031 過去を知りました
リリを部屋に帰して暫く待つと、想定していた通りにグレイスがやって来た。
常の能天気な明るい表情ではなく、今にも泣き出しそうな辛い色をしている。
呪具に触れた魔力を辿り、私が製作者を特定したのを理解したのだろう。
戸口に佇み、俯き加減で肩を震わせていた。
「グレイス。マスターに、全部話したらいい」
「……レオン」
「マスターなら、大丈夫だ。複数の神々の加護があるし、あれの影響は受けないから」
事情を知るらしいレオンが促す。
エスカとユリスがグレイスの側に移動する。
セレナは私を見上げて、眉根を顰めている。
あれが何を意味するのかは、まだ分からないけど。
きっと、碌なことではないとみた。
でないと、説明がつかないから。
私が知る呪具の製作者は、えげつない呪いを他者にきせる性格をしてはいなかった。
まあ、悪戯好きであったけどさ。
それだって、悪質ではなく、笑い話しで済ませる程度だった。
だから、信じられないでいた。
呪具をダレンが製作しただなんて。
「グレイス。ダレンは、今現在も生存しているの?」
「……はい」
やはりね。
呪具を解析した時点で、怨念が途切れていないのが伝わってきた。
それに、リリは呪具を嵌めた魔術師を覚えていると言った。
ユーリ先輩とダレンが活躍していた時代から、女王は十五代過ぎている。
鬼籍に入っている筈の人間が、長い時を経ても生存している。
この事実に、正直どう反応していいのか。
グレイスの話次第かな。
お子様ズに目配せして、グレイスを席に着かせる。
クリスが気を利かせて、居間を出ていく。
「ミーア様。わたし達大精霊が此方の世界に招かれて、順応するまでに短くはない期間がありました」
おずおずと切り出したグレイスの言葉に、レオンやお子様ズが頷く。
何でもある日突然に、大精霊はゲーム世界から切り離された。
神々から、マスターに関連する記憶を消去されたくなければ、世界を越えるように通達されたのだ。
大精霊を統括する立場のフィディルは、私が二度とゲーム世界に顕現することがないのを知った。
現に、マスターとの繋がりが途絶えていた。
これは、私の家族が運営会社にゲーム利用料を停止する手続きをしたからだと思う。
また、ユーリ先輩からも、私の現実での死を知らされた。
私の守護者達は記憶を消去されて、新たな役目を戴くのを拒否した。
いずれ、私と再会する時に恵まれると約束された守護者達は、異界の神々の手を取った。
けれども、気付いたらフィディル達だけではなく、大精霊全員が揃っていた。
驚くも、異界に順応していく期間に、此方の世界の理に組み込まれ、精霊神の庇護下におかれた。
そして、それが起こった。
大精霊を導いた路に介入して、異界の住人を召喚する。
私が巻き込まれた勇者召喚とかではなく、只の退屈凌ぎを解消する為だけに。
「召喚を行っていたのは、此方の世界の名のある魔導師でした。彼は典型的な研究者でした。魔導を極めてなお、更なる高みを目指していた野心家でもありました。そんな魔導師が次に目を付けたのが、プレイヤーの用いる能力でした」
ゲーム世界を異界と認識した魔導師は、プレイヤーを召喚してその能力を自らが得ようとして、得られなかった。
理が違う法則のプレイヤーの魔法を、覚えることができなかったのだ。
多大なる魔力を奉じて召喚したのに思い通りに行かない苛立ちを募らせた魔導師は、プレイヤー側に問題があると判断して、一計を思い付いた。
それまで、召喚した本人であると悟られず、親切な良識ある人物を演じていたのを止め、帰還を望むプレイヤーを絶望の淵に落とした。
隷属化にして意思を奪い、無作為に暴れさせ、討伐させる。
死の間際の僅かな時間で、プレイヤーの怨嗟の念を凝縮して次の生贄を召喚する。
己れの欲を満たす、見下げた行為に腹が立った。
延々と召喚されては消去していく過程で、ついにダレンが召喚された。
「わたしがダレン様と再会した時には、ダレン様は狂気に満たされていました。わたしは、ダレン様をお救いするのが、間に合わなかったのです」
グレイスの消沈した面持ちに、私はいたたまれなくなる。
私は巻き込まれ召喚されたとは言え、初めから人外さんの介入があった。
過大なる加護もくれたし、守護者達との再会もお膳立てされたようなもの。
ダレンとの違いに、思わず拳を握り締めた。
「ダレン様は魔導師の元から逃げ出し、過酷な環境の中数年生き延べられていました。幸いかは判断が付きませんが、所持していたサバイバル技能が高かったかと思います。順応期間を終えたわたしがダレン様の元に馳せ参じた当初は、わたしを認識してはおられなかった。せいぜい、役に立つ精霊だと思われていたかと。そうして、日々を過ごしていたわたしとダレン様の前に、ユーリ様がジルコニアを伴い現れました」
「ユーリ先輩も、その魔導師に?」
「違うそうです。詳しくは、教えてはくれませんでした」
ユーリ先輩はダレンとは違う召喚か。
ジルコニアは、喋らないだろうな。
多分だけど、あの子は知らされていなさそうだ。
レットとレッタも同じく、知らないとみていい。
ユーリ先輩は、秘密主義なとこがある。
何でも一人抱え込んでは、クランメンバーをやきもきさせていた。
