177 突然訪問でした
「先触れ無しの非礼はお詫び致します。わたくしは、ライザス領主ガーデン子爵を拝命致しましたシェライラ=エイラ=バウルハウト。宰相閣下の命にて、エルネスト枢機卿猊下の案内役を任され、ヘンドリックス伯爵家に参りました。ただちに、ご当主のヘンドリックス伯爵に、エルネスト枢機卿猊下来訪の旨をお伝えくださいませ」
「……は? えっ?」
「ちなみに、こちらが宰相閣下自筆の書状ですわ。お間違えなく、お渡しくださいませね」
有無を言わせない視線の圧をこめて、にっこりと笑いながらシェライラが書状を、門番に手渡す。
はい、過保護な人外さんの提案により、私は単独行動禁止令がだされました。
それから、過保護な人外さんはうちのフィディルを促して、女王陛下と宰相閣下の守護者を呼びつけ、エルネスト枢機卿がヘンドリックス伯爵家の難病に犯されている娘がいると知り、自分の配下の優秀な治療師を派遣するから、女王国側の見届け人兼案内役の派遣と行動の認可状を寄越せと、無理を言いやがりました。
案の定、仰天した宰相閣下をアリスがフィディルに頼んで、話し合いのランカ領地の教会に連れてこさせた。
で、ヘンドリックス伯爵家一連の問題解決に、エルネスト枢機卿猊下が直々に関与すると説得して、今に至る訳である。
説明している私も、やや混乱しているがな。
私の考えは、シェライラとエバンス司祭に同行して貰い、私が治療したと思わせない様に画策して、ヘンドリックス伯爵にはエバンス司祭が治療したと虚偽の報告して貰い、捜索している治療師が実はエルネスト枢機卿猊下の部下の方だったと話をすり替えるつもりだったのだけどさ。
話をすり替えるのは人外さんも承諾したが、私が治療の場にいない事を目撃させないと、ライザスに現れた優秀な治療師=私という図式はいつまで経っても消えはしないだろうと突っ込まれた。
よって、人外さんじゃない、エルネスト枢機卿猊下と宰相閣下の話のすり合わせで、エルネスト枢機卿猊下自身が最終的に治療しちゃう流れになった。
いやもう、私を秘匿しようというか、守護しようとする人外さんのやる気度は半端なかった。
エバンス司祭にため息吐かれたが、そもそも枢機卿猊下自身が教区の女王国内の一貴族の娘を治療するだなんて問題ありまくりなんだよねぇ。
その娘の親が国の重臣だとか、何かしら重責を担う立場にいるとかか、娘さん本人が亡くなっては困る人材であるとかではない限り、枢機卿猊下自身が治療するだなんて行為は、他国や女王国内の貴族にとっても見過ごせない事態なんだよ。
ヘンドリックス伯爵家の娘さんを、エルネスト枢機卿猊下が直々に治療する。
なら、自分の国や身内も治療して欲しいからと、要請が殺到する。
緊急性が高い人から順に治療したとしても、どうしたって不平不満は出てくるだろうし、エルネスト枢機卿猊下の日常の仕事にも障りがある。
枢機卿猊下の仕事の優先されるべきは、教区の国々の調和と安寧であり、希に王位継承権利の相続権問題解決だったりしたり、色々と国のお偉いさん方や一般庶民には計り知れないお仕事もあるだろう。
そんな多忙を極める枢機卿猊下に、治療に専念してくださいだなんて、誰にも言えないのである。
だから、私もエバンス司祭にお願いしたかったんだよ。
例外や特例を作れば、困るのはエルネスト枢機卿猊下やお付きの配下の方かもしれない。
エバンス司祭だって、一応は諌めたんだけどさ。
過保護極まりない人外さんが出てきたエルネスト枢機卿猊下は、頑として自分がでばると言いはり、半ば宰相閣下をも脅しに近い言いくるめで認可をもぎ取り、さっさと行動にうつしやがったのだ。
私?
案内役のシェライラのお付き侍女に扮してます。
守護者のジルコニアと一緒に、シェライラの背後で待機しておりますです、はい。
そんな私は、シェライラの笑顔が見れないのであるが、うちの子達がね?
