推しの美少女は悩んでいる
「これ、あなたが自分の目で私を観察して書いたものなのよね?」
実際に、自分の目で俺の書いた小説を読んだであろう白石さんは、俺にそう尋ねてきた。
「……まあ、そうだね」
具体的には、書かれてある恋愛模様全てが俺の妄想でしかないのだが……それは、現実の白石さんを見た俺が、彼女だったらこんな恋愛をするだろう、という半分リアルを交えた想像で書いたものだ。
つまり、自作小説に登場する白石 流華が、俺の想う白石 流華そのものだと言っても過言ではない。
「恐れ入ったわ……というか、少しばかり恐怖を感じたわよ」
……んん?
それは、褒められている、ということで良いのだろうか……?
それにしては、表現が少しオーバーではないだろうか。
「……因みに、それはどこら辺が?」
「……無意識でやっているのね、これ」
白石さんは、あきれた様子を見せつつも、原稿用紙をぱらぱらとめくりはじめた。
答えてくれるようだ。
「例えば……このページ。……普通こんな事、気が付かないわよ」
「……うっ」
そういえば、そんな事を書いた気もする。
「他には……これ。本を読み始める時に、左サイドの髪をかき上げる。……私、二年生にあがってからまだ一度も学校で本を読んでいないと思うのだけれど、どうやって観察したのかしら」
「……むむ」
そういえば、そんな事もしっかりと記載した気がするな……。
図書館で見かけた時にたまたま見つけたんだよね……。
「常にこんなに細かいところまで見られているのだと思うと……ゾッとしたわね」
「そんなにっ?!」
……まあ、人に言われると、やっている事が確かに行き過ぎている気がする。
というか普通にきもい。
「……すいません本当に」
「いいわよ、別に……次に同じ事をしたら、本当に許さないけれど」
次はないぞ、という余命宣告を受けた。
……人としての在り方を、少しばかり見直さないといけないらしい。
「それはそうと、肝心な内容の事だけれど……」
「お、おう」
さて、大事なのはここからである。
果たして俺の小説は、白石さんの心を動かせるほどのものだったのか。
「……よく分からなかったわ」
「ええー……」
一番しょっぱい答えが返ってきた気がする。
良かったのか、悪かったのか……せめて、それだけでも教えて欲しかった。
「だって私、恋愛をしたことがないんですもの」
「ああ……言ってたな、そんなこと。……でも、それを言うなら俺もしたことないぞ?」
恋愛をした事がなくても、自分が恋愛している姿を想像する事なら出来るのではないだろうか。
というか、小説なんてまさに、そのためにあるような気がするが……。
「した事がなくても、あなたは恋愛に対して興味を抱いているのでしょう?私には、その興味すらないの。これは大きな違いよ」
「……いや、それは違うと思うぞ?」
「……え?」
白石さんは、否定されたことが予想外だったのか、驚いた、といった表情をしていた。
そりゃあ、世の中には「恋愛」という概念そのものに興味がありませーん、なんて人もたくさんいるとは思うが……。
でも、白石さんの場合は、その類いではないような気がする。
「だって白石さん、俺の書いた小説に興味を持ってくれたじゃないか」
「……それは、あなたが勝手に私を登場させていたから……」
「それだったら、処分するだけで良かっただろ」
「……」
だが、白石さんはそうしようとはせず、それどころかちゃんと読んでくれた。
「きっと、白石さんは知らないだけなんだよ」
「……何が言いたいのかしら」
「恋愛というものの本質を、知らないだけなんだと思うんだ。それなら、これから少しずつでも知っていけば良いんだよ。白石さんなら、それが出来るはずだ。」
ずっと観察してきた俺なら分かる。
こんなにも素敵な人なのだから……恋愛だって、素敵なものになるに決まっている。
そう思ったのだが……。
「……勝手ね、ものすごく」
白石さんは、納得しない。
恐らく、今の俺の言葉が、彼女の今までの考え方そのものを否定しているものだからだろう。
「仮にあなたが言っていることがその通りだとして……知りたくても、知り方を知らないの。考え方を変えようにも、変える手段が見当たらないの」
「……白石さん」
「……もういいわ。……はい」
白石さんは俺の目の前に、俺が書いた小説を差し出してきた。
受け取れ、ということなのだろうから、俺は大人しくその指示に従った。
俺が受け取ったのを確認すると、白石さんは帰る支度を始める。
……昨日とは、真逆の光景だな。
……返してきたということは、もう必要ないと言っているのだろう。
もしかしたらその行為には、もう関わらないで欲しいというメッセージが込められているのかもしれない。
……それでも。
白石さんは、自分をモデルにして小説を書いていた俺に、何かを求めているような気がしてならなかった。
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