274話 ミドリムシの街道整備
「……む、確認がおわったか」
干支緑と龍種達が集落をでてから小一時間ほどたって、魔緑は大きな魔力を察知する。
「魔緑さん? 今、何かいいましたか?」
小人の長が魔緑の呟きに反応すると、隣の集落の方向の森に何本かの火柱が上がる。
「いったいあれは⁉」
長は火柱に気づくが、それが何を意味するか分からず怯えた様子で声を上げる。
魔緑は、怯える長に理由を説明している間に斜線上に人が入ってはいけないと、理由を説明せずに準備に取り掛かる。
「それじゃあ俺の番だな……」
そう言って魔緑は手のひらを空に向かって掲げると、自分の持つ大量の魔力を圧縮していく。
魔緑が魔力の圧縮をはじめると、手のひらの上に小さな火の玉が浮かび上がる。
火の玉はじめピンポン玉ほどの大きさであったが、時間が経つごとに大きくなり、魔緑の身長の倍ほどの大きさになる。
さきほどまでは龍種達のブレスに怯えていた長であったが、魔緑の魔法を見て悲鳴を上げる。
「なんですか⁉ その馬鹿げた魔力は⁉ それで何をするつもりなんですか!」
戦闘に向かない種族の長にも感じられるほどの巨大な魔力を圧縮した魔緑。だが、圧縮は火の玉を大きくするだけにとどまらず、それがおわると今度は火の玉の色が変わりはじめる。
巨大な火の玉は赤い色から次第に青くなりさらに真っ白になっていくと、それはさながら小さな太陽の様な姿になる。
「よし、これぐらいであれば良いだろう。さらにもうひと手間加えて」
魔緑がそう言うと小さな太陽はその形をかえ、凹の字を上下逆さましような形になると魔緑が手を振り下ろす。
それと同時に形を変えた小さな太陽は猛スピードで発射され、ふれた物だけを焼き払いながら進んでいくと、隣の集落の手前で霧散して消える。
「長、これで隣の集落へ行くのが楽になっただろう?」
そう言って長の方に振り返った魔緑の背中には、馬車がすれ違えるほどの道が隣の集落まで続いていた。
そんな光景を見て長が唖然としていると、魔緑と長の元に辰緑がやって来る。
「兄よこれで完了か?」
「いや、まだだ。他の集落への道を作る」
「では同じように工程を繰り返すのだな?」
「ああ、そうだ」
「ふむ、それではウンディーネ殿に一言感謝を伝えるのをお勧めする」
「ん? 何故だ?」
「ちょっと魔緑! あんた魔力の加減を考えなさい! 私が気づいてあんたの魔法を撃ち消さなければ隣の集落が森と一緒に焼き尽くされていたわよ!」
魔緑が不思議そうにしていると、ウンディーネがその体から怒気を放ちながらやってくる。
「ひぃっ!」
ウンディーネの怒気に思わず長が悲鳴を上げて魔緑から離れると、ウンディーネはそのままの勢いで魔緑の胸を人差し指で押しながら叫ぶ。
「あんたも根っこは緑と同じ! せっかく良いことをしようとしているのに、よく考えずに行動して事故を引き起こす! あんた隣の集落を消し飛ばしたらどうするつもりだったの⁉」
「す、すまん」
「「ぶふっ!」」
普段は冷静な魔緑が珍しく失敗し、それを滅多に怒ることの無いウンディーネが叱る光景を見て、他の家族が思わず吹き出した。
そんな他の家族をウンディーネが眉を吊り上げ睨みつけると、皆ウンディーネと視線を外す様に明後日の方向を見る。
そんな中、ただ1人サラマンダーは笑いながらウンディーネの元にやってくる。
「くしししし、そう怒ってやるなウンディーネ。今回ばかりは魔緑も気が気じゃないんだろう。小さな失敗が所々に目立っている」
「だからよ! 魔緑あんたは普段なら緑達の意見をまとめて舵を取るけど、今はいないんだからもっと周りと相談しないさい! あんたも肝心な時に家族を頼らないのは緑と一緒よ! 本当にもう!」
そこまで言うとウンディーネは魔緑の元から離れていく。
「ウンディーネ!」
「何?」
不機嫌そうに魔緑の方に振り返るウンディーネ。
「すまん! いや……ありがとう!」
魔緑がウンディーネに礼を言うと、ウンディーネはフン!と鼻息を出すと森に入っていく。
魔緑はウンディーネの姿が見えなくなると、長のお方に振り返る。
「長、見苦しい所を見せた……って長?」
長は先ほどのウンディーネの怒気で白目を向いて気絶しており、長が意識を取り戻すまで魔緑達は道を作るのを余儀なく中断されるのであった。
長が目を覚ました後、魔緑達は火が暮れるまで数本の道を作り、日が暮れた後は小人達の集落で歓待を受けるのであった。
小人の集落にある広場の中心ではキャンプファイヤーの様に火がたかれ、それを中心にして円状に皆が座っていた。
その円の一角には、小人の長と魔緑の姿があった。
「魔緑さんとそのご家族の皆さん本当にありがとうございます。皆久々のご馳走に喜んでいます」
火をかこう者達の前には大量の料理が並べられていた。
その小人達から出された料理は、魔緑達が道に運悪く顔出した魔物達で作られていた。
「道を作っただけでなくこれだけの魔物の肉を提供していただけるなんて」
そう言って長がまわりを見ると、他の小人達が久々のご馳走に喜ぶ姿が広がっていた。
「俺は自分の言葉を実行しただけだ。これで少しは信用してもらえたか? 俺達はあんた達魔族の領域に住む弱い種族を見捨てる様な事はしない」
