268話 ミドリムシの水浴び
「こんなことをして本当に土が豊かになるんですか緑様?」
緑は、ドライアドとトレント達で構成された森の外で、魔法で大量の土を作り出し撒いていた。
緑はドライアドとトレント達の話を聞き、植物と意思疎通ができる彼等なら大量の食料を作って他の種族に売れば彼等が襲われないだろうと考えた。
緑は魔族の領域は劣悪な環境のために植物が育ちにくいと聞き、土の状態を確認しに森の外に向かう。
緑は、ドライアドとトレント達の森を抜けた先で土に魔力を流し土の成分を確認する。
「やっぱり、土の中の栄養が足りてない……これじゃあ、植物が育たない。なんとか土に栄養を与えないと……」
そこで試したのが土属性の魔法。
以前、クウが魔法の練習で大量の魔力を凝縮して土を作り出した際、土に大量の金属が混じっていた事を覚えていた緑は、魔法で作った土の成分を調整できないかと考える。
そして、以前の世界での植物を育てる事だった緑は、肥料の成分を思い出す。
緑は窒素、カリウム、リン酸、の三大栄養素に加えカルシウムやマグネシウムが土の中にあるイメージをしながら魔法で土を作り出す。
緑が魔法で土を作り出しそれを撒きはじめると、ドライアドやトレント達が次々に緑の作り出す土に驚きの声を上げる。
「すごい! 土の中に栄養がたくさんある!」
「こんな栄養のある土は近くで戦争が起こって、人が大量に死んだ時以来だ!」
ドライアドとトレント達が喜びの声を聞き緑は胸をなでおろす。
「上手くいってよかったです。これで食料問題はかたずきそうですね」
「はい、これだけ栄養がある土なら、魔族の領域の植物はすぐに実を付けます! って言ってるそばから」
そう言ってドライアドの1人が指さす方を緑が見ると、ものすごいスピードで植物が成長していた。
それは緑が以前いた世界の教育番組で流れていた、植物の成長を映像に収めそれを数十倍の速度で見た様な光景であった。
「あ、ダメだ……まだ、土をそれほど撒いていないのに植物が成長しはじめると、上から土を撒けない……」
「緑様これほどの栄養のある土なら、こちらの植物はかなり育ちます。ですが緑様が言われるなら植物達に成長をはじめない様に言う事も可能です。どうしましょう?」
「それなら、成長を少し待ってもらってください。僕の魔法で作り出した土を20㎝はまきたいと思うので」
「わかりました。ではその様に伝えます」
トレントの言葉を聞き緑は、土を撒くのを再開する。
数時間後、ドライアドやトレント達の森の外に栄養が豊富に含まれた大量の土が広がった。
「それでは皆さんお願いします」
緑がそう言うとトレントやドライアド達が緑のまいた土の上を歩きはじめる。
彼等は自分達の根を使い、歩き回ると元々あった土と緑の撒いた土を混ぜていく。
「これで広い範囲に栄養がいきわたればい良いんだけど……」
ドライアドとトレント達が歩きはじめてから数時間後、緑が声を上げる。
「それじゃあ皆さん今日の作業はこれくらいにしましょう!」
緑の声を聞きドライアドやトレント達が緑の元に集まって来る。
「緑様、それでは今から植物達に成長をはじめさせてもいいですか?」
仲間の成長が嬉しいのか、ドライアドの1人が興奮を抑えられない様子で緑に尋ねる。
「申し訳ありませんが、それは待って下さい」
「「えっ⁉」」
緑の返事にドライアドとトレント達は驚きの声を上げる。
「もう、日が暮れてしまいます。残念ですが今から植物の皆さんが成長をはじめると収穫を夜中にしないといけません。それなら明日、日が昇ると同時に成長してもらって収穫をするのが一番良いと考えます」
「確かにそうですね! よい土に興奮してしまい、はやまった考えをしてしまいました。申し訳ありません」
「いえいえ、栄養が多い土を見て興奮してしまうのもわかります。気にしないでください」
