021 退治しました(後)
「ライザス、の領主?」
「お姉ちゃんが?」
まん丸お目目な兄妹が、驚愕の声をあげた。
険しい眼差しを緩めて、シェライラが兄妹の前で膝をついた。
「ええ、そうですの。わたくしが、領主になりました。そして、謝罪を致します。ライザスやランカにて、悪い行いをする大人を放置してしまい、ごめんなさいね」
「ね、姉ちゃんじゃない、領主様は貴族様だろ。何で、謝るんだよ」
「貴族でも、悪い行いをすれば、謝罪しないとなりません。わたくしが、ライザスに来て三月が経ちます。ですのに、教えて貰うまで、貴方達を助けてあげられませんでした」
シェライラは幼い兄妹が理解できる言葉で、目を合わせて説明する。
貴族令嬢が土で汚れるのも厭わず、膝をついている。
珍しい光景に、兄妹の方が驚いていた。
次第に、男の子の顔が強張る。
「書類だけ見て、ライザスを知り尽くしたつもりでいました。わたくしには守護者が付いていますのに、街に出歩く事もなく、近隣の村を視察する事もしていませんでした。民を思いやる心を忘れていました」
「でも、領主様は来たばかりなんだろ。三月前って言った」
「そうですわ。けれども、時間は関係がありませんの。前任者の負の行いを、わたくしが正さなければなりません」
「でも、爺ちゃんや婆ちゃんや母ちゃんを返せって言いたい領主は、姉ちゃんじゃない。父ちゃんを、連れてった兵士の主は姉ちゃんじゃない。村長に、家や畑を奪えって言ったのは、姉ちゃんじゃない」
「……っ!」
男の子の告白に、絶句した。
腹が立つ、以前の問題があった。
シェライラの表情が、ひきつる。
妹を庇って震える身体で鍬を構えていた男の子。
その小さな痩せた身体で抱えていた不安を呑み込み、代官から私とシェライラを匿おうとしていた。
誰にでも出来る事ではない。
庇護者を無くし、心細い思いをしていただろうに。
感極まって、シェライラが兄妹を抱き締める。
「大丈夫ですわ。頑張りましたね。もう安心していいですわ。もう、泣いてもいいですわ」
「うん。君達が、望むなら。助けてって言うなら、お父さん探してみせる」
「ええ。ライザス領主の名にかけて、見つけてみせます」
「……ほんと、に?」
「お父ちゃん、帰ってくる?」
拳を握り締め、涙混じりの瞳が私達を窺う。
いや、言われなくとも、探そう。
人探しにはフィディルの協力がいる。
屋外ならジルコニアだけど、屋内に拘束されているなら空間を司るフィディルが適任だ。
振り返りかけると、兄妹より小さな陰が戸口から飛び出してきた。
警戒したシェライラの護衛が反応する瞬間、陰が私に到達した。
「助けてにゃ」
「ロイドとエメリーの父親は、ナイルにゃ」
「茶色の髪で目は緑にゃ」
「連れていかれたのは、一月前にゃ」
「ナイルの家は、ずっとうちらを隠してくれたにゃ」
「うちらを売れば、お金になったにゃ」
「でも、売らなかったにゃ」
「「恩返しするにゃ」」
口々ににゃあにゃあ鳴くのは、二足歩行の猫妖精ケットシー。
希少種族だ。
私の膝丈までしかない背丈を一生懸命伸ばして、兄妹の父親情報を教えてくれる。
背後でフィディルが魔法を行使している。
「ララ、リリ、隠れていないと」
「ララ、リリ、連れていかないでぇ」
「大丈夫。落ち着いて、君達の家族は連れていかないから」
慌ててシェライラから離れた兄妹が、ケットシーを抱える。
兄妹にとって、ケットシーも大事な家族なのだと知る。
レオンが子供の気配しかない、と言った時に人数を確認するのだった。
「ララ、リリは売らないから」
「うん、分かった。約束する。君達は、お父さんが帰ってくるまで、私が保護する。絶対に、離したりしないから」
