216話 ミドリムシは国境に向かう
「よしっ! 準備完了だね、まーちゃん!」
「ああ、全員絶対に無理はするなよ」
「私には三日月ちゃんがついているしね」
「そう言って油断しないでよ! ふーちゃん!」
「お前達もみんなの言う事を聞くんだぞ」
「「は~い」」
「「しゅっぱーつ!」」
門の前に揃った【水野 緑】達は、それぞれのチームで動き始める。
エルフと人の国の国境に向かった、腐緑、三日月、レイの3人は、クウの子供のホレストアントが牽引する馬車の上で話していた。
「割と時間がかからずに人とエルフの国境付近の村に着くと思うよ」
そう言ったのは腐緑で、その言葉にうなずく三日月とレイ。それでも馬車の上では手持ちぶたさになり思わず三日月がこぼす。
「しかし凄い数だね、ふーちゃん」
「子供達の数もどんどん増えているからね。三日月ちゃんが来た時、私達がシェイド達と戦うときも全員集まったけど、またそこから増えているからね」
「いったい緑ちゃんは、どれだけ子供を増やすつもりなんだろう?」
「ふふふふ、それは奥さん達が頑張っているから、みーちゃんもわからないんじゃないかな?」
そう言った、腐緑はチラリとレイの方を見る。
「私は、生み出せれば、生みだせるだけ~」
そう言ったレイは元が魔物のデッドマンティス。もともと彼等魔物は、魔力で次世代を生み出す。
だが、本来の魔物達に今のヒカリやクウ、レイ達の様に大量に生み出す魔力の余裕はなく、次世代の子供を生み出せても1つの夫婦で年に5、6匹となる。
だが彼女達は緑からもたらされる、魔力の塊である蜜を毎日もらいうけ、その膨大な魔力で子供達を生み出し続けている。魔物は人類を除けば、その強さは動物などよりも強く自然界では増える傾向にある。だがそれは人類全体の脅威になるため、人類は魔物を倒しその数を減らす。
緑達の子供達はこの自然の摂理とも言える、ルールから外れた存在。
潤沢な魔力で恐ろしいスピードで増え、しかも本来の魔物より数段知能が高く、人々の言葉も理解する。
さらには、外敵がいない緑のダンジョンではほぼ外的要因で死ぬこともなく、しかも生まれた時から戦士の彼等がその身体能力を使い農耕や牧畜をすれば食料に不安もなく増えないはずがない。
腐緑と三日月は気まぐれで言った自らの言葉で、普段考えない様にしていた事実を思い出し、苦笑いを浮かべる。
そんな2人に声をかける者がいた。
「あ、あの! 腐緑さんと三日月さん、本当にこの子達は大丈夫なんですか~!」
腐緑と三日月が会話をしていると、誘拐犯から救った女性エルフが叫ぶ。さらに彼女達を救いに来たエルフの戦士の1人が叫ぶ。
「おい! こんなでかいホレストアント見た事ないんだが襲ってこないんだろうな!?」
本来であれば、ホレストアントやキラービーの大きさは30㎝ほどであるが、たまに大きく育つものがいる。しかもその大きさは数メートルに達する。
自然界ではまれに生まれるのだが、緑達の家族の人数を考えると少なくない数になる。
今、腐緑と三日月が乗り込んでいる馬車には大量の支援物資と数人の冒険者が乗っている。冒険者達は緑のダンジョンにいるところで依頼を聞き、喜々として依頼を受けた者達。彼等は、緑の子供達に慣れ親しんでいるが、当然エルフ達は違う。
エルフ達がまわりを見るといくつもの馬車が見える。その馬車を操縦するのは、冒険者達でその馬車を牽引するのは、大きなホレストアントであったり、数十匹の基本となるサイズのホレストアントであったりする。
ここまでは、エルフ達も容認できたが、そのほかの広い道を埋め尽くす、ホレストアント達。おまけに上空には大量のキラービー。
あらかじめ、緑達に危険はないと聞かされていたエルフ達だが、それだけで納得し安心できるものではなかった。
特にエルフ達の馬車を牽引する子供達は、通常の大きさの子供達だが一糸乱れずに動くうえ、持っている手綱を引いたり、進む方向の修正をする必要がない。
「この子達は、本当に賢いな」
