064 うちの子達がやらかしてました
大精霊七柱に囲まれている優男改め、邪の精霊は見るまに存在力が喪われていく。
そして、フィディルの精霊王に次ぐ権力で、精霊界に送られた。
存在を抹消?
それだと、うちの子達やグレイスの怒りは収まらないので、意識はあれど身動きが叶わない封じをして、精霊王の裁きにかけるそうだ。
グレイスがデスサイズでお仕置きしている最中に、精霊王からじかに通達があり、自らが裁いて極刑に処すとのこと。
位階を下げるだけに留まらず、何らかの重い刑を課すそうである。
精霊界の重刑が何かしらないけど、まあまともな処分ではなさそうだ。
ぷりぷり怒るお子様ズと、未だに激怒が収まらないグレイスに、昨日作ったクッキーを与えてみた。
勿論、大人組とレオンにもあげる。
ついでに、頭の理解力が追い付いていないギルド長さんとレードさんにも。
空間拡張を解いた応接室に、暫くクッキーをかじる音が支配する。
「どういうことか、さっぱりなのだが。我々はオリバーと名乗った精霊に、騙されていたということか?」
甘味に綻ぶお子様ズとグレイスの機嫌が戻りかけた頃、ギルド長さんが問いかけてきた。
空気を読め。
気になるだろうけど、察しろ。
グレイスの眉間にしわがよる。
「むぅ」
「馬鹿はさよならしたから、忘れなさい」
「ですがぁ、あの女のぅ、言いなりになる阿呆がぁ、眷属だなんてぇ。わたしはぁ、ミーア様にぃ、申し訳がありません」
「グレイスだけでなく、我々の眷属にもあの女に傾倒している精霊がいるかもしれません。一度精査してみようかと思います」
「でも、フィル兄。マスターの側を離れたりして、その隙を狙われたらどうするんだ?」
レオンが危惧するのは、精霊が私に危害を加えるのではなく、優男がしたように第三者を利用して企みをして、私に損害を与えようとすることだろう。
大精霊だからといって、財力や権力で私を潰そうとする愚者が出現しても、事前に察知するのは難しい。
精霊は万能ではないし、精霊避けを使われたら介入が出来ない場所に出入りは禁じられる。
情報収集してくれる精霊も、善意や好意でしてくれているのだ。
多少のご褒美を怠れば、大精霊に従わない精霊も出てくるし、人柄を気に入った人間を見逃すおそれもある。
また、ユーリ先輩みたいに他属性の精霊をたらしこんだりして、統括する大精霊の認可も得ずに、役立とうとする精霊もいない訳ではないだろう。
特に、うちの子達は長年聖母教会の本拠点にある守護者の待機空間に引き込もっていたのだ。
眷属の統率がとれていたとは言えない。
何らかの弊害があってもおかしくはない。
「誰も一度に皆が、という訳ではなく。順番に、聖域に集まればいいんだ」
「ん、分かった。じゃあ、光や闇や炎はフィル兄に任せた」
「任されたが、光はファティマに託す」
「分かりました。わたくしに、異存はありません」
うん。
そうだね。
フィディルが次席とはいえ、負担が多すぎだしね。
ファティマが補佐に回るしかないよね。
本当は闇についてはグレイスが適任だろうけど、自分の眷属から意に従わない精霊が現れた以上説得力に乏しい。
おまけに、人見知りが激しいグレイスに期待はしないでおくのが身の為だ。
「……マスター。あっちの人、おいてけぼり」
クッキー片手に、セレナが膝に乗ってきた。
空いた手で、向かいを指している。
ありゃ、そう言えばギルド長さんの質問に答えてなかったや。
「質問に答えずにいて、済みません。ギルド長さんが言うオリバーが、ギルド職員に成り済まして、ギルド長さんの印章とサインを偽造していたのが騙すという意味なら、騙していたのでしょうね。多分ですが、職員に雇われた書類も経緯もなければ、いつから職員になっていたかも、皆さん分かってはいないでしょうから」
「そうだな。冷静になってみたら、何故にオリバーがギルド長の印章を自由に扱えるかのくだりが、曖昧になっている」
「俺もです。ギルド長の指示によってオリバーを連れて来ましたが。副ギルド長でもなく、一事務員でしかない奴が、何故に偽造出来てしまえるのか、疑問にさえ抱かなかった」
優男自身が、下っ端職員だと宣言していたからね。
上司の指示に従ったと嘯いていても、一職員がギルド長の印章を勝手に利用はできはしない。
利用出来るとしたら、副ギルド長さん位の肩書きがないと辻褄が合わない。
そして、ジルコニア経由とレオン経由で集められたライザス冒険者ギルド全体の情報では、ギルド長が不在のギルドを事務方と実動部隊を統括する副ギルド長さんに、鑑査部門を統括する主任を含めた三人が、懸命に尽力惜しんでギルドを支えていたのか。
精霊への奉納も欠かさずにいたのもあるが、ギルドに貢献していた精霊からの評判は良好であった。
前ライザス領主や、自称ランカの代官に成り代わっていた悪人と手を組んでいたギルド職員は、その二人を追い落とそうとしていた輩だった。
前領主の後ろ楯があっても、副ギルド長の肩書きを守り抜いた強者でもある。
だから、悪意がある書状が私の元にやって来た時点で、冒険者ギルドで非常事態が発生したと思い、誘いに乗ってみた。
