075 看取りました
ロンバルディアとの諍いは、フォレスト領側の圧勝で終わった。
まあ、私が介入して終わらせたんだけどね。
両軍、多少の負傷者はだしたけど、戦死者は無し。
一時、拘束したロンバルディアの住人の収容先をどうするか悩んでいたので、送り返したらどうかと言った。
いやさぁ、戦争はお金がとんでもなくかかるじゃないか。
数千弱の捕虜を餓死させる訳にもいかないし。
かといって、法外な賠償金をふんだくる気はないらしいし。
アルバレア家が私財を投じて賄うのも、違う気がする。
ナイルさんも後継者の役割を見事にこなして、その存在を周囲に知らしめたので発言力があり、私を支持した。
ただ、単純に侵略してきたロンバルディア側を何らお咎めなくして帰しても、舐められて見下されるだけとの発言もあった。
長年の遺恨もあって、簡単には許しがたい状況も分かる。
紛糾する後始末の最中、今回の功労者たるエスカが私に訴えてきた。
「マスター、ネリエちゃんの所に行きたい。早く行きたい」
「マスター、俺からもお願いしたい」
レオンもエスカに同意して、ロンバルディアの地に行きたいを連発する。
エスカを通じて、ロンバルディアを守護してきた精霊が慈悲をこうてきたのは、諍いが始まる前。
直接、私の元に馳せ参じたいが、土地に縛られてロンバルディアを離れられない無礼を詫びていた。
何か、アクシデントでもあったかな。
泣きそうに顔を歪めるエスカを見る限り、緊急性がありそうだった。
「マスターの現装備と宝珠があれば、ロンバルディアの王宮に翔べます」
フィディルの提案によると、巫女装束プラス宝珠の効果で、うちの子達が行った場所に転移ができるとの事。
なら、ちょいと行ってくるかね。
と、行きかけた矢先に、
「マスター、少しだけ御待ちください。ジルコニアとエルシフォーネが各々のマスターを連れて移動中ですわ」
はい?
ファティマに止められて待機すること、数分後。
風を制御して空中移動をしてきた、女王ちゃんとシェライラが最前線の砦に到着する。
「お待たせして、申し訳ございません。ですが、この機会を逃せば、ロンバルディアとの友誼を結べる絶好の時が、またいつ訪れるか分かりません。ミーア様、どうか獣王殿との面会の約束を取り成してはいただけませんか?」
「私からもお願い致します。ロンバルディアとのすれ違いを解消したいのです。その為ならば、頭を下げるのも辞さない構えです」
長距離を移動してきた疲労をおして、女王ちゃんとシェライラに嘆願された。
んで、捕虜解放の命令を女王ちゃんが下して、再び侵略開始されたら責任を取り、退位するとまで宣言をした。
うわお。
責任重大だなぁ。
巫女装束のお陰で、困った表情が顔に出なくて良かったけど。
女王の命令が下された以上、一貴族のアルバレア家が意向に逆らうことは無し。
でも、全員を解放するには難があるので、指揮していた司令官らしき狼さんは残す結果になった。
漸く、出発準備が整い、フィディルと私とで転移魔法を発動して転移する。
座標指定をエスカに任せてフィディルが修正して、ロンバルディアへ。
そうしたら、何故か、私は獣王を下敷きにしていた。
「ぐえっ!? なんだぁ?」
「ネリエちゃん。マスターを、連れて来たよぅ」
「獣王、確保」
「いや、だから、お前ら、なにもんだよ。ってか、こいつらは女王国に喧嘩吹っ掛けたあいつの部族と仲間の部族じゃないか。おいおい、首の枷壊れていくんだが、捕虜になったんじゃないのか」
「枷は、自決防止。捕虜なぞ、不要。返還の見返りは、獣王と女王の会談。疾く、女王国へ転移する」
「だあっ! だから、待てって。いいから、説明しやがれ。ほんでもって、俺の上からどきやがれ」
ちょうど、獣王さんは石造りの鍛練場かな?
そこで、幼さが残る少年少女相手に稽古をつけていたらしい。
いきなり、空中から獣王の指示を無視して侵略、獣王さん曰く喧嘩しに行った部族が現れて、少年少女達は動転していた。
いち早く我に返った少年が、鍛練場を慌てて出ていくのを獣王さんの上から見送る。
どうやら、大人でも呼びに行ったかな。
鍛練場なんだから、休暇中の兵士でも鍛練していておかしくはないのだけど、大人は獣王さんしかいない不思議な光景である。
捕虜の皆さん?
