273話 ミドリムシは見捨てない
「あんたが長なのか?」
魔緑達が案内された場所には、1人の少年が正座をして魔緑達を待っていた。
「はい。貴方達からすれば子供の様に見えるかもしれませんが、私がこの集落の長です」
そう言った長は子供の様な外見だが、魔緑達がはじめに会った2人と違い、子供と見られても腹を立てる事もなく静かに返事をする。
「すまない。小人をはじめて見たんだが、俺達には小人の年齢を見分ける事ができないようだ……」
そう言って魔緑が頭を下げると、長はその姿を見て笑顔になる。
「気にしないでくれ、我々もはじめて見る他の種族の容姿の違いをすぐには見分けることができない。あなた達を集落まで案内した2人の様に、若い者達は間違われると腹を立てる者も多いが、お互い様だと言う事に気づいていない。それに気づけない者達はまだ子供だと許してほしい」
「俺達も容姿で間違われることがあるから2人の気持ちもわかる。だから、そちらも気にしないでくれ」
「感謝する」
「こちらこそ感謝する」
「それで2人から聞きましたが、魔物の肉を対価に聞きたい事があると」
「ああ、魔族の領域のことについて聞きたいんだが、教えてもらえるか?」
魔緑がそう言うと、長は静かに首を横にふる。
「肉ぐらいでは情報の提供はできないか? なら、何か欲しい物を言ってくれ。俺達は情報が欲しい。そのためならある程度の物であれば用意できると思っている」
魔緑の言葉に再び長が首を横にふって口を開く。
「いえ、そもそも我々が知っている情報くらいでは肉はもらえない。きっと貴方達が欲しい情報を我々は持っていないと思われる」
魔緑は長の反応が拒絶でないとわかり安心する。
「俺達に魔物の肉は必要ない。それで貰えるならどんな情報でもかまわない」
魔緑の言葉に長は少し驚いた様に目を見開くが、すぐに落ち着くと取り戻すと口を開く。
「そう言ってもらえるとはありがたい。ではなんの情報が欲しいか教えてもらえるか?」
そこから魔緑は自分達がここに来た経緯と欲しい情報の説明をする。
「我々がした召喚であなた達の家族を引き裂いてしまったのか……申し訳ない」
「それも過ぎた事だ気にするな。それで俺達の家族に何か心当たりはないか?」
「今はない」
「そうか、それなら仕方ない魔物の肉を置いて俺達は先を急ぐとする」
そう言って魔緑が立ち上がると、それに待ったをかける者がいた。
「待ってください魔緑さん。長は今はと言われました。長それはどういう意味でしょうか?」
ヒカリの言葉に魔緑がハッとし、長を見る。
「今里の戦士達を他の種族の集落に向かわせています。彼等は他の種族の集落で行われた勇者召喚の結果を知るために、集落を出ているため彼等が帰ってくれば……もしかしたらご家族の情報がわかるかもしれません」
魔緑は長の話を聞きヒカリの方を向くが、ヒカリは首を左右にふる。
(待ってられないだろうな……)
ヒカリの様子を見て、そう思った魔緑は長の方に振り返る。
「それでは遅い、申し訳ないが他の集落の場所を教えてもらえるか? 直接俺達が向かって話を聞く」
「わかりました地図を用意させましょう。 だれかここに地図を!」
長の指示で魔緑達の元に地図が運ばれる。
「1番近いのはケットシーとクーシーの集落で1番遠いのがドライアドとトレント達の集落か……緑が召喚されたとなるとドライアドとトレントの集落の可能性が高いな……っと行かせないぞヒカリ!」
魔緑が話す途中でヒカリが飛び立とうとするも、すでに魔緑の髪がヒカリを捉えていた。
「今です♪」
「「クウちゃんもだめー」」
魔緑とヒカリのやり取りを見ていたクウがスキを突いたと飛び立とうとするが、クウは干支緑達の髪でとらえられていた。
「クウはノーマークと思っていたのに……」
「飛んでいくならしっかりと話をしてからだ。まずはヒカリ、クウお前達はドライアドとトレントの集落へ行け。ただしヒカリはダンジョンコアを置いていけ。それと空は飛ぶなよ、万が一強い魔族がきたら面倒だろう。それに緑と会えたら【アイテムボックス】の手紙を見る様に言え」