まさか、ユーリ先輩の仕掛けた悪意だとは思わなかったけども。
「先程も紹介したけど、あの優男は邪の精霊が擬態した姿。邪属性の精霊だけが保有する能力であり、高位精霊クラスなら多数の人間の認識を狂わせて、以前から重用している腹心だと思わせるのは苦じゃない。また、記憶を操作するのも容易いからね」
「だが、邪属性は所謂、邪悪な精霊ではないと記憶している。悪戯好きな隣人であり、悪戯した後には迷惑を被った損害以上の財を与えてくれる精霊でもある」
「それに、危害を加えるような悪戯はしないことでも知られている。それなのに、オリバーは悪戯では済まないことを仕出かした。どうしてだ? 大精霊が言うあの女とは、白夜に敵対する勢力なのか?」
ギルド長さんとレードさんが言う通り、邪属性の精霊は悪戯好きなだけで、決して人命を損なう危害を加える邪悪な精霊ではない。
しかし、人間種でも善人もいれば悪人もいる。
良き隣人の精霊も、負の感情に晒され続ければ悪堕ちした精霊に変質する可能性はある。
邪属性の精霊は、そうした負の感情に強さを現し、他の属性の精霊を助ける役割りを持つ。
そして、悪戯をすることで、負の感情を昇華しているのだ。
悪戯を仕掛けた相手には、お詫びの品を置いていったり、助言して不幸を回避させたりする愛想の良さをみせるいい精霊さんなのだ。
だから、精霊が悪意ある行動をしたのが、不思議でしかないのだろう。
「グレイスが言ったあの女の正体を知って、レードさんはどうする気でいる訳?」
質問に質問で返す不義理は分かるが、レードさんの意図が掴めない。
冒険者ギルドを利用して、私に損害を与えようとした相手を突き止めて、何がしたいのやら。
何ら瑕疵のない冒険者の財産を掠め取ろうとした冒険者ギルドと、不名誉を着せられかけたのがお怒りだろうか。
「白夜の敵は、獣人種の敵となる。一丸となって、制裁する」
「……はい?」
きっぱり言われた言葉に、耳を疑った。
何ですと?
レードさんの一族ではなく、獣人種の敵とはこれいかに。
私は、獣人種を救ったりはしてないが。
レードさんの真剣な眼差しをみる限り、虚言をついているのではなさそうだ。
「バーシー嬢。我が女王国の南に獣王を頂点に戴くロンバルディア国があるのはご存知か?」
「話には聞いてます。実力主義でアルバレア侯爵家と国境で小競合いしている獣人の国ですよね」
ギルド長さんの質問に答える。
将来、ナイルさん一家が守護を担うフォレスト領の鉱山を狙っているんだっけ。
今は小競合いが発生してはいなくて、静かなのが不気味とアンナマリーナさんが言ってた。
「その獣王が、頭を垂れてかしづかなくてはならない唯一無二の存在が白夜の星であり、獣人種が親とも慕う存在が君だ」
「何故に? 私は、その国に一歩も踏み入れたことはないのですが」
「バーシー嬢の疑問は尤もであるが、ロンバルディア国は女王国が興ると同時期に、人種に搾取される獣人種が纏り興した国でな。数では勝り力では劣る列強国が、獣人種を排除する為に人工的に流行らせた獣人種のみがかかる病で滅亡させようとした。その病に対抗する薬は、獣人種には作れない。そもそも、薬を作る智識がなかった。初代女王陛下が錬金術で作製した薬だけが頼りであったものの、全ての獣人種を救う量には到底足りはしなかった」
ギルド長さんの話は続く。
初代女王も無償で薬を与えた訳ではなく、意図的に流通量を制限していた節があった。
どうやら、初代女王は獣人種の隷属を求めていた素振りがあり、獣人種は薬を手放し滅ぶ道を選んだ。
そうした最中に、現れたのが大精霊を従える天翅族の精霊魔法師。
あらゆる獣人種の集落に、病を克服する樹木を植え、実った果実を食した獣人種の病を癒した。
集落に植えられた樹木は役目を終えると、王都となった都市に数本だけ残して枯れた。
獣王にはその樹木を守護する力を求められることになり、相応しくない人材が獣王になると樹木に宿る精霊が拒絶する。
果実が実らなければ、再び獣人種は滅ぶしかなくなる。
実力主義であるが、民意で王座を降ろされた獣王もいる。
そして、一番大事なことがひとつ。
種族を救った天翅族の精霊魔法師を救世の恩人とし、彼の人に恩を返すことを子々孫々まで後世に遺して伝承していく。
また、名を名乗らない彼の人を、純白の果実に例えて白夜の星と呼び慕うことを至上の喜びとする。
獣人種の皆様は、幼い頃より親から、親よりも慕う恩人だと教育されているとのこと。
何だ、それ。
いや、病を癒す樹木を誕生させたのは、隣に座るエスカだと見当がつく。
天翅族の精霊魔法師を、誰が演じたのやら。
おかしいなぁ。
ジルコニアの話では、虎族と獅子族の騒動を修めたのが白夜の星なんじゃないかな。
ユーリ先輩が、実践して広めたとか言っていたはず。
話が誇大妄想で済まされない水準に達している気がするのは何故だ。
ギルド長さんがわざわざ嘘を吹き込むメリットもないし、レードさんも生真面目な表情で頷いているし。
ちょっと、エスカ。
逃げるでない。
膝上のセレナも、微妙に私の顔色を窺っているがな。
背後にいるであろう大人組。
説明を求む。




