072 他者視点 獣達の慟哭(前)
side ロンバルディア司令官
どうして、こうなった。
憎き女王が治めるティファーラ国の領土であるフォレスト領と、我が国獣人種が興したロンバルディアとの戦は、我等が優位に勝利するのは確実なはず。
女王と等しく憎きアルバレアの魔法剣使いは後継者がいないまま亡くなり、我等の進軍を阻む手段は絶ちきられたはず。
魔法剣の脅威がなければ、人族の騎士なぞ烏合の衆だ。
それに、魔法剣使いが秘匿されていたとしても、対策は充分に練ってきた。
なのに、なのに。
何故、我等の奇襲は効を無さず、魔法剣使いの雷が縦横無尽に降り注ぐ。
雷避けの魔法具を身につけている我等の精鋭達が、抵抗できぬまま実力を発揮する以前に捕縛されていく。
そう、奴等は我等獣人種を殺す事なく捕らえていくのだ。
雷による麻痺状態にされた同胞を、騎士等が首に奴隷の証である首輪を嵌めては後方へ連行している。
何たることか。
やはり、憎き女王の国は我等を人以下の存在に貶めて、搾取していくのだろう。
何が、女王国との融和だ。
過去の因縁を水に流そうだ。
共に切磋琢磨して人族に搾取されてきた獣人種の地位向上と、幼子が餓える事のない未来を望み、獣王位を競ってきたあいつに言いたい。
あいつは獣王の座に就き、変わってしまった。
確かに、実力はある。
誰もがあいつが獣王に相応しいと称賛した。
俺だって、あいつが獣王になれば、憎き女王国を蹂躙して奪われてきた誇りをとりもどせると信じた。
なのに、なのに。
いつからかは分からないが、あいつの傍らに純白の花飾りを髪に差した得たいの知れない女が侍る様になった。
それからだ、あいつが変わったのは。
あいつが獣王になった翌年、朗報が飛び込んできた。
国境を守護してきた魔法剣使いが、死んだ。
しかも、後継者を指名せずにだ。
フォレスト領に潜入させた密偵によれば、奴の息子は魔法剣を扱いきれずに自滅した。
それにより、守護の要となる人材を失い、フォレスト領は混乱に陥った。
これが、好機といわずして、何となる。
我が国は獣王を筆頭に有力部族が国の治世を担ってきた。
獣人種の中には、戦えない種族もいる。
そうした力なき種族は二等市民となり農耕や生産職に就き、力ある種族が一等市民となり国の防衛や侵略を担う。
治世を行う一等市民である部族の発言権は、獣王ですら無視を出来ない。
だから、フォレスト領が揺らいでいる好機に、侵略するのを上奏するのは当然の成り行きだ。
最初は、獣王も承認した。
実際幾度か戦果を上げて、ミスリル鉱山を手に入れた。
気を良くした我等は、次にフォレスト領そのものを入手するべく動いた。
だが、そこで獣王が躊躇った。
側役によると女が、獣王に進言したらしい。
何でも時期が悪いとか抜かして、鉱山に最低限の人員を残して獣王と軍勢を都に帰還させた。
無論、ミスリル鉱山は奪還された。
漸く、我等の悲願が叶う時が来たのに、その絶好の機会を逃す羽目になった。
魔法剣使いがいないフォレスト領の騎士を、姫騎士とか名乗る女が纏め上げ、団結した騎士達が巻き返しを図った。
油断と隙がなくなった騎士達により、フォレスト領侵略は断念した。
好機を逃した我等は、獣王を弾劾した。
しかし、獣王はその覇気でもって我等を沈黙させた。
我等獣人種は、強者には従う因子がある。
力でもって黙殺した獣王に敵うはずもなく、又同時期に国内で看過できない事態が発生してしまった。
獣人種だけに罹る病が幼子や老人を中心にして流行り、戦どころではなくなった。
まあ、その病の特効薬となる果実を実らせる樹木がある限り、重篤な状態にはならないのであって、俺達は楽観視していた。
かつて、獣人種を奴隷扱いした列強国により人為的にばらまかれた病。