ユーリ先輩の遺産を精査してみるかな。
手懸りくらいはないだろうか。
「ダレン様はユーリ様と再会なさり、徐々に正気を取り戻されました。既に、ユーリ様は初代女王に就任なされて、錬金術を広めておいででした。ダレン様も手助けなさり、女王国が周辺諸国に認められていきました」
「ユーリ先輩とダレンが結婚していたと、聞いたけど本当に?」
「はい。いつしか、お二人には絆が結ばれ、お子様もお生まれになりました。けれども、魔導師は諦めてはいなかったのです。ダレン様と魔導師の間には見えない糸があったのです。その糸を辿り、魔導師はダレン様を監視していたのです。そして、魔導師は暴挙に出ました。新しい未知なる魔法を得るのに、相応しい方法がある。老いた身体を脱ぎ捨て、ダレン様のお子様に憑依する。無垢なる赤子の精神を食い破り、身体を奪った。十数年の雌伏の時を経て、魔導師は本性を露にしました」
魔導師が狙ったのは、ユーリ先輩の錬金術。
愛娘から攻撃されたユーリ先輩は、瀕死に陥った。
守護者もまさか、愛娘が別人に乗っ取られていたとは知り得てはいないでいた。
魔導師は女王を妬む勢力を取りこみ、女王位を簒奪しようとしていた。
守護者システムに冒険者ギルド。
世界に新しい秩序をもたらそうとする女王の智識を忌避する周辺諸国は、魔導師を支援した。
神国のみが女王を支援するも、刻々と状況は悪化していく。
後手後手に回る。
そして、ダレンが決意した。
魔導師をダレンが討った。
女王国を取り囲む諸国連合を、大魔法で灰塵に帰した。
回復したユーリ先輩が、神国の仲介で周辺諸国と条約を結ぶも、平穏を取り返した女王国にダレンは戻らなかった。
「ダレン様は悔やんでいたのです。自分が生き延びたから、魔導師は暴挙に出た。でも、そんなのはへりくつです。ダレン様は大魔法を行使してまで救った国民から、愛娘を無慈悲に討ったと囁かれ、危険人物扱いされた。漸く、落ち着かれた精神が悲鳴をあげたのです。再び、狂われてしまいました。ユーリ様がダレン様を隔離してしまったのも起因のひとつでしょう。ダレン様は、わたしとの誓約を破棄して、姿を消されました」
誓約の破棄。
ダレンの心情は計り知れない。
グレイスとの仲は、私と守護者達との仲と匹敵するぐらいに良かった。
態とらしく道化を演じるまでに、属性故に孤立するグレイスを案じていた。
女装も、魔法少女ごっこも、グレイスを楽しませる為にしていたことだ。
それなのに、ダレンは破棄してしまった。
裏がありそうな、気がする。
「ダレンらしくない、選択だね」
「はい。最初は信じられませんでした。ダレン様が何を考えて行動したのか、模索しました」
指摘すると、グレイスも同意する。
破棄されて、行方を知れなくなったダレンを捜索したグレイスは、ある事実に行き着いた。
「禁忌の精神憑依までしでかした魔導師は、姑息にも蘇生手段を隠しておりました。ユーリ様の錬金術を盗み、錬金人形に精神を移していたのです。ダレン様は魔導師との糸を、逆に利用したのです。魔導師の復活を予見して、ダレン様は行動なさいました。各地に隠された錬金人形を壊し、憑依の恐れがある魔導師の血脈を根絶やしにしました」
「……成程ね。私が保護したロイド君兄妹は、遡れば魔導師に行き着く。大分、薄まった血脈だろうけど。ダレンは容赦をしなかった」
「そのようです。ただ滅ぼすのではなく、ダレン様が味わった絶望を、苦痛を返すかの如くに、非道なことをなさっています」
世代を重ねれば、もう魔導師の血脈とは言えないのだろうけども。
復讐に取りつかれたダレンに、正論は通じない。
ダレンがプレイヤーとして召喚されているのなら、種族は人族ではなくエルフ族となる。
それならば、ダレンが生存しているのも分かる。
ただし、闇墜ちしているからダークエルフに転じている可能性が高い。
厄介な案件になりそうである。
此方のやり方を熟知しているダレンに対して、私は現在のダレンを知らない。
かなりな確率で、双方潰しあいに発展すると思われた。
今は使用出来ないあの魔法がダレン対策ならば、
ダレン一人相手にすればいい訳にはいかない。
あれは、立派な国相手の大規模戦略魔法だ。
ユーリ先輩が冒険者ギルドを設立している。
ダレンも闇ギルドなり設立して、暗躍していそうだ。
何処かの国か、背後で操っていたりしないかな。
人外さんは、私に使命はないと言った。
でも、現実はそうでもなかった。
ユーリ先輩が構築した守護者システムの停止に、冒険者ギルドの精霊解放。
私はユーリ先輩の改革を、遺産を無きモノにしていっている。
休眠状態にあるが、大精霊も集まってきている。
何の意味があるのか。
突き止めないと、いけない。
誰かの思惑に嵌まるのは、業腹だけど。
乗らざるをえない状況にあるのは、理解した。
私がやることは、ひとつ。
ダレンと対峙する事態になったら、躊躇いはなくぶん殴ろう。
ダレン。
あんたは、グレイスを哀しませた。
グレイスは誓約を破棄されても、まだダレンをマスターだとしている。
だから、分からせてあげる。
グレイスは待ち望んでいることを。
心配されていることを。
必ず、見つけてみせよう。




