176 過保護極まりでした
ジルコニアにお話をというタイミングで、エルネスト枢機卿猊下が到着してしまった。
何て、間の悪い処へ。
人外さんや、空気読んでくださいな。
「猊下、到着早々に大変申し訳ありませんが。こちらに」
「ん? 何かあったか?」
「いいですから、ちょっと、大切なお話が……」
私がジルコニアに重めなお話をしている時に、遺失魔法の転移で暗めな雰囲気の最中に忽然と前触れ無しに現れたら、そりゃあエバンス司祭もお小言言いたくなるわな。
哀れ、エルネスト枢機卿猊下は腹心の部下のエバンス司祭にドナドナされていった。
「あのぅ、ミーア様がジルコニアに重要なお話がありそうですけど、お忙しい枢機卿猊下を後回しに致しますのは……」
「自分も同感であります。一旦、筆頭候補殿の守護者様へのお話は後に致しませんか?」
エルネスト枢機卿猊下の中身を知っている私や、振り回されているエバンス司祭は枢機卿猊下の本質を知っているから、どうしても言い方が悪いが扱いがおざなりになってしまう。
が、それを知らない側にしたら、大精霊の威厳と等しく、枢機卿猊下の威厳や扱いもぞんざいにしてはならないのだろう。
シェライラとフォードさん曰く、機嫌を損ねたくはないといった面持ちでいる。
ああ、はい。
ここは、私が引いておきます。
フィディルに目配せして、隣室に消えていった方を呼びにいって貰った。
「いや、申し訳ない。前触れ無しに来訪してしまった様だ。わたしの不手際であった」
「ですから、あれ程皆が転移魔法を使われる際は、お気をつけくださいと申し上げているではないですか」
「うむ。ミーア君、ガーデン子爵(シェライラの事)、フォード殿、申し訳ない」
「「いいえ。問題ありません」」
枢機卿バージョンの人外さんの言動は、威厳も相成って少々威圧感あり、本質を知る私的には他人と思って対応しないとならない苦行があったりする。
おかしいな。
知り合いが他人行儀な初対面な挨拶とかしたら、普段の私もそれにあわせたりするのだが。
何故か、人外さんには適用できない何かがある。
不思議で仕方がない。
まあ、枢機卿猊下に対するには、シェライラとフォードさんの態度が正しいのだけども。
何しろ、建国を支援し、庇護してくださる枢機卿猊下だもんね。
機嫌を損ねたくはないが本心である。
この場に宰相閣下や女王陛下がいても、同じ忖度するだろうしね。
「サーナリア国の後処理をお任せして申し訳ありませんでした。その後、あちらは収まりましたでしょうか?」
二人の緊張感を和らげる為に、世間話を振ってみた。
この調子で冷静な話し合いしたら、終了後には疲労感満載だろう。
枢機卿猊下=畏敬の念=機嫌を損ねたくはない=言動に注意の図式の払拭にもなればいいとも思う。
「ああ、あちらは国王と正妃が内政の改革と断罪の矢面に立ち、建て直し中だね。わたしも、配下の者を数名派遣し、国王達を支援しているよ。ただ、まあ。根本的なあれをどうするかは、エプスタイン公国の大公があまり乗り気ではなくてね。現状維持を願われている」
成る程。
サーナリア、エプスタイン両家の血筋が入れ替わった歴史改編の修正はしないと、エプスタイン公国は意見しているのか。
元を正せば、サーナリア王国のサーナリア王室が歴史改編の原因で、エプスタイン公国のサーナリア大公家となった現状を受け入れ、先祖の罪を購うと決められたのかな。
けれども、サーナリア王国の精霊姫となるには、サーナリア大公家の血筋を引かないと精霊樹に拒絶されてしまうのでは?
現精霊姫ちゃんは、大地の大精霊たるレオンが指示して新しい役目を継いだ精霊が加護しているから、何とかなっているけど。
今後いかんによっては、また精霊樹が拒絶する精霊姫が現れてもおかしくはないよね。
ああ、でも正しい血筋のジャスミン王女がいるか。
彼女の血筋から精霊姫を継承していけば、拒絶されないか。
「それから、ミーア君は把握しているだろうが。サーナリア国の次代国王問題をどうするかが、厄介な難点でね。庶子の男児は継承権利を正式に破棄されたからね。となると、残る国王の子は娘のみ。この国みたいに女王とするか、正妃の生国から婿入りさせて国王とするかで、割れているよ」
「サーナリア国王は、まだ若い年代ですよね。側妃の方が男児を産まないと限らないのでは?」
正妃さんは子供を産めない体質になってしまわれたが、側妃の二人ならまだ可能性があるのではないかなぁ。
マーガレット妃とは仲良さげな関係だから、あり得そうな未来だけど?
