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議題:攻略対象にモブが認知されてしまった件について


 翌日、シャルロッテのこれまでの習慣通りにレティーシアが住まう第二学年生寮へと向かえば、レティーシアは専属のメイドに捕獲された宇宙人ポーズで連れられながらぐったりしていた。こちらを見た瞬間、覇気はないのにツヤツヤな唇が「エリコ」と動いたので一日経っても残念ながら彼女の中身は『彼』のままらしい。

「おはようございます、レティーシア様」と、シャルロッテらしい消え入りそうな微笑みを浮かべてメイドからレティーシアの鞄を受け取る。それにレティーシアこと兄がきょとんとする。やだ、今日もこの悪役、顔が良い。



「レティは自分で荷物なんか持ったことないんだよ。寮では実家から連れてきたメイドによる当然の至れり尽くせりだし、外ではこうして腰巾着ABCがレティ様のお荷物のご面倒を見て差し上げるってわけだ」


「まじかよ……デカパイのお嬢っぷりがガチすぎて引く……」


「そりゃ、実質お姫様ですから。あとデカパイ言うな」



 腰巾着ABと合流する前にと校舎へ向かいながら兄へと釘を刺す。

 ところで鞄軽いな。さては何も入れてないな、これ。



「設定上他学年とも選択授業なら一緒になれるとはいえ、一応私は第三学年だから二年生の兄貴にずっとついてるってのは難しくてさ。いやゲームのスチルにはなんでか常に顔無し背景として並んでたけど。まぁとにかく。昨日頭ぶつけて変になった説があるとはいえ言動には重々気を付けてよ、レティ兄貴」


「おう……なるべくお嬢っぽく喋るようにがんばる……ん!? ちょっと待て、おまえ歳上なの!? で、このデカパイは二年生かよ!? 二年の分際で偉そうすぎねぇ?」


「だって公爵令嬢様だからねぇ」



 校門前に腰巾着Aこと一年生のアン・キャメロンが心細そうに立っているのが見えた。レティの背景係……ごほん、腰巾着三人組のうち、誰よりも小さく細すぎる体躯にそばかすが散った肌、縮れ気味の赤毛は彼女の性格を表すみたいに頑固で、極めつけに出っ歯なために冬眠しそびれて不機嫌なリスみたいだ。私こと平凡面長一重のザ・しょうゆ顔シャルロッテも含め、見事なまでのレティの引き立て役だった。ちなみに腰巾着Bのベティ・ブロッサムは体積が横に広いタイプの名引き立て役である。

 さて、密談はここまでだ。レティに気付いたアンが顔を明るくした後、レティの背景として控える私を見てゲェッと歯を剥く。幽霊でも見たみたいな顔だ。失礼な。



「あんた、なんでまだレティ様の傍にいんのよ! レティ様のことを殺そうとしたくせに!」


「あの、それ誤解だから……ほんとにただの事故なんです……」


「そうそう、ちゃんと和解済みだから安心してくれざますわよ。えーと……」


「アン」


「アンちゃんね、オーケー。二文字ならまだ覚えられる」



 よく見れば愛嬌があるかもしれないアンの、歯が出過ぎた惚け面を前にまったくもって口調が大失敗している兄へとすかさず耳打ちをする。

 とりあえずレティは堂々のスクールカースト兼階級トップなので年上だろうと同級生だろうと〝ちゃん〟も〝くん〟もいらないよ、兄貴。



「レ、レティーシア様、ほんとうに……? この女をゆるしてよろしいので?」


「あたくしの言葉が信じられないってゆーの?」


「い、いいえまさか! 滅相もございませんわ!」



 お、いいぞいいぞ。雑だけど今のはそれなりにそれっぽかったぞ。やればできるじゃないか、兄貴。



「レティーシア様は心からお優しくあられますから」



 笑窪を浮かべ媚びへつらうアンに追随してレティーシア様の優しさに今日もわたしは生かされてます、みたいな顔をしながらヨイショする。それにお優しいレティーシア様こと兄がキモチワルゥ……とでも言いたげにルージュたっぷりの口をひん曲げる。美貌の悪女レティのくせになんて顔をしやがる。

