071 さあ、始まりました
フォレスト領とロンバルディアとの国境は、一応数十メートル挟んで両国に砦がある。
その間には雨季になると出現する河で分断されるが、今の季節だと枯れているので徒歩で行き来出来るようになっている。
惜しい。
河があれば水攻めとか出来たのに。
砦を視察して呟いたら、アンナマリーナさんにはたかれた。
上流の河を塞き止めて、敵が渡河し始めてきたらタイミング計って放流するのは定石じゃん。
自然の猛威に抗う術は、魔法適性に乏しい獣人種にはない。
一網打尽で、此方の損害がでないなら利用しない手はないんじゃないかな。
「細工師、殲滅してどうする。領土権争いの遊戯ではないのだから、目的がすりかわってるでしょうが。鼻っ柱を折るのが、細工師の役目でしょう」
そうだった。
今回の目的は、アルバレア家の後継者たるナイルさんの御披露目と、ロンバルディアへの私なりの制裁だった。
エスカの頑張りを無に帰す処だった。
つい、ゲーム内の記憶に引っ張られていたよ。
「頼むから、取り決めた内容以外の事はやらかさないで。本当に頼むから」
しつこいぐらいに、念押しされた。
まあ、アンナマリーナさんはゲーム内での私を知っているからなぁ。
臨機応変って、頼もしい言葉だよ。
口には出さないけど。
そんなこんなで、ロンバルディア側の動きが活発になってきた。
斥候役の小隊が、闇夜に紛れて此方の砦に侵入しようとしてきたり、軽めのちょっかいをしてきたりと、本格的な諍いになろうとしている。
彼方の司令官は、かなり獣王からの停戦の指示を出されて苛立ちを見せている。
砦の責任者と、長年防衛の将を務めてきた上級騎士さんによれば、ロンバルディア側の軍勢の人数はこれ迄の諍いより少数だが、血気盛んな種族ばかりで構成されているそうだ。
所謂、脳筋で凶戦士の部隊である。
初陣のナイルさんが相手にするには、厄介な敵であると注釈がついた。
漸く、アルバレア家の後継者問題に終止符が付いたのに、肝心要な後継者に傷を負わせでもしたら責任は誰が取るのか。
いや、責任を取りたくはないのではなくて、逆に自分が責任を取ると譲らない偉い人が続出中。
だもんで、ナイルさんには熟練の騎士と負け知らずな騎士を側に配置されてる。
皆さん、後継者問題で相当鬱憤が貯まっていたらしい。
アルバレア家を象徴する聖剣を巡り、アルバレア家の分家やら一門やらが自分こそが相応しい云々宣い、騎士さんを味方に取り込もうと画策しては、無茶振りを宣言していて辟易していたそうな。
酷いと、軍事力でアルバレア家を乗っ取るだとか。
そうした輩はアルバレア家に粛清されたが、阿呆な輩は未だにいるみたいである。
買収された騎士が、ナイルさんを戦場で亡き者にしようとしているのが発覚した。
勿論、その騎士と買収した輩は既に捕縛済み。
あはは。
阿呆等の敗因は、私がいたことにある。
マスター至上主義のうちの子達が、情報収集を怠る訳がない。
本番まで農園でお留守番のレオンは、眷属の精霊に私とナイルさんに害をなす恐れがある情報は、すぐにフィディルか私に報告するように指示を出しているし。
お子様ズも同様な手配をしているしで、ロンバルディア側の動きも把握していられた。
何故か、風の精霊まで報告にきてくれているのは、ジルコニアの采配かな。
それに、火の精霊もアリスかいな。
お陰様で、ロンバルディア側の内情が筒抜けである。
初対面のフォレスト領の住人でもない私の情報が、信頼される訳がないのでアンナマリーナさんに逐一報告してみた。
「精霊に感謝するわ。けど、精霊が好意的に味方してくれるのが、今回限りだとも注意させておくわ。でないと、何かある度に細工師頼りにしたら、これまでフォレスト領を守護してくれた先達に申し訳たたないから」
「フォレスト領に、精霊魔法師はいなかったの?」
「主家たるアルバレア家が武門の一門だもの。魔法師を目指す人材は少ないし、精霊魔法師は大概が貴族女性でしょ」
「あー。切った張ったに、耐えられないのか」
女王国には職業に女性蔑視はないが、女性騎士は珍しい存在だとか。
大抵は、魔法師を目指すか文官を目指すかのどちらかだ。
んで、数少ない女性騎士は女王ちゃんの警護に配置されるのだとか。
アンナマリーナさんは前世が男性なだけに、騎士の鍛練に日々を費やしてきたから、血生臭い体験には慣れている貴族令嬢である。
姫騎士だっけ、あれ?
