018 疲れました
「それで、ミーア様のご機嫌は斜めなのですわね」
「はい。わたしが間に入らなかったら、ギルドは消滅していたかもしれません」
あの後。
ジルコニアに引きずられて冒険者ギルドを出ていき、用意された馬車に押し込められ、領主館へとドナドナされた。
二度目である。
昨日に続いて、二度目である。
大事な事なので、二回言ってみた。
小娘にしてやられたレードさんは、膝から崩れ落ちて譫言を呟いていた。
「これが、星? 部族の恩人?」
御伽噺がどうの、夢が砕かれたどうの。
知らんわ。
恩人になったつもりは断じてない。
腹立たしい気分が落ち着かず、可愛いお子様ズを手元に呼んだ。
ジルコニアがお茶と茶菓子を供じてくれたので、お茶は一気飲みしてみた。
程よく温めなお茶は、私が味わうことなく飲むと思われたからだ。
短い付き合いではないから、ジルコニアは私の行動を熟知している。
「……マスター。あーん」
「「あーん」」
膝に陣取るセレナがクッキーを差し出す。
両脇のエスカとユリスも、大きく口を開ける。
可愛い仕草に、少しだけほんわかした。
「あーん」
クッキーを頬張る。
甘味が染み渡る。
序でに、飴を其々の口に入れてあげた。
魔力を練り込んだ飴を含んだお子様ズは、にっこり微笑む。
「ギルドが消滅。有り得そうな出来事ね。よく、ミーア様を止めれたわね」
「そうなのです。いつもなら、時空のや、大地のが宥めてくださるのですが。今日は、どうして、止めませんでした?」
応接室に案内されてから、フィディルは無言を貫いている。
いや、ドナドナされる前からか。
私の行動を制限したジルコニアを諌めないばかりか、押し黙る。
何か、しただろうか。
ジルコニアも疑問を投げ掛ける。
じゃれるお子様ズと違い、私の背後に佇むフィディルはふらっと視線を泳がせた。
「フィディル?」
「さあ、何ででしょうか。マスターの感情に釣られた様です」
「まあ、フィディル。はっきりと、言えばいいのです。彼は、わたくし達の敵です」
「ああ。それ、です。まさしく、俺達の敵になり得る厄介なケダモノです」
なんじゃ、そら。
顕現したファティマも、訳の分からない言葉を言う。
厄介なケダモノ。
獣人だから、獣だよね。
当たり前じゃないか。
と、思っていたら。
「「敵~。敵はやっつけるの」」
「……の~」
お子様ズが、片手をあげる。
そして、翔んでいきそうな気配を感じた。
「こらこら。私が言うのも、何だけど。無駄な諍いは起こさないの」
めってすると、お子様ズは私に抱き付いてきた。
普段は人前では甘えてこないのに、珍しい。
眉根を下げて見上げてきた。
「「マスター。何処にも行かない?」」
「……置いていかないで?」
「何で、大事な守護者を置いて、何処かに雲隠れしないといけないの。隠棲するなら、皆を連れて行くよ」
「「だって、フィル兄がぁ」」
「……お兄ちゃん、言った」
「何を?」
「お子様ズ。それは、禁則事項だよ」
んん?
禁則事項に当たる言葉があったかな。
やり取りを思い出してみるけど、心当たりはないよ。
首を傾げる私と、両手で口を押さえるお子様ズ。
それを眺めていたジルコニアが、ポンと拳を手の平に打ち付けた。
「成る程。それは、言えませんね。理解しました」
「ジルコニア? 貴女、分かったの?」
「はい。ですが、シェライラにも教えてはあげられません。これは、確かに禁則事項です」
シェライラも、首を傾げた。
守護者が主に言えない禁則事項は、守護者にしか分かり辛い暗黙の決まりがある。
精霊が読み取る情報と、人が感じる情報が異なるからだ。
例えば、私が寒い、暑いと感じる触感が、精霊にはない。
守護者になり、痛覚は擬似的に表されても、温度差迄はどう表現しても、伝わらない。
冷たいってなに?
焼けるってなに?