 まぁしかし、兄なりに努力してるのもわかるしこのくらいの奇行芸ならば許容範囲内だろう。多少違和感のあるやり取りでも、今のレティは昨日の事故をきっかけに頭がおかしくなったレティなのだから。真実は頭どころか中身がバグってるわけだけども。

 そしてなにより本日このブリューフェル学院には、鳴り物入りで我等がイノセント・タイフーンがやってくる。学院側だってレティの気まぐれに振り回されてる場合ではない筈だ。



「レ、レ──レティーシア様ぁっ!」



 学年を分ける大階段までやって来たところで、レティと同じ第二学年生かつ同級生でもあるベティがぽっちゃり体型を揺らしながら命からがらと追い付いてきた。ようやくレティの腰巾着A(小)B(中)C(大)が揃ったわけだ。わぁ……悪役レティーシアの立ち絵そのものだ。ちょっと感動しちゃう。

 結果的にレティに置いて行かれた形になるベティは、自分が何かこの女帝の不興を買うような事をやらかしたのだろうかと蒼くなりながらレティに縋りついた。



「レ、レティーシアさま、なぜ、」


「あー、ストップ。ちょっと待ってて。……英理子」


「ベティ・ブロッサム。レティと同級生だから一番兄貴と一緒に行動することになる子だよ」


「鞄持たせたり?」


「教科書持たせたり。ノート代わりに取らせたり」


「兄ちゃん、そういうのよくないと思う」


「だって悪役だもん。本当のレティはこれからもっと悪どい事するからね。ヒロインの命が掛かった洒落にならない企みとか」


「……俺、やらねーよ?」


「当たり前でしょ。兄貴にそこまで求めてないよ」



 ここまで、涼しい顔をしたシャルロッテの耳打ち小声会話である。三人組の中でも特にシャルロッテは影薄モブ担当だったので助かった。主人への耳打ち程度であればおかしな行動ではない筈だ。



「ベティさん、安心なさって。レティーシア様は今日早起きをされたの。それだけのことだよ。ここからはベティさんにお任せするわ」



 レティの鞄をベティへと押し付けて儚く微笑む。イメージは幽霊だ。いつも通りに鞄を受け取ったベティは、安堵に息を吐きつつも手に取った荷物の軽さに不思議そうに肉に埋もれたどんぐりっぽい瞳を瞬かせた。



「僭越ながらレティーシア様……こちら、何も入っていないのでは……」


「? 教科書は学校に置き勉なんだろ……ですわ? メイドのねーちゃん達がそう言ってたけど」


「………………ええ、はい。ですから、お化粧直しのお道具ですとか……今日はお履物も普段の物とは違っていらっしゃるのですね」



 レティ兄貴のとんでも口調に一瞬宇宙猫と化したベティだが、流石の下僕根性で戸惑いを呑み込み次に彼女が指摘したのはレティの靴だ。そういえばそうだな、と私も視線を下げる。シャルロッテのハンカチを狙い撃ちしたピンヒールブーツがそこにはなかった。本日レティが履いているのは学院指定のストラップ付きローファーだ。新品同然……というか本当に新品なんじゃないだろうか。下ろしたての艶だよ、これ。



「だってさ、あんなの正気か? あんな拷問みたいな靴だれが履けるかよ。玄関を三歩だって歩けなかったぜ。ヒール履いてる女の足ってどうなってんの? 爪先変形してねぇ?」


「レティーシア様」


「で、ございますわ!」



 語尾にですわ付けりゃあいいってもんじゃねーんだよバカ兄貴。



「「…………」」



 とうとう顔を見合わせて絶句してしまった二人に頭を抱えたくなる。わかるわかる、気持ちはわかるとも。あのプライドの擬人化レティーシア・ル・ヴェリオンがヒールを捨ててメイク直しも持たずそもそもメイクをしてな……いやメイクはしてるな。今日もバッサバサの睫毛に唇はプルプルだし鉄壁ドリルの金髪を肩から下げてるな。なんならマニキュアまで完璧だ。……公爵令嬢仕えメイドの本気が垣間見えてしまった。兄貴のことだから風呂も目を瞑ってなけなしの道徳心でメイドに身支度を任せたんだろうな……。



