238話 ミドリムシはダンジョンに急ぐ
「なんてことだ……」
思わずつぶやいた獣人の王が見る先には、ぽっかりと空いた洞穴に川が流れ込んでいた。
今、魔緑達が居るのは、獣人とドワーフの国境付近の川の支流の一本。水量的には3分の1ほどがこの支流に流れ込んでいる。
6つの国を襲った食料難の原因の1つに支援物資の横領を行う町があった。それは【水野 緑】達がスタンピードで横領を行っていた町まで向かい、その存在を明るみにすることで解決にいたった。
そして、もう1つの食糧難の原因の川の水量の減少は、本来であれば他の国にまで伸びる川の一部の支流がなくなっていたため。
川が短期間の間になくなるような事は滅多にない。そのため魔緑は、水量の減少の原因は上流に位置するダムの開放する水量の計算違いだと思っていた。
だが、いざ空からキラービーの子供達に頼み、川の確認をしてもらったところ、大きな川の支流の1本がなくなっていることがわかった。
しかも子供達は、その原因がダンジョンという。
川がダンジョンのせいでなくなったと知り、獣人の王と魔緑は、急いで原因のダンジョンに来ていた。
「本当に支流がダンジョンに流れ込んでいる……」
王の隣に立っていた魔緑は呆然としながらつぶやいた。
「なぁ、こんな事はたまにあるのか?」
「あるわけないだろう……」
魔緑と獣人の王は呆然としながら会話する。
「のう、まーちゃんこれは全員で情報を知っておくほうがいいのではないか?」
「せやな……これから何が起こるかわからへんし。むしろもうすでに何かおこっているのかもしれへん」
「すっごく危ない気がします」
「そ、そうだな……⁉ 緑達に連絡をって何かでてくるぞ!」
魔緑と3姫が他の家族に連絡をしたほうが良いと話していると、ダンジョンの中から何か出てくることに気づく。
「魔物だ! ダンジョンからあふれたのか⁉」
ダンジョンから大量に魔物が出てくるのがわかり、魔緑達は戦闘態勢に入る。
だが、そこで思いもしない事が起こる。
「あれは⁉」
魔物がダンジョンからあふれようとした瞬間、川からいくつもの触手が伸び、次々にダンジョンの外に出ようとする魔物が絡みつかれ、川の中に引きずり込まれる。
「なんだあれは⁉ 魔物なのか⁉」
叫んだの獣人の王。魔緑は、すぐにタコやイカの魔物と予想をしたが、6つの国は内陸部にあり、獣人の王はタコやイカを知らなかったようだ。
魔緑は、以前の世界でタコがデビルフィッシュと呼ばれ、食べる国の方が少ないと聞き、驚いたことを思い出す。
「あれは海に出る魔物の一種だ。しかし、魔物のせいか川でも平気なのか……」
「そういえば、まーちゃんや珊瑚はあれを美味そうに食っていたのう」
「あんなんうちは食われへんわ~」
魔緑がタコやイカの魔物が淡水に平気な事に驚く中、琉璃と凜はタコやイカを食べる姿を思い出し、身震いする。
「なに? あれは美味いのか?」
「ああ、俺は好きだが……体質的にあわない可能性があるから、食べるなら気をつけろよ」
獣人の王は、そのたてがみからわかるようにライオンの獣人。ライオンはネコ科になり、イヌやネコは海産物と相性が悪い事を思い出し、やんわりと忠告する。
(まぁ、イヌやネコ科の獣人の体質が同じとはかぎらないがな……)
そんな事を考えていた魔緑だが、あることに気づき興味本位で聞いてみる。
「なぁ、たしか冒険者ギルドの討伐依頼にクラーケンがいたと思うんだが……」
「ん? なんだ? クラーケンがどうかしたのか?」
「さっきの奴ら、小型のクラーケンだと思うんだが?」
「なんだと⁉ あいつら、でかくなったらクラーケンになるのか⁉ クラーケンは食った事はあるがあんな触手はなかったぞ!」
「きっと胴体だけ食ったんだろう? しかし、もう魔物はでてこないのだろうか?」
戦闘態勢を取っていた獣人の王と魔緑であったが、ダンジョンから出てくる魔物の気配が消え、戦闘態勢をとく。
「今は収まったようだが、今後はなんとも言えんな。しかし、魔物を魔物が食うのか……これは中を掃除する必要があるかもしれんな……」
「なぜだ? さっきみたいに共食いでもすれば、ある程度の数で増えるのはとまるんじゃないか?」
「そうなれば良いのだが、もし強い個体が生まれ他の魔物を全部食ってしまったら大事件だ」
「蟲毒か……」
魔緑は、蟲毒の戦士を思い出す。
「確かにダンジョンの中の魔物を1匹の魔物が全部食ってしまったら、もちろんダンジョンから食料を求めて出てくるだろうし、その魔物の強さがどれほどになるかもわからん……だが、それは他のダンジョンも同じだろう?」
