000.さよならと始まり
「あっ、待てよ…?ここって2巻で…。」
若干日に焼けた2巻を本棚の上段から引っ張り出す。
パラパラとページをめくって、
「やっぱり!ここでこの伏線を回収してるわけか〜」
俺は今日もラノベを読みふけっている。
まだ朝っぱらだというのに。
締め切っていたはずのカーテンの隙間から光が差し込んでくる。
その光が廃人のような顔つきで読書に没頭している自分を照らし出した。
「うっ!」
壁にかけてある時計に目をやる
「…あ、もう8時過ぎてんじゃん!」
こんな時間まで自分は何をしているのかと、一瞬現実に戻る。
そしてすぐ切り替え、現実を振り払うかのようにすぐさまテレビをつけた。
20歳にもなってもこんな風に現実から逃げてるから、
俺は未だにフリーターなんだろう。
時刻は『マスクドヒーローK・A・I』の放送開始時刻、午前8時を3分過ぎていた。
「まだオープニングだ、セーフ!」
俺はフリーターだが、今日はバイトが休みなので
家で趣味にふけりにふけりまくっている。
俺の趣味はアニメ、マンガ、ラノベ、特撮といったサブカルチャーである。
どのジャンルでも胸を張ってオタクだ!と言えるほど好きである。
20分くらいで『マスクドヒーローK・A・I』を見終え、
さっきの続きを読もうと、読みかけにしていた21巻ではなく、
伏線確認のために本棚から出していた2巻を間違って手に取ろうとした。
テロリン♪
SNSの通知が来た。
多分数少ない俺の友達からだろう。
返信を送ろうとベッドの上にある充電中のスマホに手を伸ばした…、
伸ばした時だった…。
カーテンの隙間から差し込んでいたはずの光はなくなり、
周りは真っ暗で、まるで夢の中にいるみたいにふわふわしている感覚があった。
普段サブカルに入り浸った生活をしていたからだろうか、
こんな状況でもびっくりするほど冷静だった。
いつも読んでいるラノベみたいなことが今、現実で起こっている。
1分ほど考え込み、自分の中で1つの結論が出た。
「あっ、俺転生したんだ。」
なぜかそう思っていた。更に、
あ、でも転生するのは死んだ人だけなんだっけ?くらいのことまで考えてた。
客観的に見ると相当重症だ。しかしその考えはすぐに確信に変わった。
「状況飲み込むのはっっっや!!!!」
聞いたことのない声だった、
金髪に露出度高めな服を着た、
プレイボーイならつい口笛を吹いてしまいそうな、
元気系の美女がそこには立っていた。
多分女神的存在なんだろう。あまりの美しさにそう直感した。
「そんだけわかってんなら話は早い!
今から…、あなたには…、
異世界に!!行って!!!もらいまーーーっす!!!!!!」
彼女は身振り・手振りをつけて全力でやってくれた。
あまりの全力具合にどこからか
ダダンッ!と効果音が聞こえたような気もした。
いや、むしろ鳴っていたのかも知れない。
ここまでは割とテンプレだが、
それと同時に、こういうのは定番が一番良い。とも思った。
「ってことは俺、転生するんですよね?
何に転生するんすか?魔王とか?」
明るかった彼女の表情が一瞬、何言ってんだこいつ?という
顔になったことを俺は見逃さなかった。
ごめんなさいと言うのは恥ずかしかったので、俺は心でそう呟いた。
そして彼女はこれから行く異世界ではいくつか大きな国があるから
何処かの国に付くのがうまく生きるコツだよ!と説明してくれた。
だが俺には1つ大きな疑問があった。
「あーっと、1つ質問いい?」
「どうぞ!大抵のことなら答えてあげられますよ!」
「わざわざ転移されるってことは俺がこの異世界で有利に働ける何かがあるって認識でいいんでしょ?」
こういうラノベには必ず転生、転移された者が
特別なスキルやアビリティ、異常なステータス値を持っているのがテンプレ。
きっと自分にもあるのだろうと思った。じゃなきゃこんなフリーター、普通転移させない。
「おっ!流石に察しがいいですねぇ!
その通り!実はですね…」
「あーっと!いいんだ!皆まで言わなくて!
そういうのがあることを知れただけで十分!
後は、自分自身で何ができるかを確かめる!いや確かめたいんだ。」
俺は前の世界ではダラけた生活を送っていた。
ほとんどの友達と連絡を断ち、親にも散々迷惑をかけていた。
予期せずして得た新しい人生、悔いのないよう全力で生きていきたかった。
「…そう?まっ!やる気があって結構!
そ・れ・は・そ・う・と!ここで1つ良いお知らせがありまーす!」
なんとなく察しがついた。
「異世界に転移させる前に何か1つ!願いを叶えてあげまーす!
イエ〜イ!!!ドンドンドン!!!パフパフ!!!」
予想通り。圧倒的なまでのテンプレ展開。
「特別なスキルを願うも良し!最強の武器を願うも良し!
はたまた!超つよ…」
「いらない。」
「えっ?え?あぁ……、うん?今なんて?」
「だから、いらない。」
「あぁ……、そう。いらないですかっ!