「お二人共、その、レティーシア様は事故の後遺症が……」



 皆まで言わずとも察せと心底具合が悪そうな顔で哀れっぽく訴えれば、二人はどうにかとぎこちなく頷いた。ここまでくると悪党のコバンザメをしている小悪党だって私を責める気にはなれないらしかった。

 三人と別れ、三年生用のフロアをどことなく心細さを抱えながら歩く。ヒソヒソと周囲から「あの人が例の……?」「あんな人がよりによってル・ヴェリオン嬢を……? ほんとうに?」といった声と視線が刺さる。うぅ、これまで空気だったシャルロッテが人生初ってくらいに注目されている。胃が痛い。これは大田英理子ではなくシャルロッテの痛みだ。これからレティのクラスで電撃紹介されるヒロインとは比べ物にならないけれど、シャルロッテとしては有り得ないくらいに世界に存在を認められている。

 そうして疑念に包まれた針のむしろの中、シャルロッテが所属するクラスへと辿り着くと、室内へ踏み込む前に廊下から私の肩を叩く手があった。ゲームではフルネームすら出やしないモブ中のモブのシャルロッテの肩をだ。



「ンびゃっ!?」


「え、そんな驚き方ある?」



 おそるおそると振り返る。まず相手の声にドキリとする。それから不意打ちにクツクツ笑っている至近距離の甘いマスクに何故と内心で絶叫する。

 なんで私なんかに声を掛けてきた!? ────アンリ・サーシェル!


〝アンリ・サーシェル〟。ヒロインを囲む攻略キャラクターの一人であり、ヒロインの一つ上の学年──お色気チャラ男先輩枠に鎮座する御仁である。ピンククォーツの瞳は甘ったるく垂れ、口元には色気を垂れ流すホクロ。髪はアンと違って艶やかな赤毛で、肩を超える長さを一つに緩く纏めている。ちなみに愛されゆるふわカール。なにもかもが緩い男だ。なんたって股も緩い。誘われるとほいほいベッドに上がるとんでもねえヤリチンなのである。

 そのアンリが笑いの余韻を残したまま、たかだかしょうゆ顔モブのシャルロッテを興味深そうに見下ろしているのだ。そりゃあ奇声だって出る。

 ひ、ひえぇ……色気の暴力だ。ほら見ろ、扉近くの席に座っていた女生徒が茹だって腰を抜かしてしまったじゃないか。



「きみ、えーと、名前なんだっけ。いつもレティ嬢の近くにいる子だよね?」


「……シャルロッテ・アチェンスタです」


「そーだそーだ、シャルちゃんだ。で、シャルちゃん、おれのことは知ってる?」


「はい、勿論。……ミスタ・サーシェル」


「あーそういうお堅いのいらない。……アンリでいいよ」


「はわわ」



 アンリでいいよ。そう、吐息をたっぷり混ぜて夜を想像させるような水気を含みながら私の耳元で囁いた男に、腰を抜かした女子のその後ろと隣の席の女の子も被弾した。なんなら後席は男子学生だったけどしっかり被弾した。流石、話すだけで孕まされるとヒロインへ全年齢乙女ゲームにあるまじき紹介のされ方をされる男だ。かくいう私もドキドキで心臓が破裂しそう……──────ということは、無かった。

 だって元プレイヤーの私は知っているのだ。この男の正体を。

 さて、ここで攻略対象アンリ・サーシェルがファンからどのように渾名されているかを紹介しよう。──────バブちゃんである。

 バブちゃん。バブの子。アンリたや。アンリルート開拓済みプレイヤーから軒並みよちよちされる男、それがアンリ・サーシェルだ。

 勿論私だってアンリルート未開拓から開拓初期の頃は全年齢のくせにヒロインに対するギリギリのアプローチだったりモブ女との心の目で見ろ系暗転スチルだったりに手汗を握ってハラハラしたし何故こんな色気キャラがバブちゃんなんて呼ばれているのか甚だ謎過ぎて困惑した。だがしかし、アンリルートのグッドもバッドもノーマルも制覇した今ならばわかる────この男はまぎれもなく〝バブ〟であると!