ぜっさん、お休み中だ。
「マスター、お手をどうぞ」
「感謝する」
フィディルが私の手を取り、獣王さんの上から退くのを促す。
獣王さんは言葉は乱雑だけど、不審者丸出しの女を無理矢理退かさない度量の持ち主さんである。
いや、王様なんだから、暗殺とかに気をつけようよ。
お邪魔虫がいなくなった獣王さんが、立ち上がる。
白虎の獣頭の、獣ベースの獣人種。
もの本の、二足歩行する獣人さんの姿に、内心驚喜しているのは内緒である。
レードさんは、人ベースの獣人種だからなぁ。
初めて見る獣人さんは、迫力満点な気迫でこちらの出方を伺っていた。
「さっき、聞き捨てならない声がきこえたが。ネリエに、何の用だ」
あら、警戒されてら。
泰然と佇んでいる様に見えて、いつでも反撃できる体勢に然り気無く爪先に力が入っていく。
目力の威圧が上がっていく。
是非とも、もふらしていただきたい毛並みが逆立つ。
捕虜よりもネリエの方が、獣王さんの中では重要度が高いんだろうね。
獣王さんの戦闘体勢に触発されて、背後に庇われている少年少女達も鍛練用の武器を構え始めた。
まさに、一触即発だねぇ。
下手な冗談でも言ったら、危ないか。
「こいつらを連れて来たって事は、お前らは女王国側の人間なんだろ。まあ、実際は一人を除いて生物に分類できないヤツもいるがな」
「先程、述べた。女王は、獣王との会談を希望する。捕虜解放は、その覚悟を見せる為。ただ、指揮者は会談後の解放になる」
「あんたは、そうらしいが。ちびっこは、ネリエを呼んだだろうが」
「そう、ネリエちゃんに会わせて。時間がないの」
「そう易々と、部外者及び不審者を会わせられるかっての」
「う~。頑固者。早くしないと、ネリエちゃんが危ないのにぃ~」
エスカが感情を露に、地団駄を踏む。
大精霊であろうが、他国の流儀に沿って行動しないとならない縛りで、悔しげに顔を歪めている。
ふむ。
エスカを心配するユリスとセレナが沈黙して静観しているのも、他眷属の事柄に介入できないもどかしさがある。
二人は、眉を顰めて成り行きを見守るしかないのだ。
「ちびっこが幾ら喚こうと、他国の間者かもしれない身元不明な輩に、国家機密に等しいネリエに会わせられるかっての」
おい。
自分で間者疑いしている輩に、国家機密とか言うな。
軽い口だなぁ。
国王自ら、ばらしてどうするっての。
事態を把握した少女が、獣王さんの服の裾を引いて耳打ちする。
途端に、しまったと表情が物語る。
「いや、ちがっ。国の貴重な助言者だった。兎に角、お前らに会わせる必要はだな……」
「ネリエちゃん!」
「大精霊様におきましては、直ちに馳せ参じれない無礼をお許しくださいませ」
「! ネリエ! 出てくるな」
「いいえ。私の親でもあり姉でもある大精霊様と、いと気高き尊き白夜の星様に挨拶をしない無礼は、身の恥です。ですが、老いによるこの身の醜さを御身の御前に晒す折り合いをつけるに、時間がかかりましたことお詫び致します」
「そんな、そんな事ないっ。ネリエちゃんは、頑張ったんだよ。マスターは、頑張り屋さんを叱ったりしないよぅ」
私達と獣王さんが対峙する中間に、一柱の精霊が姿を現した。
白木蓮に似た花飾りを付けたその精霊は、一目で限界が来ているのを理解した。
枯れ木の如く痩せ細る体躯に、皺だらけの顏。
私も初めて相対する老齢化した精霊の登場に、言葉が出てこない。
エスカが早くと、訴えてきてのも分かる。
ネリエの精霊は、寿命を迎えているのだ。
エスカが駆けよって、足元に抱き付き、精霊が存在できる力を分け与えているが、はっきり言って焼け石に水。
受け止める側のが、ひび割れた器であるので、端から溢れていく力に無意味であるとは言えない。
精霊は不変な存在ではない証が、証明されていた。
属性にあった場所に居続ければ、不老不死かと言える程に存在はできる。
