039 細工師がやって来た(他者視点)
私、ウィンチェスタ家のアンナマリーナの母の生家、フォレスタ領主叔父アルバレア侯爵が亡くなった。
それにより、我が女王国で武門の頂を争う侯爵家の、後継者騒動が勃発した。
叔父には男子の子供が二人いたが、一人は病死し、一人は問題を起こして自ら退場した。
また、叔父には母以外兄弟はなく、必然的に母が産んだ私達兄妹が有力視されている。
が、私達三兄妹にはアルバレア侯爵家が保有する魔法適性がなく、家宝の聖剣も認めはしないでいた。
となると、野心溢れる魔法適性持ちが、アルバレア侯爵家を狙わない訳がない。
叔父の葬儀には、故人を偲ぶ者とそうでない者が対立して、一触即発な危険な場となってしまった。
母が子爵位を継承した為に婿の立場の父が、叔父より託されていた遺言状を公開しなかったら、怪我人どころではない騒ぎになっていた。
母は遺言状の内容を知っていたらしく、葬儀の間は終始沈黙したままだった。
武門の娘たらしめる冷静を顕にして、外部者の騒動に凍りついた眼差しを向けていた。
そうした場で公開された遺言状は、更なる阿鼻叫喚を呼んだ。
母と叔父以外の、前アルバレア侯爵家の血筋を有した庶子の存在。
そして、当代に一人か二人しか産まれない、アルバレア侯爵家が保有する魔法適性を持った男性。
叔父の息子が羨み、妬み、調査官を買収して書き換えられた証拠の書類。
正統なアルバレア侯爵家の後継者。
叔父が密かに育てあげようとして、叶わなかった経緯を記した遺言状は直ちに王城に奏上して、後継者の捜索が行われた。
けれども、六年の歳月が過ぎても、彼の人の行方は杳として分からなかった。
母は姿なき賢者に頼るも、時期が悪いとしか反応は返ってはこない。
領主不在は、隣国の国境を防衛する妨げにしかならない。
一先ず、母が領主代行の任に就いた。
六年の歳月は長過ぎる。
領民は正統な後継者を忘れ、次代に期待の念を向ける。
つまり、私や兄達の子供を望んでいるのだ。
これには、困った問題がある。
兄達は、父からウィンチェスタ家の魔法適性を受け継いでいる。
だから、その子供もウィンチェスタ家の魔法適性を受け継ぐ可能性が高い。
そうすると、目が向けられるのは、ウィンチェスタ家の魔法適性を受け継いでいない私しかいなくなる。
冗談ではない。
私に男性との結婚に伴う行為を、受け入れる気持ちは更々ない。
ちょー、無理だから。
私には訳があり、異性を拒む理由がある。
重度の男性嫌い。
父と兄達は、そう判断している。
理由を知る母が、そうしむけたのだが。
素直に、父と兄達には申し訳なく思う。
貴族に産まれたからには、家の為の政略結婚は受けいれないとならない。
領民を守る義務がある。
だけど、私にはどうしても耐えられない。
だから、母の家系が武門なのを逆手にとり、淑女修業を剣と槍の鍛練、戦略の勉強を学んだ。
世間は騙され、父と兄達も淑女にするのを諦めた。
女王国の貴族令嬢に必須な、錬金術も拒んだ私が良縁に恵まれることもなく、今まで自由に生きてきた。
父と兄達とは、不仲になってしまったけど。
これ幸いに、母が離れられなくなったフォレスト領にて、領主代行の代理を任され魔物の討伐指揮を取り、国境を脅かす隣国とも戦った。
いつの間にか、フォレスト領の騎士姫なんて、母に倣い渾名がついた。
その名声が、益々私の子供を期待する声になってしまったのが痛い。
地味に痛い。
兄達より私を望む期待は、私を孤立させる。
次代のフォレスト領主に私が内定してしまい、父と兄達より爵位が高くなる。
不仲どころか、毛嫌いされるまでになった。
どうしても、出席しないとならない夜会で出会うと、重い溜め息と無視の視線か、一言嫌味を言われるかだ。
貴族の法律で、父と母の離縁は認められず、私はウィンチェスタ家と縁は切れない。
フォレスト領を思えば、出奔は許されない。
堂々めぐりで、私の心身は弱ってきた。
フォレスト領の騎士や領民の期待に応えられないストレスから寝付く日が多くなり、母が貴族法に逆らう手段に出ようとしてくれた。
私を実子ではなく養子であったと、戸籍を管理する貴族院に登録を修整しようとしてくれた。
勿論、そんなことをすれば、処罰が待っている。
母は爵位を剥奪されようとしてまで、私を守ってくれようとした。
そんな矢先に、姿なき賢者が正統な後継者の在所を語った。
直ぐ様、母が使者を出した。
賢者の言葉によれば、後継者は奥様を亡くされているも次代を残されている。
助かった。
正直に言うと、奥様には悪いけど。
残されたお子様を立派な次代に養育する必要が発生して、私がフォレスト領にいられる名目が立った。
使者が旅立って三日。
回復した私は、後継者とお子様が過ごしやすい環境を整えていた。
態々、フォレスト領を継げなくなった私を嘲笑う為と、後継者を値踏みする為に兄達が来訪する。
守らねば。
忙しく走り回る私を捕まえてくる兄達を無難にやり過ごす。
今日も、正統な後継者ではなく私を望む領民と騎士を説得して、受け入れ準備に余念がない私は兄達と舌戦を繰り広げていた。
止めたのは、執事だった。
「若様、お嬢様。大変でございます。執務室に賊が侵入致しました」
「! 母上はご無事か?」
「護衛の騎士は何をしている」
「それが、賊は転移魔法で屋敷に侵入した模様でございます」
「転移魔法だと?」
