第9話 弱い僕と
次々と湧き出る感情に押しつぶされそうになりながら僕はバリーさんの去っていった方向を見つめることしかできなかった。
これが僕の「助けたい」と思った結末なのだろうか。僕はただ助けたかっただけだ。そのどこに間違いがあったのだろう。
もっと他の、決してハッピーエンドなんかじゃなくていい。それなりでも良い。そんな結末はなかったんだろうか。僕は思考の海に沈んでいく。
「ウィル君!ウィル君!!」
自分を呼ぶ声に我に帰るとメーガンさんとアナが心配そうな顔をして僕の顔を覗き込んでいた。
「お父さんがウィルが遅いから見てきてくれって言われて来たんだけど…」
そうだった、まずは目先の命だ。早く下に行って何か手伝わないと。
「ごめんよアナ。メーガンさんもありがとうございます。行きましょう。」
二人ともとても心配そうな顔をしていたが嘘でもいいから安心させる一言が僕にはでてこない。
僕は振り返り階段のある祭壇へ歩き出した。
「そう言えばバリーさんはどうしたの?」
メーガンさんは辺りを見回す。
僕は爪が食い込むほど手を握る。
「バリーさんは…バリーさんはおじいちゃんを探しに行きました。引き止めたんですが…ここでお別れだと…。」
僕は今にも溢れそうな涙を抑え込む。アナの前では泣きたくなかった。それでも震える僕の肩にメーガンさんは手を置き優しく抱きしめてくれた。僕は決して零しまいと天井を見上げた。
しばらくして下に降りるとおばあちゃんが広間の床に寝かされていた。
僕が見つけた時には既に亡くなっていたらしい。
ドアノブとロープを使った自殺だった。なんで気付かなかったんだろう。いや、本当は気付いていたのかもしれない。
こんな結末を認められなくて目を逸らしていただけだ。僕はおばあちゃんの手を握りしめる。
こんなに冷たい手は初めてだった。
「ウィル。今回はこんな結末になってしまったが、
お前は悪くない。悪くないんだ。」
父が僕を後ろから抱きしめてくれる。優しさや温もりが伝わり荒げていた心が少し安らぐのが分かる。でも違う。僕はこの事をいずれ忘れてしまいたい訳ではない。僕が欲しいのは決して慰めなんかじゃないんだ。
僕は握ったおばあちゃんの冷たい手を見つめる。
僕はなんて弱いんだ。何もできない。何も守れない。
そんな無力感を感じながら僕は握った手を優しく置き心の中でおばあちゃんに別れを告げた。
その日は誰もが静かに過ごし、誰もがいつもより早く寝床に入った。広間の灯りが消されどのくらい経ったのだろう。
あれから地響きは一度も鳴っていない。本当に一旦停戦したのだろうか。
天井から落ちる水滴の音だけがやけに響く。
僕はその音を聞きながらやがて眠りについた。
次の日の朝、重い空気のまま家族で食事をとっていると神父さんがやってきた。
「ウィル君。これから御遺体を清めて埋葬するのだが手伝ってくれるかな。」
神父さんが優しく微笑む。
「…はい!」
これは神父さんなりの優しさなのだろう。僕にできるせめてものことをしよう。僕は立ち上がる。
メアリーさんと母とアナがおばあちゃんの身体を綺麗な水で拭き、僕と父と神父さんで教会の外に穴を掘ることになった。
準備ができたら他の避難して来ていた人たちが上まで運んでくれる手筈だ。
僕と父と神父さんは無言のまま土を掘る。話すことがないとかではなくそうすべきだと思ったからだ。
準備が終わり毛布でくるまれたおばあちゃんが運ばれてくる。参列したのはわずか10名ほどだった。
神父さんが合図をするとロープでゆっくりと穴に降ろされていく。
僕はこの半分近く枯れ果てた森からやっとの思いで見つけた名前も知らない小さな花を穴の中に投げ入れる。
「主よ、どうかこの彷徨える魂をあなたの元へ導き下さい。」
神父さんが祈りを捧げる。それに合わせて皆手を合わせる。神様は本当にいるんだろうか。救いなんてあったのだろうか。やはり何度も考えてしまう。
「これで終わりですが誰か話をしたい人はいますか?」
沈黙が流れる。
「では一人づつ別れの言葉と共に土をかけてあげてください。終わった人はそのまま解散で構いません。」
皆一言二言お別れの言葉を告げておばあちゃんに土をかけていく。母とアナの番も終わりおばあちゃんに背を向けて教会へと歩く。
次は僕の番だ…一歩前に出るが言葉が見つからない。浮かんでくるのはありきたりな言葉ばかりだ。
「おばあちゃん。どうか安らかに…さようなら。」
そう言って土をかけてあげる。
そして最後は父の番だ。
「ウィル。先に行っててくれ。」
僕は頷くと教会へと進む。教会の中に入り、階段のある薙ぎ倒された祭壇へと向かう。
階段の前へ着くと足が止まった。何故先に行かせたのだろう。聞かれたくないことでもあったのだろうか。
…例えそうだとしても盗み聞きをしようとは思わなかった。ただ少し父と二人で話がしたい。ここでなら待っててもいいだろう。
僕は祭壇近くのベンチに腰掛け父を待つ。
「行ったか。」
「はい」
私は胸ポケットに入れていた便箋を取り出す。
「ミセス・プルマン。勝手に遺書を読ませてもらったよ。君の親としての気持ちも分かる。だが、あなたのした事は間違いだ。
避難してからのバリー君は少し変わった。
彼は苦しみながらも家族で生きていく道を必死に模索していた。少しでも明るい未来をと…
直接最後を見たわけじゃないがウィルから聞いた彼の去り際を聞けば想像はつく。
もう私たちは二度とバリー君とは会えないだろう。
だからこの遺書も彼には届かない。すまないな。」
手に持った遺書を見つめる。きっと生前に泣きながら書いたのだろう。水滴によるシミが数箇所できている。
「バリー君は近い将来君の後を追ってしまうだろう。それを止める術を私は持っていない。
その役目はあなただったんだ。家族が希望だったんだ。
汚れてしまった私だってまだ人を助けたい気持ちは残ってる。でも手の届かなくなった人は助けられない。例え聖人だろうとヒーローだろうと助けられないんだ。」
私はおばあさんの遺体の上に遺書を置く。
「すまない。安らかに眠ってくれ。」
そう言って土をかける。
「ありがとう神父さん。」
神父さんは目を赤くしている。
「いや、いいんだ。こちらこそありがとう。」
握手を求められ素直に応じる。
「後は私がやっておくから君も今日は休むといい。」
私は軽くお辞儀をすると教会へと向かう。




