026 治療しました。(後)
正直、茶番は後にして欲しい。
ロイド君とエメリーちゃんのお父さんらしき男性の容態が、最優先事項ではなかろうか。
医者も治療師も職務を放棄するなら、私にとっては邪魔な存在である。
「ファティマ」
「はい。右目、右手、左足欠損。打撲、創傷、火傷多数。肋骨骨折、肺損傷、主要内臓機能不全。持って、後数十分です」
「了解」
寝台代わりのテーブルに近付く。
見るも無惨な拷問による悪意ある怪我だ。
痛みを長引かせる玄人の手は、残された手足の爪を剥ぎ、骨を折り、出血箇所を焼いていた。
まともな肌色はしておらず、内出血の痣が至るところにあった。
ファティマの精査は、危機的状況にあるのを教えてくれる。
一刻を争うので、出し惜しみは止めておく。
「【二重詠唱】、【状態異常回復】、【最上級回復】」
私の周りに魔法言語で連なる環が現れる。
詠唱を補完する支援魔法である。
男性の胸元には触れる手前に、蒼と翠の魔法陣が浮かぶ。
まずは、怪我による感染症を癒し、欠損以外の傷を治す。
人外さんがくれたゲーム内の素材やアイテムがつまったアイテムボックスの魔法薬も、有り難く使わせて貰う。
丁度良い塩梅に、神秘の霊薬があるしね。
大盤振舞しますとも。
人助けに躊躇いはない。
魔法陣から、男性に光が降りかかる。
蒼と翠の光が傷の箇所に集っていく。
「二重、詠唱に、最上級回復魔法ですって?」
「有り得ない。神聖国でも、上位の神官や聖女しかなし得ないんだぞ」
外野が煩い。
こちとら、聖属性を極めた精霊魔法師だい。
うちの聖の大精霊は、本職の回復師以上のスペックを要求しやがりまして、いつの間にか蘇生魔法まで仕込まれましたさ。
故に、似非細工師とか悪口を言われたりしていた。
聖職者関連で治癒魔法を学ぶには、どこぞの神殿や教会に属してクエスト成功させないとならない。
私は、主にファティマから習った。
真面目にクエスト成功させた回復師からは、揶揄されて野良回復師とも言われていた。
当時は、ソロで活動していたので、勧誘が凄かった。
脅迫めいた圧迫面接に、チート疑惑まで持ち上がり、運営さんにはお世話になりました。
チート疑惑は晴れたものの、しつこい勧誘はなくならなかった。
挙げ句のはて、私が入団したと嘘を吐いて、囲いこんだ馬鹿もいた。
その時には、ユーリ先輩が立ち上げた生産職の集まりであるクランに入会していたので、馬鹿は恥を掻いただけで終わった。
何気に、ユーリ先輩のクランは生産職のトップが集まっていたので、馬鹿は生産職から出入り禁止を食らい、補給がままならなくなった。
自然と空中分解したらしい。
話がずれた。
魔法の光が薄れていくにつれて、体表面の傷が癒えていく。
「内臓機能不全、解消されました」
「残るは欠損部位だね」
薄く呻いた男性の口に、エリクサーを数滴垂らす。
体力回復してもらわないと、次の魔法を重ねがけできないからね。
序でに、欠損部位にも垂らしていくと、悲鳴があがった。
「【三重詠唱】、【基礎体力上昇】、【睡眠】、【特級回復】」
手順を間違えた。
消えかかる命に対して、急激な体力回復は死を早めるだけだった。
基礎体力を向上させて、自己治癒力を高める下地を作らねば。
そして、欠損部位を治す過程で衝撃や苦痛が発生するので、眠っていてもらう。
最後に、エリクサーを全身に振り掛けて、欠損部位を治す魔法を選択して行使した。
ここから先は、見ていて気持ちが良いものではない。
ゲームでは、一瞬にして欠損部位が生えてくる。
が、今はゲームの中ではない。
肉が盛り上がり、血管、筋肉組織、骨が、徐々に魔力を糧に形成していく。
父方の牧場で、家畜を解体した記憶がなければ、グロテスクな人体解剖を見ているようである。
シェライラは人の手足が作られていく過程で、蒼白な顔をしていても吐く素振りは見せなかった。
錬金人形を作製するには、人体の仕組みを知らないと満足いく守護者を作製はできないからね。
一種の勉強だと思い、我慢しておくれ。
エリクサーが染み渡る全身に、虹色の魔法光が注がれる。
正味、数分間経つと、欠損部位が治ってきた。
真新しい手足が、揃った。
くり貫かれていた瞳も、元通りになった。
寝息も穏やかになる。
「体内外の、怪我は完治しました。三日程、安静の為に眠りますが、命に別状はありません」
「ん。家に運び込んでも構わないかな」
「フィディルでしたら、可能です」
「と言う訳で、この男性は私が引き取るから。意見はある?」
振り返ると、驚愕な眼差しの医者と治療師がいた。
シェライラには、反論の意見はなし。
護衛をしていた騎士のおじ様が、額に手を当てて困り顔をしていた。
「バーシー嬢。貴女は、悉く、我々の斜め上をいかれますなぁ。聖母教会のシスターが欠損を治す魔法を行使しますが、短時間での複数箇所を治すことはできないでいます。大概が、指を一本で半日掛かります」
「手足の欠損なら、丸二日はかかりますわ。それでも、あのシスターは優秀な部類に入りますの」
「即時の治療が出来ないなら、回復師としては三流だね」
「ミーア様にとりましては、神聖国の枢機卿クラスの能力を有しておられますからねぇ。あちらに、身ばれしたら聖女にでも担ぎ上げられてもおかしくはないです」
