第31話 後悔
−同時刻 武器開発部門研究所前通路−
「まいったな…」
あんなに勢いよく駆け出したのにバーナードの場所を聞くのを忘れた。聞きに戻るのも億劫で結局建物内を50秒走って探し、身体の再生に4秒インターバルを置いて再び走り出し、40秒ほど走ったところでなんとかバーナードがいるであろう場所まで辿り着いたのはいいが……角を曲がる時に人にぶつかってしまった。
この速度だ。もちろん私もダメージを負うし相手に関しては変な方向に身体が曲がり絶命している。
そして今私は身体の再生待ちだ。
まだ皮膚のない身体で事故現場を眺め、ぶつかってしまった白衣を着た男の元へ向かう。
近くに来ると首からネームプレートを下げているのが分かった。
私はそれを引きちぎり名前を確認する。
「まだ20代だったか、すまなかったねハリー君。まだ力に慣れてなくて…こんなことで命を奪ってしまうなんて。でも君のおかげで一つ成長できた気がするよ。君の人生は無駄ではなかった!ありがとう!」
私は明後日の方向に曲がった彼の腕を取り握手をする。もちろん反応はない。
しかし困ったものだ。この力は素晴らしいし最高だ。だが制約が多すぎる。自分の体だからあまり言いたくなかったが……欠陥品だな。
今回みたいな事故があるのを想定してインターバルを置くのは30秒毎の方が良さそうだ。
核が傷付くギリギリまで走って何かにぶつかったらこちらまで死んでしまうかもしれない…
ハリー君。本当にありがとう。
事故に気をつける。左右確認。
私はこの二つを胸に刻む。
皮膚が全身に張り巡られ、その上にオレンジ色の布が生えてくる。
さて、身体も新品になったし早速バーナードのところに行くか。
それにしてもあの男もあの男だ。細胞を打つ時に来ていた服が固定になるなら言っといて欲しかった。これから一生再生するたびにこの派手なオレンジ色の囚人服になるのか?次に会った時に変えられないか聞いてみよう。
そんな事をぼんやり考えながら歩いているともう両開きのドアの前まで来てしまった。
この中にバーナードがいる。さて、どんな風に復讐してやろう。
私はドアノブに手を掛け扉を引っ張るが開かない。
先ほどの事故の衝撃音で警戒されたのか?
今頃中で震え上がってるんだろうか。
「いいね。俄然楽しくなってきた。」
扉に背を向け距離を取る。2mもあれば充分だな。クラウチングスタートの姿勢をとり心の中で掛け声をかける。
(よーい。)ケツを突き上げ、手に重心をかけ足に全神経を集中させる。
(どん!)
凄まじい音と共に右足を踏み込み床がめり込む。左足、右足と進み左足で扉を蹴り開ける。扉はいとも容易く吹き飛び開放され、その衝撃波に耐えかねた研究室のガラスがそこら中に飛び散る。
…また力の加減を間違えた。私の足は膝から下が消し飛びロックスターの膝滑りの様な、サッカーのゴールパフォーマンスの様な格好で研究所内へ突入する。
まぁ結果オーライだな。なかなか良い登場の仕方だ。
にしてもあんなに扉が軽いとは。突然の衝撃音に慌てふためく研究員を無視して扉があった場所を見ると笑いが込み上げる。
蝶番が部屋側に付いていた。
「押すタイプだったのか!はははは!」
部屋を見渡すと広々とした空間に細密機械が沢山置かれている。私のいる入り口の突き当たりの壁には扉がめり込み人の手が隙間から覗いていた。
また巻き込んでしまったのか…
扉を開けるときは引いてダメなら押してみる。
そして扉の先には人がいるかもしれないから気をつける。
このペースで胸に刻むと刻む場所がなくなりそうだ。
「えーーーっと、突然で悪いんだけどバーナード君はいるかな?呼んできてくれればもう逃げちゃっても良いよ。」
