第一話 駄女神とポーカー
ここは、神世界『ティラ・ミコノス』。古今東西あらゆる神々が集まる世界であり、その特異性から、無数に広がる全ての世界に唯一干渉する事が出来る世界だ。神々は無数に広がる世界に棲まう人々、動物、異形のものたちの願いを叶えることで信仰心を獲得している。この信仰心であるが、神にとって非常に重要な役割を担っている。例えば、信仰心のない神は己の存在を維持することが出来ず、消滅してしまう。その他にも、信仰心を得ることで己の存在を強化したり、神世界ではお金のように使用する事が出来たりと、その用途は多岐にわたる。
信仰心を集める方法は神によって様々だ。昔から使用されている手法としては、神である己の権能を活かした手法がメジャーである。例えば、とある世界を担当している武神は、その規格外の武力を知らしめ、怪物達から信者を守ることによって信仰を得ている。また、とある世界を担当する女神は、予知の力を使い、世界の危機を告げることによって信仰を得ている。そしてまた別の世界を担当する土地神は、己が育った土地を護り、豊かにすることによって信仰心を得ていた。
また、ここ数年で考案された最新の手法が、『異世界モノ』である。異世界モノとは、端的に言えば自分が担当している世界に他の世界の住民を引き抜く手法の事だ。この手法のメリットは他の世界からの技術・文化の伝来や、既存技術の発展、様々なモノの価値を見直す機会の提供といった技術・文化面での恩恵が見込める。その他にも、神が異世界から引き抜いた者に力を与え、その世界で悪事を行っているモノを倒させる事で、間接的に世界を管理する事が出来るといったメリットもある。引き抜かれる住民も異世界転生・転移希望がある奴を選んでおり、そこから信仰心を得ることも出来るため、どこまでいってもメリットしかない手法だった。
さて、そんな『異世界モノ』という新しく革新的な手法がブームになりつつある現代神世界。その片隅。緑豊かなこの地には、石造りの鳥居と小さな本殿だけの簡素な神社がぽつんと立っている。他の神々からは『万楽亭』との愛称で呼ばれているその小さな神社には、元人間の巫女と一緒に暮らしている、風変わりな少女の神様がいるという―――
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汚れ一つない白い地面に、宝石のように青く煌めく空。そんな神秘的で不思議な空間の中心部には、一本足の白いダイニングテーブルに、二脚の椅子がテーブルを挟んで配置されていた。一方の椅子には20代後半と思しきローブ姿の男が、そしてもう一方には、10代半ばと思しき和装の少女が相対していた。
「ボクは一枚だけカード交換するけど、キミはどうする?」
少女は手元のトランプからハートのエースを捨てながら、男に向かってそう問いかけた。それに対し、男はニヤリと笑い、首を左右に振って応対する。
「そっかそっか。なかなかいい手札なんだね~」
「神様、確認なんだが。本当にこのポーカーに勝ったら何でも願いを叶えてくれるんだな?」
「うん、ボクにできる事ならね~。ま、そーゆーのはボクに勝ってから考えたほーがいいよ~」
男は少女の返答を聞くと、笑みを更にふかめた。そんな男をよそに、少女は山札から一枚引く。すると、少女の顔には花が咲き誇るような笑みが浮かんだ。
「ふふふん、かなり良い手札だよ~! それじゃ、準備はいいかい?」
少女の問いに、男は頷く。
「せーのっ!」
少女の掛け声と共に、2人は自分の手札をオープンした。男の手札はクラブの10からAまでのロイヤルストレートフラッシュ。男が手札を変えないのもうなずける話だ。なにせ、ロイヤルストレートフラッシュはポーカーにおける最強役。揃う確率は65万分の1といわれ、フィクションの世界ではここぞという場面で度々登場する、まさに切り札級の役だ。
しかし、最強役として有名なロイヤルストレートフラッシュだが、ルールによっては最強を打ち破る唯一の役がある。それこそが―――
「ファ、ファイブカード…!?」
