第11話 4年前
「おはようございます。」
「ああ、おはよう。」
朝からやる気のない顔をした職員たちの脇を抜け自分部屋へと足早に進む。
重い木製の両開きのドアを開け机に置かれた書類の山に肩を落とす。
机の真ん中に昨日はなかったバレンチア帝国政府からの便箋を見つけ更にため息をつく。
「もうそんな時期か。」
便箋を開け中を確認するとやはり予算表だ。
「どいつもこいつも馬鹿ばかりか。早ければ40年以内に人類は住めなくなるんだぞ。」
今年度の予算がまた減っている事に悪態をつく。
部屋には私1人だ、誰も聞く者はいない。
「科学の進歩が止まってもう20年以上経つというのに!」
あまりの怒りに思わずテーブルに手を出してしまう。鈍い音が響き書類が少し崩れる。
「クソッ…」
私は頭を掻きながら数字と睨めっこをする。
ただでさえ薄くなって来た髪が手につき更にストレスが溜まる。
科学技術の停滞の原因は新しいエネルギー源が見つからないからだ。光化学迷彩や反重力システムなど、昔からよくSF小説などでみられる技術の理論は完成したが必要なエネルギーが多すぎてとてもじゃないが実用化できていない。
なのに過去に科学賞やらなんやらを取った金の亡者の自己中どもが100人程の連名で「この星はもう諦めて違う星への移住にシフトしていくべき。」と言う研究結果を2年前に世界各国に発表した。
「クソッ…クソ!クソッ!」
どう考えても間に合うはずがない。百数年前からそんな話は出ているが全く実現できていない事をタイムリミットができてから本気になって取り掛かろうとできるはずがないのだ。
あいつらは思考を停止した馬鹿だ。もし仮にそんな事ができたとして一体何億人を置き去りにして行くのか。
そんなことよりこの星をどうにかする方が得策だと何故わからない。
私は胸ポケットにしまっていた古い写真を取り出す。かつてこの研究所で一緒に働いていた仲間たちと撮った物だ。
あの忌々しい研究結果が発表されてから1人づつここを辞めていった。
きっとなんらかの成果を上げれば移住の優先権をもらえるのだろう。
……私以外皆家族がいた。仕方なかったんだろう。
「本当に馬鹿な奴らだ。」
かと言って私も未だこの星を救う手立てを見つけられないでいる。
………私はあいつらとは違う。絶対に諦めたりしない。必ずこの星を救う方法を見つけてやる。
私は写真を胸ポケットにしまうと予算表を握りつぶしゴミ箱に投げ捨てる。
コンコン
不意にドアがノックされる音に我に帰る。
「…どうぞ。」
一拍おいて扉が開かれる。
「失礼致します。…またえらく不機嫌な顔ですね。」
「今年度の予算表が届いたんだ、また大幅に減らされていたよ。…政府の馬鹿どもめ。」
「またそんな悪態をついて…私はいいですが他の人に聞かれたら大変ですよ。一応ここは政府からの支援金で動いてるんですから。」
「分かっているさ。だが愚痴の一つくらいでないとおかしい金額だぞ。」
この顔を包帯で覆った子は最近入ってきた助手で名前はアンと言う。
もう一か月ほど前になるだろうか、珍しくこの研究所に第一志望で来た子だった。
この研究所は総勢30人いるがそのほとんどが就職に失敗したり、ただ単に頭の悪かった三流研究者だ。
久々に来た第一志望の彼女は幼い頃に顔に大火傷を負い、それを理由に親に捨てられ孤児院で育ったらしい。
そんな環境で育ったにも関わらず帝都大学を卒業したのだから相当努力したのだろう。
最初こそ、その見た目の異様さに驚きはしたが話をしてみるととても面白い子だ。
何というか…そうだな、私とは見えてる視点が違う。
「どうしたんですか?所長。難しい顔をして。」
「いや、君が来た当初の事を思い出していてね。」
助手は笑う。
「来た当初って!まだ一か月も経ってませんよ!」
「そうだったな。すまん。」
私も自然と顔が綻ろぶ。なんだかんだとこの子に救われているな。
「で、なんの用だ?君の事だから何か面白い発見でもあったのかな?」
アンは「そうでした!」と言って慌てて持っていたファイルから資料を取り出し私の机に広げる。
「まだ確証もなく仮説とも言えない話なのですが…」
「そんな事はいい。続けたまえ。」
アンは一呼吸置くと説明を始めた。
「今まで私たちは環境汚染を止める方法を模索し、環境汚染の深刻な場所を調べ上げてきましたが何の成果もありませんでした。」
「うむ。」
この子は痛いところをつく。確かにそうだ。工業廃水や化学スモッグ、それにゴミの問題。それらを改善しても最早イタチごっこでなんの解決にもならなかった。
「ふと地図を見ていて気づいたんです。」
アンはペンを取り出し地図の一点に星を描く。
「ここです。」
「ここは北極点じゃないか、こんなところ氷しかないし、元々人類が住めるような場所じゃないぞ。」
「そこです!そこが盲点だったんです!私が調べたところ約50年前に各国共に環境汚染やそれに伴う問題によって余裕がなくなったのか北極調査隊は全て引き上げており現在は無人の大地になってます。
だから誰も気づかなかったんです!」
そう言ってアンは地図に小さな丸を描いていく。
「ここが初期に人が住めなくなった地域ですよね?」
印の位置を確認し私は頷く。
アンは再び小さな丸を描いていく。
「現在確認されている場所だけですが、ここが約20年前から環境の悪化が深刻になってきた箇所です。」
私は地図の全体を見渡す。アンの言おうとしてることが分かった。しかしそんな事があるのか?もしそうなら…
アンが丸を描いた場所を線でなぞり、最初に描いた星の印に線を引っ張っていく。
「多少の誤差はありますが北極点の星の印をつけた場所。おおよそですけどね。
ここに向かって環境汚染が進行してる気がしてならないんです。」
「偶然じゃないのか?」
そうでなければなにか人為的な力が働いてるとでも…。
「かもしれませんね、でもどうせ何の成果も出ず暇じゃないですか。行ってみましょうよ!」
本当にズバズバ言う子だ。だがやっぱりこの子は面白い。
そうだな。もう時間もない。自分の目で確かめに行くか。
「分かった。よし!予算の半分は使ってもいい!早速準備に取り掛かろう!」




