187 招かざる客人セカンドでした
特務騎士団第三隊がヘンドリックス伯爵家に乗り込んでから、二時間ほど経過した。
それに伴い、ヘンドリックス伯爵家の門前に神聖国所属の聖騎士が門番を交代した。
エルネスト枢機卿猊下が宣言した通り、何らヘンドリックス伯爵家に騒動が起きず、乗り込んだ第三隊隊員の動き回る姿が見えないと、意図的に外部に流したヘンドリックス伯爵家の動向を見張る輩が報告したのだろう。
招かざる客人が再び、ヘンドリックス伯爵家に武力と権力を笠に、やって来た。
隊長さんの精神的な状態異常を解除されたのも、あちらに悟られたのもあり、本日二度目の乱入者は特務騎士団団長と近衛騎士団団長を名乗り、聖騎士の主人たる神聖国の上級聖職者を前に、自分達に利があると信じ、威圧的な物言いと態度で、特務騎士団第三隊の暴挙をぺらぺらと囀ずった。
「神聖国の上級聖職者の方とお見受け致します。自分は、特務騎士団団長を務めるファビアン=ランドルフと申します」
「自分は、近衛騎士団団長マルコス=ベッカーと申します」
はい。
両者共に、自国を庇護してくれている枢機卿猊下の顔を覚えてない間抜けぷりを、見事にさらしてますが。
理解してない事に驚きだわ。
そして、両者の家名に聞き覚えある名前を、耳にして阿保ぷりも追加した。
鑑定さんも、私を嵌めたアーゲード侯爵縁の血縁者だと申告してますわ。
確か、貴族院からは、アーゲード侯爵縁の血縁者は、侯爵の裁判結果が決定するまで分家に至る人物の役職は一時的に停職扱いで、自領か屋敷にて謹慎してないとならないんじゃなかったよねぇ。
特務騎士団団長を名乗る人物の家名は、要観察処分家として名乗ること許されてない家名なんだけど?
近衛騎士団団長を名乗るベッカー氏も、鑑定さんは偽称だと告げてるがな。
「ふむ。おかしな話だな」
先代ヘンドリックス伯爵さんも気付いた模様。
この執務室はヘンドリックス伯爵家の当主が執務する部屋だが、一番偉い人物となるとエルネスト枢機卿猊下にあたり、当人はまたもや優雅にお茶してます。
ていうか、招いてないのに押し掛けてきた自称組を一切無視決め込んでます。
そんな私は、侍女よろしくエルネスト枢機卿猊下のお世話だけしてます。
なので、自称組に対応するのは、先代ヘンドリックス伯爵さんになる。
「わたしは、息子に家督を譲ったがヘンドリックス伯爵を継承する以前は、エルネスト枢機卿猊下の聖騎士を務めていた。その縁で、近衛騎士団に始まり、紅蓮・翡翠・青藍といった騎士団の教官も務めた事があるが。特務騎士団には、団長職はなかったはずだが?」
「……あっ、それは……」
眼光鋭い眼差しと指摘に、特務騎士団団長を自称するランドルフ氏が口ごもった。
馬鹿だなぁ。
手柄か功を焦り、事前調査怠るから突っ込まれるんだよ。
何か、一気に小物臭してきたや。
「近衛騎士団の、二月前にはタンザナイト卿がその任に就いておったと記憶しているがな。いつ、代替わりしたか教えて欲しい。ああ、タンザナイト卿は武門の誉れ高きアルバレア家先代当主が見込み、弟子とし教育された武人であった。四十代の半ばながら、保有する魔力も多く二十代と見間違える若々しい偉丈夫な方だがな。いつ、引退された?」
「……うっ」
ああ、近衛騎士団も容赦なく突っ込まれて、返答できないでいるよ。
何しに、押し掛けてきたやら。
先代ヘンドリックス伯爵さんに、舌戦で黙らされ、自信満々に乗り込んできた勢いどこ行った?