私のその言葉に希望を見出したのか一斉にバーナードを呼びにいく。腰を抜かしたのか、1人だけ隅で怯え続けてる奴もいるが。
(まるで初めて銃を持ったガキだな。)
「あ??誰だ?」
隅で縮こまっている研究員を睨みつけながら近づく。
気に食わない顔をしている。ああ、そうか。出稼ぎに来たとき俺をコキ使ったあの男に似ているんだ。
「ヒッ!」
気に食わない、その目が。その鼻が。その口が。
そして何より気に食わないのが嵐が過ぎ去るのをただ怯えて待つその姿だ。
まるで…
まだ再生途中の右足で男の顔を蹴り上げる。
「た、助け」
仰向けに倒れた男の顔を踏みつける。踏みつけ、そして踏みつける。
(そのくらいにしたらどうだ。)
周囲を見渡すがこの男以外に人はいない。
「さっきから誰だ!出てこい!殺してやる!」
(ははは、いるじゃないかここに。)
地面に転がる大きなガラス片に映る自分を見て私は動揺する。
何故?何故そんな悲しそうな顔をしてる。
私にもうそんな顔は無縁だ。
心の底から楽しい。私は奪う側になったんだ。
何故そんな顔を。
(第二の人生?何もかもやり直す?馬鹿なのか?人はそんな簡単に変われない。)
「うるさい!黙れ!!」
地面のガラスを踏みつけ粉々にする。
部屋にモーターの重低音が響きわたり大きなシャッターが開く。
奥から蜘蛛のような8足歩行の兵器に乗ったバーナードと思われる男と銃を携帯した先ほどの研究員たちが現れ蜘蛛型を中心に左右に広がり10mほど距離をとり私を取り囲む。
「おい、脱獄したという敵兵はあれ1人か?さっきから一体誰と話してる。頭がおかしいのか。」
(どれだけ去勢を張って明るく生きようとしたってお前はお前のままだ。まるでピエロだ。いやピエロですらない。どれもこれも酷いもんだ。ブラックジョークですらない。)
「黙れ黙れ黙れ!!」
クソッ頭が痛い。消えろ。消えろ!こんなもの幻聴だ。
「せっかくフル装備で来てやったのにとんだ茶番だな。」
バーナードはそう言いながら蜘蛛型搭乗兵器に搭載されたエモーションビロウィ4丁全ての銃口を向ける。
それを見た研究員たちも慌てて自動小銃を構える。
(お前はどんな力を得ようが負け犬のまま、妻も子も何もかも忘れようとしたってお前にずっとしがみつく。再び何か手にしても他人に利用され裏切られ、全てを失う。それがお前だ。)
「黙れ!私は変わったんだ!」
「さぁ皆、この人格破綻者をさっさと始末して仕事の続きをしよう。私たちの兵器を世界中が楽しみにしてるだ!さあ撃て!!」
何故笑う何故俺を見て笑う!憎い。こいつらが憎い。どいつもこいつも私を囲んで指をさして馬鹿にする。お前が悪いと、おかしいのは俺じゃない。
ああ、そうだ。こいつも、こいつも、こいつも。
こいつらが悪い。
次の瞬間には私は駆け出していた。
飛んでくる弾を掻い潜り蜘蛛型搭乗兵器の脚に拳を叩きつける。
1本、2本…右腕はもうない。吹き飛んだ脚に巻き込まれ左側の研究員が潰れる。
3本、4本…左腕ももうない。
蜘蛛型ロボがバランスを崩し傾く。
5本、6本…蹴り上げた左脚が弾け飛ぶ。右側の研究員の1人に蜘蛛型ロボの脚が突き刺さる。
7本、8本…残っていた右脚も弾け飛ぶ。残りの研究員も脚の下敷きになり圧死する。
残るは蜘蛛型搭乗兵器に乗ったバーナードと思われる男だけだ。
少し距離を置いて急停止し身体の再生に入る。明らかに再生スピードが早い。そうか、これが感情の爆発か。この間約2秒。バーナードと思われる人物は今起こった出来事に頭が追いつかず慌てふためいている。