「馬鹿な。稀少な遺失魔法を使用してまで、フォレスト領に攻めいる理由が分からん」
「? アンナマリーナ、何処にいく」
「お前は避難しろ。母上は俺が助け出す」
執事と兄達の会話を背にして、執務室に駆け出す。
屋敷内だからと、愛用の剣を自室に置いてきていた。
護身用の短剣で賊を排除できるとは思わないが、母を救出しないとならない。
母は女王陛下に認められたフォレスト領主代行。
私は予備の人材。
重きを置くのは、母の方である。
「兄上方は、騎士を指揮してください。私は母の救出に参ります」
「待て。詳しい賊の情報もなく、先走るな」
長兄が追い付いてきた。
次兄が騎士の詰め所に移動するのが、視界の端に映る。
執事と長兄は、私を止めようとする。
正統な後継者が領主に認定される前に、母が所持する領主印と大事な鍵を奪われるのは阻止しないとならない。
幸いにも、家宝の聖剣は使者に託してある。
領主印だけでも、何としても確保しないと。
次に、騎士姫だと持て囃されている私の矜持に掛けて、領民を避難させないとならない。
私が活躍するのが気に入らない長兄の文句を聞き流し、淑女がしない本気の走りで執務室に急ぐ。
「貴方達、何をしている。護衛の役目をわすれたの?」
急行した執務室前に、母の護衛たる騎士がたむろしていた。
思わず苦情が出てくる。
しかし、騎士の困惑した表情の中に、使者役をかって出た者の顔を発見した。
「騎士ワイズ。何時、帰還したの。使者の役目は果たすことない帰還は……」
「それが、お嬢様。マーベル様は執務室におられます」
「? どういう事情か、説明を」
「はっ。本日早朝、ライザス領主の協力の元に、マーベル様を保護なされた方の農園に到着しました。来訪の旨を伝え、マーベル様にお逢いすることが叶いました。そして、前フォレスト領主オーギュスト様の訃報、ご子息オーガスタ様の不正、マーベル様の後継者指名をご説明致しました。聖剣は、マーベル様のお手元に、お渡し致しました。そして、気付きましたら、フォレスト領に帰還しておりました」
賊の報はデマカセであったのに安堵しつつも、要領を得ない説明に疑問が涌く。
遺失魔法の転移魔法を行使したのは、その保護された方なのだろうか。
一介の農園主が、そんな遺失魔法を保有しているならば、名が知らしめらているはずだ。
如何に、世情に疎い私でも、ライザス領土に高名な魔法師がいるなら分かる。
「兄上。物知らずな私に、ご教授願います。ライザス領土に高名な魔法師がおられるとは、寡聞にして知りませんでした」
「ふん。恐らくは、先日就任なされた女王陛下の相談役の方だろう。何でも、初代錬金女王陛下の愛弟子にして、六柱の守護者と契約成されているお方だと聞く」
長兄の視線が騎士ワイズに向けられる。
肯定しろと、言いたげだ。
「アレイスタ様のお言葉通りです。ライザス領主からも、説明を受けました。また、自分も六柱の守護者を確認しております。ただ……」
騎士ワイズが言い淀む。
初代女王陛下の愛弟子との説明に、またもや疑問が湧く。
当代女王陛下は十五代目。
長の年月に隔たれて、愛弟子様が存命しているのを長兄はおかしいと思わないのが不思議である。
「ただ、とは何だ」
「はい。その方の容姿は、成人したての年代に見えました。初代陛下の愛弟子とは、どうしても思えず。かと言えば、転移魔法を披露なされる。当代女王陛下を騙しているとは思えませんが、胡散臭い気配もございます」
「ならば、直に探るまでだ。母上、アレイスタです。入室させていただきます」
直情型の長兄は返事を確かめることなく、執務室に突貫した。
鍵はかけられてはなく、扉は難なく開いた。
果たして、執務室には複数の男女の姿があった。
唐突な私達の登場に、軍服姿の男性が動いた。
執務机に座る母の目の前に佇む少女と、いきり立つ長兄との間に割って入る。
其れだけのことなのに、長兄と私は動けなくなった。
ただし、長兄と私とでは理由が異なる。
長兄は軍服姿の男性に威圧されてだが、私は……。
見覚えが有りすぎる、忘れたくても忘れられない守護者を視認して目を見張る。
「マスターと領主代行のお話は、終わっていません。お静かに願います」
淡々と感情が籠らない表情と声音に、昔の記憶が甦る。
この男性体の守護者と、たおやかで物腰が柔らかそうな女性体の守護者に、何度倒されたことか。
続いて、少年体の守護者と三柱の幼年体を確認する。
最後に、主の姿を探す。
此方を、睥睨する少女がいた。
きつめの鋭い瞳をした美少女は、本人が容姿を自負してはいない。
ゲームと変わらないアバター姿の彼女に、つい叫んでしまった。
「てめぇ、似非細工師。どっから、湧いてきやがった。まさか、フォレスト領をご自慢の細工罠の実験場にしやがるのか。させないからな。ぜってぇに、阻止してやる」
旧い記憶が呼び覚まされて、肉体の性とは違う俺が出てきたが、構うものか。
護身用の短剣を抜いた。
一歩踏み出しかけて、男性体の守護者に敵意を向けられる。
「ははは。ビーエルとか言うから貴腐人かと思ったら、何だ。クラン〔仲良しこよし〕のわらび餅さんか。奇遇だね」
黙って微笑んでいれば美少女の似非細工師が、獰猛に嗤う。
やべっ。
我を忘れて、取扱い注意な事項を踏んだ。
しかし、こっちも黙ってやらせはしない。
相打ち覚悟で対処してやる。