「慎んでお断りするよ」
シェライラもジルコニアも、私が回復師一本で食べていく意思はないことは、理解している。
神聖国なら、人外さんも自由を奪う気はないだろう。
とんでもない事態に陥ったら、うちの子達が大暴れするしね。
口封じはしておこう。
「……貴女。私と組まない? それだけの、奇跡をなせるんだったら、王侯貴族相手にだって、不足なく務めることが出来るわ」
「いや。あの魔法薬は、エリクサーだろう。賎民に対して使用するなんて、馬鹿げたことをするな。残されているなら、寄越せ。私が有効に使ってやる」
職務を放棄した、阿呆が言い寄ってくる。
ジルコニアに壁に叩きつかれた姿のまま、もがいて脱け出そうとしていた。
フィディルが、視線を遮る位置に着く。
背中越しに、怒りの感情が伝わってくる。
協力する気も、魔法薬を渡す気もない。
適度にあしらい、放逐すればいい。
シェライラに、宣言されているでしょ。
出ていけと。
冷めた瞳で、阿呆を見やる。
私を出汁にして、のしあがろうとする根性が汚い。
こういった、輩にはつけあがらさない方が断然いい。
「組む気も、渡す気もない。お断りする」
「何故よ。私が交渉して、貴女が癒す。料金は七:三でいいわ」
「そちらが七で、私が三なんでしょ。分かりきった手に誰が乗るか」
「隣国の王女が、難病を患っている。エリクサーを献上すれば、莫大な褒賞金が頂けるのだ」
「私から無料でせしめて、褒賞金は独り占め。私が難癖つけたら、自分が調合した物だと譲る気はないんでしょ」
平行線な会話は、阿呆な輩重視で、私を省みることはなし。
醜い欲を曝け出すばかりな相手に、何を言っても無駄なだけ。
「「なら、その守護者を寄越せ」」
今度は阿呆がファティマを、指名する。
指名されたファティマは、小首を傾げて思案する。
「その守護者は、光属性だな。魔法薬の代わりに、献上する」
「何を言ってるの。私の治療の支援をさせるのよ」
「黙れ。お前の治療師の位階は中級が精々だ。宝の持ち腐れになる。隣国には、上級の治療師がいる。彼の役に立ってこその守護者だ」
守護者を契約者から奪う意味を、分かっていないお花畑な思考をしているな。
まずないけど、金銭なら白金貨数百枚積まれても手放す謂れはない。
うちの子達は、ユーリ先輩謹製の器に維持費だけでも、それだけの金額が掛かっている特別製である。
消耗品の内部コードや、手足の関節部品は、稀少な素材をふんだんに使用している。
それに、こいつらに常時顕現させる魔力はない。
「ファティマ、待機」
「はい。マスター」
ファティマを視界に収めるのをしてほしくはなく、待機を命じた。
家に帰還したのではなく、契約者が魔力で作り上げた異空間に待機させたのだ。
魔力で繋がっているので、こちらの会話は筒抜け状態である。
「グレイス。見ているんでしょ。ちょっと、力を貸して」
「はぁい。グレイス、とうじょ~うでぇす」
魔法少女再び、顕現。
フリフリワンピが似合うわ。
手にしているのが魔法杖でなく、大鎌なのは私のやり取りを盗み見していたからだな。
「この二人に制約魔法掛けたいのだけど、対価は何がいい?」
「うーんと。ミーア様の治療を外部に漏らさないようにであれば、ホールケーキ二段セットになりまぁす」
「ん。了解した。じゃあ、やって」
「はいはーい。それでは、いきまーす。ミーア様に不利になる言動と行動はき・ん・し。破ると、不眠と過食に走りまーす」
邪属性のグレイスは、呪いを掛けるにはうってつけの大精霊。
ファティマにも出来ないことはないのだけど、ファティマの場合は過激になるから廃人になりやすい。
反面、グレイスは悪戯好きな性格なので、命に別状はない呪いを発動してくれる。
大鎌が二人の首筋を撫でる。
喉元に、制約魔法が刻まれた。
期間を設定してないから、暫くは様子見しておく。
呪いを解除したり、敵対するなら、また別の手を考えておくつもりでいる。
「他者を呪うだと。貴様、何様のつもりだ」
「不眠に、過食ですって。そんなこと、許されはしないわ」
スタイル良さげな治療師には、美容と健康を害する懸念がありそう。
「守護者を契約者から不当に奪う行為には、妥当な対策だと思うけどね。昔は、問答無用で首狩りしても罰せられたりは、しなかったよ」
「なっ⁉」
「ミーア様の仰る通りです。守護者にとって、契約者は至上の存在。仲を切り裂く輩は、命で購うは必定。ミーア様が時を超えて、現代に降臨された今。守護者と契約者の絆は、より強固なモノになりました。堕落した聖母教会は潰れ、新たなる理が約束された。謂わば、守護者や精霊の反乱が起きるでしょう」
ジルコニアの物騒な物言いに、遠くない未来がすぐそこに迫っていそうだ。
金で売買されていた守護者。
強要されたか、一時の富に目が眩んだのか。
手放した人物も、手放された守護者も、どういった道を歩んでいたのだろう。
迷える女性を救う手筈が、欲深な人間を生み出したのは痛恨の極み。
守護者システムが停止した今、守護者との邂逅に亀裂が生じたのは確かに私が行った責任。
調停者気取りはする気はないが、見定めさせて貰う。
果たして、この世界に守護者は必要であるのか、否か。
精霊が降す判断に。
ブックマーク、評価ありがとうございます。