騎士姫だっけ。
母親の二つ名を受け継いでいるのは、聞いたな。
今回も、領主代行のオレリアさんに依頼されて、砦にやって来ている。
シスコンだったお兄さん達もついてくる予定だったけど、領都の防衛に回されて涙目だった。
オレリアさんに進言したのは、実は私である。
情報通りなら、領都にはロンバルディア側の司令官の密偵が潜んでいるのだ。
陽動作戦で領都を混乱させて、隙をついてオレリアさん狙いときた。
話を聞いたオレリアさんが、それはもう凄い素敵な笑みを見せたので、あちらは心配いらないかな。
まあ、万が一があるからファティマの眷属が、嫌々ながらも守護に就いている。
無理を聞いて貰っている眷属さんには、後で日本産のスイーツを提供する約束を交わしている。
本当なら、アルバレア家縁の雷の精霊が守護役には相応しいのだけどさ。
あの子達もあの子達で、アルバレア家との盟約で手が出せない状態なんだわ。
ナイルさんがアルバレア家の後継者だとは認めているから、ナイルさんとその家族は盟約の範囲内で助けてあげられるも、代替わりする為に先代の家系に連なる血筋の守護を離れるしかないのだ。
正式にナイルさんがアルバレア家を継いで、当主となり守護を願えばオレリアさん達にも恩恵が受け入れられる。
面倒臭い盟約を交わしたのは自由奔放な上位精霊で、当精霊は初代アルバレア家当主亡き後、眷属に役目を押し付けて雲隠れ。
盟約に縛られている雷の精霊の泣きが入った嘆きに、どん引きしたのは内緒だ。
ロンバルディアとの諍いが終わったら、その精霊を探し出して説教するか。
聖剣に縛りつけられた精霊と交代させてやろう。
盟約を交わすなら、アルバレア家が絶えるまで面倒みんかい。
「マスター。あれ」
「敵さん、集合してるよ」
「……お呼ばれ。始まるのかな」
内心憤っていたら、エスカに服の裾を引っ張られた。
ユリスが指差して敵陣を見やると、本日農園に留守番していたセレナも転移してきた。
「マスター。眷属から、敵の司令官が急襲すると報告がきた」
背後にレオンも現れる。
諍い、いや戦の始まりは先ず先触れ出して正統性を訴えるのが習わしなはず。
ほうほう、そうきますか。
ならば、此方も準備しますかね。
「アンナマリーナさん」
「既に、指示を出してあるわ」
砦の屋上から眼下を見渡せば、用意万端な騎士達が砦から出陣していく。
適度な距離を開けた場で、陣形を形成する。
中央には、金属鎧の群衆に混じり、革鎧のナイルさんが騎乗している。
たがが、革鎧と侮るなかれ。
聖剣の性質上、金属鎧だと感電して自爆するかもしれないのでいたしかたないのだけど。
その革鎧は、並みの金属鎧よりも防御力はあるぞ。
何せ、地竜の革で出来ているからね。
対魔法防御に優れているし、頑丈に出来ている。
凶戦士の本気の一撃も通じない性能の良さに加え、私が付与した腕輪付きだから生半可な攻撃は反射するぞ。
なので、ナイルさんが仮令味方に裏切られても生き残る。
「んじゃあ、私も頃合いを見計らって、介入するかな」
「お願いだから、くれぐれも加減を忘れないでくれ。殲滅は止めろ」
アンナマリーナさん。
男性口調になっているがな。
戦の高揚が、ゲーム内の前世に触発されたかな。
「はーい。適度に遊びまーす」
片手を上げて、屋上から飛び降りようとしたら、
「マスター。お着替え致しましょう」
「へっ?」
ファティマに、襟首掴まれた。
ぎこちなく振り返ったら、にこにこ笑顔で絶対に逃れられないファティマがいた。
「空き室をお借りしますね」
「えっ? あっ、はい。どうぞ」
アンナマリーナさんも、何時になく控えめな態度を崩さないファティマの自己主張に驚いていた。
有無を言わさず、引き摺られていく私を見送る。
「「お着替え、お着替え♪」」
「……お着替え、楽しいな♪」
「マスター、頑張れ」
「お忘れですが。マスターの初陣でもあります。相応しいお姿でいてもらわなくては、なりません」
はい?
ちょっと、待って。
まさか、あれがあるの?
手持ちのアイテムボックスになかったから、安心していたのに。
お子様ズは大喜びで歌っているわ。
レオンは私の感情を読み取り激励してるわ。
フィディルは、ファティマ以上の笑みを含んでいるわで、嫌な予感がしてならない。
「では、マスター。お着替え致しましょう」
果たして、空き室に連れてこられた私にファティマが差し出したのは、ある衣装。
思わず、Orzになる私がいた。
「それ、ファティマが保管していたんだ」
「勿論ですとも。マスターの大事な衣装ですもの。劣化させたり、綻び一つたりとも許しは致しません」
「うふふ。マスターが綺麗になるって、楽しいな」
「ふふん。マスターが素敵な事教えてあげるって、嬉しいな」
「……ふふ。マスターがセレナのマスターって、自慢出来る」
「ええ、わたくし達のマスターですもの。如何なる相手でも、全力でお相手するには相応しきお姿でいていただかないと、ですわ」
ははは……。
期待の眼差しで称賛するお子様ズやファティマを、どうせいっっうの。
消極的に見えたレオンも、内心では喜んでいるだろうし。
逃げ場はなし。
その衣装に着替えたら、アンナマリーナさんは一目散に逃げ出すのは目に見えている。
クランが崩壊する以前に裁縫師エララが大精霊を従えるに相応しいマスターに成れと契約者に作製した、持てるスキルを余すことなく発揮した衣装。
それと、守護者システムを考案した功績による運営が、斜め上に開発したネタアイテムの付属品。
かなり、戦場に相応しくない衣装なんだけどさ。
うちの子達には高評価なのである。
私的には、厨二病患者にはなりたくはない。
エララよ。
何故に、これを産み出したか。
恨む。
「「「マスター。お着替えしましょう」」」
「……しましょう」
満面の笑みの大精霊に、勝てるはずもなく。なす術なく、着せ替え人形になるしかなかった。