人外さんの過保護に引きずられて、隠形して侍女に扮している私を守護しつつ、実況報告してくれていたりする。
可哀想なぐらいに事態を把握できてない門番さんは、突然騎士の先導付きバウルハウト侯爵家家紋入り馬車と、枢機卿猊下を表す紋章を装飾された馬車二台を門前に停められ、お供の侍女付きで降車した自身が子爵位を所持している身分証となる指輪とブローチ(私も伯爵位のモノを所持している)をかかげる貴族令嬢に、詳細に来訪の旨を伝えられて、プチパニック状態にある。
まあね。
貴族の来訪には、事前に約束を交わしたり、急な来訪には先触れをだすのが礼儀。
今回は、それを丸っと無視して騎士同行の礼儀無視した行為。
貴族院にシェライラが訴えられて罰をくだされてもおかしくはない。
しかし、今回はその礼儀無視な違反を、罰するには至らないお墨付きがいる。
宰相閣下も認可したエルネスト枢機卿猊下の来訪。
貴族の礼儀違反より、枢機卿猊下の意向を汲みとるのが最善だと認識されるのである。
門番さんや、私も混乱するのは理解できるが。
はよ、ヘンドリックス伯爵に報告しないとね。
「ふむ、門番諸君。君たちの職務について、わたしも理解しているつもりだ。こちらのガーデン子爵は、わたしの案内役である。それに、わたしも看過できない報告を耳にした故、急ぎ来訪した。君たちの主人たるヘンドリックス伯爵は、わたしの庇護下にいる治療師を捜索しているらしいのと、わたしの部下に無理難題を要求した。これにより、わたしが直にヘンドリックス伯爵に聞かねばならない。速やかに、対応せよ」
「は、はい! た、ただちに、伯爵様にご報告致します!」
哀れ、エルネスト枢機卿猊下が迅速に対応しろとせっついて現れたものだから、門番さんは慌てて屋敷内に走っていった。
うん。
世間に、いと気高き枢機卿猊下の御姿は、流布されている。
枢機卿猊下にしか着用できない聖職者の衣服を身に纏われ、威厳ある圧を掛けられたら従うしかない。
おまけに、エルネスト枢機卿猊下は言葉に命令を聞かせる軽い精神操作を仕掛けてたからね。
そりゃあ、職務放棄してヘンドリックス伯爵に報告に行くわ。
御愁傷様。
数分後、門番に急かされながら初老の男性が早足でやって来た。
「まさしく、バウルハウト侯爵令嬢に、枢機卿猊下。大変申し訳ございません。どうぞ、屋敷にお入りくださいませ」
執事さんか家令の方かな。
それにしては、シェライラの身分やエルネスト枢機卿猊下を特定したけど。
「おや、先代伯爵が未だ存命であったか。息災で何よりであるな」
「はっ。エルネスト枢機卿猊下におかれましては、妻の件にて支援していただきありがく存じます」
「細君に関しては、わたしも力不足であった。救えず済まなかった」
「わたくしも、祖父から当時の一件は聞き及んでおります。この度の、わたくしの来訪も力になればと思い、若輩者ながらお節介にも一役助力になればと思います」
「バウルハウト侯爵令嬢。我が家は先々代の女王陛下の為した愚行により、女王陛下並びに候補者の皆様にはお助けいただきたくないのが本心でありますが。バウルハウト侯爵家様の御身内に関しましては、何ら蟠りはございません。むしろ、ご恩しかいただいておりません。できましたらすがらせていただきたいと思います」
「件の娘の問題は、わたしでも解決できようが。ヘンドリックス伯爵家が為した悪しき行為は、さしものわたしも擁護はできない」
「はい。その件につきましては、詳細に、あるがままをお話致します」
なんと、初老の男性は、先代のヘンドリックス伯爵さんでした。
先々代に先代女王がやらかした被害者だったはず。
話してくれるなら、話を聞いてみようかな。
あっ、でも只今の私は侍女でした。
同席できるかな。
と、思いきや、先代ヘンドリックス伯爵は私達一行を、分け隔てなくもてなしてくれました。
話が話なんで、余人には知らせたくないと思われそうだったけど。
シェライラが、腹心の侍女だと明かしたので同席を許された訳です。
上座にエルネスト枢機卿猊下、近くにシェライラ。
侍女とジルコニアは、やや離れた位置に席が用意されお茶や茶菓子もちゃんと出されている。
薬の類いは検出されなくて、娘さんの事がなかったらヘンドリックス伯爵家は身分の垣根無しに接待に優れたお家柄だったんだ。
評価がうなぎ登りで変化していっている。
「さて、先代ヘンドリックス伯爵。わたしが来訪した件だが、かなり悪質な問題を起こしたらしいな」
「……はい。いずれは、罪を暴露し、償う所存でありました。また、我が家を信頼して託してくださいましたユークレス家や宰相閣下には、お詫びでは済まない事態を起こした手前、爵位返上の上、犯罪者の烙印をあまんじてうける覚悟を致しておりますが。どうか、孫娘だけはエルネスト枢機卿にお預け致したく、おすがりする事をお許し致したく、付してお願いいたします」
「孫娘の状態を知らぬわたしが言うのも、何であるが。孫娘の病状は、亡き細君と同じであるか?」
「それが、亡き妻を懸命に治療してくれた医者が言うには、似ているようで違う点があると。ですから、エルネスト枢機卿猊下の配下の方に無理難題であると承知し、奇跡の泉の水が入手できないかご相談致しました」
「ロイシーから聞いてはいる。が、多額の金銭に加え、新興貴族の伯爵が所有する希少な装飾品を献上されて、わたしが許可すると思ったか?」
「はい? それは、誠にでございますか?」
うん?
先代ヘンドリックス伯爵さんは、目を丸くして驚いている。
演技ではなく、素で尋ねて返しているのをみるに、これは第三者の関わりが出てきたぞ。
エルネスト枢機卿猊下も、先代ヘンドリックス伯爵が嘘偽りなく答えていると認識を改めている。
怒気交じりの声音が冷静に戻った。
「彼の新興貴族となった伯爵は、わたしの秘蔵っ子だ。本来なら、我が手元にて過ごさせたかったが。あの子の自由を束縛すると、あの子を愛する複数の神々が、世界に与える恩恵を破棄しないと言いきれない。また、大精霊も役割り放棄しかねない。あの子の資産は誰にも奪わせないよう、わたしも気を配らねばならない。先代ヘンドリックス伯爵よ、すこし身内を探れ」
「はっ、恩あるエルネスト枢機卿猊下の命、しかと刻みました」
あらら。
ヘンドリックス伯爵家の娘さんを治療するはずが、何やらきな臭い身内問題まで明るみになってきたよ。
女王国内の貴族は、問題抱えてばかりでないか?
ちよっと、うちの子達にも探らせておくべきかな。