だが、長は魔緑の言葉を聞きくと暗い顔になり話しはじめる。
「魔緑さん達のご家族の強さは理解できました……魔緑さんのご家族であれば、相手が強い魔族であっても打ち勝つことができると思います。ですが、それは1対1での話しです。相手は種族単位でやって来ます。それは小さな国家、強い種族の国自体が相手なのです。もしも魔緑さんの家族が死んでしまうかもしれない様な事が起こった時は……」
長の言葉は暗に自分達を切り捨てろと言っていた。
(自分達の事だけでなく俺達の事も心配するのか……)
「大丈夫だ長。俺達を信じてくれ、俺達はまだ長に話していない事がある。まだ今それを話す事は出来ないが……俺達を信じて欲しい」
「わかりました……魔緑様達に道を作って頂いて、他の集落とも連絡を取るのが楽になりましたし、各集落まわりの魔物を退治してもらいました。他の種族の集落に行く場合は、私達が説明しますのでどうかよろしくお願いします」
魔緑と長が話していると、そこに辰緑がやって来る。
「兄よ我等は森に行ってきても良いか?」
長は突然やって来た辰緑の言葉にギョッとする。
「待ってください! 火が落ちた森は危険です! 夜にしか活動しない魔物が動き出し⁉」
長は辰緑の話を聞き慌ててを止めようとするが、それを魔緑が手で制す。
「長、大丈夫だ。むしろここで行かせなければ、暴れたりないと暴発しかねない。大丈夫だ」
魔属の領域に入り、々な魔物との戦い楽しんでいた干支緑隊は、小人の集落に来て自由に魔物と戦えない事にストレスが溜まっていた。
それに気づいていた魔緑は辰緑に許可をだす。
「では、兄よ我等は森に行って来る」
「ああ。ただ太陽がないんだから、エネルギーの残りには気をつけろよ」
「ああ、全員に言って聞かせる。食事も頂いた事だし軽い腹ごなしだ」
そう言うと辰緑は、魔緑と長の元を離れていく。
その後、干支緑達と龍種が森に向かってしばらくすると、森の中からいくつもの魔物の叫び声や木が折れる音が響き、先ほどまでご馳走に浮かれていた小人達が恐怖で長の元に集まって来る。
そんな様子に長が困ったように魔緑を見る。
魔緑は仕方がないと立ち上がる。
「皆、森から魔物の声が聞こえるがどうか安心してくれ。俺の弟妹達が森の魔物を間引いているだけだ」
だが、昼間の事を見ていない小人達は魔緑の言葉に納得できず声を上げる。
「魔緑さん、あなたの弟妹って俺達と同じくらいの背丈の緑色の子達だろう? 貴方達が小人ではないのならあの子達は小さな子供のはずだ。あなた達の強さを長から聞いたが、あの子達は本当に大丈夫なのか⁉」
「ああ、大丈夫だ。あいつらの事をただの子供と思わないで欲しい。夜になって狂暴な魔物が出るらしいが魔物程度ではあいつらは止められない。もし、信用できないならあいつらが帰って来るの待っていれば良い。きっとあいつらの強さがわかる証拠も見れるはずだ」
魔緑の言葉を聞き、小人達はしぶしぶ魔緑と長のそばから離れていく。
その後、数時間後に干支緑達が帰って来る気配を感じ、魔緑が立ち上がる。
「皆、弟妹が帰って来る。集落の入り口に行くと良い」
魔緑の言葉を聞き、干支緑達の事を心配した小人達が集落の入り口へと向かう。
「本当に大丈夫なのか?」「あんな小さな子達が魔物をたおせるのか?」
小人達は集落の入り口に集まると、口々に干支緑達が心配だと漏らす。
だが、森から干支緑達が姿をあらわすと、自分達の思いはいらぬ心配だったと思い知らされる。
森から出て来た干支緑達は、自分達の身の丈数倍以上の魔物の死体を片手で引きずりながら出てくる。
「「ひぃ⁉」」
「「みんな♪ ごはんとってきたよー♪」」
無邪気にそう言った干支緑達に恐怖を覚える小人達。
だが、干支緑達がそのまま魔物を引きずりながら集落に入り、魔物の死体を一か所に集めた以後の行動は森に入る前の子供達そのもの。
小人達は、干支緑達がただの小さな子供ではなく、その小さな体ながら魔物をものともしない戦士であるとわかり、戸惑いながらも無事だったことに安心するのであった。
「結構魔物がいますねお♪ ヒカリさん魔物の死体はどうします?」
小人達の集落を飛び出したヒカリとクウは、遭遇する魔物を蹴散らしながらドライアドとトレントの集落を目指いしていた。
「アイテムボックスに入れる時間も惜しいです。魔物は食料になる様なので、近くにある集落の方に吹き飛ばして処理は集落の種族に任せてしまいましょう」
そう言ってヒカリが魔物の死体を吹き飛ばそうとするとクウが待ったをかける。
「でも魔物の死体に釣られて他の魔物が集落に向かわないですかね?」
クウの言葉に手を止めるヒカリ。そんな事になれば緑が悲しむと思い、足を止めヒカリはどうしたものかと考える。
「なら、集落からはなれた場所に死体は吹き飛ばし、少量を集落の近くに落としましょう」
「そうですね♪ それであれば集落に他の魔物が向かう事もないですね♪」
この日いくつかの種族の集落近くで魔物の死体がふってくる現象が目撃され、森の奥に何か得体の知れない物がいると恐怖におちいるのであった。




