182話 ミドリムシの家族は戦う3
ヒカリの相手する龍種が舞台の上空を埋め尽くすかのように炎をはき続ける。
龍種は今度こそヒカリがダメージをおったと思い、炎をはくのをやめる。
龍種がはき続けた炎が晴れ、ヒカリの姿を探すもその姿は見つけることができず思わず口を開く。
「ふん! どうやら燃やし尽くしてしまったらしいな……」
龍種がそう言った瞬間、龍種の足元から声が聞こえる。
「サラマンダーと比べる事自体が彼に対して失礼になりますね」
ヒカリの声を聞き視線を足元に向けた龍種は、その体を浮かす。
「大きな体はそのぶん死角も多いですが…… それを気にした様子もみられないとは情けない。今まで自分より弱い相手としか戦った事がないのか…… それとも弱い相手としか戦わなかったのか……」
「き、貴様!」
ヒカリの言葉を聞き、龍種の体が浮いたのは一瞬であった。だがその一瞬は、龍種にとって致命的な長い時間であった。
龍種は怒り狂い、声のした方に目をむける。
龍種は拳を振りぬいた姿勢のヒカリを見つけ、再び炎をはこうと口を開こうとするがヒカリはその距離を一瞬で詰める。
さらにヒカリは、炎をはくために口を開こうとする龍種の口を閉じるように殴りつけた。
「ぐふうぅっ!」
開こうとした口を閉じるように殴りつけられた龍種は声にならない叫びをあげ、さらに吐き出される予定だった炎は行き場をなくし、龍種自身の口内を焼いた。
自分の口内を自らの炎で焼いてしまった龍種が仕切りなおそうと、ヒカリと距離を取ろうとするが、そうはさせないとヒカリが再び距離を詰める。
「くっ! 来るなっ!」
ヒカリの接近に焦った龍種は、闇雲に腕や尻尾を振るいヒカリを近づかせない様にしようとするが、ヒカリは闇雲に振るわれる腕や尻尾の影に回り込み死角から龍種に攻撃を加える。
「慌てふためき、闇雲に腕や尻尾を振るうなど、見ているサラマンダーも飽きれている事でしょう。あなたとの決着もつけましょう」
そうヒカリが腰に下げていた刀に手をかけた。
数日前
ヒカリは外骨格を纏って戦う決意をし、緑に秘密にして修行をしていた。
今までヒカリの武器は、ドリルとも言える、穂先が回転する大型の槍であった。それは、家族で協力し敵の動きを止めた上での上空からの刺突。
だが外骨格を纏ったヒカリは、クウと同じように膂力が大きくなり単独で龍種を撃破するために1人で龍種と戦える武器を探した。
ヒカリは、緑のダンジョンの中で武術を習った師匠ともいえる流に相談する。そこで流に勧められたのが刀による抜刀術であった。
奇しくもこの数日後に召喚された勇者【湖上 三日月】と似たスタイル。
【湖上 三日月】の抜糸による射程が長い抜糸術なら、ヒカリの居合は翅による飛翔で高速移動する抜刀術であった。
抜刀前の姿勢で空を飛び、そのスピードを保持したまま一気に敵に近づくと、着地と同時にその運動エネルギーを軸足に乗せ抜刀速度を加速させる。
ヒカリは刀に手を置くと抜刀直前の態勢になり、龍種を見定める。龍種もヒカリの並々ならぬ気配に気づき先ほどまでの態度とは違い、ヒカリの動きを見逃さないと見つめる。
舞台の両者が動かなくなり、それを見る者達も音すら立てずに見守る。
誰もが固唾を飲んでその光景に見入っていた。そんな中、突然ヒカリの姿がかき消える。
誰もがヒカリと龍種の決着を見逃すまいと、2人の動き注意深くみているなかでのことであった。
皆がヒカリが消えたと思った瞬間、そこから数メートル先、龍種の目と鼻の先に抜刀し振り抜いた姿勢のヒカリが現れる。
ドン! ガシャーン!
