264話 ミドリムシと【もう我慢できない】
緑と魔緑が厨房に入っていくとドワーフ達の視線はグラスにうつり、一心不乱に酒を飲み続ける。
「それにしても俺達ドワーフの口に合う酒が多いな……」
ドワーフの1人が空になったグラスをテーブルに置き、思わず呟くと後ろから返事が返ってくる。
「ダンジョンにいるドワーフ達が常に新しい酒を造り続けているからな」
声のした方にドワーフが顔を向けると、緑と魔緑が大量の皿を周りに浮かばせながらテーブルにやって来る。
「ドワーフの人達はやっぱりお酒と鍛冶が好きだから、皆さんちゃんと休みを取るように言っても、目に隈を作って鍛冶とお酒造りをするんです」
そう言いながら緑は少し困った顔をしながら、料理の皿をテーブルに置いていく。
「ドワーフ達はより美味い酒を飲むためと言い酒を造っているが、俺達【水野 緑】が作った酒にはまだ及んでいないがな」
ニヤリと笑いながら魔緑がそう言った瞬間、ドワーフ達が立ちあがる。
「「緑達の作った酒が一番なのか⁉」」
ドワーフ達は、怒りとも喜びともとれる表情で驚きの声を上げる。
「ああ、獣人の王とドワーフの王がいる事だし何本か開けるか緑?」
「うん、干支ちゃん達が気絶させたお詫びもあるし開けようか」
緑は魔緑に返事をすると、アイテムボックスより1本の酒瓶を取り出す。
ドワーフ達はその取り出された酒瓶のラベルを見て尋ねる。
「【もう我慢できない】というのかその酒は名は……」
「ああ、そうだ。この酒は美味いぞ。なんせ東のドワーフの国では禁酒とされそうになったからな」
魔緑の言葉を聞いたドワーフ達は、鋭い目つきで酒瓶を見る。
「何か良くない副作用があるのか?」
鋭い目つきで酒瓶を見つめながらドワーフの王が緑と魔緑に尋ねると、緑が慌てて禁酒となった理由を説明する。
「いえ! 副作用なんかありません! ただ……あまりに美味しかったようで、ドワーフの間で殺し合いが起こるかもしれないと言われたんです」
「西側の国は平和と聞いたがそれほどなのか……?」
緑の話を聞き、ドワーフ達が酒瓶を見つめたままゴクリと涎を飲みこむ。
「まぁ論より証拠だ。飲んでみたら良い」
魔緑がそう言ってアイテムボックスからドワーフ達にグラスを配っていくと、緑が何本かの【もう我慢できない】をテーブルに置いていく。
【もう我慢できない】を置きおわると緑が口を開く。
「では、皆さん今日は干支ちゃん達が驚かせてしまいすいませんでした。どうかこのお酒で許してください……では、乾杯!」
「「乾杯!」」
皆がグラスに口をつけると、緑達が予想していた事が起こる。
はじめて【もう我慢できない】を飲んだ者全員が目をつむり、涙を流した後その動きをピタリと止める。
それから数分後、食堂に1人の男がやって来る。
「おい! 魔緑! 【もう我慢できない】を飲んでるんじゃないか⁉」
そう言って食堂に飛び込んできたのは、ダンジョンで工房を持つドワーフのビル。
「まさか……嗅ぎつけたのか⁉」
「あたり前だ! って誰だこいつら?」
魔緑は食堂にビルがやって来たことに驚くとが、ビルは何をいまさらと返事をする。
「見かけねぇドワーフだな……」
緑達のダンジョン内に工房を持っているビルは、見かけないドワーフ達に気づくと注意深く観察する。
「ビルさん、この人達は西にあるドワーフの国の人達です」
「ほう、西の国のドワーフ達か……緑達が【もう我慢できない】を開けるんだ。そいつが王か?」
今も涙を流し続けるドワーフ達の中から王を見つけ指さすビル。
「……ああ。そうだ」
「もう気づいたんですか⁉」
緑は西のドワーフの王が思った以上にはやく意識を取り戻した事に驚きの声を上げる。
ドワーフの王は服の袖で涙をぬぐうと話しはじめる。
「確かにこの酒をめぐってドワーフの間で殺し合いが起こるかもしれないと言うのも頷ける」
「同感だ……正直なところそれは獣人の間でも起こるかもしれないな」
ドワーフの王に続き獣人の王が意識を取り戻す。
「ああ、間違いねぇ」
ビルは2人の王の言葉を喜んだのかニヤリと笑い答えると、懐からグラスをだしテーブルの上に置く。
「俺にもくれ」
「「ダメだ! これは我らのために開けられた酒だ!」」
ビルが酒をくれと言うと、2人の王はそれに待ったをかける。
だが、ビルは2人の王に遠慮もせずにものを言う。
「今回俺は、【もう我慢できない】を貰えるくらいに働いたと思うのだがな」
ビルはニヤリと笑い緑に言う。
「「あっ……」」
その言葉を聞き、2人はの王は絶望に打ちひしがれる。
「ビル悪いが今回【もう我慢できない】を開けたのは、歓迎もあるが詫びも入っているだ」
「なに? どういう事だ?」
ビルが説明を求めると魔緑が、詫びを入れなければならない経緯を説明する。
「干支達がやらかしたのか……」
緑から経緯を聞いたビルは、それなら仕方がないとうなだれる。
「だが、確かに今回ダンジョンの技術者達には良く働いてもらった。これは、俺からの礼だ」
そう言って魔緑がアイテムボックスから【もう我慢できない】を取り出す。
「あっ! まーちゃんずるい! 僕だって数が少ないから皆に【もう我慢できない】を上げるのを我慢していたのに!」
