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竜の私が人間界に飛ばされるとは  作者: Kirsch
第二章 赤の大地
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1.序の道

        〜〜〜

「寒い.......」


 体は冷え切ってしまっている。単純に濡れてしまったということもあるが、この寒空の中長時間体を晒しているのだから当たり前なのかもと思う。


 嫌だった。私は見えているものから目を逸らすことも自分を信じないこともしたくなかった。母様は私の言葉に耳を貸そうとはしてくれない.......だって見えるものは見えるんだからどうしようもないじゃない。


 白く美しきその姿。この瞳に共鳴する様に感じられる.......間違いなくあれは龍神様。かのお方がこの地に再来するというのだからただ過ごしているということは出来ない。


「母様どうして.......」


 ガヤガヤとした喧騒の中、私の小さな声は灰色に淀んだ空に消えていく。しかし私の母への不信感はどう足掻いても拭うことは出来ないんだと思う。たった一人。こんな細い体、何も出来ない体.......そして寿命を削ると母様に伝えられた力しか持たない子供なんかに何が出来るのだろう。


 今の私には特定の人物や物に起こることを見るだけの力は無い。出来るのは精々直近で起こりうることくらいのもので、未来視と呼ぶにはあまりにも不安定なもの.......。母様達がそうであったのかは分からないけれど、今の私が飛び出した所で何か出来るという自信などは無くあるのは大きな不安だけ。


 それでも体は動かずにはいられない。


 両手に息を吹きかける。暖かな感覚もほんの一瞬でまた直ぐに指先から温度を奪っていく。唯一持ち合わせているのは家から勝手に持ち出した金貨が幾らか.......。


「行かなくちゃ.......」


 私は駆け出した。昔の記憶.......首都から出ている馬車があの街まで私が行く為の唯一の手段であること。

バシャバシャと溜まった水が跳ねて足元を濡らして行くのが感じる。それでも走って走って記憶を辿る。


「はぁはぁはぁ.......」


「嬢ちゃん、どうしたんだい?」


「はぁ.......あの.......はぁ.......」


 毛むくじゃらの人に声を掛けられる.......応えようとするが、息が切れてしまって上手く喋ることが出来ない。


「ゆっくりでいいよ」


 にっこりと微笑む熊のようなその人に、なんとか頑張って笑顔だけを返す。何度か深呼吸をして乱れてしまった息をゆっくりと整える。


「はぁはぁ、すみません、あのラウラ鉱山の麓まで行きたいんですが.......」


 私はなんとか記憶の中にあるその街の名前を口に出してみる。しかし、何故か彼の表情がどんどん曇っていくように見える。


 街の名前を間違えているのか。私が見ることが出来るのは景色だけであり、それを伝えることで母様から聞いた街の名前。間違えていたとしてもそれが私に分かるはずもない.......。


もしそうだとすると街の情景を伝えることで教えてもらうしかないのだけれど.......。


 私は街の情景を頭に思い浮かべる.......


「嬢ちゃん、家出かい?」


がしかし、問題だったのはそこでは無かったようで彼の怪訝そうに見えた目をよく見ると心配してくれているのだろうか、不安そうな目をしていた。しかし今そんな心配は私にとっては邪魔なだけ……。


 それでもそんなこと言えるはずもなければ彼は単純な厚意であることもわかってしまってどうしようも出来ず黙りこんでしまう。


「悪いことは言わん。一人で行くには嬢ちゃんは若すぎるだろう?

家まで送って行ってあげるから帰ろう」


「嫌です.......。私は行かなくてはならないのです。お願いします」


 巨体の彼は私に目線を合わせてくれているのだろう。優しい目をしていることが分かるも、今の私にはそれが自分を否定されているように感じてしまう。


 睨みつけてみるも、動じる様子は一切ない。


「そう言われてもね.......。」


 困ったように顔を曇らせる。きっとこれ以上頼み込んだところで、彼が首を縦に振ることはは無いんだと思う。


「君はラウラ鉱山に行きたいのかい?」


 逃げ出そうかと思った時、急にそんな声が聞こえて慌てて振り返る。声の主はつんつんとした短い茶髪と筋肉質な体が印象的な男の方だった。


「ゼフさん、辞めてくれよ。この子は多分家出なんだ、きっと親御さんの元に返してあげた方がいい。」


 熊の方がそう伝える。私は言い訳をしようと口を開いたが、ゼフさんと呼ばれた方の大きな笑い声が聞こえて私は驚いて閉口してしまう。


「ハッハッハ!

君家出したいのかい?僕も若い頃はよく無茶をしたもんだよ。」


「ゼフさん、この子は女の子なんだからあんまりやんちゃさせちゃいけないでしょう」


 その声を聞いて、ゼフさんの表情が急に厳しくなる。


「僕はね、男の子だからとか女の子だからって可能性の芽を潰すのが最も良くないと思っているんだ。だからと言って僕のように危険な旅をさせたいなんて言う訳では無いけど、やりたい目標のために無茶したくなる気持ちは簡単に無下にしていいものではないと思わないかい?」


「いや、そんなつもりで.......」


「だから僕はお嬢ちゃんにどれだけの目的と覚悟があるのかを聞きたい。それが家を出るだけの価値があると思うなら僕がラウラの街まで連れて行ってあげよう。ただし、もしお嬢ちゃんがただの家出をしてみたいってだけなら大人しく家に帰るんだ。」


 ゼフは茶色い瞳でこちらを覗き込んでくる。これまで見た大人の誰よりも真っ直ぐで真剣な瞳。きっと私の言うことなんて誰も理解してくれるはずがない.......それは今も頭にあるが、もしかしたらと期待してしまう。


 大きく息を吸って吐き出す。冷たい空気が熱くなった体に少し涼しさをもたらしてくれる。


「信じられないでしょうけど、私には未来が見えるのです。

ラウラ鉱山、私はそこでどうしても会わなければいけない方が居ます。彼はきっと無くしてしまったものを探します。そしてそれを知ることが出来るのは私しか居ないのです。母様には反対されました.......でもどうしても行かなければならないのです.......。謝礼でしたらこちらに。」


 私は小さな藍色の巾着を取り出す。そしてそれをゼフさんに差し出す。彼は驚いたような表情をして一度それを受け取るが、首を横に振って私に手渡した。


「分かった。君は真剣に考えてどうしても行きたいということ、そしてその意思の強さも。だけど、君は本当に後悔しないかい?」


「おいおい、ゼフさん。そんなこと本気にしているのかい?」


「僕はこの子に聞いているんだ。少し黙っていてもらえないか?」


 その真剣な顔と怒りに満ちた目。熊のような方は驚いたようで一歩後ずさっていたが、直接向けられた訳では無い私も威圧を感じていた。


「私は.......後悔はしません。」


「いい目だな。分かった、君をラウラの街まで連れて行ってあげよう。その金貨は君が街で自分のために使いなさい。いいね」


「本当にいい.......のか?」


 ゼフは熊男の方を見ると手招きをしていた。そして何かを耳元で言っているがあまりに小さなその声はこちらに届くことはない。しかし、聞いた直後に熊男は驚いた様に表情を引き攣らせ、私の街の方のどこかへと走り去って行った。


「さぁ、行こうか。忘れ物はないかい?」


 私が首を縦に振るとゼフはにっこりと笑い、私を抱き上げて馬車の荷物の方へと降ろした。


「今日は荷物が沢山ある。どれも布の類だから汚さないように、落ちないように好きに乗ってくれればいいよ」


 そして馬車は激しく大地を蹴って走り出した。

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