025 治療しました(前)
さて、お腹が満たされたエメリーちゃんが、うとうとしはじめた。
お風呂にも入ったし、保護されて安心できたのだろう。
ロイド君も欠伸が洩れている。
「ロイド様とエメリー様は、お昼寝の時間ですね」
「でも、仕事が……」
「まだ、契約を結んでいないからね。今日は準備期間でお休みです。身体を休めなさい。それに、ロイド君にあった農具も手配しないとね」
流石に、大人用の農具を支給する訳にはいかない。
街に出て買い求めてこないと。
レオンに持ち手は作製させるのは出来るが、金属部分は賄わないとならない。
アンジーも洋服を作製する布地や糸を希望している。
どのみち、兄妹のお父さんのことも気になるので、街には行く予定だった。
「ロイド、無理しちゃ駄目にゃ」
「ミーアさんを信頼するにゃ」
「この家には敵はいにゃいにゃ」
「そうにゃ。安心するにゃ」
「……うん」
察するに、保護者がいない兄妹は安心して休む時もなかった。
満足に食べれず、眠れずにいたのが分かる。
過酷な荒れ地に住まう村民は、助け合う精神がなかったのだろう。
それか、親切ぶって人買いに売ろうと画策していたかもしれない。
今日初めて会う私を、信頼しろとは強制は出来ない。
ロイド君は警戒心の強いケットシーが、私を敵視しないから素直に従ってくれているに過ぎない。
信頼は、一朝一夕に結ばれないのは理解している。
まずは、兄妹が安全に暮らせる状態を作ろう。
「では、ロイド様とエメリー様は客間ではなく、使用人部屋にご案内致します。ララ様とリリ様とご一緒が宜しいですね」
「大部屋が空いています。ご安心してお休みください」
お眠なエメリーちゃんを抱き上げて、クリスが先導する。
客間でも良かった気がしないでもないが、それだとロイド君が遠慮してしまうか。
と言うか、この家に使用人部屋が沢山あるとは、どうしてだ?
家妖精のブラウニーがいれば、使用人なぞいらないだろうに。
「「マスター?」」
「ん。ブラウニーがいるのに、使用人部屋とは謎だなとね」
疑問に思っていると、お子様ズが私を見ていた。
食器を集めていた手が止まる。
食事を作らせてくれたが、洗い物はブラウニーが任せてはくれないと思うから、ワゴンにだけ集めて載せておく。
「便宜上使用人部屋と言っていましたが、貴人が宿泊する際の随行人が泊まる部屋だと思われます」
「家内部が動いたから、二、三人部屋を大部屋に変更したみたいだ」
空間を支配するフィディルと大地を支配するレオンが、答えてくれた。
確かに、ブラウニーには家内部の模様替えが出来た。
兄妹とケットシーを離さないように、密かに部屋を統合したのだろう。
うん。
ナイスな判断。
しかし、更なる疑問が。
「貴人が宿泊するとは、如何に」
「この家には、王宮並の防犯魔法が刻まれています。風やら嵐やらが、契約者を危険から隔離先にするのが目に見えています」
「それに、ティア姉がいるから、結界魔法が強大だし。グレイスもここに住み着く気だろう。何処よりも安全地帯になって、貴人の避難先になるよ」
聖属性の結界魔法に、邪属性の悪戯満載な罠魔法。
潜り抜ける人材が、果たしているだろうか。
いないな。
ははは。
単なる農場を作る気分でいたけどさ。
王宮よりも安全な土地になりそうだ。
ユーリ先輩も見越して、家の設計図を組み込んだのかなぁ。
厄介事が起きないといいや。
「マスター。風からです」
うちひしがれていると、フィディルが空間を裂いた。
裂け目からジルコニアの風が流れ込み、白い鳩が飛んできた。
手を伸ばすと、鳩が止り、一通の手紙に変化した。
魔法具の伝書鳩である。
再現されていたんだ。
ダレン作製かな。
『保護するも、速やかなる治療の必要あり』
開いてみると、書面には一文のみが記載されていた。
伝書鳩の手紙には、文字制限があったな。
確実に、相手に伝わる手段であるが、何も伝書鳩にしなくても、精霊言語での伝令にすれば私に届いたのに。
どうしたのだろうか。
「マスター。どうやら、事態は深刻になるかと」
「そうだね。治療をと言うのは、ファティマが必要な重大な怪我をしているのを、指しているのだろうね」
「或いは、マスターが所持している魔法薬が必要なのかも知れません」
「取り敢えず、急行しよう。レオン達は、お留守番していて」
「入り口の人間に脅威は感じないけど、森の方角に魔物の気配がする」
土地の制約魔法を行使したので、魔力を感知した魔物が偵察にでもきたかな。
レオンの指摘に、躊躇した。
無意味な討伐はしたくはないので、静観しよう。
「結界を破壊してまで、襲う魔物以外は放置して良し。まあ、人を餌にする害獣は駆除して良し。ただし、身の安全には注意すること」
「うん」
「「はーい」」
「……はぁい」
「じゃあ、家を任せた。フィディル、繋げて」
「はい、マスター。領主館に繋げます」
近くの扉をフィディルが開ける。
見覚えのある廊下が見えた。
昨日に続いて、本日ドナドナされた領主館である。
フィディルとファティマを伴い、廊下に出る。
人の気配が薄い。
「ジルコニア、呼ばれて来たよ」
同朋の守護者の魔力を感知出来るだろうが、敢えて言葉にしてみた。