「「緑様ありがとうございます」」
ドライアドとトレント達が頭を深々と下げると、その日の作業は終わるのであった。
その後、緑はドライアドとトレント達から山の幸を貰い夕食を済ませると、ドライアドとトレント達の森の中心にある湖で水を浴びをさせてもらう事になった。
ドライアドやトレント達の食事でも重要な水、そこで水浴びなんてできないと言う緑に、ドライアドやトレント達は気にせず水浴びをする様に言う。
しばらくの間、緑とドライアドやトレント達との間で押し問答が起こるが、結局ドライアドやトレント達に押し負け、緑は水浴びをすることになる。
緑はゆっくりと湖に入っていき、それからしばらくの間水浴びを楽しむのであった。
だがこの時、緑もドライアドやトレント達誰もが想像していなかったことが起きる。
「なんだ、この香りは!」
その香りに気づいた1人のトレントが声を上げると、次々に周りのドライアドやトレント達も気づきはじめる。
今まで嗅いだことの無い様な水の香り。それは、ドライアドやトレント達の森の中心の湖の方から流れてくる。
ドライアドやトレント達は自分達の大切な湖に、何が起こったのか確認するために湖に向かう。
「ん? 森が騒がしい? あれ? 皆さんどうしたんですか?」
緑がざわつく森に気づき周りに目をやると、湖のまわりにドライアドやトレント達が集まっていることに気づく。しかもどうも様子がおかしく、彼等の目は紅く血走っていた。
「緑様! 何か湖にされたのですか⁉」
1人のドライアドが半狂乱に声を上げる。
「いえ何もしていません!」
緑も彼等の勢いに負けない様に声を上げる。
「じゃあ何ですか! この香りは!」
ドライアドやトレント達がその声で一斉に湖に向かって走りだす。
緑は半狂乱になる彼等に何が起こったのか理解できず狼狽える。
緑は一直線に向かって来る半狂乱な彼等を倒す事も考えたが、そんなことは出来ないとすぐにその考えを捨て去ると、どんな事にも対応できるように戦闘態勢をとると彼等をじっと見つめる。
もし彼が襲ってきたら何とかここから逃げ出そう、そう思った緑であったが彼等は湖にその根をつけると、喜びの声を上げる。
「水が美味しい!」
「美味い! 美味すぎる!」
そこで緑は思い出す。各【水野 緑】がダンジョンの風呂に入った後、他の家族達はその風呂の湯を皆で分け、【水野 緑】達に内緒で飲んでいたことを。
それは、ドライアドやトレント達以外の種族でも美味いと感じるほど、なら特に食事の中で水が大きな要素を持つ彼等にとってそんな水が美味くないはずがない。
彼等の大騒ぎは夜遅くまで続き、これ以上は明日に響くと思い彼等を横目に眠りにつくのであった。
翌朝、日が昇る前に緑が目を覚ますと、緑の寝床のまわりにドライアドやトレント達が集まり、静かに緑の目覚めを待っていた。
緑は眼を開けると、ドライアドとトレント達がまわりで自分が目を覚ますのを待っていた事実に驚くがとりあえず挨拶をする。
「お……おはようございます……」
「「おはようございます緑様!」」
よそよそしい緑とは裏腹に、テンションマックスで挨拶をするドライアドとトレント達。
昨日は自分より後に寝て、今朝は自分より早く起きてテンションがマックスの彼等が気になり、緑は少し気後れしながらも尋ねる。
「皆さん昨日はあの後寝られたんですか?」
「いっさい寝ていませんが、見た通り我等は力がみなぎっております! さぁ、緑様もうすぐ夜明けです! 今日は植物達に成長してもらい一気に収穫といたしましょう!」
ドライアドとトレント達はそう言うと緑を両脇から持ち上げ、森の外に向かって歩きはじめる。
「今晩から、水浴びをどうしよう……」
ドライアドとトレント達にぶら下がったまま緑は、今日からの水浴びに頭を悩ますのであった。




