024 食べました
土鍋から良い匂いが漂い始めた頃合に、ほかほかさっぱりした兄妹がアンジーに連れられて食堂にやって来た。
そう言えば、着替えのことを忘れていた。
バスタオルに包まれた兄妹は、身体に合わないシャツを身に着けていた。
「申し訳ありません。お着替えの洋服を、失念しておりました。肌着は早急にお作り致しましたが、洋服は間に合わずお借り致しました」
アンジーは家事に加えて裁縫の技能持ち。
リネン類から間に合わせの肌着を、作成したらしい。
兄妹が着ていた洋服は、洗濯して干してしまっている。
着せる洋服がない為、収納されていたシャツを代わりに着せたそうだ。
と言うのは、建前。
兄妹が着ていた洋服はろくに洗濯はされておらず、着たきり雀だったのをアンジーは見過ごせなかった。
穴あきだらけ、擦りきれだらけの洋服を着せるなど、許しがたき。
生乾きの洋服を着ると意見したロイド君を、巧みな話術で論点をすり替えてシャツを着るのに同意させた。
ブラウニー同士の念話で、クリス経由で私にお伺いがきた。
保管されている布地で洋服を作成していいか。
勿論、異論はないので了承した。
衣食住は、私が面倒を見るのだ。
なんなら、既製服や古着を買い求めても良し。
お金には糸目はつけない。
一段落したら、街に買い物に出よう。
「……姉ちゃん」
「何かな?」
「お風呂と着替え、ありがとう」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
本心は違うことを言いたげな様子を見せるロイド君に、笑顔が全開なエメリーちゃん。
入念に洗われただろう髪を撫でると、サラサラになっていた。
「飴、初めて食べた。美味しかった」
「甘くて、美味しいの」
砂糖は希少品だとは聞いた。
蜂蜜といった甘味料は、特権階級が独占して庶民には手が出しにくいお値段をしている。
ふむ。
畑でサトウキビでも作ろうか。
絞りカスは家畜の餌にして、無駄がなくなるだろう。
まあ、その前に家畜を飼育しなくては意味がないけどさ。
「飴だけだと、お腹が膨れないでしょ。ご飯を食べようか」
「うん」
「お腹、すいたぁ」
食堂にはお子様ズ用の子供椅子が、きちんとあった。
兄妹とケットシー、お子様ズを賄う椅子の多さに、密かに脱帽した。
クリスに言わせれば、いつ何時家族が増えてもいいように保管されているとのこと。
専ら、人ではなく、精霊方面で増えていくと思われていたらしい。
ははは。
着々と、大精霊が休眠して預かっている現状なので、推測は当たりそうだ。
「マスター。井戸が出来上がったぞ」
「レオ兄。お疲れ様ー」
「レオ兄。ご飯」
「……レオ兄。綺麗にして」
「はいよ。ティア姉お願い」
「はい。いいわよ」
丁度良い時に、レオンが戻ってきた。
お子様ズに労われ、注意されて、ファティマに【清潔】の魔法を行使願う。
ユリスの水洗浄では、周囲が水まみれになるのが目に見えていた。
それが、分かるファティマも微笑んで、レオンに【清潔】を掛けた。
「ありがとう、ティア姉」
早いとこ、私も生活魔法を行使出来る様にしておこう。
皆が細長いテーブルに着いたので、土鍋を中央に置いた。
上座に私(所謂お誕生席)で、右側に兄妹とケットシー、左側に守護者達との配列。
ブラウニーの二人は、主人とは食事はしない主義で、給仕に徹する。
総勢十一人のお腹を満たすので、土鍋は三つ用意した。
ブラウニーの給仕で深皿に注がれる卵雑炊。
お碗があれば、風情が出たかも。
無い物強請りか。
いや、島国にはありそうな気配がする。
暇を見つけて、行ってみようかな。
「お姉ちゃん。これ、なあに?」
「リゾットじゃ、無さそう」
「雑炊にゃ。お腹に優しい料理にゃ」
「ロイドとエメリーは、満足に食べてにゃいにゃ」
「いきなり、栄養価の高い料理を食べたら、お腹がびっくりするにゃ」
「まずは、消化の良い料理から慣らしていくにゃ」
「でも、病気の時には栄養があるものを食べたよな」
「風邪とか熱を出した時は、体力つける為に食べるにゃ」
「今のロイドとエメリーは、基礎体力が落ちてるにゃ。逆に身体が受け付けなくて、大変なことににゃるにゃ」
ロイド君の疑問も分かる。
質素な食事内容は詳しく聞かないが、必須カロリーが足りていない状態にある。
栄養状態が悪い身体に、高カロリーな料理を食べさせたら、胃も受け付けなくて吐いたりするだろう。
酷いと、下痢等して脱水症状を起こしたりする。
唯でさえ、体力が衰えているのに、益々寝込んだりしたら目も当てられない。
そんな、危険はいらない。
看病にかかる時間や費用は、惜しみ無く使うつもりでいるけど、辛い目に遭うのはロイド君とエメリーちゃん。
なるだけ、危険は遠ざけたい。
「何も、ララとリリは意地悪で言ってるのではないよ。ロイド君とエメリーちゃんが、病気になってほしくはないから、お小言を言っているの」
「そうにゃ。ロイドとエメリーは、大切な家族にゃ」
「うちらは、病気になってほしくはにゃいにゃ」
「ごめん、ララ、リリ。ただ、見慣れない料理でびっくりしただけだから。姉ちゃんも、ごめんなさい。料理を貶す気はない、です」
「うん。冷めるから、食べようか」