「一階のある部屋に、風の気配がします」
「ミーア様、お待ちしておりました」
フィディルが確認した途端に、ジルコニアが転移してきた。
私の声を拾ったようである。
手を取られて、移動を促された。
「兄妹の父親と思われます男性と、複数の男女を西区の警備隊詰所地下牢で発見致しました。罪状は、代官の護衛を殺害した容疑でした。本来ならば、代官の護衛を殺害した際には、領主館にて取り調べする義務があります。ですので、領主の権限で男性をお連れしました。しかし、詰所での取り調べは拷問に等しいものでした。シェライラも治療の術は持ち得ていましたが……」
「五体満足ではなく、欠損している?」
「はい」
早足で歩きながら、事情を話してくれる。
罪状や経緯を知ると、拷問内容に理解が追い付く。
そして、この世界の医療、治療技術についてもね。
日本のような高度な医療技術はなく、専ら治癒魔法に頼っているのではないか。
治癒魔法の適正は、水、光、聖属性持ち。
欠損部位を治す魔法は、高位な聖職者が寄付の金額によって、行使するのが基本ではないかな。
「生憎と、欠損を治す治癒関係は聖母教会のシスターが担っておりました。恩赦を楯に行使させて自由を与えてしまえば、教会への抑止力にはなりません」
「だから、私を呼んだ訳か」
「はい。大変遺憾なことに、欠損を治す魔法薬を庶民に使用するのを、制止する者がこちらにもおりまして。シェライラも、憤っています」
因縁あるシスターを牢から出すのは躊躇う、貴重な魔法薬を使用するには男性の罪状が晴らされていない。
シェライラが何故に男性の味方をするのか、兄妹との経緯を知らないと依怙贔屓に映ってしまう。
筆頭女王候補であるも、権力はあくまで一領主。
一存では、為したくても為せない。
現実は甘くない。
悔しいだろうな。
保護は出来ても、治療の当てがない。
ジルコニアは私とファティマの属性を知り得るから、救援を求めた。
シェライラは知り得ないから、求め先がなかった。
他者の属性を教えるのはタブー。
ジルコニアは知り合いを呼ぶと言って、伝書鳩を飛ばしたそうな。
「お待たせしました。癒し手を連れて参りました」
そうこうしている間に、一階の一室に着いた。
縁があったのか使用人棟の居間だった。
ぴきり、と眉が上がる。
なぜなら、怪我人は寝台ではなく、長テーブルに寝かされていた。
おい。
この情況はどういうことだ。
普通は、怪我人は寝台に寝かす筈だろうが。
シェライラが必死に、中級の治癒魔法を行使しているのに、医者らしき男は薬品を抱えて突っ立っているだけ。
魔法師らしき女は、嫌そうに顔を歪めて眺めているだけ。
職務怠慢すぎやしないか。
「ミーア様?」
「シェライラ、交代しよう。んで、周りでやる気なさそうな阿呆は何者?」
熱心に患者に接するシェライラの肩を叩く。
治癒魔法を連続して行使しているので、軽い魔力伝達障害を起こしかけている。
少し、休もう。
「ファティマ」
「はい、マスター」
ファティマの繊手が男性の胸元に触れる。
淡い黄色の魔法陣が浮かび、男性を精査していく。
怪我の内容を微にいり精査してからではないと、治癒魔法を行使しても為にはならない。
骨が折れていた場合に、臓器を傷つけていたら、その箇所も治療しないとね。
「シェライラは、これを飲む」
「これは、魔法薬ですか?」
「そう、魔法伝達障害を起こしているからね。ほっておくと、後々に魔法を行使出来なくなるから。今すぐ、飲んで」
「お待ちください。何処とも知れない輩が持ち込んだ薬品なぞ、領主様に飲ませられるか」
状態異常を回復させる魔法薬を、シェライラが飲もうとすると横槍が入った。
取り上げようと詰め寄るが、シェライラの方が素早かった。
淑女にあるまじき、一気飲みした。
「領主様! 毒味をなさらずに、何てことを」
「煩いですわ。わたくしが領主と知りながら、命に従わぬ医者や治癒師よりも、遥にミーア様を信ずる方が重いですわ。只今を以て、領主付きの医師と治癒師の役目を解きます。前領主の元へ行きなさい」
「なっ、我々は。領主様専属の医師と治癒師です」
「領民に流行り病が流行れば、先陣をきって治癒を行う役目を無視するばかりか、新薬の実験と謳い罪なき領民を被験者にする愚かものでしょうが。後は、予算も横領しておりましたわね。功績に免じて捕縛される前に、早急に去りなさい」
地位に胡座をかいたお馬鹿さんでしたか。
医師と治癒師は憤慨して、シェライラに殴りかかろうとした。
ジルコニアに、風で壁に叩きつけられた。
みしりと、壁が窪んだのは見なかった振りをした。
「みっともない姿をお見せして、申し訳ございません」
「いいよ。前領主の置き土産らしいから」
「前領主は、冒険者ギルドとランカの代官を交えて、数多くの不正をしておりました。この方も、何やら財宝を隠していると思われ、狙われたようです」
ふむ。
兄妹の祖母が貴族であったから、宝飾品なりが残されていそうだね。
ケットシー辺りが隠していそうだ。
暴く予定はないので、話してくれるまで待つよ。
その為にも、お父さんの治療をしないと。
見るからに、痛々しい拷問の傷痕。
では、頑張ろう。




