286話 ミドリムシと狂人
魔緑の口内から膨大な魔力が練られたブレスが放たれた後、緑達の様子を後ろから見ていた魔族達の半数以上が気を失い倒れる。
彼等は魔緑のブレスで物理的なダメージを受けたわけではなく、意識を失ったのは魔緑の放った魔力を無意識に感知してしまい、その圧倒的魔力に恐怖したため。
「む、魔力にあてられて気絶した者がいるな」
「だがすぐに起きるだろう。ほっとけほっとけ、地面に倒れてもここに居る魔族達なら大丈夫だろう。それに見ろ、ヒカリやクウ、レイが子供達にあらかじめ指示を出していたんだろう」
倒れた魔族をノームが心配すると、サラマンダーは気にするなと言う。
すると倒れた魔族をヒカリやクウ、レイの子供達が倒れた魔族を集め、さながら病院の病室の様に綺麗に並べて寝かせていく。
「2人とも話してないで注意して。くるわよ!」
「来た!」
いつもの様にサラマンダーとノームが話しをしていると、ウンディーネとシェイドが注意する、すると前方から猛烈な衝撃波がやってくる。
龍種達はその衝撃波を受けても涼しい顔をしていたが、彼等の後ろにいた魔族達はその衝撃波に吹き飛ばされない様に耐えていた。
「うぉおおおお!」
「くっ!」
魔族達が衝撃波を耐える中、突然金属同士がぶつかる様な音が鳴り響く。
ギィイン!
それは衝撃波に遅れて飛んできた物をシェイドが尻尾で弾き飛ばした音だった。
シェイドが弾き飛ばした一つ目を皮切りに衝撃波に遅れて様々な物が飛んでくる。
龍種達はそれを丁寧に弾き飛ばしていき、龍種に弾き飛ばされ物は地面に突き刺さっていく。
飛んでくる物は大量で、その中でも魔族に直撃すれば死を招きかねない物だけを龍種達は次々と弾いているが、それでも飛んでくる物の量は膨大な数であった。
さらに龍種達が危険と判断しなかった物はそのまま放置され、龍種達の後ろにいた魔族達に容赦なく降り注ぐ。
魔族達も必死に飛んでくるものを弾き飛ばし、即死こそは免れていたが、大きな傷を受けた者達もいた。
魔族達にとって長く感じる短い時間であったが、それが終わると魔族達は自分達が必死に弾き飛ばした物に視線を向ける。
それは武器や防具、体の一部や角や骨。
魔族達はそれらを確認した後、前を向き自分達を即死から守ってくれた龍種達よりさらに前にいるエメラルドグリーンの背中をじっと見る。
魔緑の放ったブレスはその射線上の物を跡形も無く消し飛ばしながら、狂人群れの中心まで行くと大爆発を起こした。
魔族達もこれが戦争なら、確実に戦争は終わったと思った。
だが、相手は狂人となった魔族の群れ。魔族達はこれでおわって欲しいと思ったがエメラルドグリーンの背中は動かない。
それは、この戦いは終わっていないと言う意味。
それに気づき魔族達は戦慄する。
もし、ここにあの者達がいなければ後世に語り継がれる大惨事だったと。それこそ魔族と言う種族が滅んだかもしれないと思われるほどのもの。
「はははは、これでもまだ来るんだ」
思わず笑ってしまった緑。
「ああ、俺もこれで終わる思ったんだがな」
「「え⁉」」
魔緑の言葉を聞いた干支緑達が頬をふくらませながら魔緑を包囲する様にあつまり、眉を吊り上げて抗議する。
「「むー」」
「すまん、すまん。だが見ろあいつらまだまだ集まって来る様だぞ」
そう言って魔緑が指さす方向には砂煙が見える。
「「ほんとだ♪」」
おもちゃを目の前にした子供よろしく干支緑達が駆け出そうとして、その体に髪が絡められていることに気づく。
「「まだだめ?」」
干支緑達がそう言って振り向くと、緑は眉を八の字にして言う。
「もう少しだけまってね」
そう言って緑はアイテムボックスより氷の迷路を取りだす。
「じゃあ危なくなったら絶対に迷路にもどってきてね」
「「はーい♪」」
緑の言葉に答えた干支緑達は、嬉しそうに駆け出していく。
「俺達もいってくるぞ」
そう言って、干支緑達の後をサラマンダー達龍種が追いかけていく。
その姿を見送った後、緑達は後ろに振り返る。
そこには氷の薔薇で形成された巨大な迷路を見上げる魔族達がいた。
「こ、これは……いったい……」
「これは僕が以前に作った氷の迷宮です。狂人たちの数は僕達が思った以上に多かったのでここで迎え撃とうかと思います。皆さんも狂人討伐をするならここで迎え撃ってはどうでしょうか?」
緑がそう言うと、ヒカリ、クウ、レイの子供達は迷宮を構成する氷の薔薇に登っていく。