樹木の大精霊のエスカなら、熱による暑さは理解できた。
火に焼ける植物の記憶を取り込んで、灰になる体験を出来た。
大地の大精霊のレオンなら、地脈に流れるマグマが人を容易く消し去るのを見ていた。
水の大精霊のユリスなら、人が呼吸が出来なくなると溺れてしまうのを眺めていた。
氷の大精霊のセレナなら、寒さに凍えて人が動くのを止めるのを映していた。
だけど、それはその子達の体験であって、共有する体験ではない。
レオンがマグマに近付くなと言うのは、私が焼かれないように。
エスカが知らない植物を食べたりしないでと言うのは、私が毒で倒れたりしないように。
ユリスが海や湖に潜らないでと言うのは、私が溺れないように。
セレナが氷原に行かないでと言うのは、私が凍えて動くのを止めないように。
ただ、それだけ。
主を喪わせない為に、理解し難い感覚を研ぎ澄ましている。
フィディルやファティマも言わないだけで、心の奥には人への探究心がある。
守護者が抱える心情は、どうしたら主と永くいられるか。
世界の記録から必要な情報を閲覧出来た精霊は、得てして未来まで知りたがる。
だから、何か私に関する未来情報に抵触したのかと、推測した。
未来を知るから、禁則事項になっている。
なら、知らない方が守護者の為になる。
「まっ、いいや。それで、シェライラは何用で私を呼んだの?」
「そうでしたわ。ミーア様にお返しするモノがありますの」
シェライラも守護者の禁則事項に触れないのは熟知していた。
突然の、話題の転換に乗ってきた。
ジルコニアに目配せして、返却される品を持って越させる。
朱塗りのトレーに載せられて恭しく返却されたのは、数枚の白金貨と赤子の拳大なブルーサファイヤが嵌まった腕輪だった。
「白金貨はシスターから回収しました。腕輪は、初代錬金女王がミーア様に渡すように遺された遺品です。インベントリと説明すれば、理解してくれると言われています」
「白金貨は寄付したモノだと、思っているから返却はいいよ。どうせ、ユーリ先輩のことだから、有り余る資産でも入っていそうだし」
「そう、言われると思いました。では、養護院に寄付しておきます」
「うん。お願いする」
ケチが付いたお金は要りません。
孤児達の糧になるなら、惜しくはない。
んで、肝心な腕輪は、どうしようかな。
触れる以前に、自己主張している腕輪がね。
いるんだわ。
早く早く、と内側から急かしている。
「あのね、グレイス。いるのは、分かっているんだからね。サプライズにはならないから」
「えー。ミーア様の、意地悪。いけず。待っていたのに。おとなしく、待機していたのに。驚いてくれない。しくしく」
「ジルコニア? 彼女は?」
「グレイスです。邪の大精霊ですよ」
腕輪から飛び出してきたのは、十代前半な魔法少女スタイルな最後の大精霊。
邪を司る精霊が、何故に魔法少女スタイルなのかは、語りたくはない。
主の趣味だなんて、言いたくはない。
厨二病を患った男子学生が、双子コーデでクランメンバーにいたなんて言えない。
グレイスは邪を司るけど悪い精霊ではなく、お茶目な悪戯好きな傍迷惑な精霊さんである。
主と共に可愛い外見で、鬼畜魔法少女だなんて、誰が信じるか。
「聞くけど、まさかグレイスもユーリ先輩の遺産に含まれているの?」
「いえ、違います。ワタシはフリーダムでぇす」
だろうね。
嘘泣きを止めたグレイスのテンションについていけるのは、今は遠い主だけ。
グレイスを束縛出来るのは、感性が激似な主だけ。
ユーリ先輩、よくグレイスをブルーサファイヤに押し込められたよ。
素直に感心した。
「ユーリ様に頼まれて、腕輪をまもっていました。えへ。だけど、今日この時より、ワタシはフリーダムです」
魔法少女には必須アイテムなキラキラした杖を振りかざして、グレイスはきゃぴきゃぴ笑う。
この子は、本当に些細なことでも笑う。
それが、主との絆だと分かるから、いたたまれない。
私の守護者は、私に再会した。
でも、他の子達は、主と引き離された。
ジルコニアとヴァイオレットとヴィオレッタは、ユーリ先輩と死別したのだと思う。
だから、出来るだけ力にはなってあげたい。
自己満足だけどね。
「ミーア様、腕輪に触れてくださいな」
「……はい」
「はい、これでインベントリの中味は、ミーア様所有となりました。上書きはできませ~ん。返却不可能です。お納めくださいませ~」
「……それで、グレイスは、これから、どうするの」
中々、グレイスのハイテンションには、慣れない。
シェライラも、目を丸くしている。
身近にいないでしょうね。
貴族階級にいたら、奇異な眼差しで見られるからね。
「ワタシはフリーダムでぇす。自由に生きまぁす。それが、マスターとの約束です。なので、おさらば致しまぁす」
「うん。他人に迷惑かけたら駄目だよ。また、邪精霊だって、討伐されかねないからね。それから、器に異常が発生したら、リペアに来るんだよ」
「はぁい。オールオッケー。ではでは、バイナラ~」
杖を振り振り、グレイスは旅立っていった。
ああ、疲れた。
クールな私には、相容れない存在である。
しかし、クランメンバーの大事な守護者だった。
多少のフォローなら、してあげたい。
あれで、人見知りだなんてさ。
テンション高かったのは、シェライラがいたからだなんて、本当に誰が信じるかっての。
ああ、心配だ。
悪戯好きな人見知り。
涙目で困り果てる前に、新しい保護者がいる。
何処かにいないかな。
魔法好きな魔法オタク。
「あ、の。行ってしまわれましたが、良かったのでしょうか」
「シェライラ、大丈夫です。遅くても、明日には戻ってきて、引き籠りますから。ユーリ様が居場所は造ってありますから」
はは。
フリーダムは一日ももたないか。
有りうるわ。
ユーリ先輩、ナイスな判断です。
押し付けられた遺産にグレイスの小屋があるのは、見なかったことにならないかな。
結局、私が面倒を見るのか。
少しだけ、ユーリ先輩を恨んでやる。
インベントリのアイテムリストに、私好みのアイテムが入っているのは、決して迷惑料ではないのを願いたい。
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