004 教会を見つけました
入場税を払い、門を潜る。
教えて貰った通りに、歩いていく。
さすがは、異世界だ。
人種が数多くいる。
獣人にエルフ、リザードマンにドワーフ。
内心、感動に溢れている。
獣人のもふもふした耳とか触ってみたいなぁ。
この世界の獣人は、二種類いるようだ。
完全な動物顔な獣人と、人の顔に獣耳が生えている獣人。
純血と混血の違いかな。
あまり、凝視して不快に思われたくはないので、観察はほどほどにしよう。
完全なお上りさんだけど、街中なのでスリとかには気を付けておく。
私が歩いているのは大通りかな。
宿屋や食事処に交じって、雑貨屋にパン屋とコジャレた店がある。
そう言えば、お腹が空いたな。
マナーと常識を知らないから、お店で食べるのはやめておこう。
噴水広場にくると、美味しそうな匂いがする屋台がある。
「おじさん。ひとつ、くださいな」
「おう。ちょっと、待ってな」
目星をつけたのは、コッペパンにウインナーを挟んだホットドッグ。
看板に書かれた名前は違うけど、ホットドッグに間違いない。
手際良く温めたウインナーを、パンに挟むおじさん。
「赤いのはケチャと呼ばれるソースで、黄色いのはマスタドと呼ばれる辛いソースだ。お好みでつけてくれ」
「はあい」
ケチャップとマスタードだよね。
辛いのは苦手だから、ケチャだけかけた。
鉄貨三枚(300円)払って、ホットドッグを受け取った。
ウインナーは大きく、パンからはみ出している。
鉄貨三枚は安いと思う。
「おじさん。ありがとう」
「どういたしまして」
さて、噴水広場には、ベンチがそこかしこにある。
空いているベンチに座り、ホットドッグをかじる。
うん。
美味しい。
ウインナーがとっても、ジューシーだ。
パンも柔らかくてほのかに味がついている。
何の味だろう。
脂っこいウインナーに負けていない。
お腹が空いていたのもあって、夢中で食べた。
ショルダーバッグから、水筒を取り出して一口飲む。
柑橘類の味がする。
ただの水ではなかった。
美味しい。
どうやら、食生活は私に合いそうで、なによりである。
これで、合わなかったら、自炊生活しなくてはならなくなる。
料理は趣味だけど、偶に外食したくなる。
一人で作って、一人で食べるのは味気ないと思うけどね。
当分は、宿屋暮らしだと思うけど、人外さんから頂いたお金は無限ではない。
早いところ、職につかないとね。
まあ、それも試練とやらを受けた後のことだけど。
よし、悲嘆にくれていても仕方がない。
聖母教会に行きますか。
噴水広場の近くに赤い旗の建物、みつけた。
左手に青い屋根の建物、これも見つけた。
この前の道を真っ直ぐに行けばいいのだよね。
嘘をつかれてなければ、辿り着く筈。
てくてくと、歩いていく。
んん?
