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永遠の命で世界を救えたら。  作者: 渡利慶次
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プロローグ 過去

 


 最初に感じたのは全身に広がる鈍い痛みだった。


 …ここに至るまでの経緯を必死に思い出そうとするが何も思い出せない。

今分かることは身動きがとれず、匂いも音も光さえ感じないという事だ。


 これがいつまで続くのか、果てしない恐怖で思考がいっぱいになる。




 だがそれも杞憂に終わった。


 まず胴体の感覚。

 そして手足の感覚。

 頭の感覚。

 微かな機械音。

 僅かに残る鉄の焼けた匂い。

 背中が冷んやりしている、どうやらなにか鉄製の台の上に仰向けになっているようだ。

 眩しい。視界がひらけ天井の照明が私を照らしていた。


 私は少し頭を上げ周囲を伺う。


 そこそこ広い空間のようだ。


 私の横たわる台以外は照明が付いていない様子で私を中心に闇が広がっている。


 そして闇の中に赤い小さな光。

あれは…人工的な、そうスイッチの明かりか。

ん?スイッチ?そうだ、今感じている違和感はこれだ。やはりおかしい。

私が誰かは分かる。名前も年齢も性別も。

そして物の名称、思考する時に使う単語、文章、知識。それらは全て分かる。

なのにここに至るまでの記憶が全くない。

それこそポッカリと穴が空いたように。

まるで今まさに物心がついたかのように。


 一時的な記憶喪失だとかそんなものではない。記憶がないと言う以前に何もない。そんな感覚だ。一体私に何が起きているのだ。



 ……言語をインプットされただけのロボット…いや、違うか。そんな無機質な感じはしない。生命体であることはわかる。いやしかし、まさか…そんなことできる訳が…


 …とりあえずこのまま思考を巡らせていても仕方ない。


 先程から周囲を伺っているが……どうやら私以外に生物の気配はないようだ。


 私は硬い鉄製の台から起き上がる。

周りを見渡すとスイッチやモニター、それに小さな窓が一つあるのが分かった。


 まずはここが何処なのか確認するべきだな。

小さな窓の方を見る。うっすら自分の顔が写った。

良かった。やはり私は私で間違いない。どうやら外は暗いようだ。時間も分からないが今は夜なのか?


 私は更に近づき覗き込む。


 そこから見えた世界は絶望だった。

果てしなく続く闇、そこに漂う石、石、石

遠くで微かに光る小さな点。

ここが何処かなんて嫌でもわかってしまった。


 宇宙だ。


 なぜこんなとこに1人なんだ。

私は思わず膝をついてしまう。

考えられる原因を張り巡らせても納得のいく答えは得られそうになかった。

あれから何分経ったのだろう。

5分?30分?1時間?

いや、そんなことはいい。

ここが宇宙船とわかった今、やることは一つだ。


 必ずこの船内に情報はある。モニターがあるんだ、何かしら映像があるはずだ。



 私は立ち上がりモニターの前に立つ。

100個以上はあるであろうスイッチの内、1つだけが点滅している。きっとこれだろう。確実にこれを押せと言っている。

恐る恐るスイッチを押すとモニターが起動した。



 そこに写っていたのは私だった。



「やあ、初めまして、でいいのかな未来の私。計算通りだと約40分後の私…になるのかな?

