262話 ミドリムシの黒い魔物
「おじいちゃん。おはなしおわった?」
「ああ、おわったぞ。皆で遊ぶか?」
話し合いがおわり、干支緑がドワーフの王に声をかけると、ドワーフの王は真面目な顔から孫を見る祖父の顔になる。
「うん、みんな来てもいいかな?」
「ん? 皆とは誰じゃ?」
今、ドワーフの王の前に居る干支緑達は、ドワーフの国に向かった干支緑達だけで、少し離れた柱の陰で残りの6名が様子を見ていた。
ドワーフの王の言葉に思わず干支緑達が残りの6名の方を見たために、ドワーフの王が干支緑達の視線を追う。
「ま、まさか……以前話していた残りの6名か⁉ かまわん! こっちにこい!」
残りの干支緑達に気づいたドワーフの王は、興奮した様子で手招きをする。
「やったー!」
「「こんにちわー!」」
ドワーフの王の言葉に残りの6名が柱の影から飛び出してくる。
干支緑達はドワーフの王だけでなく、ドワーフの技術者達にも気兼ねなく飛びついていく。
「すいません、王様。干支ちゃん達が」
干支緑達がドワーフ達に飛びつくのを見て、緑が申し訳なさそうに言う。
「がはははは! こんな事で気に病むな! むしろわしらは嬉しいからな!」
それから干支緑達がドワーフ達と遊ぶ間、緑達はフードコートでお茶を飲むことにした。
しばらくして、緑がそろそろドワーフ達を干支緑達から解放しなければならないと思った時、コロシアムの外から悲鳴が聞こえる。
「「ぎゃあああああ!」」
緑と魔緑はお茶を飲む間、干支緑達から少し離れた場所で話をしていた。
そのためドワーフ達と干支緑達がいつの間にかフードコートから居なくなっていることに気づいていなかった。
悲鳴が聞こえた瞬間、緑達はドワーフと獣人の王を探すが2人の姿はフードコートになく。それに気づいた緑と魔緑は悲鳴の聞こえた方に走り出す。
最初の悲鳴が上がった後、続けて悲鳴は聞こえなかったがむしろ緑と魔緑の不安は大きくなっていった。
「はぁはぁ、この辺か⁉」
「うん、はぁはぁ。この辺りから悲鳴が聞こえたはず」
そう言って2人はコロシアムから外に出ると、そこには獣人とドワーフの王、さらにドワーフの技術者達の背中があった。
2人が彼等の後ろ姿を見つけてから、彼等が一切動かない事を不思議に思いながら駆け寄ると緑達の頭上から声をかけられた。
「おにいちゃんもいっしょにでんしゃごっこしよー」
それは干支緑達の声で、彼はお気に入りの巨大なムカデの魔物の上から声をかけていた。
「ちょっと干支ちゃん⁉」
思わず緑が声を上げると、その拍子にそれまで動かなかった獣人の王とドワーフ達が一斉にバタバタと倒れていく。
「緑、とりあえずこのままでは騒ぎになりかねない。倒れた皆を一度ダンジョンに運ぶぞ」
「そ、そうだねまーちゃん」
2人は、ダンジョンの扉を開くと子供達に頼み、倒れた者達をダンジョンの宿に運ぶのであった。
「ん? ここは?」
しばらくして、ドワーフの王が目を覚ますとそこは、見たことが無い場所であった。
「む、これは寝床か? いつの間に……」
ドワーフの王がベットの上で辺りを見回すと、獣人の国に一緒に来た近衛と技術者達を見つける。
「おい! お前ら起きろ!」
ドワーフの王の声の次々に目を覚ます技術者達。
「ん? ここは? 俺達はいつの間に……」
ドワーフ達が何故こんなところにいるのかと口々にしていると、足音が近づいて来る。
その足音に気づいたドワーフ達の視線が寝かされていた部屋の扉に集まると扉が静かに開かれる。
「あ、皆さん目がさめましたか? すいません、うちの干支ちゃん達が驚かせてしまって」
静かに扉が開くと、そこから緑が中をうかがうように顔を出し、ドワーフ達が全員起きている事に気づくと、緑はすぐに謝罪する。
「俺達は、何かに驚いて気絶したのか?」
「……はい。そのままだとコロシアムで騒ぎになってしまうと思い僕達のダンジョンに運ばせてもらいました」
ドワーフの王の言葉に申し訳なさそうに返事をする緑だが、この時ドワーフ達は何に驚いて気絶したのか全く覚えていなかった。