少女がオープンした手札にあったのは、4枚の7のカードと、ワイルドカードのジョーカー。ジョーカーが一枚しか入っていないこのゲームにおいて、負けるわけがない最強の役である。とはいえ、この最強の役が揃う確率は、ただでさえ低い確率であるロイヤルストレートフラッシュよりも低い。
「そんな… こ、こんなの、イカサマ…」
「あはは… やだなぁ、イカサマなんかしてないよ。だから言ったでしょ、運が絡むゲームはやめた方いいって」
少女はため息混じりにそう言うと、何も無い空間に手を突っ込み急須と湯呑みが乗ったお盆を取り出す。そして、少女は湯呑みに緑茶を注ぎながら口を開く。
「君にどう思われてるかは知らないけど、ボクはこーみえて神様だからさ。人よりも運が強い…どころか、幸運の女神と仲良しなんだよ」
「なっ、そ、そんなのズルじゃないかっ!」
「ズル…と言われてもね。ゲームを決めたのは君だし、ボクは運が絡むゲームはしない方がいいって忠告もしたし~」
少女は理路整然と己に非がないこと話すが、男は納得しきれない様子で、頭に血をのぼらせ、今にも飛びかかってこんばかりの勢いだった。その様子を見た少女は、更に深いため息をつく。
「まぁ、それでも運が絡む勝負を望んだってことは、運に頼らず勝つ算段があったって事だろうけど―――」
そう言って男を一瞥すると、男は先程までの勢いが消え、トマトのように赤かった顔が、みるみるうちに真っ青になっていた。
「どうしたの? なんか体調悪そーだけど?」
「す、すいません。ポーカーにも負けましたし、わ、私はこれにて帰ります」
男は額からは脂汗を流し、手は震え、息も荒くなっていく。
「そっかそっか。今日は遊んでくれてありがとね。あ、ついでだしこれあげる」
少女は袖から小さな鈴を取り出すと、男に投げ渡す。その鈴は赤と白の紐で結ばれた金色の鈴で、小さいながらも不思議な魅力のある代物だった。
「こ、これは…?」
「御守りみたいなもんだよ。それじゃ、お仕事頑張ってねー」
少女がそう言うと、男の回りに白い円が幾重にも集まり男を包む。そして、数秒もしないうちに男の姿はこの世界から消えさった。
「さて、と」
少女は淹れたての緑茶をふーふーと息で冷ましてから口をつけるが、冷ましきれておらず「あちっ」という声が漏れる。今度は入念に息を吹きかけ、念には念をと魔法を駆使し湯呑み内に氷を生成する。みるみるうちに溶けていく氷を眺め、恐る恐る湯呑みに口をつける。
「はぁー、おいしい! やっぱり緑茶はこーでなくっちゃね!」
「いや… リン様、それならもう最初から冷たいお茶を飲んだらどうですか?」
少女は「うおおおっ」という少女らしからぬ声を漏らしながら、声のする方向に振り向く。そこには、赤と白を基調とした巫女服に包まれた女性が、大小様々な菓子が乗っている皿を片手に立っていた。
「ツ、ツムギ!? いつからいたの!?」
驚きを隠せない少女を他所に、ツムギと呼ばれた女性は淀みのない動きで菓子の乗った皿を机に置く。
「いつからって… そうですね。リン様がイカサマしたあたりですかね?」
「うぐっ。な、なんのコトカナ~」
リンは片言でそう返し目をそらすが、ツムギはお構い無しに話を続ける。
「途中から、能力を使って好きなカード引いてたじゃないですか。いやはや流石は縁結びの神様です」
「いやいや気のせいだって。ほら、ボクは幸運の女神と仲がいい―――」
「確かにリン様は幸運の女神様と仲が良いですけど、あの方はイカサマなんて卑劣でちっぽけな事に加担しないですよ?」
「お、おっしゃる通り…」
ツムギの食い気味の指摘に、ぐうの音も出ないリン。
「まぁ、あの男もイカサマしてましたし、とやかく言うつもりはありませんよ。むしろ、あの男がイカサマしてたことに気づいたから、リン様もイカサマしたんでしょうし」
「そ、そこまで見抜かれてるとは… いやぁ、ツムギには敵わないなぁ」
リンは頭を掻きながら「たはは…」とおどけて笑う。そして、ツムギの持ってきたお菓子の中からバターどら焼きを一つ取り出し、口をつける。
「うーん、美味い!」
よほどの好物なのか、食べ始めて一分と経たずにバターどら焼きはリンの胃袋の中へと消えていった。
「お賽銭もらうよりバタどら貰った方が幸せだなぁ。ねぇねぇツムギ、流行んないかなバタどら参拝…」