私は怒ったり、憤慨したりしないでいる。
ロイド君は自分が病気に見られたから、元気でいると言いたかったのだろう。
夕飯は多少は豪華にするから、期待して待っていておくれ。
いただきます。
つい、日本の食前の祈りをしたら、注目を浴びた。
守護者側は慣れた行動だから、ロイド君達には奇異な祈りだと思われたかな。
「食前の祈り。おかしかったかな?」
「両手を合わせて、いただきます。は、初代女王が流行らせたけど、神聖国は許容しなくて、いまじゃ廃れてる」
ロイド君がしてくれた祈りは、両手を組んで眉間に当てる。
主神と個人の守護神、精霊に祈りを捧げて
「今日の糧に感謝します」
で、締め括られた。
感想は、馴染めなさそう。
いいや、日本式で。
エメリーちゃんも祈り、カトラリーに手を伸ばす。
未知の料理に躊躇いがちに、口を付けた。
「あっ、美味しい」
「うん。美味しい」
口にあったようで、何よりである。
黙々と雑炊を食べていく兄妹と、焼き魚に舌づつみを打つケットシー。
そして、人間ではないが腹減りお子様ズ。
あっという間に、ペロリと完食した。
お替わりをして、また完食。
欠食児童かいな。
「お姉ちゃんの、守護者はご飯を食べれるんだ」
「うちの子達は、特別製だからね。飲食した食べ物を魔素に変換する機能があるんだ」
「姉ちゃん。それ、あんまし言いふらさない方がいいぞ。貴族がこぞって狙ってくるから」
「うちらより、目の色変えそうにゃ」
心配は無用。
私達の契約内容は書き換えが効かないし、自己保存を最優先にするのを承諾させてあるから、無茶な強盗には手酷く反撃する。
手足の骨が折れるぐらいは、覚悟したらいい。
しつこいと、欠損になるだろうさ。
容赦はするなと、厳命してある。
「だいじょーぶ」
「拐われる前に、やり返す」
「……先手必勝」
お子様ズが宣言する。
うんうん。
悪人にはそれが一番である。
「あんまり、無茶したら駄目だと思う。下手したら、聖母教会が接収したりする」
「接収?」
「守護者が人を傷つけたら、契約者が制御できない【はぐれ】と認定して、再教育するからって奪っていくんだ」
フィディルを窺うと、微かに頷いた。
始まりの聖母教会に、そんな権利はない。
精霊はプレイヤーと共に成長して、互いが望めば守護者へと至る。
聖母教会は、その仲介をする目的を果たす役割しかないはず。
随分と、一人歩きしているな。
守護者システムを停止して、良かった。
歪められた権威に、精霊を関わらせたくはないし。
まあ、守護者の恩恵を受けられなくなった女性達には、悪いとは思う。
けれども、精霊は常に見定めている。
本当に必要とされている場には、彼等は救いの手を差し伸べる。
聖母教会の聖職者にしても、全員が独善的な思考をしていないだろう。
守護者システムを担ってきたレットとレッタがいなくても、精霊が契約を交わすことは出来る。
守護者の器が欲しければ、精霊が自分から抜け穴を説明するだろう。
聖母教会に設置してある大精霊石は、他の大精霊石と同期している。
願えば、他国に伝わる。
本教会が女王国にあるのだから、ユーリ先輩が何かしら救済措置は施していると思う。
女王ちゃんか、宰相さんに問い合わせてみよう。
「守護者を再教育するねぇ。何を教育するやら」
多分、人に従順であれ、逆らうなとかかな。
阿呆らしい。
人に個性があるように、精霊にも個性がある。
主従の関係は、精霊側に重きをおく。
隷属させるなんて、もってのほかだ。
精霊魔法師と名乗る以上、虐げられる精霊がいたら見過ごせない。
同意のない契約は、破棄させてやろう。
「お祖母ちゃんが言ってた。聖母教会は、いずれ天罰がくだるって」
「祖母ちゃんの守護者ナナリーが、鉄槌を下す人物は大精霊を何柱も従えているんだって。姉ちゃんのことか?」
兄妹の真摯な眼差しが刺さる。
既にやらかしているので、私のことだと思われた。
「「そうだよ。マスターが降臨したの」」
「……聖母教会、もうダメダメ」
「今まで通りには、ならないだろうさ。抱え込んでいた守護者は器を脱ぎ、精霊は解放されたし。マスターの承認無くしては、精霊契約は出来ても、守護者誕生にはならない」
「愚かにも精霊を使役して、富を享受してきた聖母教会は、多大なる代償を払う側へと転化しました」
「各国も、守護者システムを管理してきた聖母教会の聖職者へ、苦情をあげています。そうした国々は、守護者を維持費の掛からない労働力にしています。聖母教会から貸し出された守護者は、システム停止に伴い解放されています」
うちの子達の説明に、腹が立ってきた。
維持費の掛からない労働力だとぅ。
精霊は使い勝手の良い、労働力では決してない。
世界を運営してくれる神々のお手伝いさんである。
普段何気なく口にしている水や食物が、魔素に汚染されていないのは精霊が浄化しているからだ。
有り難い存在なのだ。
それを、欲を満たす低俗な輩の、金儲けの手段に使われようとは。
何たる、皮肉か。
聖母教会を発足したメンバーとして、いたたまれない。
必ずや、報復してやる。
その前に、精霊にはお詫びしないと。
魔力を捧げるのと、お菓子でも大量に奉納しよう。
ブックマーク、評価ありがとうございます。




