253話 ミドリムシにも危ない罠
「どうしよう……」
そう言った緑の表情は、余裕がなく今の現状を何とか維持していた。
その表情は緑だけではなく、西の獣人の国の王に依頼を受けてダンジョンに入ったアランのチームと緑の家族で構成された、ダンジョンの調査班と魔物の討伐班の全員が現状をなんとかしようと必死に考えていた。
「うちがふーちゃんに任せてなかったら、被害はうちだけですんだのに……くそっ!」
そう言ったのセリアで、彼女自身も天井にあったスイッチを押すことで開かれた部屋の罠にかかった被害者。
幸いセリアはすぐに状態異常を回復する実を食べさせられ、もとの状態に戻ることができたが、腐緑は罠にかかった事を皆が気づかず、すぐに助ける事ができない状況になってしまい、セリアは自分のこと以上にくやしそうにしていた。
「よりによって、我々家族の中でも1、2を争う実力の持ち主の姉が罠にかかるとは……どうしたものか……」
辰緑がどうしたものかと見る視線の先には魔法で作った結界に閉じ込められた腐緑がいた。今、腐緑は先ほどのセリア同様に普段見せないような狂暴性を見せ結界の中で暴れていた。
「こんな時こそ、毒で一時的に痺れさせて元に戻したいのに……よりによってふーちゃんが罠にかかるなんて……」
緑も、必死に腐緑を閉じ込める結界を張り続けながらも、結界の中で暴れている腐緑を見て悔しそうにする。
皆が腐緑を見て何とか元に戻す作戦は無いものかと考える中、腐緑が最悪な行動に出る。
「まずい! 緑、アイテムボックスから実を取りだせ!」
普段冷静なノームが腐緑の行動を見てあわてて叫ぶ。
【アイテムボックス】このスキルは巨大な空間に何でも物を入れる事ができるスキルで【水野 緑】全員が共有するスキル。
今、腐緑はそのスキルを使い、暴れる事によって消費した魔力をアイテムボックスに入れてある、魔力回復の実を使いエネルギーを補充しはじめる。
ノームの叫びむなしく、腐緑は結界内に大量の魔力回復の実を取り出した。
「しまった! これじゃあエネルギー切れも難しい……こうなったら……アランさんすいません! ここでダンジョン調査を一旦切り上げる事になるかもしれないですが、皆でふーちゃんを正気に戻すために全力を出します!」
「ああ! 緑、今回の罠にかかったのは全員の責任だ! 再度ダンジョンの調査に来るのもかまわない! 腐緑を助けるために全力を出せ!」
アランの言葉に緑が頷くと、緑が張る結界を囲うようノーム、ウンディー、シェイドネが立ち、結界を補強するために魔力を流し込む。
さらに、魔力での補強が終わると今度は結界の広さを小さくしていく。
結界が人一人ほどの大きさになると、その周りに外骨格をまとったクウ、アミ、スデファニーに加え辰緑、巳緑、戌緑が立つ。
「クウが腐緑さんの体を抑えるのでクウごと糸や髪で縛ってください! そのあと辰ちゃん、巳ちゃん、戌ちゃんが腐緑さんの髪を抑え込んでください!」
「「了解!」」
皆がクウに返事をすると、緑が結界を解除する。
その瞬間、クウが腐緑に飛び掛かり、クウが腐緑の体を抑えるのを確認するとアミが糸でクウごと腐緑をいとでにぐるぐる巻きにして身動きがとれないようにする。
クウが引きはがせないとわかると、腐緑は次に髪を動かそうとするが辰緑、巳緑、戌緑が自分達の髪を使い腐緑の髪を縛り上げる。
「ふーちゃん! 口を空けて!」
緑は動けなくなった腐緑の口をこじ開け、状態異常回復の実をねじ込む。
しばらくの間、全員で腐緑を押さえつけ、腐緑が正気に戻るのを待つ。
「ご、ごめん……みんな……も、もう大丈夫……」
腐緑が正気を取り戻し、息も絶え絶えにそう言うと皆が喜びの声を上げる。
すぐに腐緑は、解放されるが暴れたせいかフラフラとしながらセリアの元に歩いて行く。
セリアは腐緑が近づいて来ると、涙を流しながら腐緑を抱きしめる。
「ふーちゃん! ごめんやで!」
腐緑を抱きしめながら泣き続けるセリアに腐緑は頭をなでながら話しかける。
「セリアが謝る事なんてない……調子に乗った私が1番に部屋の中を覗くなんて言わなければ、こんな大事にならなかったよ。ごめんね」
そう言った腐緑もセリアを抱きしめ返すと涙を流すのであった。
