした奴が少なくとも1人いる。
レイモンは脱走後、武器開発部門の研究室にてバーナード教授を含む全ての研究員を殺害。設備も破壊し西方向へ逃走したとのことだ。この間約15分。異常なスピードだ、やはり何か私たちの知らない未知の兵器を所持している可能性が高い。」
約15分という言葉を聞いて皆騒つく。流石に速すぎる。一体どんな男なのだろう。
「お前ら静かにしろ!ここからが任務の内容だ!男は武器開発部門のみを襲撃している。まだ被害の確認がとれてないが何かしらの軍事機密が盗まれた可能性もある。まだそう遠くには行っていないはずだ。ここからは人海戦術でレイモンを探す!
だがお前らはまだまだひよっこだ。発見次第身を隠し監視を続け正規隊員へ連絡!男を取り囲み数で押しつぶす!以上!装備を済ませ次第、班ごとに西方向を探せ!」
「はい!!!」
僕らは装備を確認し急いで装着していく。ベンは自分にもできる事ができたからかなんだか嬉しそうだった。
「ウィリアム!そしてアナソフィア!少し話がある。」
ブラウン教官が深刻な顔をして手招きする。なんだろう?アナと顔を合わせるがやはり思い当たる節がない。
普段は入ることのない調理室へと入ると扉が閉められた。
「落ち着いて聞いてくれ。君たちの父親、トミー・オブライエンが意識不明の重体だ。現場とは離れた地下の格技室で倒れているのが発見され今医療室で救命措置をとっている。」
な、何を言ってるんだブラウン教官は。あの父が?それに今はノセリアスとの国境辺りにいるんじゃなかったのか?嘘だ有り得ない。僕は状況が理解できずにアナの方を見る。
アナの瞳からは一筋の涙が流れていた。アナは微かに口を動かすが言葉が出てこないようだ。
「レイモンがいたはずの武器開発部門ではなく、
格技室で倒れていたトミーを見つけてようやくもう1人の存在が判明した。申し訳ない。私たちの失態だ。2人は医療室にいってやれ。もしかしたら最後かもしれないからな。」
アナは頷きそのまま俯いてしまっている。兄としてすべき事があるのは分かるが僕も同じ状況だ。
あまりの事に自分の中で巡りゆく父との思い出やこの先の不安、そして母のこと。色々な感情が混じって表現しようのないほど溢れていく。
「すまないが私はもう行く。きっとレイモンともう1人も捕まえてこの報いは払わせる。必ずだ。」
ブラウン教官が調理室から出て行き、2人きりになったこの部屋はアナと僕の泣き声だけが微かに響く。僕はそっとアナの肩を抱き寄せる。今僕ができる事はこれしかなかった。
アナも僕の背中に手を回す。優しく、だけど力強く。怖かった。もう会えなくなってしまう事が。
ただ抱きしめ合い、言葉を交わさずに時間だけが過ぎて行く。しばらくすると少し落ち着いたのかアナはそっと僕から離れ顔を上げる。
「そろそろお父さんのところにいかなきゃ。」
僕は返事に詰まる。勿論それが正しい選択であって人としてそうするべきだとは分かっていた。だが今行っても僕にできる事はない。家族愛や願い、そして祈りの力と言う物を全く信じてない訳ではないが僕が今するべき事は違うんだと思う。
「うん…だけど僕はいかない。僕はお父さんを手術してくれてるお医者さんとお父さんの生命力を信じる。もしこれでデイブやドリィ、そしてベンとチャドに何かあったら僕はきっと自分を責め続けるから。」
アナは僕が行かないと言った時驚いた顔していたが最後の言葉を聞いて納得してくれたみたいだ。
「それにお父さんと人を助けるって約束したばかりだしね。アナはお母さんと一緒に付いててあげて。きっと手術が終わる頃までには戻るから。」
僕はアナを安心させるため無理に笑顔を作った。
「分かったよお兄ちゃん。みんなを守ってあげてね。でも私…これでお兄ちゃんまでなにかあったら…」
「大丈夫!無茶はしないよ!…じゃあ行こうか。」
まだ心配そうなアナの頭を撫でてやり食堂へと続く扉を開ける。
食堂はもう僕たちの班を残して出発した後みたいだ。デイブにドリィ、そしてベンとチャドは中央のテーブルに座っていたが僕らを見つけ駆け寄ってくる。
「教官に呼び出されてたみたいだけどどうした?」
正直に伝えると変に心配されてしまうから丁度いい言い訳を考えようとするがベンの真っ直ぐな目を見ると思いつかなくなり、ありのままを話す事にした。
「お父さんが意識不明の重体で今手術中みたい。」
「マジか!俺らはいいから早く行ってあげろよ!」
「いや、僕は戦場に行く。今行っても僕にできる事は何もない。脱獄犯は西方面に逃げたって言ってた。僕の記憶が正しければあそこは再開発地区だけど既に住んでいる民間人も沢山いる。なら今傷つこうとしている人たちを助けたい。」
みんなは顔を合わせ肩を落とす。
「お前の気持ちはわかった。だがお前まで傷付いたら元もこうもない。無茶はさせないからな。」
ベンのその言葉に皆が頷く。
「分かった。充分気をつけるよ。それでデイブ。」
「ああ、分かったよ。僕はアナと一緒にいる。」
「うん。よろしく頼むよ。じゃあすぐ準備するから少し待ってて。」
デイブはアナを抱きしめる。しばらくして2人は食堂を後にした。
「よし。じゃあ行こうか。」
「ああ!もうだいぶ遅れてる。急ごう!」
ベンとチャドが駆け出す。僕は自分で決めたはずなのに少し手が震えていた。
それに気付いたドリィが僕の手を取り引っ張る。
「ウィル。きっと大丈夫だよ。ウィルのお父さんだもん!さぁ今は私たちに出来ることを精一杯やろ!」
なんて温かく優しい手なんだろう。僕の手の震えはいつの間にか止まっていた。
そうだ。大丈夫。やると決めたんだ。1人でも多く僕が助けるんだ。