獣人種を支配下に置きたい列強国が、特効薬を盾に隷属を強制してきた我等を、唯一助けてくれた恩人たる白夜の星。
彼の恩人が与えてくれた樹木は、都や各部族の住まう地域には必ず植生している。
不思議な事に、病が広まると実を結ぶ樹木があれば、獣人種は滅びの道を歩まなくて済んだ。
だが、近年その樹木が果実を実らせない地域が出てきていた。
酷いと、樹木自体が枯れていく。
各地域に植生する樹木は、一、二本ではない。
一夜にして十数の樹木が枯れた。
これは、只事ではない。
今度は我等が、揺らぐ番だった。
そうなると、如何に獣王を責めたてても、病が終息する訳でもない。
又、都の樹木は枯れてはないので、充分とはいかないまでも国内に行き渡る果実は確保は出来ていた。
一部の部族は、女王国がフォレスト領を守る為に、病をばらまいたせいだと騒ぎたてたが、病の発生源は女王国とは反対側の地域から発生していた。
我等は、反対側の国を警戒せざるをえなくなった。
獣王も、女王国が報復で攻めいる事はないと断言して、反対側の国境に人員を回した。
けっきょく、女王国や西の国から侵略されるのは杞憂に終わった。
それからだ。
獣王が他国を侵略するのを躊躇うような発言をしだしたのは。
特に、女王国とは休戦条約を交わすと言う。
これには、あらゆる部族の長が反対した。
噂の域を出ないが、獣人種だけに罹る病を作り出したのは女王国であり、我が国を列強国が支配しやすい体制を支援する事で、女王国を建国した。
そして、同盟を結び、列強国の仲間入りを果たした。
獣人種は、恩人たる白夜の星への恩義と、女王国と列強国への怨みを幼子の頃から聞かせられて育つ。
何代にも渡り語り続ける物語に懐疑的な声もあるが、現実に証明となる樹木はあり、助けられてきた。
その恩義はそのままで、恩讐は捨てろと言わんばかりの獣王の言葉に耳を疑った。
獣王に心酔する部族は渋々ながらも受け入れ、受け入れられない部族は結束した。
獣王を、その座から引きずり下ろす。
その為に、反抗する部族は俺を旗頭にして、目に見える功績を全部族に認めさせないとならない。
ならば、獣王の意志とは逆に女王国を侵略する。
暫く、戦をしていなかった鬱憤を晴らすべく、血気盛んな部族は俺を支持して集い、女王国との国境沿いに陣を敷いた。
勿論、獣王は戦を承認してはいない。
どころか、連日の様に思いとどまる旨の書状が届く。
無視を決め込んでいたら、最後の警告だとの趣旨の書状が届いた。
友と呼んだ俺を案じて、禁忌を破る。
我等が相対する女王国を侵略するのを止め、休戦するには訳がある。
彼の恩人が女王国に住まい、我等の侵略に憤慨している。
侵略は、彼の恩人に仇なす行為である、と。
反獣王派は、世迷い言だと一蹴した。
これは、我等反獣王派への企みだと断じた。
恩人の名を出せば、我等が躊躇うとでも思われたのか。
過去の恩人を持ち出してまで、女王国へ阿るのか。
苛立ち、腹立たしい感情が渦巻き、友に裏切られた怒りから、獣王へ引導を渡す決意を固めた。
国境沿いの砦から出る気配のないフォレスト領の騎士達へと、奇襲をかけた。
そして、街に潜入している密偵に指示を出した。
陽動を起こし、フォレスト領を領主亡き後治めるアルバレア家の一族を暗殺しろ。
長年の天敵である魔法剣使いがいなくなれば、どうとでもなる。
背後をつかれた騎士達は、指揮系統に混乱をきたし、自ずと敗走するしかなくなる。
逆に背水の陣できても、力では獣人種が勝る。
勝ち戦になる、はずだった。
なのに、なのに。
後継者が途絶えた魔法剣使いが存在し、雷が我等を撃ち据えている。
力自慢の獣人種が、力で押し負け捕縛されていく。
劣勢に追い込まれているのは、我等の方だった。
「……キシュナー様」
「キシュナー様、撤退の合図を」