御者をしているエルフの戦士人がそうぼそりと呟くと、彼の乗る馬車を牽引している子供達が一斉に手をあげ、まるでありがとうと言っている仕草をする。
「すごいな……返事も一糸乱れずか……」
その戦士が唯一、エルフの中では子供達を恐れない者であった。彼はダンジョンでも子供達と交流し、大きな子供達にはその背にも乗せてもらっていた。
そんな彼を見て腐緑と三日月が笑みをこぼすが、そんな2人の表情に気づいたエルフの戦士は叫ぶ。
「何か俺がおかしいのか!?」
その問いかけに2人は笑顔のまま返す。
「「おかしくないよ! 嬉しいんだよ!」」
馬車同士は事故の危険を考え車間を取っているから、どうしても御者同士で会話をすると叫ぶ形になる。
「子供達は賢いからね! 怖がられる事が多いけど、いつも悲しむからね! これから向かう国境の人達にこの子達が恐れる存在ではないと、きっちり伝えてね!」
そう叫んだのは、腐緑であった。
「ああ! まかせてくれ! 受けた恩は絶対にかえす! あなた達にも! この子達にも!」
エルフの戦士の言葉に顔を見合わせた2人は、更に笑顔になる。
腐緑と三日月が話していると国境付近の村が見えてくる。村のまわりには田畑が見え、そこに村人の姿も見える。
だが、村の住民達の姿はあからさまにやせ細っており、それでも次の作物を育てるための準備をしているが、どう考えても次の収穫まで住民達の命はもたないと容易に想像できた。
その姿を見た腐緑、三日月、レイ達は、少しだけ顔を歪めるがすぐに笑顔になる。
それは、自分達が間に合った事に対する安堵と、自分達がいれば村人達が飢えで命を落とす事にはなるまいと思ったため。
村人からは彼等を視認できなかったが、それでも彼等との距離が近づくにつれて村人達が異変に気づく。
遠くの景色がおかしい?
普段見慣れた景色のはずなのに、違和感を覚えた村人はしばらく、ぼおっと見慣れた景色を見つめる。
村人は目を細め、その違和感の原因を確かめようとするが、まだ原因はわからない。
村人が気づかない異変は、その景色の中で徐々に存在を大きくしいく。
「なんだあれは?」
思わず呟いた村人の目には、地平線に広がる黒い染みと、空にぼんやりと浮かぶ黄色いモヤが見える。それに気づいた村人は、さらに正体を見極めようとじっと目を凝らす。
「!? ぎゃああああ! に、にげろおおおお! 魔物だぁあああ!」
それを聞いた、他の村人がその声に驚き振り向くと大量の魔物が見え、叫びながら村に走っていく。農作業をしていた村人の中には、両親と子供が一緒に農作業をしていた家族がおり、その家族も叫び声を聞き、魔物に気づくと急いで走り出す。
「いたっ!」
だが、そう言って転んだのは小さな女の子で、それに気づいた父親は逃げる足を止め、女の子に駆け寄り抱き起す。父親が魔物確認すると、すでに逃げれない距離にまで迫って来ていた。それでも父親は女の子を抱きかかえ、懸命に村に向かって走る。
「あなた! はやく!」
村を囲む柵の内側で女の子の母親が叫ぶ。
その叫びに、父親はこれでもかと走る足に力をこめるが、それが災いし父親も女の子と同じように転んでしまう。父親は抱きかかえた女の子が地面にすらないように、体を捻り体の側面から地面に倒れこむ。
倒れこむ父親は地面から受ける衝撃に備え、体に力をこめ目をつむる。
「……あれ?」
父親はいつまでも来ない衝撃を不思議に思い呟き、恐る恐る目を開けると地面から体が僅かに浮かんでいることに気づく。父親が浮いた体を不思議そうに見まわしていると、不意に声をかけられる。
「大丈夫?」
父親は聞きなれない声に顔を上げると、その目に飛び込んできたのは、大きなホレストアントの姿であった。
「ひぃっ!」
ホレストアントを見た瞬間、声を上げた父親は抱きかかえた女の子をホレストアントから守るように背を向ける。
「大丈夫ですよ! この子達は普通の魔物と違って、人を襲いません」
その言葉を聞き、父親は死ぬ前に空耳でも聞いたかと思い、ゆっくりと振り向くのであった。