それからしばらくの間、全員で休憩をとり疲れが抜けた頃に緑はアランに話しかける。
「アランさん、一度ダンジョンの外にもどりますか?」
「いや、全員十分な休憩もとったし、特に失った物資もないならこのまま進もう」
「いいんですか?」
「ああ、今回の罠は非常に厄介な罠だった。今後さっきのような罠が無いとは限らないし、できる限り今のようにチーム合同の状態で調査を進めるのが良いと思う」
「ですが……」
アランの言葉に緑はやめた方が良いのではと思うが、アランが緑に説明する。
「もし、俺達だけでさっきの罠にかかっていれば、最悪俺達はセリアを殺す決断をしたかもしれなかった」
緑は、アランの言葉にギョッとするが、話が聞こえたのかそこにセリアの兄のドナがやってくる。
「緑、今回はマジで助かったわ。もし、俺達だけでさっきの罠に遭遇してたらセリアを助けられへんかったかもしれへん」
「そんな⁉」
「いや、ドナの言う通りだ緑。俺達だけでダンジョンの調査をしていた時にさっきの罠にかかれば、俺達は仲間内で殺し合いをしなければならなかった。なぜなら、さっきの状態のセリアを逃がしでもすればセリアは他の冒険者に攻撃を仕掛け、最悪相手を殺していたかもしれない。そんな事になれば全員が生き延びても最悪奴隷落ちしたかもしれないからな」
ドナはアランの言葉に頷く。
「それに、こんな厄介な罠を発見した以上は緑達と一緒にいる間に罠の対策を確立しておきたい」
「わかりました」
緑もアランに言われ納得する。
「じゃあ全員にダンジョンの調査の続行とその理由を説明しよう」
アランはそう言うと立ち上がり、皆に向かって声をかける。
アランから説明を受けると全員がその考えに賛同し、ダンジョン調査の続きをするべく準備をはじめるのであった。
その後、はじめは天井にあった罠のスイッチの場所が徐々に下りてきて、アミやスデファニーの様に天井を歩けない者でも、罠に触れてしまう高さになり、ついには足元に罠のスイッチがあらわれはじめる。
罠もセリアや腐緑がかかった正気を失わせるものの他に、アランと緑達が合同で調査をしていなければ、普通のチームでは全滅したと思われるものが増えてくる。
そんな中、緑はアランに話しかける。
「アランさん、正直な話しここまで凶悪な罠があるとは思っていませんでした……僕達は精神的疲れていますけどアランさん達は平気そうですね」
体力的には余裕のある緑だったが、調査の上で凶悪な罠の調べる場合ミスはできないため、罠ごとに集中力を使うため精神的に疲れ切っていた。
緑が精神的に疲れているにも関わらず、アランのチームメンバーは緑達ほど疲れを感じていなかった。
「まぁ、俺達はダンジョンの調査がメインのチームだからな、まだその部分では緑達に負ける事は出来ないからな」
そう言うもアランは緑を労うように緑の肩を叩きながら言う。
「だが、緑がいなければ罠の内容が俺達には理解のできないものもあった。もし緑達がいなかったと思うぞっとする」
「ああ、空気を抜く罠なんかは徐々に空気が薄くなるのに気づかなければ僕達の家族でもあぶなかったですね」
アランの言葉に緑は先ほど遭遇した、部屋に閉じ込められるとゆっくりと空気が抜かれていく罠に出会い慌てて壁を破壊して逃げ出したのを思いだす。
緑は、ミドリムシのせいか日光、水、空気にたいしてとても敏感なために気づくことができたが、はじめアラン達は緑が壁を破壊すると言う行動に出て、セリアと腐緑の様に正気を失ったのではないかと驚いていた。
さらにその壁が簡単には壊す事の出来ないものに恐怖をした。
「あの壁も俺達なら破壊するのにもっと時間がかかったはずだ。そう思うと全滅していたんじゃないかと思っている。まぁ、緑から見れば疲れていない様に見えるかもしれないが俺達も疲れがたまってきた、次に見つけた部屋の安全を確認したら休憩をとろう。緑も疲れた時は、はやめに声をかけてくれ。緑達が疲れでまともな判断ができなくなるのは俺達の危険にもつながるからな」
「わかりました」
アランとの話をおえると緑達は先頭をすすむ仲間に声をかけ次の部屋で休憩する旨を伝えるのであった。




