今日も凄い密着度で話しかけてくる後輩ちゃん
突然失礼。皆様は、小説を書いたことはありますでしょうか?
ちなみに私はあります……というか、今書いてます。はい。
そんな私ですが──
「……先輩、ブツブツとどんな独り言をしながら[姫見つ]を書いてるんですか?」
耳元で囁かれ、私は慣れぬ感触に体を跳ねさせながらも意識を戻される。
……まだ序盤も序盤だったんだがな。
まあ、正直どうでもいい事だと思うしいいんだけどさ。
もしバレたら揶揄されそうなため、「なんでもない」とぶっきらぼうな返事を最初に置く。
『最初に置く』と言った通り、私は続けて悪印象な態度で彼女に言った。
「再び述べる提案になるが、部活に来たのなら君も何か活動をすればどうだ?」
言い忘れていたけども、現在私は部活動の一環で小説を書いている。
さっき彼女が言った[姫見つ]とは、今私が書いている小説のことだ。
で、小説で察する通りここはとある高校の文芸部てある。
私もこの彼女──後輩である天道叶も、その文芸部の一員だ。
しかし天道は、入学直後に迷わず入部したにも関わらず、マトモに活動をしない。
毎度ながら''私の背中に体重を預け''、私の執筆風景を観察してくるのだ。
こいつとは中学からの付き合いで恒例ではあるが、仮にも異性なので慣れる訳が無い。
先程天道に注意された独り言も、それを紛らわし、意識しないようにするためだ。
だから火照り出す顔をバレないようにしつつ、先程の提案をしたのだが……
「いいじゃないですか〜。あたし、先輩の執筆してる姿見るの好きなんですよぉ」
しかし天道は全く悪びれた様子もなく、そう言ってのける。
耳元にある顔がニマニマと笑っているのが、見えないにも関わらず想像が容易い。
「だけどな、やっぱりこういうのはよくないだろう。恥ずかしくないのか?」
「相変わらずあたし達以外幽霊部員ですし、中学の時もしてたし……ねえ?」
……今になって思うが、何故中学でも高校でも文芸部は幽霊部員ばかりなのだ……!?
そのせいでこいつが私の背中で好き勝手するというに……!
「どうしたんですか先輩。苦虫を噛み潰したような顔をして」
「何故その体勢で私の顔が見えるんだ……」
しかも毎度毎度と私のことを揶揄ってくるのだ。先程もそれを懸念した。
というか、続きだが顧問くらいは部室の様子を見に来たらどうだ!?
毎日こいつと二人っきり……それが故にこの状況……はぁ。
「ため息吐いちゃって。可愛い後輩がこんなにスキンシップしてるって言うのに」
「私の身にもなってくれよ……」
こんなインドア派で人と関わることの少ない男が、それをされるとどうなると思う?
妄想チックな現状だが、皆様も我が身にこれが起きたと仮定して想像して欲しい。
私は再びため息を吐いた。これだけでは顔の火照りが冷めるわけもないが。
「………」
「……当然黙ってどうした?いつもはマシンガンのように常に語りかけてくるではないか」
今考えると、よくもそんなまあ話題が尽きないよなこの後輩は。尊敬に値する。
尤も、悪い意味でと言わせもらうが。
「……『可愛い』って部分はツッコむのがお約束でしょう?一人で恥ずかしくなりますよ」
「逆にツッコむのが失礼だと思ったのだが?そう言える程、否定できる部分がない」
「なっ……!?」
インドア派と自称する天道ではあるが、実際、容姿は優れている部類だろう。
何様だ、と言われるかもしれないが、シミひとつ無い肌を見るだけで好印象。
他にもキューティクルが閉じられた黒髪、整えられたパーツ……エトセトラ。
パッと見る限り、端まで配慮が行き届いている。いや、長い付き合いでもそう思える。
だから、その言葉を否定する方が失礼だと思うのは、私だけではない。そう思いたい。
「………」
「──……うん?」
そう考えながら忘れていた執筆を再開したのだが、天道の様子がおかしい。
首に巻き付けられた腕、肩に乗せられた顎。双方共に震えているような気がする。
「……おい、本当にどうした?もう初夏だが……もしかして寒気がするのか?」
「……先輩のばーか」
……はい?
どういう事かと問おうとすると、私の口周りを柔らかい感触が覆う。
天道の手のひらだ。顔面を彼女から触られる例は少なく、少し心臓がうるさい。
「今は喋らないでください。デリカシーの欠けた鈍感な先輩さんは、ね?」
……『デリカシーの欠けた』ね。
それを聞いた瞬間、私は申し訳なくなり、目の前のノートパソコンを黙って閉じた。
「……?どうしたんですか、先輩?」
私の行動に驚いたのか、体ごと離しながら天道はそう問うてきた。
私は申し訳なくなりながら、天道の方に向き直る。天道は、首を傾げていた。
「……本当にどうしたんです?」
「……すまない。デリカシーの欠けた言葉を言ったのなら、謝るよ」
最近自覚しつつある自分の悪癖。それを改めて指摘されたため、私は頭を下げた。
私は無意識のうちに、デリカシーの欠けた相手に失礼な言葉を投げているのだ。
そして相手の顔を見た瞬間、自分の言葉を思い出し、自覚する。
今回もまた、無意識のうちにデリカシーの欠けた言葉を投げてしまっていたらしい。
尤も、心当たりはなかったりはするが。
すると天道は、僕の行動に慌てた様子で両手を勢いよく左右に振った。
「いえ、あの!別に悪い意味で言った意味ではなくてですね!」
「……?じゃあ、どういう意味だ?」
「ッ!ばかっ!」
えぇ……?
悪い意味で言った訳では無いのに、真意を問えば罵倒される。何故だ……?
首を傾げるばかりな私を見て、天道は顔を引き攣らせて顔を赤くする。
どれだけ怒っているんだ……やはり、私がデリカシーの欠けたことを言ったからか?
「……もう帰ります!」
「あ、おい」
原因を探る私を他所に、天道はそう叫んで部室から走り去ってしまった。
私も慌てて部室を出たが、天道の足が速すぎるため追いかけるのを諦める。
「……本当にどういうことなんだ?」
再び席に座り、私はそう呟いて首を傾げるのだった。
[□]天道叶視点[■]
「先輩のばか……先輩のばか……」
あたし……天道叶は、部室を走ってでて少しすると早歩きになって再び呟く。
年数だけで言うと三年以上は片思いしている先輩への罵倒の言葉だ。
「過度なスキンシップをしていて、かつさっきみたいなアプローチしてるのに……ばかっ」
本当に、うちの先輩は鈍感だと思う。こちらだってやってて恥ずかしいのに……
でも、そこも好きになってしまったからって思うとなんとも言えなくなってしまう。
「……はあ」
ただ、先輩に異性として意識されているのは確かだった。顔が赤くなっていたし。
だから、個人的にはあと一歩なのだ。あたしの好意に気づいてくれさえすれば……
……まあ、告白する勇気のないあたしが言うのも仕方がないのかなあ。
でも、度が過ぎてる気がする。先輩の鈍感さには……ね。
……毎度毎度、この考えの循環だ。考えても、仕方ないと思うのに。
はあ……恋って恐ろしいな。
こんな事を考えていても、あたしは明日もアプローチに明け暮れるのだろう。
……はあ、本当に、恋って恐ろしいな。