魔緑にそう言われると、ヒカリはすぐにダンジョンコアを魔緑に渡す。
ダンジョンコアが魔緑の手に渡されると、ヒカリとクウを捉えていた髪がほどかれる。
「緑に会う前に絶対に死ぬんじゃないぞ!」
ヒカリとクウは頷くと爆発音と地面にひび割れを残し走り出す。
「すごいスピードですね」
「ああ、強い魔族がどの程度か知らないが2人が負ける様な事はないだろう」
魔緑がそう言うと、残った家族の方に振り返る。
「長、俺達はここから他の集落まで進みながら魔物を始末していく。それを手土産に他の種族からの情報を得たいと思っているんだが……他の種族と会うときに小人の者達に橋渡しをして欲しいんだがお願いできないだろうか? もちろん同行してもらうのだから、対価として何か欲しい物があればできる限り用意するつもりだ」
「それであれば、我々小人族をあなたが生活する国に連れて行ってはくれませんか?」
てっきり長は食料が欲しいと言うと思っていた魔緑は、長の言葉にギョッとすると。
「ま、待ってくれ長。それはあんた達がこの生まれ育った土地を離れると言う事か?」
「はい……我々は疲れました。生まれ育った土地とは言え、他の種族や魔物に怯える生活……それならば、飢えるかもしれないが他の種族や魔物に怯えることの無い土地で暮らしたい。きっと我々と同じ弱い種族なら同じことを言う者達は少なくないと思います」
「確かにここらの魔物は東の国に居る魔物に比べて強い……だが、しかし……」
「強い魔族の者達の慰みものされる場合もあります。どうか考えてもらえないでしょうか?」
そこまで言うと長の表情は種族を代表する者から、ひどく疲れた年寄りのものとなる。
魔緑は長の言葉を考える。
(魔族の領域にいる他の種族からも同じ申し出をされた場合、ダンジョンで生活してもらう事には困らないが彼等がいる事で生態系が維持されていた場合、魔族の領域は今まで以上に酷い事にならないだろうか……)
「長、その返事は少し待ってもらってもかまわないか? 俺だけの判断で返事は出来ない。それに魔族の領域が長たちにとって住みやすい場所になれば、生まれた土地に住んでいたいだろう?」
魔緑がそう言うと、長は深いため息を吐く。
「やはりご迷惑ですよね……今の話は聞かなかった事にしてください」
(ダメだな俺の言葉を信用していない。それも仕方がない……俺達が会ったのはついさっきだ……だが、そんな俺達に提案する話しが嘘でないのはわかる)
「長、俺の言葉をすぐに信じろとは言わない。だから、俺達が魔族の領域にいる間、俺達の事を見ていてくれ。俺のさっきの言葉が嘘でない事を証明したい」
「わかりました。我々も協力させていただきます」
そう言った長だが、その目は死んだ魚名の様な目をしていた。
「なら、さっき言葉を信じてもらえるように早速行動しよう。そうだな……長ここの隣にある集落で一番遠い場所はどっちだ?」
長は魔緑の言葉を聞くと、不思議そうにしながらも言われた方向を指さす。
「なら、いま指さした方の集落の端まで案内してくれ」
長は魔緑に言われるままに集落の端に案内する。
「この先に何か重要な場所はないか? 例えば貴重な薬草が生えている場所や種族にとって大切なばしょのような……」
「いえ、ありませんが……一体何を?」
「辰!」
魔緑が声を上げると、辰緑がそばに近寄って来る。
「兄よなんだ?」
「隣の集落まで道を作る。悪いが干支全員とサラマンダー達とで途中に人がいないか確認してきてくれ」
「確認が終わればどうする?」
「誰でもいい空に向かって派手にブレスを吐いてくれ」
「わかった」
辰緑はそう言うと、先ほどのヒカリとクウと違い静かにその場を去る。
「あの、魔緑さん?」
長は魔緑達が何をするかわからず、思わず声をかけるがそすぐそばを干支緑と龍種達が集落の外へと走って行く。
「長、今は黙って見ていてくれ、俺達はあんた達を見捨てるつもりはない」
魔緑が短くそう言うと、空から頭を潰された魔物がふってくる。
「ひっ⁉」
「まぁ、怖がらずに見ててくれ」
そう言った魔緑は干支緑達と龍種達が向かった方向を見つめ続けるのであった。