きっと今頃混乱してるだろう。これから順を追って説明するから安心してくれ。

ん?何の計算かって?簡単な話さ、まず私が宇宙船に乗り込み発射。光の速度に達するため宇宙船と私自身を原子サイズまで分解。

この時点で今の私は死ぬわけだね。

7分移動したのち宇宙船の再結合、再構築。

そして身体の再結合と再構築に15分、

そこから周りを警戒しつつこのスイッチを押すまでに18分。

どうだい?当たりかい?ハッハッハッハ

って分かるわけないか。君が分かるのは最後の18分だけだったね。ハッハッハッハッハー、、、ハァ」


 そう言って私だと名乗る者は最後に大きなため息をついた。それにしても本当に私なのか、

こんなに饒舌で作り笑いまで…今の私には想像できない。

それに分解?再構築?一体何を言ってるんだ。

そんなこと可能なわけが…

…いや…記憶を辿れば確かに理論としてあるな。だが実現できるとは到底…


 それにしてもこの知識と情報ばかり頭にあるのはなんなんだ。頭がおかしくなりそうだ。


「これからの君を思うとなるべく明るく努めようとしたがやはり私のキャラではないな。まずは謝らせてくれ、本当に申し訳ない。

この映像を見ながら君は微かな希望を抱いている事だろう。しかしそのような物はきっと存在しない。

君はどう足掻いても過酷な運命にある。…さて、それでは始めようか。」


 そう言って40分前の私は背後を確認しながら再び正面を向く。

よく聞けば映像からは銃声やら爆発音が微かに聞こえている。


「まずは簡単な経緯だ。私たち人類の住む惑星は環境汚染やそれに伴う物資の奪い合いの果てに崩壊した。…まぁ単純な話だよ。

環境汚染によって人類の住める地域が減り、場所と食べ物を求めての大移動が始まった。

やがて比較的豊かな土地に元々住んでいた人々と行く宛のない者たちで争いが始まる。

個人単位での戦いが国を挙げての戦いになり、

やがて全世界を巻き込んだ戦争になった。

最終的には自暴自棄になった連中が核ミサイルの撃ち合いさ、よくある話だろ?