「しかも、ランドルフの家名は、カイゼル前領主と同名であるが、もしや縁戚の身か? ベッカーの家名もランドルフ伯爵の親であったアーゲート侯爵の庶子が名乗っていた家名だな。両者共に、前領主と縁があるというには、何やら我が家に害意あっての策略と疑われても仕方がないのだが。来訪の詳細な説明をしてくれるのだろうな」
「そ、そうである。特務騎士団団長を名乗ったは、その職務故に明かせぬが、ある方からの指命である」
「自分も同じく、近衛騎士団団長を名乗ったは、特殊な事項故に許可されている」
「言い訳はいらぬ。先触れ無しの無礼な来訪の説明をと、こちらは言っている」
先代ヘンドリックス伯爵さんは、自称組がここカイゼル領地の前領主とその親の侯爵が、ヘンドリックス伯爵家を貶める為に自称組を利用しているんだと暗に告げてるんだけど。
自称組は、その事情の説明責任果たさず、偽称したと自白しているの分かってるのかな。
先代ヘンドリックス伯爵さんにやり込められたにも関わらず、虎の威を借るなんとやら方式で自分達の優位性を思い出し、懐から切り札らしきモノを取り出して掲げた。
「カイゼル新領主ジェームズ=ヘンドリックスは何処にいる。我々は、騎士団総長たる方より勅命を拝し、ジェームズ=ヘンドリックス並びに夫人から使用人に至るまで、ヘンドリックス伯爵家に関わりがある全ての人物を捕縛に来た」
「速やかに、捕縛されよ。もし、逃避する輩がいた場合は、我々の判断で持って処分できる許可を持つ。ああ、そこにいる上級聖職者も捕縛の対象とする」
はあ?
神聖国の聖職者と認識していてなお、捕縛対象だと?
神聖国の聖騎士は、神罰対象行為者のみ国の柵を超えて犯罪者を捕縛可能に対して、教区の国も神聖国の聖職者や聖騎士を理由なく捕縛なんかできないんだよ。
ましてや、自称組が指差す聖職者は、枢機卿猊下その人だっての。
宰相閣下でさえ、万が一にも捕縛や拘束指示なんか出せやしない偉い人物なんだよ。
何、考えてるんだか。
先代ヘンドリックス伯爵さんは、自分がエルネスト枢機卿猊下の聖騎士してたと前置きしてたじゃん。
自分より上位者扱いしてんだぞ。
察しろよ。
「捕縛理由は?」
「ははは。犯罪者風情に、捕縛理由がいるか?」
「まあ、教えてやれ、ランドルフ卿。いかに、ヘンドリックス伯爵家が我が国を裏切り、私腹を肥やしていたかをなぁ」
冷めた先代ヘンドリックス伯爵さんの一言に、怒気が孕んでいるのを理解してないな。
笑い声あげて、ヘンドリックス伯爵家を扱き下ろす輩が馬鹿すぎる。
おい。
某枢機卿猊下からも冷気漂ってきてるぞ。
あっ、第三隊隊長さんと副官さんは、隣室にて待機してます。
執務室での会話は、隊長さんと副官さんを監視するという名目でエルネスト枢機卿猊下の保護下におかれた二人の警護している聖騎士さんと、エルネスト枢機卿猊下の背後にて護衛している聖騎士さんが所有する魔道具が中継している。
実際は、私が時空魔法行使しているのだけどね。
幸いにも、自称組は魔力探知のスキル持ちではなく、執務室内で魔法が行使されているのに全く気付いてない無能を体現していたりする。
まあ、どうせ自称組も捨て駒なんだろうな。
「罪状その一。新領地に赴任直後に、国法で定められた税率を正当な理由なく、また宰相の認可もなく増税した点」
「罪状そのニ。税を納められない領民を、国法では重罪となる奴隷として人身売買した点」
「罪状その三。屋敷の地下を犯罪者ギルドの拠点として貸し与えた点」
「罪状その四。その犯罪者ギルドに加担し、禁止薬品を売りさばいた点」
「罪状その五。他領主の私財の強奪を目論んだ点」
「以下、大小諸々の罪状にて、ヘンドリックス伯爵家お呼び、使用人全員の捕縛命令が下された」
得意満面に、代わる代わる罪状を述べる自称組だがな。
そのニまでは、確かにヘンドリックス伯爵家が関与して、先代ヘンドリックス伯爵さんも罪を償うと謝罪していたな。
だがしかし、以降の罪状はヘンドリックス伯爵家も被害者だろうが。
禁止薬品をヘンドリックス伯爵家に持ち込んだのは、犯罪者ギルドと手を組んだ聖母教会の奴等だ。
それも、病に苦しむヘンドリックス伯爵令嬢の治療目的だった。
一時は回復傾向にあったも、完治には至らず、多分言われるがまま禁止薬品とは知らされないで使用を継続した結果、ヘンドリックス伯爵さんと使用人達は重度から軽度の中毒症にまでおかされた。
よって、ヘンドリックス伯爵家は禁止薬品をすすんで売りさばいたとは思えない。
地下の犯罪者ギルドの拠点も、急な領地替えによる慌ただしい引っ越しから、仲介されて前領地の別邸を仮りの屋敷と使用していただけだし。
訳あり物件を仲介した人物こそ疑えよ。
後、他領主の私財?