「絶対に流行らない…というより、流行らせたくないです。漫画に出てくるネコ型ロボットじゃないんですから、バタどらで願いを叶える神だなんて威厳もなにもあったもんじゃないです」
ツムギの反論に、リンは「そうかなぁ… 美味しいのになぁ…」と呟きつつ、新しいバターどら焼きに手を伸ばしていた。そんな調子で二つ、三つと食べ終えた後、氷の溶けきった温い緑茶で一息つく。
「ふぅ… あ、それはそーと、ツムギ。ボクに何か用があったんでしょ?」
お菓子の中から、今度はラスクを取りだしつつそう話す。
「ボクはツムギがこーんなちっちゃい頃から知ってるんだよ? ボクの好きなバタどらを持ってくる時は何か頼み事がある事くらい、ボクにはお見通しだよ!」
リンはラスクをくわえながら、ツムギに向かって勢い良く人差し指を指してかっこつける。
「流石ですね、リン様」
「そりゃあ頼み事の度にバタどら差し入れられたらね。…というより、ここまでの流れをスムーズにするために、わざとやってるでしょ」
「―――バレましたか」
そう言うと、ツムギは空いてる椅子に座り、机の上に散らばっていたトランプを片付ける。
「リン様。単刀直入に言います」
そうして、ツムギはより一層真面目な顔をつくると、一呼吸おいて口を開く。
「もう少し、働く日を増やしませんか?」
「へ?」
惚けた顔をするリンにお構いなく、ツムギは続ける。
「周りの神々は週に3回、最高神様達ですら週に一回は働きますよ。そうであるというのに、リン様はここ半年、月に一回働くかどうかです」
勢い冷めやらぬままツムギは続ける。
「たまに働いたかと思えば、無償で願い事叶えてますよね? ノーリスクで神様と勝負して、万が一その勝負に勝てたら願いが叶うだなんて、破格にも程があります」
「い、いやいやほら、それはさ、神様に勝つだなんて凄いねって事で叶えてあげ―――」
「そりゃ神様としての権能をフルに使ってる神様に勝った場合は凄いでしょうけど。リン様は『フェアプレーだ!』とかなんとか言って相手の能力に合わせてくれるじゃないですか。それに、勝負の内容だって相手に決めさせてますよね」
神と勝負して勝てれば願いを叶える、というスタンスをとる神はリンの他にも何柱か存在する。しかし、そのどれもが神としての権能は駆使する上、勝負するためには非常に多くの信仰心を必要とする。リンのように、フェアプレーかつノーリスク、その上勝負内容まで決めさせてくれる甘々な神様はいないのだ。
「それに私知ってるんですよ、リン様は勝負に勝っても負けても相手の願いを叶えてるって」
「い、いやぁ、それはツムギの勘ちが―――」
しらを切るリンであったが、ツムギは食い気味に指摘し始める。
「さっきだって、イカサマした男に『縁結びの鈴』渡してましたよね? あの男の願いは『世界一の魔法使いになる』でしたから、あの世界で一番の魔法使いである年老いたエルフと縁が結ばれるよう、力をこめたんでしょう?」
「お、仰る通りです…」
リンはうなだれながら、力なく答えた。
「…なにも、リン様の行い全てが悪いと言ってるわけじゃないんです。むしろ、そのお人好しなところ
が、私は好きですし」
「な、なら―――」
「ですが! ただでさえ働く日が少ない上に、度が過ぎるお人好しをされると生活がやってけなくなるんです! このままのペースですと、あと二ヶ月で貯蓄してた信仰心は底をつきますし、三ヶ月でリン様は自分の存在を維持するだけの信仰心が足りなくなるんですよ!? 分かってます!?」
「わ、分かって… なかったです…」
あまりのバツの悪さに、誰に言われるでもなくリンは自然と椅子の上に正座していた。そして、ツムギの説教を聞く度に、また一つ、また一つと体を小さく縮こめる。
「…皆さんがリン様のこと、なんて呼んでるか知ってます? 」
「い、いや、知らないけど…」
「『万楽亭の駄女神』『ニートの女神』『神世界きっての引きこもり』『人間に養ってもらってる神の恥さら―――」
「うわぁぁぁん、もう聞きたくなぁぁい!!!」
リンの悲痛の叫びは、万楽亭内に響き渡った。
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