「ミーア様、お願い致します。ジルコニア、該当する人物は?」
「ライザス周囲には、見当たりません」
「フィディル」
「ライザス地下牢に、該当する人物有り。至急、保護を」
「シェライラ」
「すぐに、帰還致します」
毅然と立ち上がるシェライラは、ジルコニアを伴い馬車に向かう。
シェライラ側の護衛が、ガイナス何某の馬車に捕縛した男達を押し込めていく。
レオンに合図して馬車の固定を外す。
逃げ遅れた馭者からギース氏が、手綱を奪い馬車を走らせる。
残された馬は、レオンが後を追うように指示していた。
素直に尾いていく馬を見送り、シェライラと護衛をジルコニアの風が取り巻く。
シェライラは時を惜しんで、飛翔の魔法を行使する手段を選んだ様だ。
一礼して、浮き上がる。
あれ、あまり快適な移動手段ではないが、大丈夫だろうか。
制御を過ると、悲惨な目に遭うけど。
頑張れ、護衛さん達。
心なしか緊張している気がするのは、見てない振りをしておこう。
私の心配を他所に、取り巻いていた風が動く。
一度バランスを崩し、立て直してかなりなスピードで飛んでいった。
「ほわわ。飛んでいっちゃった」
「魔法、初めて見た」
「格好いいにゃ」
「リリも、飛んでみたいにゃ」
兄妹とケットシーが、目の当たりにした魔法の凄さに、感想を述べた。
浮かせるぐらいなら、フィディルの空間魔法で出来る。
が、飛ばせるのは無理だ。
要望に応えてあげれなくて、ごめんね。
代わりに、別の魔法を見せてあげようじゃないか。
「ロイド君とエメリーちゃん。改めてご挨拶するね。私はミーア=バーシー。この子達は、私の守護者」
「フィディル、フィルと呼んでください」
「わたくしは、ファティマ。ティアと」
「レオンでいいぞ」
「エスカは、エスカ」
「ユリスは、ユリス」
「……セレナ」
「守護者? 精霊様?」
「そう、精霊さんだよ。仲良くしてね」
また、まん丸お目目な兄妹。
自分より小さい守護者がいるなんて、不思議だろうな。
お子様ズと少年体のレオンは、成人体にもなれるが滅多にならない。
精霊としては若い部類に入るレオン達は、人間の年齢に換算すると外見の年齢にあたる。
大精霊だからといって、大人なのではない。
大精霊の基準は聞いてないけど、能力が一番高い精霊がその座に着く。
フィディルが言うには、そうらしい。
あの痛い魔法少女なグレイスが、大精霊の名に連なるのだから、自我は考慮しないみたいである。
能力重視。
幼く見えても、内包する能力が高い。
対処を間違えば、危ない目にあうのは相手側。
お子様ズは幼い外見の方が私に甘えられるから、周りの意見は黙殺している。
「ミーア姉ちゃんは、おちび達を隠さなくても強いのか?」
「強いの定義が何を指すのかによるけど、精霊魔法師としては強いの部類に入るよ」
「ミーアお姉ちゃんも、魔法使えるの?」
「使えるよ。残念ながら、飛べないけどね。見ててね。【水よ集え、降り注げ。ウォーターシャワー】」
近くに水の気配はないから、空気中の水分を集めて萎びている野菜に降り注ぐ。
数秒間水を浴びた野菜が、煌めく。
小さな虹が出来て、エメリーちゃんが笑った。
「お兄ちゃん。見た? 虹だぁ」
「すごい。雨が降った」
「お姉ちゃん。どうやったの? エメにも出来る?」
「綺麗にゃ」
「大地も喜んでるにゃ」
エメリーちゃんは、いたく気に入った模様ではしゃいでいる。
ロイド君は、天を仰いでみいっていた。
「エメリーちゃんは魔法を使いたいのかな」
「うん。お婆ちゃんが、使っていたの」
「祖母のケイティは、守護者がいたにゃ」