後ろから、同じ歩幅で歩く人発見。
ブーツの紐を直すふりして止まる。
相手も止まった。
何だろ。
物取りにしては、尾行が下手だな。
まぁ、いいか。
相手が手を出してきたら、返り討ちにするだけ。
正当防衛は、認められるよね。
そうこうしているうちに、教会と思わしき建物に遭遇した。
「ほえ~。真っ白だ」
大理石で建てられた教会は、装飾も白一色が使われていた。
聖母教会だけに、清純とか清貧を表しているのかな。
「失礼しまーす」
半開きになっていた門と、教会の玄関扉をすり抜ける。
教会内には、お祈りを捧げる人用の長椅子が並んでいた。
ステンドグラスが正面と両横にあり、磨かれた床の白一色の世界に色とりどりの影を演出している。
次に目に入ったのが、聖母を表す黄金像。
慈悲溢れる眼差しで、子供を抱いている。
足元にも子供がいて、聖母の服を掴んでいた。
「何処かで、見た構図だよね」
何処だったかな。
思い出せない。
うーん。
何だか、不完全燃焼だ。
腕組みして思い出そうとしてみる。
「如何なさいましたか?」
「うわ。吃驚した」
唐突に声をかけられて、肩が跳ねた。
振り返ると、シスターさんがいた。
人の気配がなかった。
只のシスターさんじゃないな。
戦闘も出来るシスターさんだ。
「驚かせてしまい、申し訳ありません。熱心に見ておられましたので、邪魔をしてはと気配を消しておりました」
「いえ。こちらこそ、すみません」
「旅のお方とお見受け致しますが、当教会に何か御用事でございますか?」
「あっ、はい。試練を受けに来ました」
和やかに微笑んでいたシスターさんの、顔付きが変わった。
能面のように、感情が無くなった。
「左様でございますか。では、お布施の白金貨をお納めくださいませ」
白金貨ねぇ。
日本円に換算して、一千万ですか。
ぼったくるなぁ。
人外さんが、態々試練を受けろと言うから来たのだけど、能面の中に見下した眼差しを向けられてまでやる必要があるのかな。
でも、逃げるのも癪だしなぁ。
手持ちには白金貨はある。
なら、女は度胸だ。
黙って、ショルダーバッグの中から白金貨五枚を出した。
シスターの差し出した両手に載せた。
掌の白金貨に気付いたシスターが、目を瞬かせる。
私は、泰然と次の言葉を待つ姿勢。
どうだ。
少しはやり返せたかな。
「寄付の金額が些か高額ですが。結果は変わりがありませんよ」
「寄付の金額を白金貨しか言わないので、手持ちの半額を出しただけです」
「つっ。普通は一枚で良いのです」
「とか、言いつつも。懐に納めましたよね。初めて試練に訪れる旅人に、前説もしなくてのいきなりなお布施の要求。もしかして、馬鹿にしていらっしゃる?」
言外に、腹黒なシスターの不備を訴えてみた。
聖母教会って、全然女性の味方ではないじゃん。
高額なお布施を吹っ掛ける、不信論者がいたよ。
人外さん。
見ているかな。
天罰を落すところではないの?
「慈悲深き聖母教会に、仇なすお言葉ですが。赦しがたき行為ですわ。即刻、出てお行きなさい」
「じゃあ。お金は返して。試練を受けなさいと言った人に、返すから」
「まあ、一度浄財なさったお布施を戻せとは。神々の天罰が落ちますよ」
落ちるのは、そっちだろうに。
人外さん。
邪魔されるのだけど。
どうしたら、いいかな。
お金は返さない。
試練は受けさせない。
ないない尽くしに、堪忍袋の緒が切れそうだ。
「なら、早く天罰とやらを落として見せて」
「何ですって」
「天罰が落ちないのは、私が正しいからでしょう。シスターは、お金に目が眩んで、試練を受けさせてくれない。と、公にさせてもらうから」
「それは、どうでしょうね。一介の旅人風情と、街を建設した当初からある教会のシスターであるわたしとの信頼は、どちらが上か分かりきっています」
「でもさぁ。第三者にこのやり取りを見られたら、困るのはシスターだと思うけど」
勝ち誇るシスターは、扉を背にしているから気づいてないのだけどね。
入り口には、重装備な騎士さんがいるんだわ。
私を尾行していた人達なんだけどね。
そんなことを知らないシスターは、歪んだ笑みで暴露し始めている。
「わたしが、困ることなどありえません。聖母教会には、例え女王陛下といえど、口出しできませんもの。ライザスの街の領主ごときが、わたしを罰することもできません」
その言葉で確信した。
法外な寄付を募って試練を受けさせるのは、日常化しているのを。
そして、領主に反感を抱いているのもね。
阿呆らしい。
つまりは、教会がシスターの自己顕示欲を満たす場所になっているんだ。
自分は、偉い。
自己中心的な思考の持ち主なんだろう。
こういうのは、何処にでもいるんだ。
ちょっと、安心した。
意思疎通できない異世界の常識を、持ち出されたら困るからね。
「でもさぁ。現場を第三者に押さえられても、言い逃れできるの? シスターが、やっていることは、教会の理念に反していると思うけど」
「ふふっ。聖母教会は、迷える女性の味方。初代錬金女王と精霊王との盟約を支える場所。わたしは、きちんと教会の理念に従い、手助けをしていますもの」
「どうだかね。金勘定に長けているつもりでも、お尻に火が付いているのを知らないだけじゃないの? こうして、教会を訪れる女性を差別して、試練を受けさせない。街の名を貶める行為をしているのを、気付いていないお馬鹿さんだと自慢してるだけじゃない」
「何ですって」
「だって、そうでしょう。何らかの事情で、教会を頼らざるをえない。最後の砦なんでしょ。その教会のシスターが、女性を見下して、お金儲けにしか興味ない。試練を受けさせて貰えない女性の恨みは何処に行くの。他の街の教会か、領主に行く訳だよね」
女性のコミュニケーション能力を、侮らない方がいい。
悪評が出回るのは、アッと言う間だから。
そうしたら、どうなるか。
評判が悪い街に、人が居着く訳がない。
大規模な人口流出は、街の税金収入に大打撃を与える。
街の人口が減れば減るほど、商売が出来ない商人も移動する。
街に残るのは、引っ越し出来ない弱い者だけになる。
そんな、街を誰が統治する?