「ふむ、兄さんここでなら一度に戦う数も限られる。ここならどれほど自分の力が上がったか確認できるんじゃないかな?」
「ああ、そうだな。後ろには彼等もいることだ我々がもし死んでも彼等が狂人を全て倒してくれるだろう」
そう言ってミノタウロスの兄弟は、小さな斧に魔力を流し扱いやすい大きさにすると二人並んで氷の迷宮に向かう。
そんな2人を見た緑は腐緑に言う。
「ふーちゃん」
「ああ、わかっているよ。私とみーちゃんは救護班だよね。だれも死なせはしないよ」
そう言ってミノタウロスの兄弟を後を追って腐緑も氷の迷宮に向かう。
腐緑が迷宮に向かうと緑は話を続ける。
「もちろん、ここで戦いを見ていてもかまいません。僕達も交代で休憩をとるためにここに戻ってくると思うので何かあればその時に声をかけてください」
そう言って緑は迷宮の方に振り返り歩き出す。
「わくわくするね」
「うん!」
「みんなもだしちゃお」
狂人の群れに走りながらそう言うと、干支緑達の影が広がりそこから次々と黒い魔物が吐き出しはじめる。
黒い魔物はそれぞれ影から吐き出されると狂人の群れに向かって走り出す。
そして、干支緑達の影は黒い魔物を吐き出しながら広がり続け、影が重なると巨大な影になり、1人分の影の大きさでは出る事ができなかったらムカデの魔物がその巨大な頭部を持ち上げる。
ムカデの魔物が完全に影から吐き出されると干支緑達はその背に次々と乗っていく。
ムカデの背に干支緑達全員が乗ると狂人に向かって走り出す。
干支緑達を背に乗せたムカデの黒い魔物は最後に影から出たにも関わらず、他の黒い魔物を追い抜くと走って来る狂人達の先頭に食らいついた。
ムカデの魔物はその牙で狂人達をその手に持つ武器や着ていた鎧ごとかみ砕き飲み込んでいく。
それでも狂人達は次々にムカデの魔物に襲いかかっていき、ムカデの魔物は狂人をかみ砕くのが間に合わなくなるとその巨大な体に生えている無数の足で狂人たちを頭から串刺しにしていく。
さらに他の黒い魔物が追い付いてくると、そこは干支緑達と黒い魔物が狂人達と戦う地獄絵図が広がっていった。
干支緑と黒い魔物が狂人達を倒しはじめ、しばらくたった後も干支緑と黒い魔物達のまわりには狂人達が集まり続けていた。
狂人達の数は多く、順番待ちをするかのように何もすることもできない狂人達が出はじめ、ついに目標が干支緑達ではなく別の対象に向かいはじめる。
その対象はその場から東にいる緑達【軍団】と魔族であった。
狂人は緑達の方に向かって走り出す。
だが、その狂人の前に4人の小さな子供が立ちはだかる。
「くしししし、干支緑達だけでは倒すのが間に合わないか……なら仕方がない。倒しきれない奴らが悪い」
「笑いがこらえ切れていないぞ」
そんな話をしていたサラマンダーとノームに狂人が飛び掛かる。
ある狂人はその手にしていた血まみれの剣を振り上げ、またある狂人はここまで来る途中に両腕をうしなったのか、口を頬が避けるほど開き噛みつこうとする。
また、理性を失ったにも関わらず正気を保っていたころに使っていた魔法を詠唱する狂人もいた。
狂人となった魔族達は、狂人となる前に鍛えた技、習得した魔法を使い4人を倒そうとする。
だが、そんな狂人達に強大な腕が振るわれる。
その巨大な腕の先には長く鋭い爪があり、その爪は狂人達が物理的に立ち上がれないほどに体を破壊する。
そして、先ほどの魔緑ほどの規模ではないかがブレスが放たれるとその場には、人の形をした影だけが残る。
4人の龍種は久しぶりに本来の姿に戻り、その本能を解き放つと次々に狂人を葬っていく。
そして、干支緑達と狂人が戦う遥か上空で彼等は話していた。
「すごいね、ローズ。飛べなくても龍種はやっぱり強いね」
「うん、すごい……」
「私達だってあれくらいはできるわよ! でも最初のブレス、あれは何⁉ どんなけ魔力を込めたの⁉ あなた達も龍種になれるの⁉」
「いやいや、あれは僕達兄妹にもできないよ。それに他の子達も龍種にはなっていなかっただろう?」
「リリー兄さんの言う通り。落ち着いてシルフ」
シルフと呼ばれた龍種はそう言われて深いため息を吐く。
「あんた達みたいのが2人だけじゃないと聞かされた時は驚いたけど、どの子もあんた達以上におかしいじゃない」
そう言われた兄妹は笑顔になり答える。
「僕(私)達よりイカレテイルだろう(でしょう)」
「……」
そう言われた龍種は顔を歪めるもそれ以上何も言えなかった。