 それを知ってしまうともう、ダメなのだ。どんなにアンリがお色気フェイスでヒロインに迫ったとしても、アーーーッがんばってるねーーッ! アンリたやバブちゃんなのにチャラ男ちゃんとがんばってるね、えらいねェー!! と拳を振りかざして転げ回りたくなるのだ。公式から正式に差し出されている子犬系後輩(攻略対象)すらも凌駕する母性の掻き立て役、それがアンリ・サーシェルなのである。



「……シャルちゃん? おれの話聞いてる?」


「ッンブヒィ…………はい、もちろん」



 計算され尽くした上目遣いでこちらを覗き込む魅惑のピンククォーツに、思わず飛び出てしまった哀しきオタクの嘶きを頬の内側を噛むことによって耐える。口内炎も覚悟の上である。アンリたやかわいいねぇヒロインじゃないこんなモブにまでちょっかいかけられてえらいねぇよちよち──なんてことは口が裂けても言ってはいけない。イエスばぶちゃん、ノータッチ! ノータッチ!!



「……昨日からレティ嬢がおかしくなった、て話の詳しいところを聞きたかったんだけど、もしかしてきみも一緒に頭打ってたりする?」


「いいえいいえ、そのようなことは! あっ、いけませんサーシェル様、朝礼が始まってしまいますわ。早く席につかないと」


「んー……そーね。また後でね、シャルちゃん。あと、次はちゃんとアンリって呼んでよね」


「う゛ぉ゛ッ」



 去り際なんと私の頬に触れはしないものの悪戯なリップ音を響かせていった赤毛のあんちくしょうに着席するフリをして倒れ込む。生のお色気バブちゃん、おそるべし。破壊力が半端ない。

 チラと目だけを周囲にやれば、腰を抜かしていた女生徒は今や幸せな屍と化しているし後ろの男子生徒は賢者タイムの顔付きになっている。隣の女子は拝んでる。スクールカースト上位者アンリ・サーシェルの襲来に周囲はとうに死屍累々だ。いいな、私もそれに倣いたい。私の場合、バブちゃん尊いの気持ちからだけど。

 ささやかだけれどシャルロッテとしては看過できない『モブ生徒、昨日に続きまたも攻略対象に認知される』事件を経て朝礼が始まる。ここブリューフェル学院は朝礼終礼以外は選択授業……システムとしては必須科目に追加で授業を選び履修登録する大学に近い制度を取っている為、先生の話が終わり次第さっさとレティこと兄貴のところに駆けつけようと身構えておく。

 ──そう、私は準備していた。〝あの〟ヒロインを目の当たりして、兄貴が持ち前の厄介な正義感を発動してしまわないうちにサポートに付けるようにと。

 だって私は大田健の妹だから。わかってしまうのだ。兄は────きっと『彼女』を放ってはおけないと。

 しかしどれほど脳内でシミュレーションをしたところで、不測の事態というのは何処からともなく起きるから不測なのだ。


 予鈴が鳴る数分前、悪役(レティ)主人公(ヒロイン)が邂逅を果たす第二学年生の階から劈いた悲鳴────私は反射的に教室を飛び出していた。


 うそでしょ。まさか。どうして。

〝あの〟イベントが起きてしまったというのか。

 走る。階段を二段飛ばしに駆け下りてゲーム内で何度も見た背景にモブたる自分を突き入れる。世界(ストーリー)に名前だけのシャルロッテが飛び込む。そこには。



「────」



 花瓶を手にした悪役と水を髪から顔からしとどに滴らせた主人公の姿。何度も、何度も見てきたよく知る光景。プレイヤーならば必ず通過するチュートリアルじみた悲劇。

 ヒロインとレティの一年に渡る確執の幕開け────〝悪役令嬢、対面早々ヒロインに水をぶっ掛けるイベント〟が今まさに眼前にて繰り広げられていた。




 ──────悪役令嬢の中身、兄貴なのになんでェ!?



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