明日の為の今日……
物語は色々あります……
男は公園でベンチに座り、スマートフォンをいじっている。誰かにラインを送っているらしい。
ラインを送り終わると、男は空を見上げてから溜め息を吐いた。
男の名は、加藤博昭25歳の会社員である。
博昭はスマートフォンを見つめながら何かを考えている。その時にラインの返事が来た。
博昭は公園にある人物を呼び出していた。どうやら、その人物は来てくれるらしい。
博昭はもう一度、大きな溜め息を吐いた。
暫くすると、若い女性が走って公園に入って来た。
女性は博昭に声を掛ける。
「お待たせ!」
「いや……」
この女性は、神埼千尋25歳であり博昭と同じ会社の同期である。
2人は一緒に研修を受けた。そこから仲良くなり、いつの間にか付き合い始めていた。
会社での2人の評価は上々であり、将来を期待されていた。2人が付き合っている事は秘密であり、知っている者は極僅かである。
「用事って何?」
「うん……ここの所、忙しくってさ……なかなか話も出来なかったからさ……」
「確かに忙しかったよね!…ちゃんと話をする時間も無かったもんね!」
「そうだな……確かに、あんまり話す機会は無かったな……どうなんだ?…新しい部署は?」
「忙しいよ!…大きなプロジェクトに参加してるし、やる事いっぱいで……」
「そうか……大変だな……」
「博昭はどうなの?」
「ああ…そうだな……忙しいのは忙しいけど……今は落ち着いてるかな……一旦は元通りかな……」
「そうかぁ…羨ましいなぁ……」
「あのさ……千尋に会えて、俺は本当に幸せだと思ってるんだ」
「何よ、突然!……照れるじゃない!」
「俺の本当の気持ちさ……本当にありがとう……」
「改めまって何?……どっきりか何か?」
「いや……これだけは伝えたくてさ……」
「なんだよ~……酔っ払ってるのか~?」
「ははは、そんな事は無いよ……」
「だったらなんだよ~!」
「………………いいか、良く聞けよ……」
「うん……」
「俺達、別れよう……」
「??……何言ってんの?」
「別れた方がいいと思うんだ……」
「何?…私が嫌いになったの?」
「そうじゃない……そうじゃないけどさ…………別れた方がお前の為だよ……多分だけどな……」
「意味が良く分からないんだけど!」
「…………俺な……会社を辞めたんだ……今日付けでな……」
「は?…何で?」
「……親がさ……体調崩してな…………俺の親、母さんだけだろ?……1人息子の俺が、面倒見ないとさ……」
「そんな話聞いて無い!…何で話してくれないの?」
「話そうと思ったけどさ……なかなかタイミングが合わなくてな……」
「会社辞めてどうすんの?」
「田舎に帰るよ……就職口も、もう決めてある……突然だけどさ…明日、田舎に帰るよ……」
「突然過ぎるよ!…何でそんなに……」
「善は急げってな……それに、時間を置くとお前に別れを言うのが辛くなるからな……」
「…………………………」
「ありがとう千尋……本当にありがとう……」
「博昭はそれでいいの?」
「いいも悪いも無い……今の生き生きしてるお前が答えだと思ってる……どうにもならない事も、人生には有る事さ……しょうがない……」
「……なら、今日は明日別れる為の今日なんだね……」
「そうなるな……残念だけど……」
博昭はそう言うと、ゆっくりと歩き出し公園から出て行った。
千尋は、そんな博昭を見送っていた。
博昭はポケットに手を入れ、自分のアパートに向かって歩いている。
(やっと言えた…………これでいい……これで良かったんだ…………)
博昭はアパートに着くと、シャワーを浴びてすぐに横になった。新幹線のチケットを見つめ、博昭は今日3度目の溜め息を付いた。
博昭とて、このまま田舎に帰るのは納得がいかない。仕事も楽しくなって来ていたが、それより、千尋と離れたくなかったのである。出来る事なら、千尋も一緒に連れて行きたかった。実際、言葉は喉元まで出ていた。
しかし、生き生きとした表情の千尋を見ていて、遂に言葉を出す事は出来なかった。
博昭は新幹線のチケットをしまい、そのまま眠りに付いた。
翌日、博昭は起きるとシャワーを浴び、朝食を済ませてから荷物を持ってアパートを出た。
途中、不動産に寄り鍵を返すと、そのまま最寄りの駅に向かった。
「博昭!」
博昭は公園の前を通ると、千尋に声を掛けられた。
「何だ?……見送りならいらないぞ……」
「…………違う……」
「……何か用か?」
「……大切なお願いがあるの……」
「何だ?…言ってみろ」
「叶えてくれる?」
「……出来る事ならな……」
「じゃあ…………私をお嫁さんにして下さい!」
「は?」
「昨日考えたの!……いっぱい考えて、色々考えて……でも私は、博昭と居たい!…ずっと一緒に居たい!」
「……何にも無い田舎だぞ?」
「博昭が居る!」
「……スーパーまで、車で45分だぞ?」
「博昭が運転してくれる!」
「……運転は好きじゃねぇんだけどな~……」
「どうなの?…叶えてくれるの?」
「……敵わねぇな~……これからも、よろしく頼みます」
「はい!」
千尋は博昭に抱き付いた。
「辞表は出したから、来月にはそっちに行くね!」
「楽しみに待ってるよ!」
「昨日は今日別れる為の日だったけど、今日は明日から付き合う為の日だね!」
「その通りだな!」
博昭も千尋を強く抱き締めた。
きっと、この2人なら、これからも大丈夫だろう。
ハッピーエンドも悪くはないですね……