ヒカリが現れた直後、破裂音と何かが割れる音が鳴なり響く。
それは、ヒカリの動きが音を超えたため響き渡った、空気の壁を突き破った破裂音。
その後の音は、ヒカリが一瞬で距離をつめるさいに発生した全運動エネルギーを軸足に集中させたことにより、今まで壊れることがなかった舞台が踏み抜かれ蜘蛛の巣状に砕けた音であった。
ヒカリは振り抜いた刀を静かに鞘に収めるとつぶやく。
「魔石は外してあるので死ぬことはないでしょう……」
そう言ってヒカリが刀を鞘に収めると、龍種が白目を向きその体がずれ落ち盛大に血や臓物をぶちまけ倒れるのであった。
「勝者ヒカリ!」
緑がそう宣言した後に、治癒の実を持って慌てて龍種に駆け寄ろうとするが、それを追い越し干支緑達が龍種の口に治癒の実を腕ごと突っ込む。
「しんじゃだめだよ~」「これたべて~」「げんきになって~」
治癒の実が龍種の口にねじ込まれると龍種の体が光り輝き、まるで先ほどまでの光景を巻き戻すかのように血や臓物が龍種の体に収まり傷口が閉じた。
当の龍種は意識を失ったままで、他の龍種に数匹がかりで舞台からおろし運ばれていった。
緑は龍種が運ばれたのを確認するとシャイドに向き直り口を開く。
「最後の対戦をしましょうか」
「……」
シェイドは緑の言葉に返事をせず舞台に上がる。
「じゃあ最後はまかせるね」
緑がそう言って肩を叩くと腐緑が舞台に上がった。
「うん、頑張るよ」
緑とすれ違いざまに腐緑はそう呟く。
「なんだ、緑というやつが上がってくると思ったんだが違うのか? まぁ、ここまでの結果を見れば舐められるのもしょうがない…… だが! 闇属性の龍種のナンバー1を舐めたことを後悔させてやる! お前達の家族がお前を代表にしたことを後悔させるくらい、むごたらしく殺してやる」
「ああ、そのくらいの気持ちでお願いするね…… そうすれば私も心おきなくあなたを叩きつぶせる」
「これが最後の対戦です! はじめ!」
緑の開始の合図とともに腐緑は魔力を練りはじめる。
「おお、なんと神々しい……」「やはり世界樹様の気配と同じだ……」
そう言ったのは勇者召喚のためにダンジョンに来て、そのまま今回の戦いの観戦してエルフ達。
「大丈夫かな……」
そう漏らした緑は独り言をつぶやいたつもりであったが返事が返ってきた。
「丈夫だろう。俺は正直な話あいつとは戦いたくない」
緑の呟きに返事をしたのは魔緑であった。
「あ、まーちゃん起きたんだ」
「みっともないとこをみせちまったな……」
そう言った魔緑は頬をかく。
「まぁ、驚いたけど大丈夫だよあれくらい…… はははは……」
「……そういう反応が1番こまる」
緑は何ともなかった事をよそおうとして返事をしたが、芝居がかった返事にかえって魔緑はいたたまれない気持ちになる。
「まぁ、それは置いておいて。ふーちゃんの戦いを見ようよ」
「ああ……そうだな」
「とは言っても、もし毒が効いたら一瞬で終わるかもしれないね……」
「……いや、毒が効いても一瞬で終わらせないんじゃないか?」
「え?」
「まぁ、それも見ていればわかるだろう」
そう言って魔緑が舞台の方に顔を向けると、緑も同じようにその様子を見守るのであった。
数分後
「うわぁ、これはちょっと酷いね…… まーちゃんはこうなる事を予想していたの?」
「俺の予想は外れたな…… しかも、大きく悪い方に……」
2人は青い冷や汗を流しながら舞台の上の光景を見ていた。
緑と魔緑以外の家族も舞台の上の光景に顔を青くし、子供達や干支緑達も震えながら見ていた。
龍種のサラマンダー、ノーム、ウンディーネ達も珍しく顔を引きつらせ、蟲人達だけはその光景を頷きながらみていた。
「おら、どうした!? これくらいの事でくたばっちまうのか!? もっと俺を楽しませてくれ! アゴを叩き割ったから負けを宣言する事も出来ないだろう!? ここで前が勝たなければお前達の負けだぞ? いいのかそんな事になっても!? さっきまでの威勢はどこにいったんだぁ?」
そう口悪くののしっているのはシェイドであったが、そのそばで腐緑が目を細め氷の様な微笑を浮かべながら、四肢を溶かさ横たわっていることに気づかずに喚き散らしているシャイドを見つめていた。
2人は植物が持つ攻撃的な特性がここまで恐ろしいものだと理解し、さらにそれを腐緑が全く躊躇なく使ったことに驚いていたのであった。