後詰めで控えている俺の周囲では、戦意を消失していく者が増えてきた。
皆、奴隷に落とされるのを回避したいのだろう。
軍勢の半数近くを失い、雷の魔法を無力化できない我等に成す術はない。
何ら功績を上げれない我等が国へと帰還すれば、待ち受けているのは敗戦の責任を問われるだけ。
恐らく、俺に責任を被せて、処罰を逃れる腹積もりであろう。
旗頭になるのを了承したのは、俺だ。
致し方ない。
これ以上の、犠牲者を出すのは避けたい。
俺の首一つで部族が生き残れるなら、甘んじて受け入れよう。
「撤退する、合図を……」
俺が撤退の指示を出しかけた、その時。
大地が脈動した。
「キ、キシュナー様。あれを!」
「な、何故にネリエの樹木が?」
「そんな、先程までは樹木なぞ一本もなかったぞ」
周囲に促されて背後を振り替えれば、あり得ない事態が起こっていた。
戦がしやすい平原であった場に、我等を取り囲む樹木が忽然と出現していた。
しかも、その樹木は見飽きた国の家宝とも言うべき、病を癒す果実を実らせる樹木。
撤退しようにも、樹木を切り倒す。
そんな不届き者はいない。
もし、切り倒しでもして、国内のネリエの樹木に影響が出てしまったら、幾ら功績をあげても国民は獣王位に俺が就いても納得はしない。
これは、一種の心理作戦か?
前門の魔法剣使い、後門のネリエの樹木。
立ち往生している間にも、戦局は我等に不利となる。
「キシュナー様、我等はどうしたら」
「いっそのこと、奴隷に落とされるぐらいなら。潔く、この場にて果てるか」
「そうですな。せめて、魔法剣使いだけでも道連れにして、散るか」
「そ、そんなぁ」
俺に追従するのは、古参の部下だけ。
戦に不馴れな若者は、無様な尻込みを見せた。
果てに、樹木の隙間に割って入り、逃げ出そうとする始末。
我が部族に恥知らずを出したのは、俺の恥でもある。
功を焦り、情報収集を怠り、獣王の警告をも邪険にした。
これが、そんな俺に相応しき末路か。
いや、戦さ場にて散るのが、愚か者には相応しいのか。
「皆、済まぬ。地の底にあると言われる、奈落の獄園に付き合わせてしまったな」
「いやいや。機を見誤った我等こそ、主を旗頭にした責は取る」
「では、逝くか」
「おおう。奈落まで供に付き合おうぞ」
退路を絶つネリエの樹木に黙礼して、身体に力を漲らせる。
せめて、一矢でも報いたい。
叶うなら、後進の憂いを晴らすべき、魔法剣使いをこの手に。
牙よ、爪よ。
研ぎ澄ませ。
さあ、逝くか。
『愚者よ。動くこと能わず』
な、に?
前進しようにも、不意に木霊する言葉が我等を止めた。
『潔く散る覚悟。見事なり。然れど、汝等を守護せしめてきたネリエの嘆願により、我は今一度汝等を救済す。愚者よ、選択を誤るべからず。直ちに、降伏せよ』
視線の先に、白と朱の衣が風にたなびく。
いつしか、戦さ場から音が消えた。
ネリエの樹木が忽然と出現していた様に、彼の人が伝承にある通りの姿で空中に浮いていた。
東方の島国に近い民族衣裳だが、その島国でも貴い身分の地位にいる大王でも禁色となる色を纏う。
複雑に結われた髪に、神に仕える者しか赦されない形式の額冠。
六色に輝く六個の宝珠とあったが、十個の宝珠がその身を周回している。
あの姿は、まさしく……。
「白夜の星」
人知れず呟いたのは誰か。
紛れもなく、圧倒的なまでの威光を持って、獣人種を感情を表さず睥睨するのは彼の人だ。
ああ、獣王の警告は正しかった。
しかし、何もかもが遅すぎた。
「アルバレア家継子、ナイル=マーベルと申す。貴殿等を拘束させていただく」
敵将の魔法剣使い自らが、我等の前に騎馬を進めた。
敵意を消失してしまった我等には、抵抗する余地もなく。
首に枷が嵌められた。
急速に暗転する視界は、彼の人から離れることはなかった。