…数日前に惑星のコアにまで被害が及び惑星全体に亀裂が入った、あと10数分後には文字通り惑星が崩壊する予想でね。

…で、どこから嗅ぎつけたかここに宇宙船があると知って今襲撃されている真っ只中というわけだ。

愚かだろ?これは1人乗りだし私以外が乗っても死ぬだけだというのに。

…いや、ある意味私も死ぬわけだが。

今私に全てを託した研究所の仲間たちが発射までの時間を捨て身で守ってくれている。

みんな私の考えに賛同してくれた。

このビデオを撮るくらいの時間は稼げるだろう。

彼らには感謝しかない。

…さて…私は一介の科学者に過ぎないが細胞をナノマシーンに置き換えることによる不老不死の研究をしていた。

皆が不老不死になれば争いもなくなり食糧問題も解決でき、人類は再興できると信じていたからだ。

だが、完成には程遠いが現在の形になるまでにも

あまりに時間が遅過ぎた。

あと10年早ければこの世界を救えたかもしれない。

それに完成しなかったのには理由がある。

ここにきて科学者として何を言っているのかと自分でも疑いたくなるが、魂や感情エネルギーといった物の存在にぶち当たったのだ。

だが確かにそれは存在する。私は見たんだ。

…まぁここまで話せば分かると思うが君がその実験第一号だ。

これを見ているということは実験は成功したということだね。君が今の私の集大成だ。

科学者として素直に嬉しいよ。…未完成品だがな。

人類は無機物の原子レベルに分解後の再構築する技術は早い段階で確立したのだが生物の再構築はやはり難しくてね、私が初の成功者というわけだ。

普通はみんな再結合に失敗してただの肉塊になるんだがね、ハハハッ

どうやったか知りたいかい?逆転の発想さ。

人間を原子サイズの核ひとつにまとめてしまえばいい。

魂も記憶も、身体の詳細な図面も全て。

だがもちろんデメリットもある。

まず1つ目に、

その核が傷付けば君は死ぬ。

今ある体は核を守るためにある外装にしかすぎない。君の本体はあくまでひとつの核だけだ。

核まで傷付けば君は君と言う概念をなくし、ただの生ける屍になるだろう。

と言っても核自体はかなり強固にしてあるがね。

光速での移動に7分も耐えられるんだ。並大抵の攻撃じゃまず破壊できない。安心してくれたまえ。

2つ目は核に保存できるデータの容量だね。

君にはやってもらうことが沢山ある。そのため入れられるだけの知識を詰め込んだ結果、私を私たらしめる人生の思い出はカットさせてもらった。

これから長い間孤独に生きるんだ。思い出はきっと邪魔になる。

それに映像と文字列ではデータの量が桁違いなものでな、申し訳ない。

入り切らなかった知識は船にもいくらか詰め込んである。後で確認してみてくれ。

…ということで君は人類最後の1人にして実質不老不死だ。」




 途中から察してはいたが最悪のパターンだな。

荷が重すぎる。

だが確かに思い出を消してくれたのは良かったのかもしれない。

最初からなにもない孤独と全てを無くしてからの孤独には雲泥の差がある。

思い出がない分、多少の考えの差はあるがこの男も今の私も同一人物だ。

この後言うことは大体予想がつく。だから尚更だ。




「君にやってもらいたいことなんだが、ここからは私のわがままだと思って聞いてくれ。

お願いは3つある。まず1つ目だが人類の再興だ。

勿論無茶なお願いなのはわかっている。

君は独りだ。伴侶がいないから正攻法で地道に…なんてことはできない。そこで先ほど言った魂の概念だ。

魂は確かに存在する。それを確認できたのは一度だけだが、これは自信を持って言える。

目には見えないが確かに世界に漂っていたのだ。

これによって導かれた答えがある。

神の存在はわからないが所謂天国や地獄といったものはない。

死んだら魂だけの存在になり、新しい器に入るまで漂っているんだ。

つまり崩壊した惑星付近には数百億の魂が浮遊しているはず。君は魂の器だけ作ればいい。」


 本当に我ながら無茶を言う。一体何年かかるのか、私が不老不死になったからこそだとは思うが果てしなく長い道のりには違いない。




「そして2つ目。この銀河にある他の惑星を人類の住める環境にし、環境汚染による破滅が起こらないように管理してほしい。

他の銀河にある元々環境の近い惑星という方法もあるが、君は私だ。そのうち同じ答えに辿り着いて諦めるだろう。

これもまた先程言った感情エネルギーが肝になるはずだ。

肉体は魂の器、そして魂は感情の器なのだ。

感情は人類の追い求めてきた無限のエネルギーになりうる物だと私は思う。

…後のことは私には皆目検討がつかない。

だが君には無限の時間がある。

急にぶっきらぼうになって悪いが…なんとかしてくれ。ハハハハハッ」


 そう言って過去の私は笑っている。


 私はもうすでに頭をフル回転させており頭が痛くなってきていた。

だがこれがやらねばならないこと、これが使命なんだと受け止められていた。


 過去の私は再び背後を確認していた。

先ほどと違って銃声や爆発音以外に悲鳴も聞こえている。それに火薬の弾ける光も確認できる。

そろそろ時間切れなようだ。


「そして3つ目。私は科学者としては遅咲きでね。

時間がないので端折らせてもらうが私が科学者になったのにはきっかけがあった。

だが時間が足りず私の悲願を達成するより先に世界が崩壊してしまってね、ははっ

………その願いを叶えて欲しい。

だがこれはあくまで過去の私の強い感情によるものだ。君の判断に委ねるよ。

正直この願いを聞いた君がどういった方向に進むか私には分からない。

だから3つ目の願いは…

そうだな、ある程度の再建の目処が立つであろう5千年後に開示するとしよう。」


 過去の私は深く目を閉じゆっくり瞼を開けた。

そこには先程までのおちゃらけた表情はなく決意に染まった顔になっている。


「最後にこれだけ言っておく。」



「君に神になれとは言わない。君には君の人生がある。だが人類がいかに愚かでも愛すべき人はいつの時代も生まれる。私は人類が好きだ。

きっと…きっと!みんなが幸せに暮らせる世界は作れるはずなんだ!よろしく頼む!」


 そう言うと背後で大きなエンジン音と鉄を削る光が見える。


「とうとう本当に時間がないようだ。これで説明は終了とする。君を孤独の中に放り出してすまない。これが未来の私に届くことを願って。」


 そう言うと画面は消えた。


 私は瞼を閉じ今の話を頭の中で整理する。数分間の沈黙を経て私は動き出す。

まずは船にあるデータの確認からだ。

とりあえずは5千年後に開示されるデータを楽しみに気長にやるとしよう。

さあ、時間だけは腐るほどある。

私は私のやるべきことをするだけだ。

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