「すいません、干支ちゃん達にちゃんと謝らせるのでついてきてください」
ドワーフ達は、緑に言われるままに緑と一緒に部屋を出る。
ドワーフ達が緑の後をついていくと、通り過ぎる宿の従業員が次々に挨拶をしていく中、ドワーフの耳に聞き逃す事のできな言葉が聞こえる。
「あ、緑さん。ドワーフの方達にお酒はお出ししますか?」
ドワーフ達が気絶したために運ばれて来た経緯をしらない者が、ドワーフを歓迎するのだと勘違いし、緑に尋ねてしまった。
「「出してくれ!」」
緑に尋ねたはずなのに、ドワーフが返事をし驚く従業員。
干支緑達が驚かせて気絶させてしまい、ドワーフの王とその近衛さらに技術者達の貴重な時間を奪ってしまったために、酒を飲むと言ったドワーフの王に緑は何も言う事ができずただ従業員に笑顔で返事をする。
「うん、お願い」
「しょ、食堂で良いですよね?」
「うん」
もともと食堂に向かう予定だった緑は、従業員に返事をすると再び食堂に向かって歩き出す。
宿の中を進み緑達が食堂に着くとそこでは、魔緑に叱られた干支緑達がイスに座りドワーフ達を待っていた。
「まーちゃん、皆さん起きてたから連れて来たよ」
緑が魔緑にそう言うと、干支緑達が一斉にドワーフ達の元へやってくる。
「「おどろかせて、ごめんなさい」」
辰緑以外の干支緑達はそう言って、一斉に深々と頭を下げる。
そんな姿を見たドワーフ達は、再び孫好きな祖父の顔になる。
「気にするな! 俺達が驚いて気絶したのが悪い! 次は驚いても気絶しないからな!」
そう言って干支緑達の頭をなでる。
「「えへへへ~」」
ドワーフ達に頭をなでられ嬉しそうにする干支緑達。
嬉しそうにする干支緑達をなでながらドワーフ達はふと思う。
((俺達は何を見て驚いて気絶したんだ?))
そう思ったドワーフ達の一人が思わず言ってしまう。
「次は絶対に気絶しないから、俺達が気絶した原因をもう一度みせてくれないか?」
「あっ! それはやめたほうが……」
ドワーフの言葉を聞き思わずギョッした緑が止めようとするが、逆にその言葉がドワーフ達の興味を引いてしまう。
「俺達がまた気絶すると思っているのか? 大丈夫だ絶対に今度は気絶しねぇ! いいから見せてみな!」
ドワーフの1人がそう言うと魔緑が一歩前にでて確認をする。
「本当に良いんだな? 後悔してもしらないぞ?」
「「絶対に気絶しねぇ!」」
魔緑の言葉に他のドワーフ達も声をそろえる。
魔緑が最後の確認とドワーフの王に視線を向けるが、ドワーフの王も黙ってうなずく。
「なら、ここでは建物が壊れるから外に行く、ついてきてくれ」
魔緑の言葉を聞いて、緑はチラチラとドワーフを見て心配そうな様子で魔緑の後をついていく。
自分達が何を見て気絶したか覚えていないドワーフ達は、建物が壊れると言われ不思議そうにしながらも魔緑の後についていく。
緑と魔緑に案内されて、ドワーフ達が向かったのは緑達が普段訓練をする広場。
今もそこで訓練をしている者達が居たが、緑が事情を説明し一時的に場所を空けてもらう。
「おい緑一応警報を鳴らしておけ」
「うん、わかったよまーちゃん」
魔緑に言われ緑が鐘を独特のリズムで鳴らす。
緑達の家族はとてつもない力を持つ者が多く。鐘の音は、緑達の家族が何かしてもダンジョンの中の住民に危険はない事を伝える連絡手段で、ダンジョンの住民が驚いてパニックを引き起こさないための準備になる。
鐘が鳴り終わると魔緑は干支緑に近づき口を開く。
「じゃあ、出してやれ」
魔緑がそう短く干支緑達に言うと、干支緑達は嬉しそうに返事をする。
「「うん♪ でてきてー」」
干支緑達が返事の後、円状に集合すると干支緑達の影がみるみる大きくなっていく。
ドワーフ達は干支緑達の戦いも黒い魔物達も見たことがないために、すぐに影の異常に気付かない。
そして異常に気づいたのは、黒いムカデの魔物の触覚が影より姿を現したはじめた時であった。