「別に緑が【もう我慢できない】を飲ませる事に俺は反対していない。だから慎重に人選して、【もう我慢できない】を飲ませる奴を選ぶんだな。俺は、【もう我慢できない】を開けた事に気づいてここに来たビルにやる」
魔緑がそう言うと緑は途端に悩みはじめる。
「う~ん。誰に上げれば良いだろう? 僕が【もう我慢できない】を飲ませても周りから文句がでない相手って」
緑が【もう我慢できない】を飲ます相手を考えている間に、獣人の王とドワーフ達は酒を飲み続ける。
ドワーフ達は、少なくなっていく酒を見てお互いに酒をかけて交渉しはじめる。
「なぁ、お前以前に新しい装備を作るために素材が欲しいと言っていたな、俺の持っている在庫で欲しいものがあればこの酒と交換と言うのはどうだ?」
「なに? それは本当か? でもそれなら俺達が調べた新しい合金の比率のデータとこの酒を交換しないか? 今まで以上の武器になるのは間違いないぞ?」
ドワーフの近衛立は、その褒美としてなかなか手に入らない素材を貰う事があり、それと交換しないかと技術者達に話を持ち掛ける。
だが、技術者達も自分達が調べ上げた貴重なデータと引き換えに、近衛に酒の交換をもちかける。
どうしても酒が欲しいドワーフ達は、お互いに自分達の持つ素材や技術のデータを交換しようと話をしはじめるが、結局全員が酒が欲しいため、交渉は決裂する。
それだけで済めば良かったのだが、ドワーフ達の話はプライベートな話にまでなり、お互いの貸し借りの話になり話は次第に熱を帯びいく。
「あの時、俺がやった素材がなければあの調査は進まなかっただろうが!」
「それこそ、俺が調べたデータで装備を作らなければ、魔物の討伐に失敗してお前達の魔物の討伐は失敗して全員があの世だっただろうが!」
「「ぐぬぬぬぬ!」」
「このわからずやが!」
「それはこっちのセリフだ!」
ついにドワーフ達が殴り合いの喧嘩をはじめてしまう。
「おい、お前の国の者達が喧嘩をはじめたがいいのか?」
「ああ、これは個人の問題だ。プライベートな部分まで俺は口を出す気はない。まぁ、さすがに殺し合いになりそうであれば止めるが、緑達もとめないのだろう?」
ドワーフの王にそう言われた緑は苦笑いしながら頷く。
「まぁ、うちのダンジョンでも【もう我慢できない】に限りですが、よくある事なので今王様が言った様に殺し合いにならなければ、ほおっておきます」
だが、ドワーフ達の喧嘩を聞きつけ食堂になって来る者達がいた。
「みーちゃん喧嘩してるって聞いたけっど、私が毒で止めようか?」
「緑様、ドワーフ方達が喧嘩をしていると聞きましたが……」
「本当に喧嘩をしていますね♪」
「大将! 喧嘩してるって聞きました! 俺も混ざっても良いですか⁉」
「緑様~ 喧嘩を止めますか~?」
「やはり喧嘩になってしまいましたか……ドワーフの方達に【もう我慢できない】をだすとこうなりますね……」
「緑ちゃん大丈夫? 私が全員縛り上げようか?」
腐緑、ヒカリ、クウ、兜、レイ、ファントム、三日月が喧嘩を聞きつけ食堂になってくる。
「大丈夫だよ皆。この喧嘩は王様も黙認しているし、殺し合いになったらさすがに王様が止めてくれると思うし」
そう言って緑がドワーフの王を見ると、酒を飲みつつも黙って頷く。
「ごめんね、皆忙しいのにわざわざ来てもらって……そうだ! 皆今から時間はある?」
緑が皆にそう聞くと、蟲人達はお互いの顔を見合わせると、ヒカリが代表して返事をする。
「緑様との用事より優先することはありません」
「うん私も特に問題はないかな? 三日月ちゃんは?」
「うん、私も大丈夫だよ」
「なら、皆で【もう我慢できない】を飲もう。皆も座って」
緑はそう言うとドワーフ達が喧嘩をしている場所から離れたテーブルにうつり、皆を手招きすると席に座わらせていく。
皆が席に着くと、緑はアイテムボックスから【もう我慢できない】とグラスを取り出す。
「皆、今回の件ではお疲れ様! 乾杯!」
「「乾杯!」」
緑と蟲人達は、ドワーフ達が喧嘩をする場所から少し離れた場所で【もう我慢できない】を飲みはじめる。
緑達は、そのままそれぞれが各国に向かった時の話をはじめる。
すると緑達のテーブルに魔緑と2人の王がやって来る。
「俺も詳しく話を聞いてもいいか?」
「今回の件は本当に助かった改めて礼を言う。ドワーフの国以外の情報も聞きたい。俺も同席していいだろうか?」
「俺もだ、この話を聞いて他の国の情報を利用して良からぬことに使う事は絶対にしない事を誓う。だから俺も同席を頼みたい」
「皆、良いかな?」
緑が皆に尋ねると、皆快く受け入れる。
しばらくして、一通り話を聞き終わると2人の王は大きなため息をつく。
「報告以上に酷い状態だったのだな……」
「ああ、俺もここまで酷い状態とは思っていなかった。本当に【軍団】には感謝しかない」
そう言って2人は緑達に改めで深々と頭を下げる。
「まぁ、大量の死人が出なかったんだ。今回の事を心に刻んで二度と同じことをされないようにすればいいだろう」
「「ああ、二度と同じ事が起こらない様にする!」」
2人の王の言葉を聞きその場にいた緑達家族も力強く頷くのであった。