まぁ、そういう時もあるよねっ、ってなんでぇぇぇぇぇ!?!?!?!?!?」
さっきから思っていたがこの人、ノリが良すぎる。
学生時代はきっと人気者だったに違いない(この人に学生時代があったならの話だが)。
「いらないってことないでしょ!?
求めるものによってはこれから行く異世界で俺ツエーーー!!!!!
ってできるんですよぉ?!それでもいらないんですかぁ?!」
ちょっとイラっときて感情的になって言った
「だからさっきも言ったけどぉ!!!俺は!俺の!力で!生きていきたいの!
こんな形で得た力にあぐらをかいて、楽して強くなんてなりたくないの!」
こんな奴もいるんだ。というような目線で彼女はこちらを見て来た。
「なっ、なんすか?」
「いやぁ、マンガとかそっち系に詳しいって聞いてたから…」
「…から?」
「そういう人って、大抵ここでスキルとか聖剣とかゲットして行くから
あなたみたいなのもいるんだぁ…と思って!
あなたあんな生活してたのに意外と真面目ですね!」
それは違う。
今まで真面目じゃなかったから、これから真面目に生きたいのだ。
後、俺の恥ずかしいフリーター生活、見られてたのか…。
彼女は頭を抱え、続けてこう言った。
「でも、困りましたねぇ。
何か1つ願いを叶えてから転移させるっていうのが私どもの中での決まりなんですよぉ。
どうにか願いをひねり出してもらえませんかねぇ?」
”願いをひねり出す”…、初めて聞く表現だ。
でもラノベみたいなチート能力は絶対望みたくないし、
更に『私ども』とは具体的に何を指しているのか…?
色々思うことはあったが、とりあえずひねり出そうとしてみた。
考えること5分。なんとかひねり出しました。
俺はこれから行く異世界の地図、常識などの基本的な情報を望んだ。
するとそいつは俺の右の人差し指に青い刺青のようなものを浮かび上がらせた。
どうやらその指を立てて、『ガイド』と言うと分厚い本が出てきて、
そこにびっしりと基本情報が載ってるらしい。
これなら少し便利!くらいでチート感はだいぶ薄いだろう。
「ありがとう。これが願いで良いでしょ?」
素直に感謝を述べた。
それでも彼女がちょっと不満そうにしているのが伝わってきた。
「んん〜、これじゃあなぁ…。
あまりにも願いが弱すぎるんですよねぇ…。
もっとデカいのでも良いんですよぉ?」
まだ言うか!とも思ったが、
彼女にも彼女なりの事情があるのだろうと思い、
俺はまた何を願うか、考え始めた。
さっきよりも悩みに、悩んだ末、少しだけ…
家族のことが頭をよぎった。
よく考えると散々迷惑をかけた挙句、突然消えてしまうのだ。
俺はこれで完全に紛うことなき親不孝者になるだろう。どうにかしたいと思った。
「俺が転移したら、元の世界で俺の存在はどうなるの?」
あまりラノベではこんなこと、語られない部分だったが、気になった。
「そぉ〜ですねぇ…。
通常は何もしないですねぇ。
まぁ、強いて言うなら行方不明扱いってやつかなぁ?」
んん…、それはまた心配かけることになるなぁ…。
「もう元の世界に戻ることは出来ないんだよね?」
「そうだね!原則不可能!」
なるほど…、じゃあ、腹をくくろう。
「俺の存在を…、俺に関する記憶を…、元の世界から消してほしい!!!」
これは覚悟だった。元の世界を気にせずに、新しい世界で生きていくための。
そして家族に、友達に、迷惑をかけないための。
「えっ!!!いいんですかぁ?
大事な思い出じゃないですかぁ!!!」
「いいです!俺がこれから生きて行くのは
こっちの世界ですから!!!
(記憶を消すことが)出来ますかね?」
「う〜〜〜ん、ちょっとまた関係ない気もするけど…
それがあなたの気がかりだと言うのなら…、叶えることは出来るっ!」
「じゃあ、それで。」
彼女はビシッ!!!っと敬礼をした後、
目を瞑って何も喋らなくなった。
…急に静寂が生まれた。
しばらく俺も何も言わずに反応を待った。
・
・
・
・
・
・
・
「いや、何待ちぃぃぃぃぃぃ!?!?!?!?!?!?」
俺の渾身のツッコミはこの暗闇の世界いっぱいに響いているように感じた。
「お〜〜〜い!!!!急にどうしたぁ?
ねぇ、割とマジで何待ちぃ???ねぇぇぇえ!!!!!!」
もう一度、何待ちぃ?と叫ぼうとして「なにま」くらいまで言った時だった。
急に目の前が真っ白な世界になった。
突然のことで、照りつける太陽が目を刺しているようだった。
やがて、目が慣れてきて前にあるものの輪郭がぼんやりと見えるようになってきた。
壁…?いや、門か…!
目の前にはどちらも俺の身長の3倍はありそうな
ねずみ色の大きな石壁と、木でできた大きな門があり、
中には国らしきものが栄えているように見えた。
ここがスタート地点かぁ。
<始まりの街『ライラック』である!>
できるだけ更新できるように頑張ります!