第三隊隊長さんの話しだと、私の事か。
私、訴えても、認識してもなかったですが?
それから、盛大に突っ込みたい気分になってきたのを抑えるのに、身体が震えてきた。
「騎士団総長、アーガスト=ユークレス卿の指命にて、汝等全員捕縛する!」
「阿保か! 騎士団総長はフレッド氏だろうが。嘘つくなら、もっとマシな嘘つけや」
特務騎士団団長を自称する阿保に、つい突っ込みいれてしまった。
第三隊隊長さんも、先程はアーガストさんの名前だしたけどさ。
彼は騎士団の不正を払拭させる為に、祭り上げられた英雄の名誉と、家柄を考慮されて騎士団総長の職に就けられ、わざと人が変わったような傲慢な性格を演じて、嫌われ者の総長として職を更迭か左遷させられる道を選択した人だ。
で、自分より更に優秀な異母弟に総長を継承させた腹黒さんでもある。
まあ、今じゃぁ、前カイゼル領主だったフェルトさんの監視役と、本命の私の護衛役の任を賜り、うちの農園の子供達に懐かれ、護身術を生き生きと伝授してるが。
そんな、アーガストさんが、他者を貶める工作できるかっての。
第三隊隊長さんに人相尋ねたら、髪色ですら被らなかった。
念押しに、白紙にアーガストさんの容姿を転写したの見せたら、誰とか言われたし。
「なっ、侍女風情が、この俺に何て口の聞き方をする。ヘンドリックス伯爵家の侍女か、主人も主人なら侍女も無礼なヤツだな。ふん、どうせ下賤な身分であろう。貴族様に無礼を働いたのだ、我が手で処分してやるわ」
「できるものなら、やってみなよ三下。下賤な身の上は、あんたの方でしょ? 父親が貴族だけど、母親は平民のメイドさんで、認知されてないし、貴族院に戸籍もない自称の人」
「な、なんだと。貴様、何故そんなに詳しく分かっているのだ!」
「ついでに、隣の人もね。同じ境遇だけど、母親の実家が裕福だから、金の力を最大に利用して、近衛騎士団の経理担当の事務方で、騎士ですらない」
「……貴様、何故だ。どうやって知った」
自称組に暴露してやると、怒りで真っ赤になった顔で歯軋りしながら威嚇してくる。
どうやって?
そんなの、うちの子達情報だっつうの。
フィディルもシェライラの屋敷にいながら、私の周囲に近寄る人物の情報収集を眷属の聖精霊に報告させて、逐一念話してきてくれている。
レオンやユリスやエスカも、眷属の精霊から報告を受けている。
セレナとファティマは情報収集に向かない精霊属性だけど、他の子達を羨む素振りもなく、適材適所と割りきり、情報を精査する子達の代わりに警戒を張り切っている。
普段おっとりなセレナが、いつでも自称組が私を攻撃してきたら特大氷壁を構築する準備を始めていた。
ファティマ。
シルビアちゃんの守護をお願いしたのであって、放棄してきたら駄目だからね。
フィディル。
シェライラの錬金調薬終了まで、そっちで待機してなさい。
大人組やレオンにお子様ズが暴れたりする前に、暴発寸前の某枢機卿猊下がいるので、私の身は安全確実だから。
ちょっと、おとなしくしてなさい。
えっ?
一番、危なっかしいのが、私?
ああ、そうだね。
挑発してるもんね。
いや、これも作戦なんだってば。
だから、黙って見ていてちょうだいな。