私だったら、問題を起こすシスターを権力を使って更迭するな。
簡単に纏めたけど。
教育を受けている者なら、理解する筈だ。
シスターは、街に仇なす。
それに、領主は気がついている。
知らないのは、小さな箱庭で己が選択権を握っていると、愉悦に浸るシスターだけ。
笑わされる。
「今頃は、領主様もシスターを疑って捜査してるんじゃないかな。案外、教会のお偉いさんも、シスターを疎ましく思っていたりして」
「黙りなさい‼ 由緒正しいわたしは、間違ってはいない。アリアス‼ この愚か者に、鉄槌を。精霊の怒りを表しなさい‼」
シスターの隣に、水色のロングドレスを身に纏う女性が現れた。
と、入り口にたむろしていた騎士さんが、慌てて走り出す。
もしかして、ピンチかな。
「アリアス。何をしているの! 早くしなさい‼」
「そこまでだ。シスターハシェット。領主様の命令で拘束する。速やかに、精霊を待機させるんだ」
「嫌よ! アリアス。この女を消して‼」
精霊らしき水色の女性は、騎士に取り押さえられるシスターを、感情が籠らない眼差しで見つめている。
もがくシスターはお構いなしに、私を排除しにかかっていた。
うん。
精霊からは、敵意をかんじないんだけどな。
むしろ、畏れているような。
私の称号が関係しているのか、頻りに頭を振っている。
「何故、動かないの。わたしの言葉に、服従しなさいよ」
拘束する腕を掻い潜り、シスターが精霊にくって掛かる。
「用心しろ。精霊が使役者に従わない。契約破棄した【はぐれ】になったかもしれない」
「違うわ。アリアスはわたしの、契約精霊よ。破棄には応じてはいない」
「なら、この状態は何だ。契約者の言葉には従わない。有り得ないだろうが」
「アリアス。なら、わたしを拘束する騎士を、排除して」
「残念だけど。もう、従えないわ」
無情にも、精霊は能面のような無表情で告げる。
シスターが血走った目を見張った。
試練とやらが精霊との契約ならば、主従は主が人で従が精霊なんだろうか。
従の精霊が、主の人に口答えしたり、反旗を翻すのはタブーなんじゃないか?
「わたくしが契約した貴女は変わりすぎた。それは、わたくしの罪。王より裁定が下り、わたくしの位階は降格した。故に、地上から去らなければならなくなった。さようなら。愚かで愛しい、わたくしの契約者」
「アリアス?」
水色の精霊は、足元から消失していき始めた。
水色のロングドレスが最後まで残り、床に崩れ落ちる。
トン。
軽い音が床でした。
見ると、マネキン大の陶器人形がドレスの上に落ちていた。
胸の辺りには、虹色に光る石がある。
拘束されているシスターが、懸命に伸ばした指先が石に触れたら、砂と化した。
シスターの悲鳴が、教会に響き渡った。
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