しかし、エルネスト枢機卿猊下さんは首を横に振った。
「ガーデン子爵、フォード殿は聞かなかった事にしてくれないかな」
「「はい」」
「サーナリア国王はミーア君に救出されるまで、先王の意のままに教育された当代国王の影武者に軟禁されていてね。その関係で衰弱していたのもあり、男児継承者には恵まれないだろう」
釘を差してきたという事は、暗に軟禁されていた間に影武者によって子供が出来ない身体にされていたって事か。
あの影武者、正妃さんに執着していたからね。
サーナリア国王と成り代わり、正妃さんに自分の子供を産ませて王室を継続させる腹積もりだったりしてそう。
もしかして、セヴラン王子を呪詛の依り代に肩代わりさせてとか、良いとこ取りしてやりたい放題狙ってたりとかも企んでいそうだ。
「流石に、ユライラの泉の水でも癒せない病もある。また、錬金術が発展している女王国でも、禁断の薬を一国家の為に作れとはわたし達枢機卿は依頼したりはしない」
「はい。蘇生薬や、準ずる秘薬のレシピは、初代以降拝見しただけでも女王候補から外される誓約は堅く守られております」
シェライラの言葉に、意味ありげにエルネスト枢機卿猊下の視線が。
ああ、はい。
了解致しました。
死蔵している蘇生薬とかエリクサーとかネクタルとかを、世に出すなって指示ですね。
グレイスが眠っていたユーリ先輩の遺産のあれにも、劣化版なアイテムあったけどさ。
眠らせたままにしておくか、フィディル辺りに誰にも手が出せない場所に保管して貰うかな。
蘇生魔法も禁じられてるしね。
緊張感和らげるはずが、硬い話しになってしまいました。
「では、サーナリアの話は終わりにしよう。エバンスにも聞いたが、ミーア君にも関わりが出ている問題があるとの話だが」
「はい。エルネスト枢機卿猊下にお出ましを願いましたのは、ミーア様の領地とは森を挟んだ反対側の新しい領主家に、重篤な病いを患った娘がおります。その治療の為に、犯罪紛いな手段を使い高額な金銭をちらつかせる詐欺師もおり、新しい領主は領民に多額な増税を課したり、人身売買も犯しております。また、ライザス領地にてミーア様が行った奇跡に近い治療の話も又聞きし、ミーア様を捜索しております」
「ふむ。ミーア君が為した治療行為について、秘匿はしなかったのかな」
「いいえ。バーシー伯の治療に立ち会った者達に対して、バーシー伯と縁ある精霊様が秘匿を強制する魔法をされております。しかしながら、抜け道をつかれ、本人を特定される情報は漏れてはおりませんが、高度な治療魔法を行使する治療師がいるとは把握されております。それから、ミーア様が女王国に移住してから少なからず功績をあげておりますゆえに、ミーア様がその治療師だと気付かれてもおかしくはないかと申しあげます」
私の代わりにシェライラが説明してくれたが、私って客観的に見ても怪しい人物だよね。
不意に女王国に現れて、何の功績ないまま女王陛下の相談役に就任するわ、聖母教会と諍いするわで騒動の種蒔いてしまっているし。
ロンバルディア国との問題にも首突っ込んで叙爵され、祝勝会では更に種蒔いちゃったしなぁ。
やらかし満載ですわ。
反省しないとならない。
「確か、ロイシーに接触した貴族がいたが。それが、新しい領主だったか?」
「万病に効果ある泉の水をと、ロイシー司祭を頼ったのがヘンドリックス伯爵だとは、こちらも把握しております」
「ロイシーの話では、かなり高額な寄付金とは言えない金銭と、誰かが所有する希少な装飾品も献上すると宣っていたと報告があったな」
「はい。恐らくは、バーシー伯爵所有の品かと」
「ふむ。赦しがたい暴挙の限りと判断する」
おう。
私の所有する希少な装飾品とは、あれですか。
やらかした祝勝会の虹色真珠。
海洋諸国だけでなく、女王国の貴族までもまだ諦めてなかったとは。
そりぁ、どこぞの処罰された貴族も狙っていたが。
まだ、後を引いてるか。
もういっそのこと、女王陛下に献上しようかなぁ。
きっと、女王陛下は海洋諸国の面々を切って捨てた様に、女王国が未曾有の危機に陥らない限りは、受け取り拒否するな。
ああ、祝勝会の時の私よ。
迂闊に世に出したら、騒動が起きると何故に考えなかったか。
ああ、穴に入りたくなってきた。
「じ、じゃない、エルネスト枢機卿猊下。破門はまだ止めてくださいね」
「何故だい? 迷惑を被っただろうに」
「希少な装飾品を世に出した責任は私にあります。その問題の起点は私です。責任は私が被ります。だから、絶対にこの装飾品に関しては、破門は止めてください」
「……ミーア君が、そう言うならば従おう。しかし、治療師問題はどうするかい?」
「そちらに関しては、ライザス領地で起きた問題でもありますから。ライザス領主とエバンス司祭と共に、ヘンドリックス伯爵家に赴きたいと思います」
エルネスト枢機卿猊下の探る眼差しに、真っ向から向かいあう。
ヘンドリックス伯爵家は、先々代の女王のした一件により、女王に対する信用度は低い。
だから、薬をと女王や女王国を頼りにはしていない。
けれども、私は宰相閣下の縁戚だからか、いい加減不仲を解消してあげたくなったのだ。
女王陛下を共にするには、まだ時期尚早だが筆頭候補のシェライラが作った錬金調薬の薬と、エバンス司祭という神職者の癒しも候補にいれて、できるならヘンドリックス伯爵家の娘さんを助けてあげたいと思った次第。
ただし、これには隠れ蓑としたい意思もある。
私が直接治療したりしたら、万が一ヘンドリックス伯爵に口止めしても、使用人辺りから情報が漏れ、治療目的で更に私に目を付けられたら後の祭り。
優雅なスローライフに影響でまくる。
領地開拓にも、障りが出たら大変だ。
よって、治療した手柄をシェライラかエバンス司祭にして貰いたいのである。
そこを汲み取って欲しい。
なのだが、
「ふむ。理解した。が、ミーア君がその伯爵家に赴く条件として、わたしが同行しよう。それ以外では妥協はしない」
過保護な人外さんは、過保護でありました。