「でも、奪われたにゃ」
成る程、それで魔法適性があるのか。
守護者は契約者が亡くなれば顕現出来ないから、自動的に精霊界に戻っているだろう。
会わせてやろうと思えば出来るけど、望まないだろうな。
エメリーちゃんが望めば、進んで契約を果たせるだろうし。
「じゃあ、エメリーちゃんは魔法を学ぼう」
「お姉ちゃんが、教えてくれるの?」
「家に、そんなお金はない」
「「うちらを売るにゃ」」
「だめぇ。ララとリリがいなくなるなら、止めるもん」
ロイド君は、現実を見すぎだ。
大人に守られる期間が短くて、甘える権利を放棄してしまっている。
エメリーちゃんも、我慢をしてしまっている。
諦めが早いな。
ケットシーに至っては、売ることが前提だし。
ここで、私がお金は不要だと言っても、納得はしないな。
過度な施しだと思われたくはない。
なら。
理由を作るのが、いいな。
「だったら、私に雇われない?」
「雇う?」
「そう、ランカに土地を貰ったので、農業を始める気でいるんだ。だから、ロイド君一家は、そのお手伝いをする。私は雇う側として、朝昼晩のご飯に給金を渡す。序でに、魔法の基礎を教える。どう?」
「それだと、姉ちゃんが損しないかな」
「どうかな。かなり、広い土地だから、一から開墾するには手が足りなさそう」
ロイド君と会話していると、ロイド君が農民にしては高度な教育を施されているのがわかる。
祖母が守護者持ちであったなら、富裕層な家庭にいたのではないか。
疑問が涌き上がる。
まあ、私にとっては保護する兄妹にかわりがないから、兎や角言ってきたらシェライラに丸投げしよう。
エメリーちゃんはお子様ズとはしゃぎ回り、年相応な笑顔を振り撒いている。
ララとリリは、穏やかに見守っていた。
「姉ちゃんは、急にいなくなったりしないか? 父ちゃんも、雇ってくれるか?」
「出掛ける際には、充分に説明してから行くし、お父さんも雇うよ。でも、あいつらは雇わない」
ロイド君が怯える素振りを見せた。
視線の先には、農工具を片手に意地が悪い笑みを浮かべる農民達。
気付いたエメリーちゃんが笑うのをやめて、ロイド君にしがみついた。
ララとリリが、威嚇している。
農民は金になりそうな、ケットシーを見つけてご満悦な様子だ。
シェライラの護衛がいたときには姿を現さず、代官がやって来た時に集まりだし、どちらもいなくなったら徒党を組んで囲み始めた。
はん。
いい、ご身分だな。
誰が、接触させるか。
ユーリ先輩から譲渡された土地の権利書を翳す。
「【ミーア=バーシーの名において、行使する。疾く、展開せよ】」
魔法言語で宣言する。
権利書はユーリ先輩の魔法が込められていて、魔法が発動した。
魔法陣が幾重にも浮かび上がり、黒鋼の塊が柵へと転じて大地に突き刺さる。
【範囲内に、民家及び不法滞在者が存在します。退去させますか?】
「【勿論。私が保護する兄妹とケットシー以外は排除、私の土地に一歩も入れるな】」
【了解致しました。人族、ロイド=マーベル、エメリー=マーベル。ケットシー、ララ、リリ承認。排除勧告後、施行します】
大地が揺れた。
視界の端に、民家と人が流されていくのが映る。
悲鳴が聞こえるが、気にしない。
家は残してあげるから、感謝しろ。
畑と家畜もいらんわ。
「【追記、畑と家畜も恵んでやって】」
【了解致しました】
黒鋼の柵が完成する前に、家畜小屋と畑がごちゃ混ぜになって、柵外に吐き出されていく。
見事に何も無くなった土地が広がっていた。
うんうん。
厄介なモノがなくなり、清々しいね。
開墾しがいがあるわぁ。
ブックマーク、評価ありがとうございます。