もう既に再生も7割終わり手足が生え、次の加速に備える。
「ま、待ってくれ、何が目的だ!逃亡か?金でもなんでも、それこそ亡命の手配だってしてやる!だ、だからこれ以上無駄な争いはやめないか?」
そう言ってハッチが開けられ脚を失いただの鉄の塊になった蜘蛛型搭乗兵器から両手を上げながらバーナードが降りてくる。
こいつは何を言ってるんだ。殺す以外の選択肢なんて。
(そうだ。こいつの言う通り見逃してやれよ。全て忘れて生きるなら復讐だってもういいじゃないか。)
「お前は黙ってろ!!」
「ヒッ!」
「いや、すまないお前じゃない。ちょっと待て。」
「は、はい。」
(良い判断だ。こいつに亡命の手配と金をもらってのどかで安全な場所を求め転々とするのもいいじゃないか。最高だろ?お前の言う第二の人生だ。)
「違う!そんなこと求めてない!」
(じゃあなんだ?スーパーヒーローでもなるつもりか?笑えるな。)
「…そんなんじゃない。」
私は視線を落とす。そうだ。これから私は何を…
(お前は何によってこの力を得た?後悔だろ?もう後悔したくないんだろ?)
ああ、そうか。
(どんなに速く移動できようがお前は過去をやり直すことも未来へ行くこともできない。ならどうする。)
簡単なことだ。
(ははは。そろそろ答えが出たろ?この先のお前の生きる目的が。)
「ああ。ありがとう。」
『後悔する前に先に消して仕舞えばいい。』
そうだ。簡単なことじゃないか。後悔する前に気に食わない奴は殺して回ればいいじゃないか。
そして
『私による私のための私にとっての平和な世界を実現する!』
ははははは!最高だ!目的があるって最高だ!
(そう言えばバーナードが逃げたみたいだけどいいのかい?)
蜘蛛型搭乗兵器の方を見るといつの間にかいなくなっていた。
「待てって言ったはずなんだが。」
(ははは!でも鬼ごっこは得意じゃないか。)
「ああ!任せろ。きっと奥の部屋だろ?」
バーナードは走る。きっと今までの人生で一番の速さで。自分の研究室まであと少しだ。
とにかくそこに篭って先生に連絡を。
先生には私が必要だ。きっと、きっと助けてくれる。
「クソッ、なんだあいつは。あんな、あんな人格破綻者に遊び半分みたいに殺されていい存在じゃないんだ私は!先生!どうすればいい!?先生!」
「誰だい?先生ってのは?」
「クソッ!先生助けてくれ!先生!!!」
「まぁいいや、待てって言ったのに待てない君は自己中だから消えてもらうよ。」
「は?」
部屋に血の雨が降りバーナードの首が薄皮一枚残して直角に曲がる。
やっと力に慣れてきた。点だ。当たる面積をなるべく小さくすればいい。指先を掠める程度で充分なんだ。人を殺すのには。
「さて、誰と連絡を取ろうとしてたのかな。」
(白々しいな、気付いてるくせに。)
「なんだまだいたのか。もういいだろ。私の葛藤が生み出した産物じゃないのかお前は。」
(さあな。でもいいじゃないか相棒。)
「相棒ねえ………まぁいいか。」
(ここまでの経緯から察するにお前に力をくれたあの男が黒幕だな。まぁ背後にもっといるかもしれないが。)
「だな。」
(また利用されたな。お前は用済みの始末をするのに使われたんだ。)
「ああ、気に食わない。」
(だが自分より強い力を与える馬鹿はこの世にはいない。それに力をもらったことを考えれば今回の件でもお釣りが来るくらいだ。)
「…ああ。だが力をつけたらこの報いはぜったい払わせてやる。」
(勿論だとも。とりあえずサービスでこの部屋を完全に破壊してやろう。その後待ち合わせ場所へ向かおうか。)
「サービスか…サービスねぇ…まあいいか。練習がてら壊してこうか。」