けれども、属性にあわない場所に存在し続ければ、老いがやってきて消失してしまう。
レットとレッタにジュリエットは、老いが現れる前に私が保護して属性の精霊石を大量に与えて延命はできた。
ネリエに関しては、延命に間に合わない状態で、大精霊でも助ける事が出来ない危険域に入っている。
勿論、私が精霊石を与えても無駄。
最早、何時存在が消失してもおかしくはない。
「大精霊様、白夜の星様。ネリエと名を戴いた私は、お役目を全うする事が叶いませんでした。申し訳ございません」
「ネリエちゃんは、悪くないの。頑張ったの。無理を言ったのはエスカだもん。あれが嫌いでも、ネリエちゃんだけにお役目与えている場合じゃぁ、なかったもん。レオ兄ぃにも、助けて貰えば良かったんだぁ」
「いいえ、大精霊様。大地のお方の助力は、ございました。ですから、今日までネリエは生きながらえておりました。大地のお方に、感謝致します」
「俺は、エスカが泣かない様にしただけだ。でも、酷使を強要した手伝いみたいだっただけで、凄く反省している。もっと、この地に大地の眷属を派遣しておくべきだった」
「いいえ、いいえ。私のお役目は、ロンバルディアの守護。そして、叶うなら女王国との和解を促さないとならないのでした。ですが、思いの外、獣人種の遺恨を晴らすには至らず、この身の不甲斐なさに、大精霊様の期待に添えない己れに恥じ入るばかりでおりました。本来ならば、大精霊様に看取られることなく消え行く定めの身に、こうして再会が叶ったのも嬉しきこと。どうか、私の為にも笑顔でいてくださいませ」
「ネリエ?」
おそらく、身動きするにも苦痛であろうが、ネリエは戸惑いを見せる獣王さんに向き直る。
儚げに微笑み、涙する。
「獣王。貴方は歴代の獣王の中でも最も、私の話に耳を傾けてくださいました。裏切った女王憎しの感情を隠して、支援を渋々受け入れた歴代獣王とは違い、感謝の念を抱いてくれました。それだけが、私の救いでした。できるなら、この先も貴方が歩むロンバルディアを守護していきたかった。それだけが、心残りです。ですが、貴方は王です。選択を間違えてはなりません。貴方の先に生きる幼子を路頭に迷わせてはなりません。虐げられた遺恨はあれど、虐げた当事者は既に遠い過去の話。ましてや、貴方達も、虐げられた幼子ではありません。どうか、貴方達獣人種の未来に幸あらん事を願います」
「ネリエ!」
「ネリエちゃん!」
生命力が尽きる。
ネリエの手足の末端から、光の粒が発生して存在が消えていく。
それでも、ネリエは微笑んでいた。
ああ、そうだね。
ネリエは心残りがあるも、ロンバルディアを守護してきた誇りがある。
「ネリエ、誇るがいい。汝は、役目を全うした。汝は、優秀であった。孤軍奮闘した務めに、感謝を。宣言しよう。白夜の名の元に、ロンバルディアに祝福を。隣国ティファーラとかわりなき、精霊の恵みをもたらそう。幼子が餓え、理不尽な暴力を振るわれない未来に福音を」
私にできる限り報いるには、ネリエにではなく、ネリエが守護してきたロンバルディアの地に与えよう。
乾いた大地に恵みをもたらす水脈と、栄養を。
ユリスとレオンが眷属を呼び込み、ファティマが獣人種に癒しの魔法を。
エスカやセレナも眷属を呼び、作物や樹木に適した環境を練り上げていく。
フィディルはネリエの欠片を掬い、一欠片を精霊王の座する聖域に導き、一欠片をエスカに残した。
ロンバルディアにただ一柱の精霊だったネリエは、新しく招かれ居着いてくれた精霊に破顔して、存在が消えていった。
最期まで我慢したエスカの泣き声が、静寂に包まれた鍛練場に響く。
不変の存在と思われていた精霊の最期に、誰もが言葉もなく見詰めるしかできないでいた。
ネリエ。
貴女に、最大の感謝を。
私は自然と、頭を下げるしかなかった。