「ああ、魔緑の言う通りだ。だが、このダンジョンは今も大量の水が流れ込んでいる。それは徐々に最下層から水で水没していくと考えれば、水棲の魔物に有利に働くとは思わないか?」
「確かに、環境によっては魔物の間の強さのバランスが崩れれば、さっき言った様な事が起こる可能性は高くなるな……」
「それに丁度良く……と今度はなんだ⁉」
「誰か! 誰か助けてくれ!」
獣人の王が何かを言いかけた所で、叫び声がする。
「おい! その鎧は⁉ お前は上流のダムを管理している奴だな、何があった?」
「王様⁉」
叫び声を上げて逃げて来た男は王の姿を見て、跪こうとする。
「今、そんな事はどうでもいい! 何があった⁉」
王は男を立たせ尋ねる。
「でっけぇ魔物だ、でっけぇ魔物がダムに登って来たんだ!」
その言葉に王と魔緑は顔を見合わせる。
「っち! 凜の言ってた通り、すでに何かが起こっていたのか!」
「ああ、その様だ。悪いがダムまで一緒に来てくれるか? 戦力は多い方が良い」
「ああ、もちろんだ!」
そう言うと、二人は上流にあるダムに向かって走り出す。
「おいおい、あれはクラーケンか?」
上流にあるダムの壁が見えてきたころ、王は唖然としながらつぶやく。魔緑達の目の前に広がる光景は、ダムの壁を巨大なタコの魔物がゆっくりと登っていた。
「あのでかさに魔力量……竜種に片足つっこんでるな……兜!」
「あいよ旦那! やっと難しい話は終わったみたいだな! あれを引きずりおろせばいいんだよな?」
「ああ、そうだ! だが俺もやる! ダムを壊したら大惨事だ! 子供達に俺をダムの上に運ぶように言ってくれ!」
「すまんが俺も頼む!」
魔緑の言葉に、獣人の王も叫ぶ。
「あいよ! 2人共子供達に運んでもらう!」
「俺が上に着いたら、壁から引きずり落すから、兜は奴が落ちてきたところを叩け!」
「さすが旦那! わかりやすい!」
兜が嬉しそうに言うと、魔緑と王の体を子供達が持ち上げる。
「琉璃、凛、珊瑚! 3人は兜と一緒に下で待っててくれ!」
「わかった!」
「了解やで!」
「すっごく気をつけてください!」
「しかしでけぇな……」
そう言って王はダムの壁を這い上がってくるタコの魔物を睨みつける。
「さてと、何で下で待ってなかったかは、わからねぇが危ないから少し下がっていろ」
魔緑がそう言うと、体のまわりにいくつもの白い火の玉があらわれる。
「邪魔はせん! その実力しっかりと見させてもらう!」
「ああ、黙って見ておけ! すぐに叩き落としてやる!」
魔緑のまわりに浮かんだ白い火の玉は、みるみる大きくなり、魔物の足に向かっていく。
ジュゥウウウウ!
キィヤアアアア!
魔緑は火の玉を操り、頭より高い場所にへばりついている足に向かわせわせ、魔物の足を1本づつ焼いていく。
魔物も足を他の場所にへばりつかせ何とか登ろうとするが、魔緑がそれを許さず徐々に下へと降りるように後退していく。
魔物の足が焼かれ、途端に周りに漂いだす何とも芳ばしい香り。
「良い香りだ。昔食ったクラーケンを思い出す」
王がそんな事を言っている間も魔緑は、魔物の足を焼き続ける。
「そろそろ落ちるだろう!」
「おい! 待て!」
魔緑の様子を見ていた王が思わず叫んだのは、魔緑がダムの上から飛び降りたため。
「兜! 場所を空けろ!」
魔緑は、ダムから落ちながら叫ぶ。
「わかってる旦那!」
魔緑の体が透き通ったエメラルドグリーンに変わり、急激にその体積を増やし変貌する。
魔緑は、その姿を龍種に変えると、ダムにへばりついた数本の足を炎を纏わせた爪で切り裂いた。
そのまま魔緑は魔物に覆いかぶさると、魔物をクッションにして地面に着地する。
魔緑と魔物が落ちた場所のすぐ隣には、兜は涎をたらしながら待っていた。
「だんな後は任せてくれ! すぐに生き締めにするからアイテムボックスに放り込む準備をしてくれ!」
兜は両手に斧を持つと、肩慣らしと数度振った後に魔物の足を切り落としにかかる。
兜に魔物の足を一刀両断することはできなかったが、高速で何度も斧を叩きこむと、その足は千切れていく。
たまらず魔物は兜に足を延ばしからめとろうとするが、先ほど魔緑に足を焼かれうまく動かすことができずにいた。
兜はみるみる魔物の足を減らしていき、とどめに斧を頭に叩き込もうとした瞬間、魔緑が叫ぶ。
「兜! 墨をよけろ!」
魔緑の言葉に兜が飛びのくと、魔物が兜の居た場所に墨をはく。
墨が落下した場所は溶かされグズグズになり、さらに兜が警戒して距離をとる。
魔物は兜が距離を取った事で慌てて逃げ出そうとするが、飛んできた兜の斧に眉間を切り裂かれ、絶命する。
「おっしゃぁあああ!」
タコの魔物が絶命し体の色が一瞬で変わると、兜は斧を掲げ雄たけびをあげるのであった。




